001 養老渓谷・大福山 [Mar 30, 2012]

4月以降時間に余裕ができる目処が立ったのはいいけれど、ここしばらくの激務で、体が大丈夫か心配である。終電後に家まで歩いたのは7年前、沖縄で炎天下を歩いたのだって3年前のことである。何をどうするにしても、基本となるのは体力と体調、という訳で、長距離を歩いてみることにした。

千葉県は高い山がないため、歩くとすると南房総の丘陵地帯。紅葉の季節ではないが、養老渓谷から大福山まで歩いて、帰りは逆方向の上総亀山に抜けることにした。目の子で約16km、約4時間の行程となる。

JR五井で乗り換えて、小湊鉄道に乗り換え。ここから養老渓谷まで約1時間。昔は小中学生で一杯だったが、この日は中高年層で一杯である。いまどきハイキングする人なんているのかなと思っていたが、立っている人が半分くらいいるのには驚いた。隣に座ったおば(あ)さん方は1時間の車中でずっとしゃべっていた。iPODを持って来るべきだったと反省。

考えてみるとこのあたりに子供達を連れてきたのは二十年近く前だし、その時は車を運転してきたから電車には乗っていない。今回電車にしたのは、現在の体力を考えると、10km以上歩いた帰りに運転するのは非常にきついし危ないと思ったからである。これからのレジャーは、安全第一を心がけなくてはならない。

さて、養老渓谷駅を10時30分頃出発。第一目的地の大福山まで直行すると1時間くらいで着いてしまう距離だったので、あえて温泉の方から遠回りして進む。ところが最初は快調だったのに、途中からの坂がなかなか登れない。やはり久々のブランクは大きかった。

標高差でせいぜい100mだから、低山ともいえないような道がなかなか進まない。それも、階段がずっと続いているならともかく基本は舗装道路である。もしかしたら、花粉症対策のマスクがいけないのかと思って外してみたが、全然変わらない。最初から丹沢とかにしなくてよかったと変なところで安心したものの、とにかく坂を上らないと目的地に着かない。

結局、大福山の休憩所に着いたのは12時半、スタートから2時間かかってしまった。最終目的地である上総亀山まであと7、8km。上り電車は2時過ぎと4時過ぎだから、もうこの時点で2時の電車はあきらめざるを得ない。しばらく休憩。景色はがんばっただけのことはあるすばらしいものであった。


小湊鉄道・養老渓谷駅。昔は小中学生が一杯でしたが、今は中高年層が一杯です。


大福山展望台からみた房総の山々。標高200~300mの低山ですが、なかなかの絶景です。

さて、養老渓谷のさらに奥まったところにある梅ヶ瀬渓谷に、日高邸跡地という場所がある。日高邸というくらいだから日高さんのお屋敷の跡で、紅葉の名所なので、森林を整備してもみじとかを植えてくれた人だろうとぼんやり思っていた。今回、大福山の先、梅ヶ瀬渓谷を見下ろす高台に、日高氏を顕彰する碑が建てられており、それを読んでようやく日高氏の業績を理解することができた。

日高誠実(のぶざね)氏は高鍋藩(宮崎県)出身で、勝海舟、伊藤博文などとも親交のあった明治時代の人物という。50歳で陸軍省を退官すると、千葉県から養老渓谷一帯を無償で借り受け(ということは無人の土地だったのであろう)、理想郷を建設すべくこの地で植樹・魚の養殖等を行う一方で、私塾を開いて近来の人々の教育にあたったそうである。

最盛期には数十人の塾生がここで暮らしていたというが、何しろ谷間の奥まった土地にあるため豪雨のたびに増水・山崩れに遭い、日高氏が大正4年、80歳で没するといつしかこの地は再び無人の地となった。後年、氏の業績をしのぶとともに、付近一帯が紅葉の名所として注目されたことから、平成11年に顕彰碑が建てられたとのことである。

さて、大福山で休憩した後は、上総亀山までの下りである。下りは上りより楽とはいえ、距離はこちらの方が長い。そして、昔の2万5千分の1地図では麓への山道があるはずなのに、大規模な工事中で山ごとなくなってしまっている。後でgoogle mapを見ると新井総合施設・君津環境整備センターとある。名前からすると、産業廃棄物の処理施設だろうか。

仕方なく一本道の林道を進む。表示をみると大福山林道から坂畑林道と名前は変わるが、林道といいつつも基本は舗装道路である。ただ、山道なので曲がりくねっていて、歩いた割には距離が稼げていないようである。さすがにここらあたりまでハイカーは来ておらず、出会ったのは工事関係者とおぼしき人達だけであった。

ようやく林道の終点に着くと、亀山ダムである。目標4時に対して3時過ぎに到着。早く着いたら日帰り温泉と思っていたのだが、疲れ切ってしまって温泉までの1kmがどうにもこうにも歩けない。駅のベンチで携帯の歩数計を見たら、27,000歩で21.0kmとなっていた。こんなに歩いたのは2年間では記憶にない。復帰第一戦としてはまずまず成功であろう。

体力も体調も心配したほどには衰えてなかったのはよかったのだけれど、最後に温泉まで歩く余力が残っていなかったのは気になる。復帰第二戦では、もう少しバテないように体調を整えていく必要を痛感したのでありました。


梅ヶ瀬渓谷を見下す大福山に建つ日高誠実氏顕彰碑。

この日の経過
養老渓谷駅 10:30
12:30 大福山休憩所 13:10
15:15 JR上総亀山駅

[Apr 2, 2012]