018 ギリヤーク2016新宿公演 [Oct 10, 2016]

春が過ぎ、夏が過ぎてもギリヤーク師匠は姿を見せない。事前告知のあった函館公演はみごとに空振ってしまった。そうこうしている間に季節は秋である。2016年であと残された機会は、新宿と川越しかない。

幸いに、ファンブログやキノさんの記事で、新宿三井ビル55ひろばの使用許可を取ったことは確認できた。とはいえ、三井ビル55広場のイベントインデックスには予定が出ていない。その点ちょっと不安が残るけれども、遠い北海道と違って、新宿ならタクシーに乗ればすぐである。

どうやら普段は車椅子に乗らなければ過ごせないらしい師匠だが、本当に踊ることができるのだろうか。半信半疑というよりも、とにかく無事に姿を見せてほしいと思いつつ、10月10日体育の日、新宿三井ビルに向かった。ちょっと肌寒く感じるのは、10月に入って真夏日があったりして、非常に暑かったせいもあるだろう。

さて、三井ビル55広場に着いた。30分前だというに、もう100人以上集まっていて、椅子は3重くらいに並べられている。それは昨年と同じなのだが、何だかいろいろと様子が違う。いつもは無造作に投げられているギリヤーク師の公演写真がガムテープで壁や地面に貼られ、パンフレットも重しを付けて置かれている。

そして、じょんがら一代の幟り、いつものなら「贈・近藤正臣 ’79」と染められているものなのだが、今回はデザインは同じなのに「贈・NHK函館支局」と染められている。踊るスペースにすでに「青空舞踊公演」の式台が立てられていて、テープレコーダーやスピーカーも用意してあるのはある程度予想していたのだが、キノさんの手回しオルガンも置いてあるのはなぜだろう。

後ろで立って待つのもなんだし、青ビニールのスペースが空いていたので座らせてもらう。周りを見ると、川越のお坊さんが最前列で本を読みながら待っているし、私の前に座っているのも川越グループのように思われる。そして、聞くとはなしにみなさんの話が耳に入ってくる。「取材が」「歌も」「やる気みたい」などなど。

どうやら、いつもとはかなり様子の違う公演になりそうだ。置いてあったパンフレットを読んでみると、ギリヤーク師直筆(とはいってもスマホもパソコンも持ってないだろうけど)の公演あいさつ文が載っていた。

「前略 しばらくです。
大道芸人の、ギリヤーク尼ヶ崎です。
実は、今年の四月頃より手・足がふるえる病気になり、
以前のように元気よく踊れなくなりました。
でも、体育の日の、十月十日、三井ビルの55ひろばで午後二時より、
念仏じょんがら、よされ節を精魂こめて、精一杯踊ります。
そして、二年先の、八十八才の、
五十周年公演めざして頑張ります」

公演時間が迫ると、黒子姿のキノさんがいろいろと準備に走り回る。よく見ると、いつものカメラを持った人達とは違う、大仰なハンドカメラや集音マイクを持った人達がスタンバイしている。

そして、どこで支度をしていたのか、すでにじょんがら一代の衣装に着替え、化粧もすませたギリヤーク尼ヶ崎師匠が、車椅子に乗って人だかりの後ろまでやって来た。車椅子を押すのは、黒子姿のキノさんである。


例によって配られた手作りパンフレットにあった、師匠の手作り公演あいさつ。


車椅子に乗り、じょんがら一代の衣装でギリヤーク師が舞台へ進む。後にこうした撮影陣がいるのは、あまり見たことがない。

「じょんがら一代」のBGMに乗り、キノさんに車椅子を押されてギリヤーク師が舞台中央に進む。段差があるブルーシートの上を車椅子で通れるか心配している人もいたが、特に問題なく車椅子は中央まで進んだ。

中央に出ると、55広場に大きな拍手が響く。気の早い人はもうおひねりを投げている。BGMに合わせて、最初は手だけ動かしていたギリヤーク師の動きが徐々に大きくなり、上体も足も動かし、懸命に表情を変えてじょんがら一代を演じている。ぼろぼろになった三味線を片手に、いつものエア三味線である。

もちろん、踊りながらのエア三味線でなく、車椅子に乗ってのものなので、迫力としては劣るのはやむを得ない。それでも、とにかくいつもの衣装を着て姿を見せてくれただけでも、喜ぶ人は多いはずである。盛大な拍手が沸き起こる。いつの間にか、いつものカメラの人達も現れてシャッターを押している。

曲がだんだんと終盤に近づくと、わらじを脱ぎ捨て、バチを投げ、次第に体の動きが大きくなってきたギリヤーク師がとうとう車椅子から立ち上がった。あれ、立てるんじゃないと思ったけれども、さすがにステップを切る訳にはいかず、よたよたという感じで危うくバランスをとって歩く。

それでも、「いよーっ」と掛け声をかけながら、最初はこわごわと回る。思っていたより調子がよかったのか、次からは意外とリズミカルに足が動く。片足で立つポーズもなんとかこなして、55広場は再び大きな拍手。

そんな具合にじょんがら一代が終わると、キノさんの手を借りて羽織を脱ぎ、プログラムをめくってもらって、「よーされー、よーされー、よされ節ー」と腰は曲がったままながらきちんと立ってよされ節を触れる。例によって最前列の常連さんに声をかけて一緒に踊る。もちろん、ほいと芸のオサムさんも登場。

いつものような軽いステップを踏みながら「好きに踊っていいですから」などと言う余裕はなく、常連さんやオサムさんと手をつなぎながら曲に合わせて動く。まるで、かごめかごめをやっているようだ。はだけた襦袢の間から白いものが見える。胸から腰まですっかりカバーしたコルセットだ。そのせいで体が見えないが、腕や足は相当にやせ細っているのが分かる。

よされ節は、短い曲なのですぐに終わる。再びキノさんの手を借りて着替え。今度は黒の襦袢姿、メインの念仏じょんがらである。黒子姿のキノさんに、あれこれと指図する声が聞こえる。そして、一度つけたよだれかけを外して、例によって最前列の女性によたよたと歩み寄り、「もっときつく、もっと・・・それじゃ苦しい」のギャグが炸裂した。

そして再び、プログラムを開けてもらって、「じょんがらー、じょんがらー、じょんがらー」と念仏じょんがらを触れる。茣蓙を脇にかかえ、杖をついて、念仏じょんがらが始まるのを待つ。しかしながら、なかなかイントロが始まらない。「曲を始めてください」とギリヤーク師。キノさんがテープを回すが、なかなか音が出ない。誰がやってもここで苦労するようだ。

テープを早回ししすぎてご詠歌から始まってしまうと、「風の音からお願いします。あわてなくていいですから」と師匠。いろいろ事前の情報を得ていた側からすると、車椅子なしで立っていること自体難しいはずである。なのに、公演が始まってしまうと、立つだけでなくおぼつかないながら踊りのステップを踏む。芸人魂というか、アドレナリンが出まくっているんだろう。


「じょんがら一代」のテープに乗って登場した師匠。車椅子の上で必死にエア三味線をかき鳴らす。


そして、自分の足で立った!写真には写せなかったが片足立ちのポーズも。


続いて「よされ節」。もちろんオサムさんも登場。

「念仏じょんがら」が始まった。風に合わせてゆっくりと杖をついて進む。曲のテンポが上がると、杖も茣蓙も放り投げる。キノさんが数珠を手渡す。数珠が重かったのか、途中からぶん回していたのは襦袢の帯紐になっていた。そして、よたよたと人垣に近づくと、「道を開けてください」と丸亀製麺側の階段に向かう。おお、車椅子で登場したのに、階段登りまでする気なのか。

世話役たち何人かがギリヤーク師を追う。いつもの光景だが、いつもとは緊迫度が違うように感じる。階段のところまで来ると、手すりにしがみつくように階段を登って行く。ぐるっと一回りして、踊り場のところまでなのは去年と同じであるが、去年は上を向いて「なーむあーみだぶーつ」と大声を上げたが、今年は手前の手すりにしがみついたまましばらく声も出ない。

ようやく人心地ついたのか、何かを言っている声は聞こえるものの、何を言っているのかはよく分からない。今度は下りに向かう。お年寄りは登りよりも下りの方が転びやすいので心配だが、きちんとサポートされていたのでなんとか階段はクリアした。

そして再び舞台中央に戻って、例によってバケツの水を頭からかぶる。「日本一!」の掛け声がかかり、色とりどりのおひねりが飛ぶ。寝転がってしまうと起きれないのだろう。いつものようにのたうち回ることはなかったが、「おかーさーん」と締めて念仏じょんがらを終えた。

昨年までのパターンだと念仏じょんがらの後は延々とトークが続くのだけれど、この日はちょっと違った。黒い襦袢を脱いで赤いふんどし姿となると、話し始めた。

「今年はじめから手足の震えがひどくなって、お医者さんにみてもらったらパーキンソン病と言われました。腰もひどくて、こぶが2つ3つできてもう治らない。ご覧のとおりコルセットをしないといられないようになってしまいました。」

「こんな姿をお見せするのが申し訳ないので、今日の公演もどうしようかと思ったけれど、石にかじりついても路上五十周年公演までがんばろうと思って、こうしてやってきました。1分ほどの出し物ですが、老人をやろうと思います。」

と言うと、BGMなしのパントマイムで「老人」を演じ始めた。この出し物は、しばらく前からやりたいと言っていたのを覚えている。コルセットに締め付けられると、普通はもう少し肉がはみ出すものだが、たるんだ皮だけがコルセットの上下に見える。ギリヤーク師はどれだけ痩せてしまったのだろう。

踊り終わるとさらに調子が出てきたらしい。「もう腰は治らないとお医者さんに言われたけれど、ほら、5cm伸びた」と腰を曲げたり伸ばしたりする。いまはアドレナリンが出ているから感じないかもしれないけれど、後から痛くて起きられなくなるぞと思ったけれど、師匠は興に乗っていつまでも腰を曲げ伸ばししている。

さすがにキノさんが真新しい羽織(出雲のお国さんをイメージしたとか)をかけ、車椅子に座らせようとするけれども、すぐに立ち上がって羽織を脱いでしまう。キノさんの手回しオルガンの伴奏で「俺は河原の枯れすすき」(船頭小唄)を歌うが、まだトークは続く。

「歩けないかと思ったけれど、階段まで登れた。来年は元気になって、歩道をあっちまで走って、あっちの階段から下りてこられるようになる。大丈夫かと思ったけれども、まだまだ踊れる。88才、五十周年記念公演までがんばります」


「念仏じょんがら」を触れる。腰はもうまっすぐにはならないと言われたが、「今日で5cm伸びた」


なかなかイントロが出ずにキノさんが苦労した。テープの頭出しは誰がやっても苦労するみたい。「がんばれギリヤーク!」と声援が飛ぶ。


昨年同様、らせん階段の踊り場で「なーむあーみだぶーつ!」。師匠、アドレナリン出まくり。

そして、気がついた。いつもなら、このあたりで川越グループが濡れた衣装や髪の毛を拭いたり、花束贈呈をしたり、万歳三唱をしたり中締めをしてくれるから、観客もご祝儀を置いて引き上げることができるし、ギリヤーク師も体を休めることができる。それがないものだから、延々と続くのである。

もうすでに「がんばります」も「ありがとうございました」も5、6回は聞いた。用意した投げ銭も投げた。いつもならおなじみの人達と師匠と話をしながら、なごやかに三々五々クロージングとなるのだが、果たして今回はどう締めるのだろう。気にはなったけれど、私も2日後にお遍路に出発しなければらない。お先に失礼させていただいたのでした。

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さて、この日のギリヤーク師の公演を見てどう思うかは人それぞれだし、他の人がどう思うかはその人の自由である。その上で、私が思ったことを簡単にまとめてみたい。

大道芸を見せるにあたって、芸人本人が自分の力でできることをするというのは大原則であり、余人の力を借りるということを好ましくないと思う人は多いだろう。だから、この日の公演で、出演前に衣装を着替え化粧をして登場するところまでは許容できたとしても、「帽子ちょうだい」「よだれかけ」「母さんの写真」などと細かい指示をして助けてもらうことまでは見ていられないと思った人がいたとしても、その人を責められない。

また、それ以前に、演技している間に倒れてしまうリスクは十分考えられる。そのまま死んでしまうことはないとしても、倒れたまま動くことができずそのまま一生寝たきりになってしまう可能性は決して小さくはない。見る側にそこまで心配をかけていいのかという問題はある。

また、ギリヤーク師自身は「ここまで私の生きざまを見てもらって、投げ銭をいただいてきた」ととらえているのだけれど、生きざまではなくて踊り自体が楽しい、パフォーマンスを見て楽しいから投げ銭をしている人だって少なくないはずである。

そうしたことをすべて勘案した上で、私としてはこの日の公演を認めてあげたいと思っている。

その理由の第一は、誰しも、自分の持っているものでやり繰りしなければならないからである。私自身も歳とってこれから先できることは精神的にも肉体的にも、経済的にも限られてくる。そうした中で、たとえ人の助けを借りてであっても、やりたいことの何分の1かでもできたらすばらしいと思うのである。

第二に、歌手や踊り手、芸人と呼ばれる人達は、自分がどういった芸を提供するかを自分で決める権利があると思うからである。きっとこれは芸人だけではなくて、人間全般について言えることだと思うし、人間の集団である組織もきっとそうだし、個人的には、バカラの罫線やポーカーのハンドのようなものも多分そうなのだろうと思っている。

だから、ギリヤーク師がやりたいことを見る側が止めることはできないし、100%応援するのかどうかということでしかないと思う。これについては、実はギリヤーク師新宿公演の2日前、原宿にEPOのコンサートを聴きに行った時からつらつら考えていたことなので、また改めて書いてみたいと思う。

(さわりだけ忘れないように書いておくと、旗が風になびいているように見えるのは、旗が動くのか風が動くのかそれとも、という禅の公案のような話である。)

いずれにしても、トランクを乗せたカートをがらがらと引っ張って登場し、茣蓙に座ってテープレコーダーやスピーカー、式台を用意し、革靴を脱いで足袋をはき、赤黒の縞のシャツから器用に襦袢に着替え、なんだかよく分からない化粧をするギリヤーク師の姿は、もう見られないということである。時計の針は逆回りしない。

ギリヤーク師があの後、アドレナリン過剰分泌の反動で、二、三日起き上がれなくなっていたらかわいそうだなあと思う。でも、それもこれも含めて、ギリヤーク師の生きざまということになるのだろうけれど。


ついにふんどし一丁、しかし背中から腰には厚くコルセットが。「こんな恰好なんで、やめようかと思ったけど、老人を踊ります。」


さらに、頭にマイクを付けて、「今日は一曲歌います」なるほど、キノさんの手回しオルガンは、伴奏のために用意してあったんだ。


中締めがないので、いつ果てるともなく続く師匠のトーク。これでも少し人が引けたくらい(去年も同じような写真をupしたなぁ)。

[Oct 26, 2016]