070 七番十楽寺 [Sep 5, 2015]


この図表はカシミール3Dにより作成しています。

六番安楽寺の北側に出る。この道はすでに県道12号線ではなく、交通量はそれほど多くない。安楽寺の敷地に沿ってしばらく道なりに歩く。

宿坊の裏にはボイラーのような施設が見える。温泉山安楽寺の宿坊は山号通り温泉なので、その施設かと思われる。ここに泊まると、大浴場があるというのは大きな魅力であるが、この日の泊まりを七番としたのは、まるでビジネスホテルという宿坊が楽しみだったのと、少しでも先に進んだ方が翌日の行程が楽だということが大きな理由であった。

安楽寺の敷地を過ぎると道路は狭くなり車のすれ違いが困難となるが、遍路道はそこからさらに右左と折れて細い道に入る。「昔からのへんろ道」と書いてある。低い家並みの農家が続くが、しばらく歩くと周囲を圧する鉄筋の建物が見えてくる。あれが噂に聞くビジネスホテル宿坊に違いない。

六番と七番の間は1.2km、20分も歩くと着いてしまった。山門は六番同様に竜宮城のようだ。実は六番も七番も(他にもこのあたりの札所の多くは)戦国時代に長宗我部軍の攻撃で焼けてしまい、江戸時代になって再建された。この門は中国・明時代の様式で、そのものずばり竜宮門と呼ばれる。江戸時代初めは明朝末期にあたり、当時流行の建築様式だったということだろう。

光明山十楽寺(こうみょうさん・じゅうらくじ)。弘法大師空海の開山とされるが、1687年の真念「四国遍路道指南(みちしるべ)」では、「十楽」という寺名は極楽十楽から採っているとある。本尊が阿弥陀如来でもあり、浄土思想の影響を受けた霊場であることは間違いなさそうだ。

源信の往生要集によれば、阿弥陀如来の浄土である極楽浄土には、聖衆来迎(しょうじゅうらいごう)の楽をはじめ十の楽しみがあるという。聖衆来迎とは、仏教画等でよく題材にされる、死ぬときに阿弥陀如来はじめ諸仏が迎えにくるというあのイメージである。

正面の本堂、石段を上がった大師堂に順を追ってお参りする。幸いに六番も七番も参拝者が少なくて、落ち着いて読経できたのはありがたかった。竜宮門の中にも何かの施設があるらしかったが、さすがに1日の終わりで少し疲れていたので早々に納経所に向かう。

さて、この日の予定はここまでである。時間をみるとまだ3時半、「うどん萌月」のご主人の言うとおり、ゆっくり歩いて十分間に合った。あるいは六番に至る経路で道迷いがなければ3時くらいには着いたかもしれない。ただ、次の八番熊谷寺までは4km以上あるので、早く着いたとしても行って戻ってくるのはちょっと難しかっただろう。

何しろこの日は午前3時起きで支度をして、5時の始発電車に乗ってここまで来ている。翌日も20km以上の長丁場が待っているし、ここは無理せず体を休める手だろう。

納経所は宿坊入口にあると書かれている。まずはご朱印をいただかなければならない。宿坊の入口を入ると、納経所へのガラス戸正面に「納経所内は撮影禁止です」と書かれている。撮影禁止はそうかもしれないが、そんなことをことさらに書いてある札所はここまで記憶にない。少し不思議に思いながら中に入った。

納経所に座っている女性を見て本当に驚いた。すごい美人なのである。

十楽寺の美人納経については、そう思ったのは私だけではないようで、後から探したら方々のサイトにそう書かれていた。やっばりカメラ小僧がいたのかもしれないなあ。気持ちは分かるけど。


六番安楽寺を過ぎると、交通量はぐっと少なくなる。道案内にしたがって「昔からのへんろ道」に入る。


低い木造の建物が続く中、見えてきたのが鉄筋4階建ての豪壮な建物。噂のビジネスホテル宿坊に違いない。山門は六番同様、竜宮城のようだ。

「雛には稀な」という決まり文句がある。ひなびた田舎には珍しいという意味で、少し引っ込んだところにいる美人を示す形容詞なのだが、十楽寺で納経していた女性は都会水準で見てもすごい美人であった。

お前は身近に美人がいないんだろうと思われるかもしれないが、三、四十年前はそれなりの会社にはそれなりの美人が必ずいて、「ミス△△」と呼ばれたものである。バブル崩壊以降、各社とも新卒採用をほとんどしなくなって、いまや受付も役員秘書も派遣社員が当り前である。建前上、派遣社員は顔で選んではいけないことになっている。昔は少しは柔軟だったが、現在では実務能力で選ぶのが常識となった。

加えて男女雇用均等法以来二十年が経過し、女性もきっちり仕事をするのが当り前の時代になってしまった。二十年といえば、ほとんど一世代の違いである。いまの女子社員は、昔、若手の嫁候補と言われた時代があったことを知らない。仕事よりも美容とか身だしなみに気を使っていられる時代ではなくなったのである。(私見だが、女性同士で仲間外れにならない程度の身だしなみにしているように思える)

私の記憶に残っている美人も、考えてみれば少なくとも15年、うっかりすると30年前までさかのぼる。15年くらい前の例だと某オリンピック委員会の方とか、某自治医大の方ということになるし、25年ほど前、太陽神戸銀行の本部にいた美人もすごかった。(家の奥さんも、それはそれは可愛らしかった。30年以上前だけど)

これまで六番札所まで納経所で筆を握っていたのは、中年のおじさんかおばさん、それかおばあさんというのが定石であった。さすがに四国八十八札所、奥が深い。うら若き女性の納経というのは、ここまで見たことがなかった。その上すごい美人である。あるいは「撮影禁止」を強調するのは、美人の納経風景を写そうという輩が多いせいなのかもしれない。

若いけれども達筆な納経が終わった後、「今日、宿坊を予約しているんですが、もう入れますか?」と聞いてみる。「入れますよ。こちらにどうぞ。」と宿坊入口の窓口を示される。入れ違いに納経の人が来たので、彼女はそちらに対応。宿坊受付と納経と、一人でこなしているようだ。綺麗なだけでなく手も早い。大したものである。

少し待ってそちらが終わると、宿坊の説明。B5用紙に注意書きがあって、それを説明してくれる。夕食は6時、朝食は7時、ともに1階の食堂。この日は大浴場はお休みなので、部屋のユニットバスを使ってください。コインランドリーは各階の北側にあります。そして申し訳なさそうに「明朝のお勤めはありません」

その言い方からすると、こちらのお嬢さんかお嫁さんなのかもしれない。緊張して(w)しまって聞くことができなかったので寺との関係は不明ながら、とにかくここ最近見たことのないくらいの美人であった。

エレベーターを上がると、廊下がすでにビジネスホテルである。カードキーを使って部屋に入ると、西側に向かって眺めが開けていてとても気持ちがいい。エアコン、TV、冷蔵庫も完備、電気ポットもある。唯一、無線LANが飛んでいなかったが、後から食堂に行ったらソフトバンクだけ通じていた。

かなり汗をかいていたので、白衣上下と速乾下着を脱いでシャワーを浴びる。ずいぶんとさっぱりした。持ってきた泊まり用のTシャツと半ズボンに着替えて、コインランドリーで今日着た白衣上下、速乾下着と汗みどろのタオルを洗う。洗濯機の横に、ニュービーズが置いてあった。


七番十楽寺の本堂と、左上が大師堂。澄禅「四国辺路日記」には、お堂は形ばかり残っていると書かれているが、江戸時代に入ってすぐに復興されたようだ。


宿坊入口。入口からまっすぐ進むと宿坊受付、右に折れて椅子が見えるあたりが納経所。この日は同じ人がやっていましたが、その方がまたすごい美人!でも撮影禁止。

洗濯を待つ間、気になる翌日の天気予報を探してTVをつけてみる。ところが驚いたことに、映る局はNHK徳島の他は本州の民放で、それも和歌山、神戸、大阪の局なので徳島県の天気予報までやらないのである。仕方なく、NHK徳島の天気予報を待つ。

ようやく始まった天気予報は、あまり芳しい結果ではなかった。気圧の谷が接近しており今夜から雨、翌日の降水確率は80%と言っている。ほぼ確実に雨が降りそうな形勢である。

洗濯・乾燥が終わって翌日の支度をする。乾燥時間は30分100円ですませたので乾くかどうか少し心配だったが、速乾白衣は熱くなるくらいに乾燥したし、タオルも心地よくふわふわになった。そうこうしているうちに6時になり、「夕食の用意ができました。お客様は1階食堂にお集まりください」と館内放送が流れる。

夕食に集まったのは3人で、いずれも中年男のひとり遍路であった。給仕をしてくれるのはやはり中年の男女。男性は寺の人のようだったし、女性は食事専門のパートの方のようだった。

「ビールは缶もありますし、生もできますよ」とのことなので、迷わず生ビール。中ジョッキがキンキンに冷やしてあって、ビールを溢れるほど入れてくれる。料理はカツオのたたきがメインで、煮物の炊き合わせにはカニが入っているし、豆腐と何かのゼリー寄せ、それと山菜のお漬物などの付き出しである。

実はWEB上で、こちらの料理はおいしくないと書いてあったのでそのつもりでいたのだが、そんなことはなくたいへんにおいしい料理だった。カツオは冷えていて生臭さは全くなく、薬味に生姜と大蒜のすりおろしが付いているのも気が利いている。思わず生ビールをおかわりしてしまった。

もう一つ驚いたのは、ご飯が尋常でなくおいしかったことである。普段、東横インの朝食ばかり食べているせいかもしれないが、西日本で食べるお米はいつもちょっと物足りないのである。今回のお遍路も四国であるので、お米はそんなにおいしくないだろうという先入観があった。ところが、ちゃんとおいしいのである。

いまや日本全国どこへ行ってもコシヒカリを作っているから驚くにはあたらないのかもしれないが、四国はそこいら中にため池があるように水不足の本場であり、それほどおいしいお米が作れるとは思わなかったので本当に意外であった。

食事中は、おばさんと中年遍路3人組で情報交換会。もっとも話題になったのは十二番焼山寺のことで、日が短くなるこれからの季節は、例年行き着けない人が出て夜中に捜索ということになるのだそうだ。だから、できるだけ十一番藤井寺に近い場所に宿を取って、朝早くに出発すべきだというのがおばさんの意見であった。

印象的だったのは、何かのはずみで今日はすいてますねという話になったとき、「今年の春は忙しくて2、3日しか休みが取れなかった。お昼はお昼で団体さんの食事があって大変だった。」ということなので、全く経営が成り立たないということでもなさそうなので安心した。

それにしても、WEB情報には当てにならないのもあることだなあと思ったものでした。朝早かったので8時前には電気を消して寝てしまった。

[行程]六番安楽寺 15:15 →(1.2km) 15:35 七番十楽寺(泊)


これが噂のビジネスホテル宿坊。看板に偽りなし。WEBに出ていますが、カードキーです。


この日の夕食。食堂は1階で、時々団体客のお昼も出すとのこと。これがまたおいしい。ビールも生があってジョッキも冷えてます。

[Dec 12, 2015]