010 一番霊山寺 [ Jul 26, 2015 ]


この図表はカシミール3Dにより作成しています。

 

定年が近くなって、なぜか四国八十八札所に行ってみたくなった。

札所の存在を知ったのは、思えばずっと昔の昭和40年頃、確か当時のNET(現在のテレビ朝日)でやっていたテレビ番組である。まだ白黒の時代で、画像も映画の画面のようにざらざらで、白装束・菅笠のお遍路さんも時代がかっていた。その頃NHKでやっていた「新日本紀行」と同様、映像に対する志の高い番組であった。

ただ、札所に行くべきだと思うようになったのは、おそらく四十年近くに及ぶサラリーマン生活の「澱(おり)」のようなもののせいだ。最初に奥さんに説明するときに「長年、いろいろな人に迷惑を掛けてきたから」と言ったところ、「あんたが一番迷惑をかけているのは私だ」と言われてしまったのだが、そういう迷惑とは少しニュアンスが違う。

まだ2年近くの現役生活が残っているので説明しにくいこともあるのだが(2年経ったら言えることはもう少し増える)、私が今こうしていられるのも、多くの人が、私の知らない人も含めて、少しずつ割を食ってきた結果のように思うのである。

もちろん、私自身、他人をおとしいれたり、足を引っ張ったり、二階に上げて梯子を外したりしたことは、されたことはあってもしたことがないことは断言できるけれども、それとはまた違う観点なのである。

きわめて単純化して言えば、私が1/10の確率をクリアしてきたとすれば、どこかで誰かが9/10を引いてくれたということである。その9/10は、私の前に現れた人かもしれないし、そうでない人かもしれない。その人にとって、9/10を引いたという自覚さえないかもしれない。しかしながら、私が1/10を引いたということは、誰かが9/10を引いた結果としてしかありえないのである。

(たとえばポーカーを例にとると、私がイン・ザ・マネーになった確率は、本来あるべき1/10よりもかなり大きい。もちろんそれなりに戦略もスキルも磨いてはきたものの、純粋な確率の要素だけ考えてもかなりの部分あるはずである。)

そうした「澱(おり)」をそのままにしておいた場合、もしかして知らない間に他人の業(ごう)のようなものを引き受けてしまい、残りの人生で確率数万分の1のアンラッキーが降りかかってしまうかもしれない。もちろん、それが必然であれば致し方ないのであるが、少なくとも「禊(みそぎ)」ぐらいはしておくべきものだろうと思ったのである。

よく考えてみれば、禊とか払いとかは仏教ではなく神道なのだが、弘法大師を信仰する真言宗の場合、そうしたことにも対応してくれるようである。△△大師と名のつくところは、大抵厄払いに効能があるお寺さんだ。厄払いができるのなら、禊もできるはずである。ちなみに、八十八札所すべてに弘法大師を祀る大師堂があり、宗派も国分寺などいくつかの寺を除いて真言宗である。

その第一歩は平成27年7月26日。出張の移動日というのが何とも腰が据わっていないところだが、本格的に回る前に、ひとまず予行演習として何ヵ寺か回ろうと思ったのである。予行演習とはいえ、当日は最高気温33度が予想される炎天下である。観光気分で歩くような気候ではない。それなりに気合いを入れて、羽田から徳島に向かったのであった。

徳島へは、出張で何度も来た。新しい空港になって少し奥になったが、空港から駅までは30分ほどで変わらない。時間がかかるのはいつも、渋滞する街中である。駅に着いたのは正午前、少し時間があるので腹ごしらえ。駅地下の惣菜屋さんのお弁当が安いのだが、何しろ暑いので、この日は駅の外に出てセルフうどん屋さんで冷たいぶっかけうどんを食べた。

駅に戻って高徳線の各駅停車に乗る。平成27年7月現在、JR徳島駅ではまだスイカが使えないので、目指す坂東駅まで切符を買って鋏(スタンプ)を入れてもらう。出発してしばらくして、列車は吉野川を渡る。河口近くなのでとても幅が広く、大河の趣きがある。札所一番から十番までは、この吉野川を遡って行くのである。いよいよお遍路の始まりである。

単線の一両編成の列車は、何回か駅で待ち合わせた後に坂東駅に到着した。徳島駅から乗ってきた高校生の多くはすでに下りていて、ここで降りたのは4、5人、みなさん地元の方のようだった。

無人駅なのだが、待合室は広くて座布団が置いてある。壁にはお遍路さん向けの案内が書かれている。これを見ると、一番霊山寺にはこの駅が近いのだが、歩き遍路のコースは一つ前の駅で降りて、談議所というところを経由するのがオーソドックスらしい。まあ、多少の手順違いは仕方がない。とらわれないことが大切だ。


坂東駅待合室。無人駅ではあるものの、札所第一番最寄りの駅らしく、「おもてなし」の雰囲気があります。


通りには、そこかしこに分かりやすく道案内が置かれています。真夏日の炎天下で、人通りなし。

 

坂東駅の前、まっすぐ伸びる道を進み突き当たりで左に折れる。門前通りと言う名前の商店街であるようだ。しかし、猛暑日の昼下がり、真上から日光が降り注ぐ中、歩いている人は誰もいない。交差点にはお遍路用の道しるべが描かれている。写真を撮ったりしながらゆるゆると進むと四つ角に差し掛かる。

右手を見ると山門。一番札所、竺和山霊山寺(じくわさん・りょうぜんじ)である。山号の竺和山とは、天「竺」から大「和」に霊山を持ってきたという意味。開山は奈良時代の高僧・行基。弘法大師空海が この地から四国を巡礼したとされる由緒ある寺院である。

それほど広くない通りの両側には、旅館や民宿が並んでいる。WEBで見慣れた「民宿阿波」「かどや椿荘」の名前もある。いよいよやってきたと気分が高揚する。山門の前には、大通りをはさんで、いくつかの遍路用品店がある。WEB情報では、商売っ気あり過ぎの店もあるらしく、注意しなければならない。でも、どれがどの店なのかよくわからない。

山門の左手、あまり人がいない店がお薦めらしいが、なにせ炎天下で、どこもひと気がないのである。試しに入ってみたところ、なれなれしく話しかけられたりしなかったので、お薦めでない店の方ではないようである。

「納経帳と経本、数珠を見たいのですが」

今回の半日遍路はあくまで予行演習である。早々と自分には不向きだと分かってしまうかもしれない。だから最初から白衣や菅笠を買うつもりはなかった。それでも、たとえ何ヵ寺か回るだけだとしても、納経帳と経本、数珠は用意すべきものだろうと思ったのである。

店のおばさん(とはいっても私より若い)の説明を聞いて、納経帳は思ったより重くはなかったので表紙が厚くて丈夫そうなものを、経本は四国遍路用に八十八札所のご本尊真言の入ったものを、数珠はプラスチックの黒色のものをお願いした。3品で6000円。決して安い買い物ではないが、ちゃんと説明もしてくれたし、他のものを薦めてくることもなかったので、結果的にはWEBご推薦のお店の方だったようである。

お店を出るとすぐに山門。一礼して境内に入る。ここまでアスファルトの炎天下を歩いてきたので、木々が多い境内にほっとする。一番札所というから、さぞ観光客が多いのだろうと予想していたら、個人やご家族の参拝客が4、5人いるくらいで、意外と閑散としていた。

参拝順序からすると、まず手水場である。本式には両手を洗い、口をすすぐのだが、略式に両手を洗うだけにした。他にもいろいろ決まりがあるのだけれど、いずれ八十八ヶ所回るとすれば長続きするやり方が望ましい。必ずしも形式にとらわれることなく、信心の本旨を大切にしたいものである。

まずは本堂にお参りする。本式にはご灯明(ろうそく)と線香を奉納するものであるが、これも省略させていただいた。電灯や空調・冷蔵庫がある現代では、もともとのご灯明・お線香の必要性が少なくなっていると考えたからである。もしかすると、そうやって自分の頭で考えてはいけないのかもしれないが、真言宗は絶対他力ではないのでそこまで堅く考えなくてもよさそうだ。

読経については、今しがた求めたお経本の順序に従って読めばいいと思っていたのだが、たくさん書かれていて勝手がよく分からない。それに、懺悔文とか三帰・三竟、十善戒とかはご本尊に唱えるというよりも遍路である自らへの戒めのように思ったので、黙読するにとどめ、合掌礼拝、開経偈(かいきょうのげ)、般若心経、ご本尊真言あたりを中心に読経させていただいた。

事前の予想としては、本堂の前で何人か般若心経を唱えている人がいるのだろうと思っていたのに、炎天下のためか私ひとりであった。遠慮して、本堂の左端で読経したのだけれど、後から調べたところそれが礼にかなったやり方であるらしい。読経の後、用意してきた札を納める。ご本堂の正面中央に、分かりやすく箱が置かれていた。

本堂に続いて、大師堂である。ここでは般若心経の後、ご本尊真言の代わりに、「南無大師遍照金剛」のご宝号をお唱えし、札をお納めする。こうして、一番札所の礼拝を完了したのでありました。


いよいよ一番霊山寺への直線コース。左右にはガイドブックで見慣れた遍路宿の名前が。


霊山寺の山門。とても木々の多いお寺さんで、炎天下歩いた後はほっとしました。前に置かれている遍路人形(?)は他でも見た。記念写真用か?

 

お参りの後は、いよいよ納経帳に印をいただかなければならない。本堂横に納経所と書かれており、中には遍路用品が置かれている他、奥で菅笠に筆でお寺の名前を書いている人がいる。靴を脱いで中に入り、筆を握っている人のところに「お願いします」と納経帳を差し出す。

「納経ですか?」「はい」

納経帳を出して願っているのだから納経に決まっているだろうと思ったが、よく考えてみたら、この時の服装は普通の長袖シャツと登山用のパンツであった。とりあえず、炎天下を歩ける恰好ということで用意してきたのだけれど、考えてみればお遍路のスタンダードとはかなりずれている。やはり、服装は重要だと思ったものである。

手元には墨汁のたっぷり入った硯と、細い筆が置かれている。筆に墨汁を含ませると、三行に分けて一気に筆を走らせる。達筆である。最後の行は「霊山寺」と書いてあるのが分かったが、前の二行がよく分からない。しばし乾かした後に、朱肉に付けた印を押す。印は3種類あって、右上、中央、左下に押印された。

横の壁には、それぞれの方法ごとにいくらかかるか書かれている。納経帳の場合300円と書いてあるので、300円をお納めする。できれば、お釣りのないようにするのが好ましいように思って、あらかじめ100円玉をたくさん用意しておいた。

納経帳への記入が終わると、前のページに染みないように古新聞をはさんで返してくれる。その際、「お姿です」と、ご本尊の描かれている小さな紙がいただける。その時にお姿を入れる袋もいただけるのだが、この袋に二番札所以下のお姿も入れることになるので、なくさないように気を付けなければならない。

最後に山門で再び一礼して、一番札所の参拝を終えた。木陰が多くて直射日光は避けられたものの、汗が額から頬から滴り落ちたのは、暑さだけでなく緊張のためであろう。

さきほど遍路用品を求めた門前一番街の店の前が無料の休憩所になっているので、一休みして荷物を整理する。坂東駅を出たのが12時45分頃、時間は現在1時半である。買物をしたり不慣れだったことを考えれば、たいへんスムーズにここまで来ているようだ。リュックから遍路地図を取り出し、次の行程を確認する。

ここから二番極楽寺まで幹線道路沿いに1.4kmだから、距離的には大したことはない。ただし、これからまさに一日で一番暑い時間である。駅からここまで歩いてきて、木陰の多いお寺さんにお参りしただけで、すでに滝のように汗が流れている。果たして予定通りお遍路ができるのか、若干の不安を抱きつつ二番極楽寺へと歩き始めたのでありました。

[行程]JR板東駅 12:45 → 13:00 一番霊山寺(遍路用品購入、参拝、納経)13:30 →

[Aug 19,2015]


木々に囲まれた霊山寺本堂。左手に手水場、右手に大師堂と納経所。記念すべき第一回の納経は、真夏日の炎天下で汗がしたたり落ちました。


数珠、経本、納経帳を求めた遍路用品店「門前一番街」。奥が休憩所になっているので、二番に向かう前の身支度ができる。