080 八番熊谷寺 [Sep 6, 2015]


この図表はカシミール3Dにより作成しています。

前の日は8時前に寝てしまったので、翌朝は早く目が覚めた。とはいっても5時に起きるのはいつもと同じである。窓を開けて外の様子を見る。予報通り夜の間にひと雨あったらしく、屋根も道も濡れている。雨の朝のお寺というのはいい雰囲気である。ただ、いま現在は雨は降っていないようである。

普段ならネットでメールチェックやブログ記事の確認をする時間なのだけれど、残念ながらネットはソフトバンクしか通じていない。前日訪れた札所や道中の様子について忘れないようにメモをしておく。6時を過ぎてニュースと天気予報をチェック、6時25分からは家にいる時と同様にテレビ体操である。体操を終えると着替える。

天気予報が怪しかったので、登山用のモンベルレインウェア上下は用意していた。上は山野袋に入れていつでも出せるようにしておくとして、下はどうするか。道中で着替えられるところはまずないだろうし、安全策としては最初から着て行くのが無難かもしれない。そんなことを考えながら支度をしていると午前7時、朝食の時間になった。

夕飯同様、朝ごはんもおいしかった。実は生卵が食べられないので返すことが多いのだけれど、こちらのメニューはゆで卵で、半分に切ってサラダに乗っているのも気が利いている。さばの文化干し、味付け海苔、梅干しにたくあんもある。ご飯をおかわりしていただく。

ご飯をおかわりしたのは、お米がおいしかったことが一つの要因だが、もう一つ理由があって、この日の昼食を食べられないかもしれないと思っていたからである。

前の日に「うどん萌月」で話を聞いたところ、夕方に徳島まで戻るためには12時までに切幡寺を出なければ難しいとのことである。そして2時には藤井寺、3時前には鴨島駅に着いて徳島行きの電車に乗ることになる。そういうスケジュールだと、切幡寺までよほど早く着いていない限り、お昼を食べている時間的余裕がないのである。

そして、もし時間に余裕があったとしても、確実にお昼を食べることができそうな場所は切幡寺の周辺だけで、藤井寺への10km弱の間に食堂とかコンビニがあるかどうかよく分からない。そしてコンビニで食糧を調達できたとしても、雨が降れば食べる場所が心許ない。あれこれ考えて、いざそういう場合になっても大丈夫なように、しっかり朝を食べておこうという作戦である。

朝食が終わって7時半過ぎに十楽寺を出発。考えた結果、レインウェアの下はここから着て行くことにした。チェックアウトに昨日の美人がいないか気になったのだけれど、美人どころか誰もいなかった。ご用の際は内線XX番と書いてあるが、あえて呼び出して挨拶することもないので、誰もいない受付に「お世話になりました」と一礼して出発する。

ゆうべ窓から見えた道を西へ進む。しばらく行くと、遍路地図に載っている民宿、「天然温泉いしだ」が見える。新興住宅街のように区画整理されている中にあって、「公文」の塾兼住宅のような感じだったので、ちょっとイメージが違った。天然温泉というから、野中の一軒家を想像していたのだ。

八番熊谷寺まで遍路地図によると4.2km。はじめは徳島自動車道と並行して走る一般道を歩いていく。時折り歩いている横をトラックが通るのは、高速道路に入る車なのだろうか。


朝起きてみると、夜の間にひと雨あったようで道は湿っている。ただ、いまのところ雨は降っていない。


十楽寺宿坊の朝食。夕食と同様においしい。豆が見えるが、納豆ではなく煮豆。お味噌汁は席に着くと温かいのを用意してくれる。

高速道路を越えたところで、道路は山の方向へと大きくスライスしている。念のため遍路地図を確認しようと思って見てみると、何ということか、遍路道は高速道路よりずっと南を通っていて、いま歩いている道は車で八番に行く場合のルートだった。どうしようかと思っていると、やはりこの道を歩いてきた、昨日七番に泊った単独行の人が追い付いてきた。

「どうしました?」と聞かれたので、「へんろ道とちょっと違うみたいなんですよ」と遍路地図を見せる。「ああ本当だ。でも方向あってるし大丈夫でしょう」と特に気にする様子もなく先に行ってしまった。

確かに、遍路地図の赤線コースではないものの、いま歩いている道をそのまま進んでも熊谷寺に行き着くことは間違いなさそうで、前日の鍛冶屋原のケースとは違う。やっぱり推奨コースにしようかなと少しだけ考えたが、結局そのまままっすぐに進む。

高速インターへの入口を抜け、日帰り温泉「天然温泉御所の湯」の前を過ぎると、行く手には緩やかな曲がり角とその先の登り坂が見える。登った先が熊谷寺ならいいけれども、登った分だけ下りる道だったら嫌だなと思っていたら、その通り登って下りるだけの道だった。ただ、高くなった分景色がいい。向こうに見える山との間、吉野川に沿って広がっている街が、鴨島の市街地のようである。

鴨島は、吉野川に沿って開けている町である。街の向こう側には、幾重にも重なった稜線が見える。あのどれかが、いずれ歩くことになる焼山寺の遍路ころがしであろう。四国はそれほど広くない割に高い山が多くて、祖谷(いや)山など秘境とされる村も残っている。あの稜線をずっと奥までたどると、祖谷山に至るはずである。

さて、雨に備えてレインウェアの下を着てきたのだけれど、空は明るいし今すぐに降り出しそうな様子でもない。降水確率は午前中で80%、午後で70%というから雨降りを覚悟していたのに、午前8時のこの段階では山もきれいに見えていて、雲もまだ高い。予報によると午後から南風が強くなるということだから、雨雲は南の山を越えてくると思われる。

一方で、レインウェアの下は通気性があまりなくて、汗ばんでいるのが分かる。前の日に履いていた軽装白衣がメッシュが入っていて軽快だっただけに、べとつくのが少し気になる。十番切幡寺を過ぎると10kmの長丁場となるので、そこまでに着替える場所があればいったん着替える方がいいかな、と思う。

ずっと車道を歩いてきたため、熊谷寺に近づくと歩道がなくなってしまう。車用の「熊谷寺→」の道案内に従って進んでいるのでいずれ着くことは間違いないれども、なんだか遠回りをしているような気もする。大きな通りから側道のようなところを通り、再び大きな通りに出て登り坂を上がったところがようやく熊谷寺だった。


車道ルートを歩いたせいか、道は広いのだが山を突っ切るのがやや厳しい。正面左に見える丘を越えていく。この時点では天気は曇り、山も見えていた。


丘の上から鴨島市街を望む。南に見える稜線のどれかが焼山寺に向かう道と思われる。空はこんな感じで、雨はまだ大丈夫そうなのだが。


歩くこと1時間で熊谷寺に到着。札所にもいろいろあるが、ここは規模の大きい方で、この先に大駐車場がある。

普明山熊谷寺(ふみょうさん・くまだにじ)、弘法大師空海の開山と伝えられる。普明山の山号は、大般若経、大宝積経などに登場する普明菩薩に由来すると考えられる。「熊」谷寺の寺号は、深い谷にあるこの地で弘法大師が修行していた際、紀州から「熊」野権現が現れたことによるものであると言われている。「くまがい」と読みそうになるが、正解は「くまだに」である。

五来重の「四国巡礼の寺」では、熊谷寺のご詠歌(札所それぞれにある和歌で、その寺の由来・功徳などを詠んだもの。独特の節回しで詠まれる)に入っている「薪とり」「水汲み」「難行」という表現から、修験道由来の霊場であると考察している。本尊が千手観音であることも熊野那智大社と同様であり、古くから千部法華会という法華経の行事があったことも修験道との深い関わりを表しているとのことである。

現代では法華経というと日蓮になってしまうが、鎌倉時代以前には法華経は修験者のお経で、後白河法皇の編纂した「梁塵秘抄」にもそういう内容の歌(今様)が残っているそうだ。また、この日は確認できなかったが、山の上まで登るとはるかに海を臨むことができることから、海洋信仰(補陀落信仰)の霊場でもあったという。

広い駐車場の向こうから、朗々たるご詠歌が聞こえてくる。朝のお勤めだろうかと参道の方へ声の出所を探して歩いていくと、音が出ているのは木の陰にあるスピーカーからだった。

ご詠歌のスピーカーから先は、道がいくつかに分かれているのでちょっと迷う。いちばん広くて登り坂になっている道が参道だろうと見当をつけて進むと、道なりに石段に至る。こういうケースは石段の上が本堂でほぼ間違いない。

石段を上がったところに本堂と大師堂がある。この日初めての読経である。まだ9時前と早かったため、静かに読経することができた。大師堂の読経が終わって引き上げる時に、中年のおばさんとすれ違った。このおばさん、本堂、大師堂だけでなく、弘法大師の銅像やら何やら、施設という施設の前で「南無大師遍照金剛」と繰り返し唱えていた。何かお願いすることがあるのだろう。

納経所は石段を下りて入口方向に戻り、大駐車場の脇にある。中年の男性が2人で納経していた。WEBによるとここの納経所の対応は冷たいとのことだが、余計なことを話さないだけで私にとっては当り前の対応である。ただ、トイレへの出入り口が納経所の中にあるので、ちょっとお借りしづらいところはあるかもしれない。

ご朱印をいただいた後、トイレをお借りしてレインウェアの下を速乾白衣に着替えた。トイレの中はさほど広くないので、リュックを下ろして中から荷物を出し入れするのも着替えるのにもちょっと窮屈だった。しかし着替えてみると、湿気が内にこもるレインウェアに比べて、速乾白衣は断然涼しい。雨が降ってこなければこの方が絶対にいい。

身軽になって、次の九番までは遍路地図によると2.4km、38分の行程である。この日の札所4ヵ所の中で、最も短距離であり、かつ下り坂なので歩きやすい。大したことはないだろうと思って高をくくっていたのだけれど、今回の遠征で最大の窮地に陥ってしまうのだから恐ろしいことであった。

[行程]七番十楽寺 7:35 →(4.2km) 8:30 八番熊谷寺 8:55


熊谷寺の大駐車場。納経所はこの手前にある。本堂・大師堂は中央に見える多宝塔のさらに奥に進む。


石段を上がった先にある大師堂。まだ早い時間なので、静かにお参りできました。

[Jan 2,2016]