014 ギリヤーク2015函館公演 [Aug 23, 2015]

2015年夏の北海道公演は、残念ながら師匠の体調が整わず中止となってしまった。しかしながら、師の故郷である函館市の8月公演だけは、何とか実施したいという師匠の意向がファンブログに載っていた。

そして、7月31日、函館市地域交流まちづくりセンターの記事に、例の紀(キノ)さん写真展の案内に加えて、「写真展をご覧になって、ギリヤークさんの踊りを生で見た~い!と思った方は写真展終了後から2日後の8月23日(日)12時半からざいだんフェスティバルにて、ギリヤークさんが躍る予定」と書いてある。

さらに検索したところ、なんとNHK函館放送局のホームページに、紀さんの写真展と師匠の公演予定がupされている。ということは、NHKの放送(ローカルニュースにしても)で告知されたということである。すると、満身創痍の師匠が少なくとも函館に来るのは確からしい。ならば、何とかして私も行かなければならないと思っていた。

そして偶然のことだが、その週末、私は仕事で函館にいるのだった。もちろん仕事が優先なので、21日夕方に予定されている師匠と紀さんのトークショーには行けないのだけれど、写真展を見るのと、昼間の公演には何とか参加できそうである。という訳で、半信半疑ではあるものの、とりあえず函館に向かったのでありました。

函館市地域交流まちづくりセンターを訪問したのは、写真展最終日の7月21日(金)の11時前。駅から函館山方面へ向かうのは久しぶりである。

昔、駅前にホテルがあまりなかった頃、「ホテル函館山」に何回か泊まった。市電駅から高田屋嘉兵衛像の横の坂道を登るのだが、これが結構きついのだ。今回の写真展が行われるまちづくりセンターは、市電通りに面しているので基本的に平らなので助かる。

東北以北で最初に導入されたエレベーターを持つという由緒ある建物で、エントランスを入ると1階は広々としたオープンスペースとなっている。正面にセンターの受付があり、写真が展示されているのは受付前方のギャラリースペース。下の写真でいうと、入口左側の木の見えているあたりの建物内である。

パネルごとに、新宿、京都、函館、稽古風景などテーマ名が付けられ、右下にキノさんの感想や撮影時のエピソードなどが書かれている。ひとつひとつ読んでいたら、結構時間がかかった。そして、写真展を見た人からギリヤーク師へのメッセージを貼り付けるパネルがある。最終日なのでかなりの数のメッセージが貼られていた。せっかくだから私も「がんばれ!!」と書いて、隅っこの空いたスペースに貼らせていただいた。

そうこうしている間に、パソコンを持った小柄な女性がギャラリー前のソファに腰掛けた。キノさんのようだ。ギリヤークの公演でカメラを構えたときに見たイメージとちょっと違った(あるいは妹さんか?)。せっかくなので「あさっての公演は、大丈夫そうですか?」と聞いてみた。

「この間お電話したら、だいぶ体調が戻ってきたというお話でしたよ。今日の夜もここに来ていただいてお話しすることになっています。」

おお、何とかなりそうだ。あとは激しい動きができるかどうかだけれど、鹿沼とか横浜のように夜の公演ではないし、いまの函館は気温こそ30度ないくらいだが、暑く感じるくらいの陽気である。正午過ぎという時間帯であり、いまの師匠の体調からすると暑すぎず寒すぎず一番いい気候ではないかと思う。

この記事がupされる翌日、23日の日曜日、五稜郭にほど近い千代台公園陸上競技場で12時半スタート、師匠は支障なく現れるだろうか。

正面ドームがあるのが、会場の函館市地域交流まちづくりセンター。バックはもちろん函館山。

1階ギャラリーに、キノさんの写真が展示されています(2015/8/21まで)。

8月23日の朝はどんよりと曇り、時折りぱらぱらと小雨が落ちてくる天気。ただ、傘を差すほどの雨ではない。時間になったので千代台公園に向かう。

千代台公園は何回か行ったことがある。出張の合間、体を動かしたい時にこの公園にあるプールに来るのである。市営なのでとにかく安く、出張の時には重宝させてもらってきた。今回の会場となる陸上競技場はプールの横にある。ただ、市電通りから歩くと球場の奥になるので、そこからプールや陸上競技場へぐるっと回り込むことになり、多少歩かなければならない。

遠くからも陸上競技場の前に、「ざいだんフェスティバル」の立て看板が見える。公園を運営している函館市文化・スポーツ振興財団の主催する行事で、ここに師匠が招かれているのである。さて、師匠の公演はどこでやるのだろうか。いつもの例だと競技場前あたりのアスファルトの上にろう石で丸が書いてあるのだけれど、見当たらないようだ。競技場の中に入ってみる。

結構すごい人だ。何百人か入っているようだ。おもちゃや食べ物の出店がある。ちょうど正午ごろで、みんな陸上競技のトラック上に置かれたベンチに座って子供達とお昼にしている。そのトラックの中、芝生のきれいに生えそろったフィールドの真ん中あたりに、「じょんがら一代」の幟がはためいている。おお、師匠は無事公演にこぎつけたようだ。何よりのことである。

それにしても、トラックのど真ん中、メインとなる場所である。しかも、芝生は見事に整っている。こんな場所で公演をさせてもらえるとは、さすが師匠の故郷である。

ろう石の丸の代わりに、何かの競技で使うのであろう、プラスチックの目印(写真)が丸く置かれている。その目印の周りに、まだ開演まで30分近くもあるのに20人くらいの観客が、すでに集まっているのであった。いつもながら、なんともうれしくなる光景である。

せっかくのきれいな芝生なので、腰を下ろさせていただいて待つ。開演が近づくといよいよ人が集まってきた。スタンドから「12時半から、ギリヤーク尼ヶ崎さんの公演が行われます。この夏、ギリヤークさんの唯一の道内公演となります」と放送されると、さらに人が集まって目の子で200人以上。多いときの新宿公演くらいの結構な数になった。それでも、丸の大きさが普段より大きいので、立っている人が何重にもなるという六角橋のようなことはない。

12時30分を少し過ぎて、「ちょっとごめんなさい」と人垣の間からギリヤーク尼ヶ崎師匠が登場。少し痩せたような気がするが、カートに商売道具を入れて、それにスピーカー入りのリュックをくくり付け、茣蓙や杖の入った風呂敷を元気にかついでいる。盛大な拍手で迎えられたギリヤーク師はとてもうれしそうだ。

おもむろに支度を始めるが、久々の公演のせいか、流れがよろしくない。「青空舞踊公演 公演時間15分」を組み立てるのも時間がかかってしまうし、トランクや着替え袋の場所もしっくりこないらしく、何度もやり直している。サンサーンスが終わってもなかなか準備が整わない。すぐに音楽が終わってしまい、あとはBGMなしになってしまった。

「なかなか支度ができないな」などと独り言をぶつぶつ言っているうちに調子が出てきたようで、「手が震える病気になっちゃって、今日は来れないかなと思ってたんだけど、印刷物に名前印刷しちゃったって言うし、頑張ってやってきました。」と話しているうちにだんだん調子が出て、声も大きくなった。まあ、震えるのはいつものことである。

化粧が終わって触れをする直前になって、「あ、大事なものを忘れてた」と言いながらお母様の写真を出す。今日は膝当てしないのかなと思ってたら、その後にトランクから膝当てを取り出す。ペットボトルの水の位置も何度もやり直している。やはり久々が響いているようである。(後で、さらに忘れ物があったことが判明する。それは次回に)

それでも、「じょんがら一代」はよかった。六角橋の時のように動きが止まることもなく、エア三味線の動きも大きい。本人は、「じょんがら一代であまり張り切っちゃうと、最後の念仏まで踊れないからね」なんて言っているが、出だしがよければ調子も出る。思うに、柔らかい芝生のクッションが、傷んだ師匠の足腰にはよかったのではないかと思う。

曇り空の函館千代台陸上競技場に、ギリヤーク師登場。「やっぱり函館は暖かいね」

イベントの放送は一時中断されて、例のおんぼろスピーカーから「じょんがら一代」が流れる。師匠、故郷に錦。

この日のじょんがら一代はノリノリで、久々にエア三味線の踊りが冴えてました。芝生のクッションが足腰に良かったのかな?

じょんがら一代が終わると、あちこちからティッシュに包まれたおひねりが投げられる。会場ごとにおひねりの投げられ方もいろいろあって、函館では投げられるタイミングが早い。じょんがら一代が終わるともう一杯のおひねりである。他の地区だと折り紙に包んであるのが多いのだが、ここはティッシュが多い。コンクリートだと後から水に濡れて何なのだが、芝生だと濡れたり汚れたりしないのがいい。

師匠も調子が出てきて、「函館に戻ってくるとこちらの言葉が出てきます。東京でも標準語話してるつもりなのに、やっぱりなまりがあるって言われて、役者はあきらめて大道芸人になりました。」とトークも調子が出てきた。

「よされ節」では、写真集の出版で集客に一役買ったキノさんも駆り出されて踊る。みなさん、下が芝生で気持ちよさそうだ。と足下を見ると、この日のギリヤーク師は足袋を履いていない。前回の横浜では足袋がなかなか入らなかったところをみると、足がむくんで入りにくいのかもしれない。今回については、裸足なのでそのあたりはスムーズだったようだ。

よく思い出すと、今回は、化粧の時に頭にかぶるネットも付けなかったようである。それこれ考えると、いつもの様子とかなり違う印象だったが、誰からも手順違いを指摘する声は上がらない。郷土の方々は暖かく見守ってくださっているようだ。

と、次の念仏の支度をしている途中で、「あれ?あれ?」と何度もトランクの中身をひっくり返して探している。まず数珠を引っ張り出したのだが、まだ「あるべきもの」がない。なんと、念仏用の帽子と、よだれかけがないのであった。あれがないと、いつもの「きつく縛ってください、もっと・・・それじゃ苦しい」のギャグができないのに。

トランクの中は全部見たけれどなくて、最初に着替えを入れた袋もひっくり返したがここにもなく、風呂敷の中にもない。結局それらの小道具は見つからなくて、「すみません。お地蔵さんの帽子を忘れてきたみたいで・・・。でも、お地蔵さんもいつも働いていたら大変だから・・・」と即興のギャグ(?)でごまかす。したがって念仏の触れは、下の写真のようにいつもと違うスタイルでやることになってしまった。

「苦しい」のギャグができない分、時間が余ってしまったのか、プログラムの布をめくりながらトーク。「老人という踊りは1分くらいで、老人をイメージして作ったんだけど、本当の老人になってしまって。裸で踊るんで、また痩せちゃったんで今日はやめておきます。・・・やっぱり最後にやろうかな。念仏じょんがらがないなあ・・・あ、裏返しだった。字も読めなくなっちゃった。」このあたりは地なのかギャグなのか不明である。

最後の念仏じょんがらも、なかなか気合いが入っていた。動きが大きくてスムーズである。「いよーっっ」と声も出る。やっぱり芝生のクッションが足腰にいいのだろう。そして、いつもは階段を探して駆け上って駆け降りるをやるのだが、この日のバケツの位置はトラック間際のフィールドの中なので、ここも平らなのである。

「大道芸人をして、ここまで何とか食べてきました。今日は踊れないかと心配だったけどなんとか踊れたので、来週の札幌もがんばります。」

公演中、ちらっとにわか雨が降ったが、傘を差すほどにはならず、じきに止んだように天気にも恵まれた。横浜六角橋以来の公演であったが、その時より足腰の具合がかなり改善されているように見えたのは、何よりの事であった。

じょんがら一代が終わるとご祝儀が芝生の上に投げられる。続けてよされ節。「好きに踊っていいですから。」

念仏じょんがらを触れる。いつもと様子が違うのは、帽子とよだれ掛けを忘れたからです。

故郷に錦を飾る念仏じょんがら。「今度は最後に『老人』を踊りたい」とのことでした。

[Aug 28, 2015]