057 宇藤木から豊英 [Jan 7, 2017]


この図表はカシミール3Dにより作成しています。

「この先は通れませんよ」

戸面原(とづらはら)ダム脇を歩き始めた私に、向こうから歩いてきた地元のおばさんがそう言った。確かに、ダム脇の看板にそんなようなことが書いてあって、豊岡光生園方面に迂回せよと指示していたが、その豊岡光生園がどこにあるか分からないし、迂回路の地図もない。歩きでも通れないですか、と尋ねてみると、

「どうかねえ。歩きでも無理だと思うけど・・・。この間チャリで来た子たちも引き返して行ったし」

どうもおばさんの言うのは、通行禁止と書いてあるということと、前に来た人達も引き返したということのようである。しかし、房総を歩いていると、山が崩れて道がふさがっていたことが何度もあるが、大抵の場合歩く分にはなんとかなるのである。でも、おばさんはどうしても通したくない様子である。あえて地元の人にさからっても仕方ないので、わかりました、と県道に戻る。

そういえば、以前このあたりを歩いた時(関豊愛宕山・木之根峠)に、戸面原ダムの向こう側の橋のところに「宇藤木方面」という案内標示があったような気がした。右手に関豊愛宕山への道を分けさらに県道を南下すると、左折する道に大きく「豊岡光生園」の看板と、横に「う回路 宇藤木方面」の小さな案内板が電柱の前に置かれていた。

話は戻って、この時期の山は房総である。2、3年前、上総湊からバスで戸面原ダムに出て歩くという計画を立てたのだが、折しも強風で内房線が止まってしまい、上総湊まで着くことができないどころか、1日かかって家まで引き返して終わったということがあった。そのリベンジということで、車を使わずに電車・バスでこのあたりを歩く計画を立てたのである。

千葉の山行のネタ本である新ハイキング社「房総のやまあるき」に、宇藤木(うとうぎ)から笹子塚・関豊というコースが載っている。宇藤木集落から稜線に上がって市界尾根に合流し、笹子塚を経て茶立場から関豊に下りるコースである。一見してかなりのロングコースであるので、茶立場から豊英に下り、ひと風呂浴びて帰るという計画とした。

前回と違って風もない好天、内房線はすいすい進んで午前8時過ぎに上総湊に着いた。駅を下りるとさすが房総、1月だというのに全く寒くない。駅前でバス停を探してちょっと迷ったが、駅前通りを少し進んだところにバス乗り場と書いてある建物があった。長い年月にペンキが薄くなってしまって、一目では分からないのであった。

ここからバスに乗って戸面原ダムまで30分。午前9時ちょうどに着いて歩き始める。それから5分もたたない間に、おばさんに出会って制止されてしまったのである。

県道に戻ったのはいいのだが、実はこのあたり、1/25000図の鬼泪山・金束・坂畑・鴨川の境い目にあたる場所で、地図を見ても非常にわかりにくいところである。最近の1/25000図はある程度オーバーフローして載せてあるのだが、昔のものは重なる部分がなくきっちり緯度経度で分けているので、見づらいことこの上ないのだった。

「豊岡光生園」の標示で左に折れ、ダムの周囲を延々と歩く。豊岡光生園とは特別養護老人ホームのようで、鉄筋2階建ての建物であった。その前を通り、そのまま進むと1/25000図に載っていないトンネルになって、さらに橋を渡る。30分ほど歩いて民家に出て、そこで本来の道と合流するのだが、その先は工事中となっていた。

工事中ということであれば、歩きであっても通れないだろうから、おばさんの言うことは正解だった訳である。とはいえ、そういうことだったら地図くらい掲示して、工事中の場所とか迂回路とか、分かるようにしておいてほしいものである。

合流点から宇藤木集落まで、さらに20分ほど歩く。途中で軽トラックを止めて作業していたおじさんと会う。

「高宕山に行くのかい?」
「そうです」
「神社の右の道は行けるけど、奥の道は崩れちゃって通れないよ。前は通れたんだけどね。」

なるほど、大変な道のようだ。これから行く道は「右の道」なのか「奥の道」なのかは定かでないし、おじさんのいう「前」が何年前なのかも判然としない。「房総のやまあるき」は平成23年に改訂版を出した時に歩いて確認しているはずだが、まあ、とにかく行ってみるしかない。どうしても通れなければ引き返せばいい。なんたって房総、そんなに深い山ではない。

そんなこんなで結局、宇藤木集落に着いたのは計画より30分遅れて午前10時。十数軒の小さな集落で、子供がいたら学校まで行くのが大変だろう。庄屋のような大きな門構えの脇に郵便ポスト(この家のではなく収集用)が置いてあるのが印象的だった。向こうに鳥居が見えて、そこで道が右と左に分かれている。

鳥居の奥は八坂神社だと思って近づいてみると「宇藤木集会所」の看板があった。あるいは、社殿を再建する費用を工面するのに、集会所という建前にしたのだろうか。そして右の道を進むと間もなく、「房総のやまあるき」に書いてある素掘りのトンネルを通過した。ここまでは何とか合っているようである。

 


県道を戸面原ダムに沿って4、500m進むと、豊岡光生園の大きな看板と、う回路の標示があった。歩き始めから、かなりのタイムロスを喫してしまった。


宇藤木集落にある八坂神社。鳥居の奥の本殿には、「宇藤木集会所」の看板がかかっている。


神社の右の道をしばらく行くと、素掘りのトンネルをくぐる。「房総のやまあるき」に書いてあるとおりである。

 

中洲のような楔形の位置にある神社を右手に進むと、すぐに素掘りの短いトンネルをくぐる。このあたり、左手に高宕山の稜線まで直接登る登山道があるらしいのだが、それらしき道もないし、目印となるテープもない。あるいは、おじさんの言っていた「今は通れない奥の道」はそれなのかもしれない。深い谷を回り込みながら、道は曲がりくねった谷沿いの急な坂を進む。

しかし、坂道をかなり登っても「房総のやまあるき」に書いてある最奥の農家は見えてこない。舗装道路だし、電柱と電線があるのでこの道でいいのだろうが、どんどん人里を離れてくる。10分以上登って、ようやく平坦な高台に出た。

最奥の農家はその言葉から受けるイメージとは違って、小規模な農場のようである。道路沿いには広い畑が開けていて、その奥に2軒の2階建ての家が建っている。おばさんが、畑を耕していた。最も近いお隣さんでも10分以上、心細くはないだろうか。ずっと家族だけの生活はどういうものなのだろうと想像する。

このように他の民家と離れて立地している農家の場合、牛などの家畜を飼っているいる場合が多いが、あるいは昔は飼っていたのかもしれない。「やまあるき」には農家のあたりで舗装が切れ立入禁止のロープが張られているとあるが、舗装も続いているし立入禁止とも書いていない。そのまま舗装道路を道なりに進む。

舗装道路は農家の先もしばらく続く。隣の集落に出るような道だが、この先に集落はない。最奥の農家まで坂道を登ってかなり標高を上げたはずだが、今度は坂道を下って行く。稜線に上がるのにこの道でいいのだろうか、農家のところで他に道があっただろうかと少し不安になるが、この先は川に出て渡渉のはずだから、坂を下るのは正しい道のはずである。

舗装が切れた先に物置小屋のようなトタンの小屋があり、その横に害獣除けの罠があった。房総には熊はいないので、イノシシ除けだろうか。この先で野生のシカも見たのだが、シカが入るには小さいようだ。この後は湊川源流を渡渉すると書いてあるので、川の流れている方向に下りて行く。舗装はないけれども、それらしき道のようなものはある。

5分ほどで川に下りた。渡渉というからかなりの水量があるかと思っていたら、石にかぶるかどうかというくらいで、そのまま渡ることができる。とはいえ、川幅はかなりあるので、大雨の後などはかなりの水量になるのだろう。向こう岸に赤テープが見えるので、そちらに向かって進む。

向こう岸の赤テープの付近からは、踏み跡はずいぶん薄くなる。山林境界標の赤い目印と、頭だけ出ている標石が行く方向を示しているが、傾斜が急なのと、倒木や枯れた竹が道をふさいでいるので、登るのは容易ではない。なんとか赤テープを探して、次の道を確保する。「やまあるき」には標石のFの番号をたどると書いてあるが、それらしき番号は汚れたり消えたりして分かりにくい。

危なっかしいトラバースの斜面を抜け、切り通しの場所を抜けて登ると稜線で、そこからは踏み跡がはっきりする。切り通しがあるということは、岩を砕いて道を開いたということであり、かつては道として使ったのだろうか。実際に境界標や標石がある以上、何かの用途で使ったことは確かなのだが、これだけ荒れているということは、最近は使っていないということである。

踏み跡をたどって登って行くと、杉の造成林と思われる場所に出た。かなり広い。木の間隔が一定で、下草も刈ってあり、ときどき太い幹が伐って横にしてあるので、ひと手が入っているのは間違いない。それにしても、ここで育てた木をどうやって搬出するのだろうか。あるいは、先ほど通った切り通しは、林業が盛んだった頃に作られたものだろうか。

 


集落から20分ほど坂道を登ると、最後の農家を通過する。さらに進むと、イノシシ除けと思われる罠が登場した。


戸面原ダムに注ぐ湊川の源流付近。渡渉して南東の稜線を目指すが、なかなか大変。


このあたり、山林境界標(正面のパイプの上の赤い目印)を頼りに進むが、次第に枯れた竹が道をふさいで行く手をふさぐ。

 

広い造成林に入ると、踏み跡がはっきりしなくなった。左手に稜線が見えるのだが、そちらの方向に赤テープは見当たらない。南に向かって谷沿いに歩くと次の赤テープが見つかったが、その方向に歩くと真正面から太陽がのぞいてきて、まぶしいので次の赤テープが見つけられないのである。

とはいえ、房総の山であるのでそこまで深くはない。谷沿いに下りる道がなさそうなのを確認しいったん稜線に登ってみると、中腹あたりに踏み跡とテープが見つかった。テープの木まで下りて、踏み跡を進む。このあたりで時刻は午前11時過ぎ。宇藤木の八坂神社から大体1時間かかった。

両側が切れた尾根を過ぎて、次のピークへと向かう。造成林が終わり、自然林になったので背が低く明るくなった。それでも、1/25000図には載っていない道だし、標識もなくテープ頼みなので大変である。

ピークを一つ二つと過ぎたあたりで、トラバースの道が斜めってだんだん狭くなる。しばらく前から赤テープも見当たらない。方向としては南ないし南東に向かっているので合っているはずだが、房総は15度違っても別の尾根に出てとんでもない方に向かってしまう。仕方なく赤テープのあったところまで戻ってみると、ピークから180度逆方向に道が続いていた。

そんな具合に行ったり戻ったりを繰り返していたら、眺めのいい岩のピークに出た。時刻も11時半といい頃合いなので、ここで食事にする。風もなくたいへん暖かな日で、お湯を持ってきたけれどもむしろ冷たいものがほしいくらいである。スポーツドリンクを飲みながら、あんぱんとランチパックのピーナツを食べる。

ちょうど東に向いている岩だったようで、正面にこれから歩く市界尾根が広がっている。左手をたどると高宕山、右をたどると三郡山に至る尾根である。高宕山を歩いた時は八郎塚に回り、三郡山を歩いた時は尾崎から豊英に下りたので、その間の市界尾根は歩いていない。県道から見ると大きくそびえている笹子塚がその主峰である。これからそちらに向かう計画であった。

ところが、工事中の道路を迂回した影響で宇藤木まで30分多くかかってしまい、ここまで歩いた尾根でも道を探すのに手間取った。冬なので、早くに山を下りてしまわないと前回の戸倉三山の時のように真っ暗になってしまう。真っ暗になってしまえば、奥多摩も房総も同じくらい危ないのである。場合によっては、エスケープルートをとることも考えなくてはならない。

20分ほど歩いて出発。後からGPSのデータを確認したところ、「やまあるき」に書いてある眺めのよい229.2mの岩峰というのは、私の休んだピークだったようである。特に目印も案内板もない。

そして、ここからの尾根道はたいへん迷いやすい。というのは、ピークは一枚岩になっているところが多く、尾根を末端まで進むと岩が切れ落ちている。下りれば下りられなくもないが、テープも付いてないところを下りても先に続いているかどうか分からない。そういう場合は最後に赤テープのあった場所に戻るが、そうするとあさっての方向に道が続いていたりするのである。

一枚岩のピークを過ぎて振り返ると、いま歩いてきた道の脇は数十m切れ落ちた崖になっているのが見えて、こわい思いをする。そういえば、県道から見てもときどき白い岩壁が立ちあがっているので、そういう地質らしい。宇藤木集落からこちら誰とも会っていないので、万一のことがあれば誰にも見つからないだろう。房総とはいえ、危険なところは危険なのである。

あるいは、テープの先の踏み跡は斜めったトラバース道で通れるかどうか分からない。そこでピークへの道を登ってみると、やっぱりその先は行き止まりである。結局もとに戻ってトラバース道を進むと、しばらく歩いた後でようやく赤テープが出てきたりするのである。

そんな具合に迷いながら進んで、ようやく市界尾根に出た。この尾根は1/25000図にも道として載っていて、道幅もあるし赤い印やら標石やらあるので間違いなく市界尾根であることが分かる。分かるのだが、この尾根に出た時点で時刻はすでに12時40分、お昼を食べた229mピークからの距離は1kmもないはずなのだが、50分もかかってしまった。


稜線に上がると踏み跡は大分はっきりしてくる。そしてこの造成林、赤テープを目印に進むのだが、これもまた大変。


おそらくここが「房総やまあるき」の229mピーク。このあたりのピークはすべて岩で、上に登ると眺めはなかなかいい。


通ってきた尾根を振り返ると、すぐ横は切り立った崖だったりする。低山とはいえ注意して歩かないと危ない。

せっかく市界尾根に合流したのだから、とりあえず近くのピークまで登ってみる。北に7、8分歩くと尾根道より20mほど上のピークがあった。登ってみると、山名標はないけれども、赤い境界票と、三角点のような太い標石が埋まっており、「山」と彫られている。他にもプラスチックや木の杭が何本か刺さっていて、何かの目印になっているピークのようだ。

時刻はすでに午後1時10分前。「やまあるき」のコースタイムでは市界尾根合流から笹子塚まで40分、そこから茶立場分岐まで45分、合計1時間半である。そこから豊英方面に下りるのを1時間とみて合計2時間半。いまからだと午後3時半になる。山の3時半は冬だともう夕方だし、東の斜面であればもう日は落ちている。そして30分遅れただけで4時過ぎだ。

ついこの間、戸倉三山で日が暮れてヘッデンで下りてくるという思いをしたばかりである。予定どおり行っても3時半というのはリスキーである。そもそも、スタート時点で道がふさがっていた時点で、計画通りではなかったのである。またヘッデンで下りるのも嫌なので、安全策をとってエスケープルートから下りることにした。

(この判断はたいへんよかった。というのは、後日このルートの先を進んだのだが、茶立場分岐から豊英へまともに下りることができなかったのである。)

GPSで改めて現在位置を確認する。北緯は35度10分、東経139度59分55秒。間違いなく、尾崎分岐の北側である。さきほど合流した地点まで戻ってさらに南下すれば、2年前に通った尾崎分岐にぶつかるはずである。そこから東に向かえば、40~50分で麓まで下りられるはずだ。そこから国道を歩いても、2時半までにはロマンの森に着くことができるだろう。

そう決まればあとは歩くだけである。GPSで確認したとおり、合流点を過ぎて南下するとすぐに尾崎分岐になった。前回歩いた時は夕方に近かったのでもっと暗かったように覚えているが、今回はまだ1時頃なので日が当たっていてとても明るい。そして尾崎方面を示している道標は飴色の新しいものになっていた。

尾崎への尾根道は、1/25000図に載っているので、宇藤木からの尾根とは違ってちゃんと道になっているが、それでも結構なアップダウンがある。こんな道だったっけと思いながら歩く。少し北東に向いているので、左手に市界尾根が見え隠れする。木の間から見えているのは、行くはずだった笹子塚である。まあ、あわてなくてもまた来る機会はあるだろう。

道が左に大きくドッグレッグして下るあたりで、前に通った時の記憶がよみがえってきた。スイッチバックの急坂を下り、少しすべりやすい造成林の脇の道を下ると、木の間から10~20m下に流れる川が見えてくる。尾根の末端にあたるため、右に見える川からぐるっと回って左へと流れているのだ。

川まで下りると赤テープが目印に貼られている。ここは十数年前に、インターハイ登山部門の会場となったのだ。国道への登り坂はあまり人が通らないのか、草が繁茂している。登りきると尾崎の農家の畑である。

農産物直売所の前を通って国道410号に午後2時前に到着、国道を15分ほど歩いてロマンの森でこの日の行程を終了する。3時10分のコミュニティバスの時間まで、白壁の湯で汗を流すのにちょうどいい時間であった。あたたかいお風呂で手足を伸ばしながら、やっぱりお風呂に入るくらい余裕がある方がいいなあ、と思ったのでした。

 


ようやく市界尾根に合流したが、予想外に時間がかかったのでこの日は無名ピークで撤退。立派な標石は何だろう。「山」と彫ってあった。


南下して尾崎へエスケープルートをとる。分岐点の看板は、2年前のものから新しくなっていた。


こんな尾根だったっけ、と思いつつ2年前に通った尾崎への下り道を歩く。左手ぼんやり見えるのはこの日通るはずだった笹子塚か。

 

この日の経過
戸面原ダムバス停 9:00
9:50 宇藤木 9:55
10:30 渡渉地点 10:30
11:00 植林地 11:05
11:30 229mピーク(昼食) 11:50
12:40 市界尾根 12:40
12:50 292mピーク 12:55
13:40 尾崎 13:45
14:15 白壁の湯
(GPS測定距離 11.2km)

[Mar 13, 2017]