015 伊予ヶ岳・富山 [Feb 3, 2013]

雪の季節になると、丹沢や奥多摩も素人の中高年には厳しくなる。もちろん軽アイゼンくらいは用意していくが、最初からアイゼンを使わなければ登れないと分かっているのに行くのは無謀である。ということで冬の1~3月は、わが千葉県・房総の山々に向かうことになる。2月最初の週、暖かくなる予報だったので奥さんと房総に出かけてみた。

房総の山は一番高くても標高400m程度しかなく、1時間くらい登れば頂上に着いてしまう。その中で、唯一「岳」が付くのが伊予ヶ岳である。この山と西側にある富山(とみさん)を往復するルートがちょうど4~5時間と手頃なルートになるので、ここが今回の目的地である。

実は1月にもこの山を目指したのだが、電車で向かったところが内房線が強風で止まってしまい、山には登れないし1日つぶれるしでひどい目にあった。それで今回は高速道路を使って麓に車を止めることにした。最近は山に行く時は電車にしているのだけれど、それほど標高差もないし疲れ果てることもないだろう。

実際車で行くと、大層時間が節約できる。電車だと3時間半くらいはみなくてはならないところ、家を出て2時間後、8時過ぎには伊予ヶ岳の麓、平群天神社の駐車場に到着した。鳥居をくぐって進むと、奥に登山者用駐車場があって、トイレも用意されているのはうれしい。無料なので、帰りにお賽銭はあげておくべきであろう。

うちの夫婦が登山靴に履き替えていると、大人数の団体さんがどやどやと現れた。やはりこの時期、房総の山というのは中高年登山者にとってポピュラーなのだろう。一緒になってしまうと何かと大変なので、早々に出発する。

学校の裏を登山道は上っていく。階段や手すりで整備されていて、ほとんど迷いようがない。ところが、それほどきつい登りという訳でもないのに、大量に汗をかく。奥多摩で寒さのため足が攣ってしまった経験から、手袋も帽子も冬用に新調したのだが、今度は厚すぎたのかもしれない。

休憩所まではスイッチバックの階段が続くが、それほど標高差がないため、しんどいというほどではない。30分ほど登って休憩所に到着。ここには丸太のベンチがいくつか置かれていて、下の方に展望が開けている。車を止めた神社や学校のあたりがよく見えて、向こう側へ山がずっと続いている。ここから先、いよいよ鎖場(ロープ場)となる。

丹沢や奥多摩では鎖場や梯子は時々出てくるのだけれど、房総の山では、ここがほとんど唯一の鎖場であるらしい。しばらく進むと、急勾配の岩場が現れた。なるほどなかなかハードな岩場である。足掛かりとなるような段もほとんどない。登山靴がスリップしたような土の筋もたくさん見える。

上から太いロープが2本下がっている。木の隙間から頂上付近がちらっと見えて、あと標高差で数十mと思われた。ところが、霜が降りてぬかるんでいるせいか、足下が滑る。私は何とか岩に足掛かりを見つけて登って行くのだけれど、背が低い奥さんには難しくて、5分もたたないうちにあっさりギブアップとなった。

こういう時は一人で登り続けたりせず、一緒に行くのが中高年パーティーの鉄則である。鎖場を下りて引き返し、中腹の分岐点から富山をめざすことにした。


平群(へぐり)天神社から伊予ヶ岳を望む。房総随一の岩場といわれています。


山の西側からみた伊予ヶ岳頂上付近。今回は奥さんがギブで断念、富山に向かいました。

伊予ヶ岳の下りでややきつい勾配をクリアすると、あとは房総らしいなだらかなアップダウンが続く。9時を過ぎて暖かくなり、絶好のお散歩日和となった。伊予ヶ岳から富山(とみさん)は約1時間のハイキングコースである。

2万5千分の1地形図は用意しているものの、目の前に富山、後方に伊予ヶ岳が見えるのでほとんど方向は間違いようがない。唯一戸惑ったのは、畑の中を抜けようとして猪防除の電線を踏みそうになった時くらいで、下の写真のような富山を正面に望む尾根道を進んでいく。右左は下っていて、車道がかなり下に見える。

ときどき農家の人達が作業をしている横を通り過ぎるが、このルートをとる人はあまりいないのか、すれ違うハイカーはほとんどいない。あたりには水仙の花がいっぱい。出荷するのか畑にきれいに植わっているもあれば、こぼれ種(球根?)なのか草むらに群生しているのもある。このあたりは首都圏より4~5℃、奥多摩あたりと比べると10℃くらい気温が高いので、そろそろ花の季節なのである。

富山に近づくとだんだんと傾斜が急になる。舗装道路が続いているのですぐに気付かないが、振り返るとかなり急坂を登ってきたのが分かる。とはいえ、休憩をはさむほどではない。さらに進むと、道端に「お使いください」と竹の杖が置いてある。

さて、富山は滝沢馬琴「南総里見八犬伝」の舞台としても有名である。「八犬伝」は戦国大名・里見氏をモデルとした馬琴の創作なので、もちろん伏姫も八房も八犬士も実在しない。里見氏はもともと新田氏の分家筋で代々幕府に仕え、足利幕府・古河公方の家臣であったが、後北条氏に圧迫されて勢力が衰えた。

市川に里見公園という国府台城址の公園があり、船橋・市川あたりの小学生はよく遠足に行くところなのだが、ここはもともと里見氏が後北条氏と戦って敗れた場所である。(後北条氏は北条早雲が堀越公方を滅ぼして勢力を伸ばし、さらに古河公方を圧迫した。古河公方配下の関東管領・上杉氏は最後は越後・長尾氏を頼り、長尾景虎が上杉謙信となる。)

その後、後北条氏が秀吉に滅ぼされて復活したものの、江戸時代初めに改易(取り潰し)となった。この時、旧藩主に従い最後は殉死した八人の家臣(八賢士)がいて、ここから馬琴が構想を得たものである。

ちなみに、滝沢馬琴は、十返舎一九、東洲斎写楽、喜多川歌麿と同様に版元・蔦谷重三郎配下の作者グループである。従って、八犬伝と弥次さん喜多さんは同時代(文化・文政時代、19世紀前半)の作品である。富山には伏姫のこもった洞窟「伏姫籠窟」があるが、「弥次さん喜多さんお泊りの宿」と同じくらいフィクションということになる。

さて、富山の頂上までの最後の登りは結構しんどい。また、伊予ヶ岳から歩く人はそうはいないのだが、すぐ近くの駐車場から歩く人は多いので、頂上の休憩広場はいっぱいであった。ここには立派な展望台が置かれていて、皇太子殿下ご夫妻がご来山の際に整備されたとのことである。

普段なら富士山まで見える場所らしいが、冬の割に暖かくて水蒸気が多い分、遠くまでの見晴しは得られなかった。北風が強くて寒いのもつらいから、まあよかったと思うことにしよう。

もと来た道を下り、伊予ヶ岳の麓まで戻って車道を駐車場へ。1日暖かくて気持ちのいいハイキングでした。奥さんは下りが続いて太ももが痛かったそうだが、私の方はどこも痛くならなかった。やはり昨年来の山歩きの経験が生きているようで、ちょっとうれしい。


伊予ヶ岳から富山に向かう。伊予ヶ岳は登山道ですが、富山は頂上直下まで舗装道路が続いています。


富山頂上近くの展望台。この日は2月にしては暖かかったせいか、それほど遠くまでは見えませんでした。この展望台は、皇太子殿下ご夫妻のご来山の際に建てられたものです。

この日の経過
平群天神社駐車場 8:20
8:50 伊予ヶ岳展望台 9:05
9:20 富山分岐 9:20
10:20 富山登山口 10:20
10:50 富山頂上 11:10
12:30 平群天神社駐車場

[Feb 20, 2013]