110 十一番藤井寺 [Sep 6, 2015]


この図表はカシミール3Dにより作成しています。

十番切幡寺から十一番藤井寺までは、およそ9.3km。遍路本のコースタイムで2時間40分という長丁場である。この間、吉野川を北から南に渡り、鴨島市内を抜けて山まで歩くと十一番藤井寺となる。名高い遍路ころがし、十二番焼山寺への山道は、藤井寺の境内からスタートする。

計画時点で迷ったのは、切幡寺から藤井寺に向かうか、それとも藤井寺は次回にして鴨島か阿波川島から徳島に戻るかということであったが、こればかりは実際に歩いてみないと分からないので、当日の体調をみて決めるつもりでいた。そういう含みもあって、帰りの時間が気になる夜の飛行機を止めて、この日は徳島泊まりとしたのであった。

切幡寺の坂を下り、再びスモトリ屋の前を通って門前町を抜け、さらに九番から歩いてきた通りを横断して先に進む。通りの南側にも商店があり、こちらの方がスペース的には広く取れているし駐車場完備である。

いまの世の中、駐車場がないと集客は難しいだろう。そんなことを考えながら歩いていると、今度は民家の壁沿いにベンチが置いてあって、マネキンのご遍路さんが長い脚を組んでいる。人形やらマネキンやら、いろんなものが置いてある町である。「ご自由にお休みください」と書いてあるが、十番を出たばかりで休むにはまだ早い。

住宅街を抜けさらに水田地帯を抜けていくと、彼方に金網に囲まれたエリアが見える。おそらくあれが遍路地図に載っているところの変電所であろう。変電所の前の通りをまっすぐ進んで吉野川を突っ切るのである。変電所のすぐ前に、2階建て木組みの遍路小屋がある。「空海庵」と書いてある。着替えるには都合がいいが、さきほど降っていた雨はいったん止んで空も明るい。まだ着替えはしなくてよさそうだ。

変電所を過ぎると、遍路地図に載っている大川スーパーの横を通る。この先コンビニがないようなのでお昼を調達するならここだと思っていたのだが、残念ながらシャッターが閉まっている。地方に来ると、土・日が休みの商店がよくあるのだ。幸いに自動販売機だけは特に探さなくても出てくるし、お腹もすいていないのでこのまま歩くことにした。

道の両脇は基本的に住宅が続く。時々出会う人に「こんにちは」と挨拶される。こちらも「こんにちは」とお辞儀をする。やっぱりお遍路だと分かる服装というのは、大切である。このあたり、小さな公園の脇のようなところに建てられたお遍路小屋をいくつか見かける。雨でも降ってきたら雨宿りには大変にありがたい。でも、いまのところはまだ天気が持っているので、降らないうちに目途をつけておきたい。

八幡という集落に入り、左右に神社やお寺さんが見えてくる。「トイレはこちら」という案内標識もある。おそらくお遍路用だろう。このあたりで、11番は右折という道案内が出てくる。遍路地図を見るとまっすぐ進むように見えるのだが、方向的には右に折れると吉野川らしいので右折する。工場や畑の入り混じった通りを進む。行く手が壁のようになっているところに出た。吉野川の堤防である。

案内表示は、堤防の階段を上がれと指示している。階段を上がると、広大な吉野川の河川敷が目に入ってきた。絶景である。ここまでの四国お遍路で、最高に広大な風景である。しばらくの間、眺めを楽しむ。反対側の階段で堤防を下りると、道は左右に分かれている。どちらに行くかちょっと迷ったが、直進する道の道端に「お遍路さんいつまでもお元気で」と書いた看板が置かれている。こちらが遍路道のようである。


切幡寺から下りてきたところに座っていたマネキンお遍路。「お休みください」と書いてあるのだが、休むにはまだ早い。


約1時間歩いて、吉野川の堤防を越える。堤防の上から中洲を望むとみごとな風景。


どっちに進むんだろうと迷っていたら、道端に「お遍路さんいつまでもお元気で」の看板が。

道は、吉野川に直交する方向にまっすぐ進んでいる。ほどなく、半分草むらに埋まったような細い舗装道路が見えてきた。これが有名な潜水橋で、北側の橋が大野島潜水橋、南側が川島潜水橋という。大野島は吉野川北岸、川島は南岸の地名で、現在は地続きだけれども、名前からすると昔は本当に島だったのかもしれない。

潜水橋とは徳島県で使われる言葉で、パンフレット等にもそう書かれている。他の呼び方として沈下橋、冠水橋などがある。いずれにしても川の水面近くに掛けられた簡易的な橋で、普段は使えるけれども増水時には水面下に沈んでしまうものを指す。舗装してあるくらいだから車も通るのだが、その場合、歩行者は路肩に退避しなければならない。

1車線しかないし、車なんてほとんど通らないだろうと思っていたのだが、その見通しは甘かった。農業用の軽トラックやら観光客と思われるセダンやら、結構通るのである。そのたびに、路肩に上がって通過するのを待つ。路肩から川まで遮るものはないので、よろけたらそのまま川に転落してしまう。ただし高さはそれほどでもないので、濡れるだけですみそうである。

大野島潜水橋を渡った先の中洲は農地になっていて、道の両側には水田や畑が広がっている。中洲だけあって区画が広い。私の住んでいるあたりもちょっと歩くと利根川の中洲なので、よく似た風景だと思った。

それよりも身に迫った問題は、雨が本降りになってきたということであった。十番切幡寺では見えていた南側の山並みも、雲が張り出して山頂の方は見えなくなっている。山自体も灰色に見えるのは、おそらくそのあたりでは雨が激しく降っているものと思われた。予報どおりとはいえ、さすがにがっかりする。

たたんだり出したりしていた折りたたみ傘は、この頃から差しっ放しになる。できればレインウェアに着替えたいのだけれど、さっきまでは頻繁に見えていた遍路小屋が全く出てこない。私の前200~300mを歩いていた単独行の男性も、大きな木の下で雨宿りしつつ、レインウェアに着替えていた。

風はそれほど強くなかったが、さえぎる建物もなく見渡す限り数百m以上休むところはない。こういう場合、見通しが利くというのもかえって精神的につらい。傘をかかえてひたすら歩くだけである。汗を拭くために用意していたタオルは、顔に当たる雨を拭いていたらずぶ濡れになってしまった。唯一の救いは速乾白衣の裏地にメッシュが入っていることで、この雨の中でも肌にまとわりついたりしないのは助かった。

北側の大野島潜水橋から20分歩くとようやく道が左カーブとなり、南側の橋である川島潜水橋が見えてきた。大野島潜水橋では川の水はそれほど見えなかったが(下の写真)、川島潜水橋の下は結構な川の流れがある(次回写真があります)。こちらの潜水橋も、路肩の脇には何もない。ちょうど橋の中ほどで対抗車が来る。慎重に路肩に上がってやり過ごす。

潜水橋を渡り終わり、堤防を上がったところにWEBでもよく出てくるお遍路小屋が見えた。どうせなら、潜水橋の前にあればよかった(ぜいたくを言ってはいけない)。


吉野川北側の大野島潜水橋。増水したら沈んでしまうが、沈んでも大丈夫なように余計なものはついていない。


雨が本降りとなる中、中洲に作られた農地を延々と歩く。すでに雨は本降り、雲の流れも速い。

堤防の上にあるお遍路小屋まで行ってみる。「1泊に限り宿泊可」と書いてあるが、トイレは付いていない(石垣に沿って公園まで上がるとトイレがあるようだ)。隙間が多くて雨が吹き込んできそうだし、小上がりになっている場所はそれほど広くない。

もちろん野宿するよりはましかもしれないが、こだわるのでなければ、宿を探すなり近くの阿波川島駅から徳島に向かった方がいいかもしれない。川島潜水橋を渡り切ると雨も小降りになり、空もいくらか明るくなったようだ。でもまだ傘は必要である。遍路小屋からは川沿いを離れて、斜めに住宅街に入る。

住宅街ではあるが遍路道でもあるようで、約100m間隔で電柱に遍路シールが貼ってある。見晴しの利く川の中洲を歩くよりも、立て込んだ住宅街を歩く方が疲れないように思われる。逆でもいいような気がするのだが、人の気配がある方が安心するのだろうか。

すでにお昼を過ぎてそろそろお腹がすく頃だったのだが、吉野川を横断するあたりからスイッチが入ったというのか、体が熱くなって休むのがもったいないような気がした。朝もしっかり食べてきたので、すでに十番切幡寺から5km以上、朝から20km近く歩いているにもかかわらず、空腹感もなかったし疲れも感じなかったのは不思議であった。

進路はやや右にスライスしながら、住宅街のゆるやかな坂を登って行く。車が行き来する音が大きくなると、片側2車線の太い道路に出た。国道192号線である。国道に出たところが自販機ステーションになっていて、プラスチック製のベンチが置かれている。

自動販売機をみると、私の大好きな「桃の天然水」が置いてある。昔、華原朋ちゃんがCMをやっていたロングセラー商品なのだが、コカコーラ系でないのであまり売っている自販機がないのだ。「桃天」を見た途端、のどが乾いていたことに気が付いた。ここに来るまでは自販機を見ても買おうとは思わなかったのに、妙なものである。

この自販機ステーションで5分ほど休む。時間は午後1時を過ぎたばかりで、このペースでいけば十一番藤井寺を打って鴨島まで歩いても、4時前の徳島行き電車には間に合いそうである。計画段階から十一番をどうするかペンディングにしていたが、行くことに決定し、藤井寺に向けて再び歩き始めた。

鴨島駅に向かうにはこのまま国道を直進するが、藤井寺へは右斜めの道に入る。この分岐は、自販機ステーションのすぐ先だった。藤井寺への道に入ると交通量は一気に減り、おまけに雨も止んでくれた。

ああよかったと傘を振って雨粒を払っていると、折りたたみ傘の柄が、がくんと折れ曲がってしまった。軽くて持ち運びしやすい折りたたみ傘なのだが、こんなに簡単に折れるとは思わなかった。いま現在は止んでいるとはいえ、いつまた降ってくるか分からないのでたいへんにあせった。

ここから藤井寺への最後の登り坂まで2km弱あったのだが、歩きながら傘を直すのに必死であまりよく覚えていない。なんとか曲がった柄をまっすぐに直したものの、折りたたむことができなくなってしまった。ただ、ともかく雨が降ってきたら差せる程度には復活させることができた。

いよいよ道は山側に右折して、残りあと500m。ここで道標の示す方向が2つに分かれる。右に進むと歩道、左に進むと車道とある。左へ進むと遠回りになるような気がして、右に進んでみる。

ところが、ここから傾斜が一段ときつくなる。坂の上の方で住宅もなくなり、あたりは山林、舗装道路だったのに登山道になってしまった。おまけに、登山道を登った後は急坂の下りである。ずいぶんと、余計な高さを登ったような気がする。もしかすると、車道を行くのが正解だったかもしれない。

最後は石段になって、いよいよ藤井寺の境内に近いようだ。廃屋のように見える民家の軒先を抜けて、駐車場の脇に出た。9.3kmを歩き切って、ようやく十一番藤井寺である。


吉野川を突破、川島潜水橋上の堤防の上から、来た道を振り返る。この時点ではまだ雨、傘を差しながらの撮影。


いったん雨が止んで、藤井寺への住宅地を急ぐ。このあたりでは、壊れた折りたたみ傘のことで頭が一杯。

金剛山藤井寺(こんごうさん・ふじいでら)、八十八札所のほとんどは弘法大師の真言宗だが、ここは浄土宗の寺院である。

このあたりのいくつかの寺と同様、戦国時代に一度焼失しており、江戸時代に臨済宗の南山国師が再興したことから臨済宗となったものである。開山は弘法大師と伝えられ、大師42歳の厄年に八畳敷の大きな岩の上に「金剛不壊」といわれる護摩壇を築いて修法され、お堂の前に五色の藤を植えたという故事から、金剛山藤井寺の名前となったと伝えられる。

臨済宗の寺なので何か違いがあるのかと思っていたのだが、他の寺と同様に大師堂もあるし、見た感じでは違いが分からなかった。それよりも困ったのは、藤井寺に着く頃からいよいよ雨が本降りになってしまったことである。

あたりが暗くなって、これは止みそうにないとあきらめざるを得ないほどの本降りである。やっとの思いで読経を済ませ、納経所でご朱印をいただく。次回のために十二番焼山寺への入り口を見ておきたかったのだが、探す余裕もないほどの大雨となってしまった。

ただ、時計をみるとまだ2時である。鴨島駅までは下り坂でもあり30分あれば余裕だろうとみていたので、予定していた徳島駅の電車には間に合いそうだった。十番切幡寺からトイレに行っていなかったので探すが、境内では見つからない。あきらめて山門を出ると、駐車場のところに大きなトイレがあった。

この後、鴨島までの歩きは雨との戦いだった。半分壊れた折りたたみ傘なので短く持たなければならず、雨は容赦なく白衣を濡らす。地図を見る余裕もなく、ともかく歩く。途中で、WEBで有名な「旅館吉野」の前を通る。なるほど藤井寺までは10分かからないくらいで、ここに泊まると焼山寺道がかなり楽になりそうだ。

大きな通りに出るたびにそろそろ駅と思うのだが、まだ着かない。「駅前商店街南」のバス停が出てきた時には行き過ぎてしまったかと思った。これは遍路地図が北を上にしていないために生じた誤解で、藤井寺から鴨島駅まで遍路地図では右方向なので東に歩くと思い込んでいたら、この部分、遍路地図の右は北だから、商店街南は駅に向かう途中なのである。

鴨島駅に着いたのは2時40分。けっこうぎりぎりになってしまった。それでも、10分ほどの余裕はあったので、そんなにあせることもなかったのだが、雨の中なので荷物から時刻表のメモを取り出して確認する手間を惜しんでしまったのであった。

かなり濡れてしまったので、電車を待ちながらベンチに座って白衣や荷物を拭いていたら、わざわざ隣にじいさんがやってきて、あれこれ話し始めた。最初は穏当に受け答えしていたのだが、次第に「遍路はかくあるべし」「人生とはこういうものだ」というような話をこちらの返答とは関係なく始めるのである。

前にも書いたように、お遍路なので「和顔施」をすべきであるとは思っているが、誰の相手でもしなければならないとは思っていない。それは違うという人がいたら「じゃあ貴方は、遍路中にエ△バや統一◆会が来たら、おだやかに話を聞くんですか?」と聞いてやりたい。

前にも書いたけれど、普段の生活が常識的でまっとうなものならば、お遍路だからといって普段のペースを崩すことはないと思っている。

[行程]十番切幡寺 11:25 →(3.3km) 12:15 大野島潜水橋 12:15 →(3.2km) 13:00 国道合流地点 13:05 →(2.8km) 13:45 十一番藤井寺 14:05 →(1.6km) 14:40 JR鴨島駅


藤井寺本堂。納経を終えると雨が本降りになってきて、十二番焼山寺への遍路道入口は確認できませんでした。


藤井寺から鴨島駅までの道は、本降りの中ずぶ濡れで歩きました。電車に間に合わないかと思った。駅から南側を振り返ると、雨で山の方向はすでに見えない。

[Mar 5,2016]