001 マダムYの素敵な日常

注.この物語はふぃくしょんです。登場する人物・団体等はすべて架空のものです。←よろしく

そろそろとんねるずの食わず嫌い王が「実食」になる。今週のゲストは大好きなもこみち君だ。この時間になるとマダムYは眠くて仕方がない。ソファで横になってTVを見ながら実は半分目は開いていないのだが、もこみち君を見逃すわけにもいかないので必死に耐える。ふと気がつくと、いつも「見てないんだったらテレビ消して寝ろ!」とうるさい亭主がいない。隣の寝室に行ってちゃっかり寝ているのが見えた。

私の布団に寝てろって、言ってるでしょ」とどなる。と、おっくうそうに布団を移動した。そう、冬の間亭主は、マダムYの冷えた布団を暖めるのが仕事なのである。しばらくしてとんねるずも終わり、マダムYも寝室へと移動する。「ご苦労さん、自分の所にもどっていいよ」と布団の上から蹴っ飛ばすと、半分寝ぼけながら自分の布団に戻って「寒い」とか言っている。

亭主はなぜか冬でも体中から熱気を発しており、革のソファでうたたねしているだけで体の周りが水蒸気で湿るくらいである。だから冬に布団に入らせると、10分かそこらであんかや電気毛布のように暖かくなる。さらに亭主の身長は180近く。マダムYは150ないから、手の先・足の先のその先まで暖かいのだ。だから冬にはこうしてあんかがわりにするけれども、夏になると布団はできるだけ離す。熱くてうっとうしいからだ。

マダムYは寝相がきわめて悪い。普通寝返りというのは体の左右に動くものなのだが、マダムYの場合は左右だけでなく上下にも動くのだ。だからベッドに寝ているとたびたび転落する。結婚して一時期はベッドにしたこともあったのだが、結局あきらめてせっかく買ったベッドを知り合いにあげてしまった。ベッドから落ちると床だが、布団から落ちても畳だから、この先もずっと布団で寝ることになるだろう。

近所の奥様方に聞くと真夜中過ぎまでTVの韓流ドラマやレンタルビデオを見たり、インターネットをやったりして夜更かしをする人の方が多数派なのだが、マダムYは10時近くなると眠くなる。そして翌朝6時まで8時間、しっかり眠るのだ。世の中で、食べることと眠ることが一番楽しいと思う。四十数年間生きてきて、ダイエットをしたことと不眠症になったことはない。今日も亭主が暖めてくれた布団の中で、マダムYは安らかな眠りにつくのであった。

マダムYの朝は6時の目覚ましで始まる。昔は目覚まし時計の電子音だったが、自分の携帯電話を持つようになってからは携帯のアラームで起きる。アラームは大好きな堅ちゃんの曲をオルゴールにしている。携帯からWEBにつないで取れるそうだが、マダムYはいまだにやり方が分からない。そんな面倒なことは亭主か娘にやってもらえばいいからだ。

亭主と娘を駅まで車で送っていくのは7時半。なのになぜ1時間半も前に起きるのかというと、この家族は起きてから出かけるまでたっぷり1時間はかかるからである。「朝食はみんな一緒にとるのが家族だ」などと時代錯誤なことを亭主が主張してきたため、子供たちもゆっくりご飯を食べて、新聞を読みTVを見て、ゆっくり仕度をしてから出かけるというリズムが出来上がってしまった。近所のご主人の中には朝ご飯も食べずにぎりぎりまで寝ていて、10分か15分で仕度をして出て行くところもあるというのに。

それでも、まだ子供の小さい頃は亭主の仕事が終わるのが遅くて真夜中近くまで帰らないのが普通だったから、朝食ぐらいはみんなで一緒に食べるべきだというのはなるほどその通りだと思った。しかしその後、亭主は勝手に会社を辞めてきてしまい、会社を変わるたびに出掛ける時間はだんだん遅く、帰る時間はだんだん早くなった。普通転職というのは給料がより高くなるようにするものだと思っていたが、亭主は働く時間がより短いところを選んでいるようなのである。確かに、それだと実質の時給は高くなるのかもしれないが。

だから当初の思惑とは違って、この家族は基本的に朝食だけでなく夕食も一緒に食べるようになってしまった。さらに亭主や娘は弁当を持って行くので、結局のところ朝昼晩同じものを食べているということになるのだ。これはとりも直さず家事の負担が増えると言うことであり、マダムYとしてはたいへん不満である。ともあれこの朝も、マダムYは朝食の仕度と亭主と娘、自分と3人分の弁当の仕度を始めた。

みそ汁を作ってウィンナを焼き、レタスやキュウリ、クレソンやベイリーフを切ったサラダを用意する。買ってあった納豆を小皿にあけ、大根おろしをすってしらすを乗せ、のりを八つ切りにすると、いつものように「ご飯の友」だらけのような朝食が出来上がった。以前はこれに生卵が加わったのだが、生卵が嫌いな亭主が「生卵を食うのは蛇だけだ」なんてことを言うので、なんだか気持ち悪くなってしまい最近はやめてしまった。

「おはよ~」6時半になると亭主が起きてくる。目覚ましもかけずになぜこの時間になると起きてくるのか謎であるが、年寄りだからとか糖尿病だと2、3時間置きに起きるとか適当なことを言っている。なぜ適当と分かるかというと、平日だからこの時間でも眠そうにしているが、休日だともっと早く起きるからだ。同じ頃2階から娘が下りて来て、今日もまったりとした朝が始まる。あと1時間、あと1時間すればこいつらは出て行き、あたしの時間が始まるのだ、とマダムYは毎朝思っている。

朝、亭主と娘を車で駅まで送った後は、マダムYの長い家事の時間が始まる。洗濯機を回しながら朝食の後片付けをし、適当に掃除機をかけているともう日が高くなる。マダムYは近眼なのだが車の運転をするとき以外はメガネをかけない。よく見えてしまうと掃除も洗濯もきりがなくなるからだ。だから亭主には「そこら中ほこりだらけだ」と言われるが、男が細かいことを気にするなと言いたい。第一ちゃんとよくみていたら、あんたみたいな男のところに嫁に来るわけないじゃないかと思う。

はなまるが終わる頃になると近所の奥さま方が誘いに来る。急いで洗濯物をベランダに干し、ご一緒して近所の散歩である。郊外というよりも市街化調整区域ぎりぎりにあるこの住宅地は、まわりに自然が多く散歩コースには事欠かない。奥さま方とご一緒する時はよその家の庭を見たり噂話をしながら住宅地の中を回る。亭主は会社が大変だ大変だと言うが、ご近所づきあいも大変なのである。

一回りして家に戻るともう12時である。朝作っておいたお弁当を食べる。とてもおいしい。マダムYの最高の楽しみは食べることと寝ることである。生まれてこの方、不眠症になったこととダイエットをしたことはない。お昼を食べていいともが終わるとDVD鑑賞である。ソファに寝そべって、お気に入りの”ターシャの庭”をセットする。すばらしいイングリッシュ・ガーデンとともに移り変わるコーギー・コテージの四季を見ていると、なんて素晴らしいんだろうと感激してしまう。

感激するのだが、眠くもなる。おだやかな音楽と斉藤由貴の落ち着いたナレーションを聞いていると、いつも途中で意識がなくなってしまう。しっかり夜も寝ているのに昼寝もできるのはなぜだろう。そういえば今は独立してしまった長男が小学校低学年の時、父兄参観で作文を読まされたことがあった。そのとき息子の作文は「おかあさん」という題だったのだが、立ち上がって得意気に読んだ作品は、こういう内容だった。「ぼくのおかあさん。おかあさんは、ごはん作るです。・・・せんたくするです。・・・ひるねするです。」クラス中のお母さんに笑われた。

昼寝から起きるといつの間にか日は西に傾きつつある。うっかりしていると日が暮れる。マダムYは急いで起きると庭に出る。昼寝前に見たターシャに影響されて、突然庭の手入れをしたくなったのである。しばらくやっていなかったオリーブやコニファーの剪定をすると、切った枝や葉がゴミ袋一杯になってしまう。幸い明日は燃えるゴミの日だから、すぐに出せる。同じように考えたのか、お向かいの2軒も庭仕事をしている。もっともお向かいさん達は毎日やっているのだが。ちょうど区切りが良かったので、お互いの庭を見たり無駄話をして過ごす。

「子供たちは家に帰りましょう」の防災放送が流れて、あっという間にあたりは暗くなる。それでもマダムYの井戸端会議は続いている。その間すぐ脇を循環バスが4、5周しているので、バスの運転手さんもいつまで話しているんだろうときっと思っている。マダムYは、入浴剤がないので買っておくように亭主に言われていたのだが、そんなことは頭の片隅にも残っていなかった。

あたりはすっかり暗くなったのにもかかわらず、マダムYとお向かいさんの井戸端会議はまだ続いている。その時、マダムYのジーパンの後ろポケットで、携帯がぶるぶると振動した。見ると、亭主からのメールである。「いま電車。700お迎えよろ」何が「よろ」だこの野郎!毎日毎日早く帰ってきやがって。7時といったらあと50分。駅まで行く時間を入れるとあと45分しかない。残念ながら井戸端会議はお開きである。

亭主は仕事が終わるとほとんどの日はまっすぐ帰ってくる。よそのご主人方は9時10時まで帰ってこないので夕飯の仕度など心配しなくてもいいのだが、この家族は基本で夕飯を家で食べるのであった。最近はようやくお付き合いでトランプだかをするようになり週に1回か2回は夜遅くなるようになったとはいえ、それ以外の日は早く帰ってくる。早く帰るのが家族思いだと勘違いしているところがあるのは困ったものである。

たまには残業するかよそで浮気でもして来てほしいと思ったりする。若いアイドルの情報にはやけに詳しいし、携帯の待受は巨乳グラビアだから女に興味がないという訳でもなさそうだが、人の機嫌を取ったりするのが大嫌いな性質だからそのあたりがネックになっているのかもしれない。ちなみにマダムYが亭主の女性関係で困ったことは結婚前も含めて一度もないのであった。

庭仕事の後なので手をしっかり洗いながら夕飯の献立を考える。いまからご飯を炊いている時間はない。残りご飯なら冷凍庫にあるのだが、亭主は炊きたてのご飯でないと文句を言うのである。子供が育ち盛りならともかく、2合炊いても夫婦と娘一人ではいつも余ってしまう。その上亭主は肉や魚にうるさい。近くのスーパーで適当なものを買って来て出すとなぜかちゃんと見分けて「おいしくない」と言うのである。とはいえ残り時間から考えておいしい肉や魚を売っている遠くのスーパーに行く余裕もない。

マダムYは過去1週間の献立を思い出し、あれで行くしかないと決意を新たにする。生協から毎週届く豚肉と玉ねぎを炒めて、にんじんとじゃがいもを加えてさらに炒めてから水を足して煮る。そう、食通ぶっているが亭主の大好物はカレーライスなのである。ルーはジャワカレーとゴールデンカレー、おまけにバーモントカレーを入れる。ひとつのルーだけだとコクがないとか辛くないとか抜かすので、たくさん入れてコクも辛味も出してしまおうという作戦である。ご飯は冷凍だがレンジで温めて上から熱いカレーを満遍なくかけてしまえば分かりゃしない。

ちょうど30分で夕飯の仕度が終わる。後はデザートにフルーチェを作って冷蔵庫で冷やしておけば十分である。出掛けるまでにあと10分。マダムYは2階のベランダに上がると洗濯物を急いで取り込み、ついでにシャッターを閉める。今日も風呂掃除までは手が回らなかったが、夕飯が終わってから亭主にやらせるつもりだから大丈夫である。駅まで車を走らせながら、30分で作ったカレーと冷凍ご飯をうまいうまいと言ってお代わりするに違いない亭主の顔を思い浮かべると、思わず笑ってしまうマダムYであった。(完)

p.s.何度も言うようですが、この物語はふぃくしょんであり、実在する人物・団体等とはなんの関係もありません(笑)。

[Mar 8, 2007]