015 ギリヤーク2015新宿公演 [Oct 12, 2015]

体育の日の振替休日は、恒例のギリヤーク尼ヶ崎師匠新宿公演である。ここ二十年以上、毎年この日の新宿三井ビル55広場は押さえられている。ファンブログにも載っていたし、つい2ヵ月ほど前の函館公演でも元気な姿を見せてくれていたので、今回はそれほど心配していなかった。天気も、前日の雨が嘘のように晴れ上がって、暑いくらいの陽気である。

さて、この日はNFLのサンデーナイトを第3Qまで見てから出かけたので、三井ビル前に着いたのは2時15分前である。まあそれほどあせらなくても大丈夫だろうと思っていたら、これが大きな間違いだった。シートの上に座る席はもちろん、後ろには何段にも椅子が置かれ、そのさらに後ろに立ち見がいる。両側のらせん階段にも、遠くの歩道からでさえ、待っている人がいる。

私のつたない体験上、これほどの観客が集まったことはなかった。さすがに本場の新宿である。ざっと数えただけで200人以上、公演中は300人近く集まったのではないだろうか。仕方なく、立ち見の二列目に場所を取る。前に六列くらいある。横浜六角橋も込み合ったけれどあれは場所自体が狭い。なにしろ今回は三井ビル55広場なのである。

後のレストランに入る方法も考えられ、実際にそうした人達も最終的に20人以上いたのだけれど、横浜で後ろから見ていて声が聞き取りづらいのが物足りなかったので、今回は前から観戦することにしていた。時間前に立ち席1列目の人が動いたので前に詰める。それより前はすべて椅子席なので、脚は疲れるけれど見やすくなった。

定刻の2時。いつもどおり丸亀製麺側からギリヤーク師匠が登場。「待ってました、ギリヤーク!」と掛け声が飛ぶ。これだけ人数が集まったので、声出し係の常連さんも揃っているようだ。通路にも観客がぎっしりなので、カートを引っかけて渋滞させながらギリヤーク師が前に進む。カメラは一体何台あるのだろう。赤いベレーでキノさんもがんばっている。

さて、中央に進んだ師匠だがいつもと様子が違う。まずトランクを置き、引きずってきたキャスターを畳もうとするのだが、三度四度やってもキャスターの支柱を押し込むことができない。ああ、手に力が入らないんだな、今日は大変そうだなと思っていたら、川越の世話役さん(いつも最前列)が進み出て手を貸した。ほとんど躊躇なく立ちタイミングも早かったので、何か打ち合わせていたのかとふと思った。

次に、例の台座の組立も、棒を差すまでは自分でできたのだが、「大道芸人 青空舞踊公演」を紐で結ぶことができずに、これも躊躇なく川越の世話役さんが登場した。この手助けのタイミングからみて、師匠の体調はかなり悪いようである。普段ならば、手伝うことはあるとしても、自分ひとりでできなくなるまで見きわめてから手を貸すのである。

次は着替えである。セーターとズボンを脱ぐ動きも、相当にぎこちない。それに、いつもより遠くから見ているせいもあるのか、師匠の体つきがさらに痩せて小さくなっているように思えた。襦袢を羽織ってシャツと肌着を脱ぐ動作も、普段は素早く器用にやるのに、両手を回して肌着を首から抜くのに相当時間がかかった。見ている方がひやひやした。

着替えを終わって帯紐を締める時になってようやく笑顔が見えた。「ここまで来れば大丈夫」と言ったようである(遠いので聞こえないのだ)。期せずして、会場から大きな拍手が沸き起こった。そして、この後はお化粧なのだが、これも躊躇なく毛糸帽のご婦人が進み出て(神戸の世話役さんだということである)師匠の化粧道具から白のドーランを遠慮なく塗り始める。

最前からの事態を考えると、師匠の両手の震えはかなり状態がよくないようで、一人では支度ができない状態だったようである。おそらく公演前にその事態に気付いた世話役さんや常連さんが、打ち合わせて手伝うことにしたのではないかと思う。それはそれとして、師匠の顔はドーランで真っ白である。あるいは昔は、このくらい塗りたくってやっていたのかもしれないと思った。


恒例の新宿公演。ギリヤーク師匠また痩せたような。


今回は手が震えるせいか、お化粧もおまかせ。何か小声で言っていたようですが、聞きとれませんでした。「好きに塗っちゃってください」かな?

 

さて、着替えもお化粧も終わって後は踊るだけなのだけれど、ここでさらに普段とは違うことになる。着替えの時にいきなり黒襦袢にしていたのでそうかなとは思っていたのだが、最初に「念仏じょんがら」なのである。

このところの出し物は、「じょんがら一代」「よされ節」「念仏じょんがら」の順で定型化していて、準備の流れから何からそれで固定されていた。「念仏」を最初に持ってくると、「もっときつく・・・それじゃ苦しい」のギャグも最初になってしまうし、なにしろ「念仏」ではバケツの水をかぶるので、踊りが終わるとずぶ濡れなのである。

その時は、体調が良くないから今回は「念仏」だけにするのかなと思った。と思っているうちに、例のよだれかけ結んでくださいもやっている。ただ、場所が遠いせいもあって、ギリヤーク師の声が全然聞こえない。観客が多いのも師匠のためにはいいことだが、見る側にとっては、もう少しコンパクトな方が見やすいのであった。

そして、この日もう一ついつもと違ったのは、準備の際にテープを流していなかったことである。いつもなら、サンサーンスとか禁じられた遊びとかを流しながら着替えたりお化粧したりするのだが、今回はBGMなしであった。もしかすると、最近いつも曲の頭出しで苦労するので、はじめから「念仏」が流れるようにしていたのかもしれない。

あまりにも人垣がすごいので、イントロでの歩きは行動範囲がせまくなってしまう。茣蓙にすわって帽子を投げ、よだれかけを投げ、草履を投げる。首にかけた数珠をまさぐり、さらに首から外して振り回す。いつもと同じ振りではあるようだが、人垣が厚すぎて動ける範囲が狭い分、動きが小さいような気がした。

そして、見ているうちに気付いたのだが、いつもよりも激しかったのは顔の動きである。どこの公演だったか「足がもう動かないので、表情だけで踊りができないものかと思っている」と言っていたことを思い出した。そういうことを意図してやったことなのか、あるいは単にお化粧がいつもより濃いので、そう感じただけなのか。

そんなことを思っていると、師匠はいきなり立ち上がった。体調がよくないことはここまで見ただけで明らかなのに、まさか歩道まで走るつもりなのだろうか。やっとのことで人垣をかき分けて、丸亀製麺側のらせん階段まで走る。カメラを持った何人かが追う。ただ、階段もその上の歩道も、すでに観客で満員である。

おお、という何ともいえないどよめきが起こる。まさか階段を走り上がるとはみんな思わなかったのである。「なーむあーみだーぶつー、なーむあーみだーぶつー」と叫ぶギリヤーク師の声が聞こえる。しかし、らせん階段を1周して、中間の踊り場のところまで来るとそこで止まり、ステージの方を向いて手を合わせて「なーむあーみだーぶつー」を数回繰り返した。

昨年までの公演では、さらにらせん階段を1周して歩道まで駆け上がり、さらに反対側のらせん階段まで走り、そこから下りてきたのだけれど、この日の体調ではこれが精一杯だった。さきほど登った1周を駆け降りて、またステージに向けて走って戻る。どこに置いてあったのか、例のバケツも手にしている。そして、やっぱり、頭から水をかぶった。

ひとつ心残りだったのは、この最高の投げ銭タイミングで、おひねりを投げることができなかったことである。なにしろ前には何重もの人垣で、立ち上がってカメラを構える人もいる。私のおひねりは折り紙なので、勢いがついて落ちてくると擦り傷ぐらいはできてしまう。観客の多くがそう思ったせいか、この段階での投げ銭の数はいつもより少なかったように思う。


この日はいきなり「念仏じょんがら」。「ねぇーんーぶーつー、ねぇーんーぶーつー、ねんぶつーじょんがーらー」と触れの声が響く。


何重もの人垣で、いつもより行動範囲が狭い。観客が少なかった昨年(大雨)は、端から端まで歩いたのだが。


この日の階段は踊り場までで、上の歩道までは無理でした。それにしても、階段の上までこの人垣。

 

念仏じょんがらを踊り終えて、例によってトーク。ただ、声は全然聞こえない。私の場所は遠いからだと思ったら、前から2列目くらいの人も聞き取りにくい様子だったので、場所だけの問題ではないようだ。「今日はこれで終わりにします」と言うのかと思ったら、あと1曲「よされ節」をやって締めるようである。

そして、またテープの頭出しに苦労する。お化粧を手伝った毛糸帽のご婦人も出てきて早回ししたり裏返したりするけれども、どうもうまくいかない。結局、トランクの中からもう1本テープを出してきて、それがよされ節だったようである。はじめからそうやって2本用意しておけばいいようだが、いまどきカセットテープを新規に買うのは難しいのかもしれない。

よされ節の「ちゃんかちゃんか、ちゃんかちゃんか」というイントロが流れ始めると、ギリヤーク師はまず、階段付近にいた新宿常連のおじさんに手招きをした。

このおじさん、ファンブログを見ると黒田オサムさんという、やはり大道芸の人なのだそうだ。そしてWEB情報によれば、このオサムさんは1931年生まれというからギリヤーク師と一つしか違わない。オーバー80の大道芸人なのであった。あごヒゲは真っ白だが、動きは軽い。さすがに長年大道芸で鍛えてきただけのことはある。

さらに例によってご婦人方にも声をかけ、自らはバラの花をくわえて踊る。他の踊りと違って休み休み踊れるし、念仏でずぶ濡れになった襦袢は、よされ節用の赤の襦袢に着替えているので安心である。会場から手拍子が起こる。

そしてよされ節も終わり、「今日はこれで終わりにします」と言ったようであった。その後のトークも聞き取れなかったので、身振りと断片的に聞こえる声で推測する他ないのだが、体調が悪くて手が震えるし片足で立つことができない。だから「じょんがら一代」の片足で立って三味線を弾くポーズができないため今回は2曲にしたということらしい。

聞こえないトークを見ていても仕方ないので、場所を移ってステージのそばに寄り、おひねりを投げて撤収する。その間に花束贈呈・万歳三唱があって、例によって「路上50周年、88歳までがんばります」と言っていたようである。

歩道まで上がって会場を振り返ると、まだ師匠のトークは続いていた。半分近く人は引けたと思ったのだが、それでもステージ近くには何重にも人垣ができている。ファンブログによると、この日の千円札のおひねりは封筒が立つほど集まったそうである。次は冬の川越、師匠にはもう少し体調を整えてきてほしいものである。


念仏で終わるかと思ったら、締めは「よされ節」。わざわざ駆けつけたオサムさん(サスペンダー)と踊る。上のレストラン席はこの頃には観客で一杯に。


万歳三唱が終わって結構人が引けてもこの状況。師匠のトークは続きます。また川越でお会いしましょう。

[Oct 28, 2015]