090 九番法輪寺 [Sep 6, 2015]


この図表はカシミール3Dにより作成しています。

八番熊谷寺から九番法輪寺までの間については、実はほとんど記憶がない。というのは熊谷寺を出てトイレに行きたくなってしまって、法輪寺までの間それどころではなかったからである。

腹部に違和感を感じたのは熊谷寺を出てすぐなのだが、下り坂の2.4kmだから30分もあれば着くものと思って悠長に構えていた。しばらく歩いて大きな通りに突き当たり、信号待ちをしている頃にはちょっと具合が悪くて、進行方向左にある土成役場に寄って行こうかなと思った。

ただ、この日は日曜日である。特に地方の役所の場合は首都圏と違って日曜日はきちんと休むはずで、何百mか歩いて無駄足というのはショックが大きいと思った。次第に腹痛もおさまってきたので、30分くらいはもつだろうと思って先を急いだのだった。

ところが、法輪寺までの道のりは思いのほか長かったのである。道標にしたがって大通りから細い道へ、さらに区画整理された直線道路へと進むのだが、残り1.5km、1.2km、0.8kmとなかなか縮まってこないのである。

だんだん腹に差し込むような痛みが走るようになる。おさまってはまた差し込む。まずいなと思う。まっすぐの道の向こうにある森が目的地だといいなと思っていると、幸いにも森の前の広場が九番法輪寺の駐車場であった。

そそくさと山門をくぐり、トイレを探す。本堂の前、納経所の建物にあるようだ。奥でなくてよかった。急いで男子トイレに駆け込む。なんとか助かった。

落ち着いて見てみると、広くてきれいなトイレである。札所のトイレにもいろいろあって、必ずしもきれいなトイレばかりではないが、この時ばかりは助かった。和式しかなかったけれども、そんなことに文句は言っていられない。入るときには気付かなかったが、入口に「浄財」と書いた小さな賽銭箱が置いてある。この非常時に大変ありがたかったので、志を納めさせていただいた。

トイレのすぐ奥が納経所だったので、せっかくなので先にご朱印をいただく。「納経はなさいましたか?」とか聞かれたらどうしようと思ったけれども、やさしそうなおばさんだったので特に何も言われなかった。六番安楽寺でもそうだったが、配置的に遠回りになるときには納経の順序にこだわることはないのかもしれない。

それにしても、2.4kmだからよかったようなものの、札所間が5kmも10kmも離れていたら悲惨なことになるところだった。お遍路においては、食べ物や水の用意よりも体調管理が大切だということが身にしみてよく分かった。


ようやくたどり着いた法輪寺の山門。この2.4kmには参った。

正覚山法輪寺(しょうがくさん・ほうりんじ)。かつてこの寺は現在より4km北、熊谷寺よりさらに山奥にあったという。戦国時代に全焼し、江戸時代初期の「四国辺路日記」「四国遍礼霊場記」には荒廃しお堂だけが残っていると書かれている。江戸時代に入って現在の場所に再建され、これまでの白蛇山法林寺から正覚山法輪寺に山号・寺号を改めて今日に至るという。

五来重氏の「四国遍路の寺」では、法輪寺の寺名そのものが「転法輪」(釈迦が悟りを開いて教えを広めたこと)から採られたと考えられること、本尊が札所の中では珍しい釈迦如来であることから、法華経と修験道(山岳修行者)との関係を示唆している。あるいは、五百羅漢を有する五番地蔵寺と同様、仏教復古主義の影響があるのかもしれない。

抜き差しならない腹痛から解放され、ようやく落ち着いて境内を見回してみると、結構コンパクトに建物がまとまっている。納経所のすぐ横に本堂があり、本堂の右側、納経所の向かいにあたるところに大師堂がある。

トイレに行った際、先にご朱印をいただいてしまったので、境内を掃除している巫女さんに見とがめられているような気がする。本当は、本堂・大師堂にお参りしてからご朱印をもらわなくてはいけないんだよなあ、と思う。ん?なんでお寺に巫女さんがいるのだろう。まあ、細かいことは気にしないことにしよう。

さて、この法輪寺についてもう一つ気になることがある。納経の際に「お姿」つまりご本尊の絵をいただけるのだが(じつはその意味がしばらく分からなかった。ご本尊は通常、公開していないのである。)、この法輪寺のご本尊は、「お姿」によると釈迦涅槃像なのである。釈迦涅槃像自体わが国では珍しいし、まして札所のように長い歴史のある寺院であればなおさらである。

にもかかわらず、江戸時代初期の「四国遍路道指南」「四国遍礼霊場記」には、法輪寺のご本尊は高さ一尺五寸(霊場記では一尺八寸。いずれにせよ40~50cm)の釈迦如来座像と明記されているのである。さらに、この座像は弘法大師御製とさえ書かれている。

「道指南」等の記事が本当だとすると(少なくとも真念が江戸時代に何十回もお遍路したときはそうだったということだ)、2つのことが分かる。一つは、法輪寺のご本尊は江戸中期以降に座像から涅槃像に入れ替わったということ、もう一つは、本当に弘法大師御製のご本尊だとすれば簡単に入れ替えはできないはずだから、おそらくそうではなかったということである。

まだ結論を出すのは早い。八十八札所を回り、あわせて勉強を進めていく中で、自分なりの答えが出てくるのではないかと思っている。

この日2ヵ寺目、今回の遠征で6ヵ寺目となる納経で、かなり慣れてきた。大師堂のお参りが終わって、屋根のある休憩ベンチで一息ついていると、細かな霧雨が降ってきた。

上はともかくレインウェアの下を着替えるのは面倒だなあと思っていると、5分も経たないうちに止んだ。空を見上げるとまだ雲は高い。これから十番切幡寺までは3.8kmと距離はさほどではないが、登り坂もあるし寺に入ってから何百段もの階段があるという。大雨になったら難儀だが、何とか天気は持ってくれそうである。

変に急いでちょっとのどが渇いたので、山門前の売店で牛乳を1本いただく。十楽寺宿坊の朝ごはんはとてもおいしかったのだけれど、牛乳がなかったので飲みたくなったのである(私は普段朝はパンとコンフレークなので、牛乳がないとさびしい)。腹痛のすぐ後で冷たい牛乳というのも大胆だが、なんだか大丈夫そうだったし、実際にこの後腹痛を起こすこともなかった。

[行程]八番熊谷寺 8:55 →(2.4km) 9:20 九番法輪寺 9:50 →


法輪寺境内。正面が本堂で、左側自転車の向こうの建物が納経所。もちろん先に納経所に飛び込んでトイレをお借りしました。


山門を出たところ。右側の建物が茶店になっていて、ここで牛乳を飲んでようやくひと息つく。法輪寺を出た頃から、雨が降ったり止んだり。

[Jan 16, 2016]