190 十九番立江寺 [Feb 25, 2016]


この図表はカシミール3Dにより作成しています。

恩山寺から立江寺までは、これまで歩いて来た国道55号線ともJR牟岐線とも離れた内陸部を歩く。

まず分からなかったのは、恩山寺の本堂から次の立江寺に向かうへんろ道である。「弘法大師御母公ゆかりの地」の石碑のあたりで道案内を探したのだが、見つからない。行きに通ったへんろ道にはそうした道案内はなかったので、舗装道路の車道を下ることにした。

舗装道路は山腹を大きく迂回しながら、かなりの急勾配で下って行く。迂回してこれだから、ほぼ直登だったへんろ道はかなり厳しかったのは当然のことであった。

5分ほど下ると、さびたトタンでできた建物に行き当たった。中は暗くてよく見えないが、においからするとどうやら牛舎のようだ。本堂レベルからここまで、門前町らしい店など全く見当たらず、出てきたのが牛小屋なのであった。

牛舎の横から、人しか通れないくらい狭い幅の道が竹藪の中に続いていて、道案内はそれが立江寺に向かうへんろ道だと言っている。仕方がない。ここを進むしかない。

竹藪の中でかなり傾斜がきつくなり、恩山寺への登りと同様に息が切れる。細い道が2本3本と合流したり分かれたりし、あるいは細い舗装道路を横切って進む。このあたり、道は細いながら要所で道案内の立札があって、赤矢印で進む方向を指示している。傾斜は緩やかになりやがて下りになった。山を一つ越えたようである。

道案内の立札は、小松島市のロータリークラブが設置したと書いてある。そういえば、ロータリークラブやライオンズクラブといった地域の慈善団体は、私の子供の頃にはたいへん盛んだったのだが、バブル以降あまり話を聞かなくなってしまった。慈善とか社会奉仕といったことが流行らない時代になってしまったのだろうか。

ようやく山の中から、小川に沿った田舎道に下りてきた。案内される道は民家の裏、小川の脇へと続いている。ひとつ間違えるとひとの家の庭に入ってしまいそうだが、ロータリークラブの案内に加えて古くからの「へんろ道」石碑もあって分かりやすい。道はやがて、舗装道路の通りに出た。バス停があるので幹線道路なのだろう。

恩山寺から立江寺までは1里、と四国遍路道指南にある。1里は4km、ちょうど1時間の歩きということになる。基本的に下りなのでそれほどきつくはなかったが、それほど早くも着かなかった。

途中、道が大きく左にスライスするあたりで、建設会社のプレハブがへんろ休憩所を兼ねているようで、道路脇で交通整理をしていたおばさんが「お茶ありますよ。休んで行きませんか」と言ってくれた。まだそれほど疲れていなかったので、「もう少しがんばります」と答えると、「あと20分くらいだから」と教えてくれた。

この建設会社休憩所を過ぎてすぐに「お京塚」、不純な動機でお遍路をしたお京に天罰が下ったという伝説の地である。さらにしばらく進むと立江寺への分岐点に達する。そのまままっすぐ行くと通り過ぎてしまうので、左折して街中へ。家並みの中をまっすぐ進むと、巨大な立江寺の本堂が正面に見えてくる。


恩山寺の山門前は牛舎。その横から遍路道に入る。


新旧の道標がいずれも右折を指示している。大きな看板がロータリークラブ設置のもので、恩山寺を出てすぐから道案内をしてくれた。

橋池山立江寺(きょうちざん・たつえじ)。四国遍礼霊場記によれば、恩山寺と同様に聖武天皇の勅願により創建されたという。後に弘法大師がこの寺を訪れた際、延命地蔵尊を彫像され寺名を立江寺と改められた。

当時は方八町というから800m四方の大伽藍があったとされるが、阿波の多くの寺と同様に戦国時代に一度焼かれてしまい、江戸時代になって再建された。道指南の真念が訪れた際には方一町半、150m四方というから、かなり規模が小さくなってしまっていた。とはいえ、今日でも真言宗の別格本山となっており、阿波では第一の真言宗寺院である。

本堂はあたりを圧する大きさで、2つ前の十字路から見えるくらいである。町自体はそれほど大きくはないのだが、商店街があって食堂やいろいろなお店があるのは徳島市内以来久しぶりの景色であった。

それと、人通りがかなり多い。参拝客がひっきりなしに訪れているのは、ここまでの札所の中で一番多かったかもしれない。参拝客が多いので、屋台の出店も多い。たいやき、たこやき、わたあめやよく分からないお菓子の屋台が、さほど広くない参道の真ん中あたりまで進出している。

ただ、本堂の大きさの割には建物は集中して建っているので、本堂から大師堂までの移動はわずかである。そして、参拝客は多いのだが、ほとんどがお参りをしただけで引き上げていき、納経をしてご朱印をいただく人はそれほど多くはない。これだけの人数が納経すると大変だと思っていたので、ちょっと安心した。

さて、立江寺での納経が済むと、もう時刻は2時を回っている。この日の宿は「ふれあいの里さかもと」で、4時半頃に道の駅勝浦から連絡すると伝えてある。立江寺から道の駅までは10kmあるので、時間的にはぎりぎりである。登り下りさえなければ何とかなりそうだが、前回も今回も考えていたより時間がかかっているので、どうにも自信がない。

立江寺から鶴林寺の途中には、弘法大師が虚空蔵求問持法を修めたときに星が落ちてきたという故事に関連する場所がいくつかあると、真念「道指南」に書かれている。

立江寺から南へ約2km、山をひとつ越えたところにある取星寺(しゅしょうじ)には、その時落ちてきた星が納められているということである。その星は青黒色で透き通っていると「道指南」に書いてある。隕石というよりも川で採れそうな石だが、真念は実際に見たのだろうか。

また、これから向かう道の駅勝浦から北に2kmほど入った星谷岩屋寺には、取星寺の星が落ちてきた時のものといわれる数十mの巨石があるという。いずれも、今回は訪問することができなかったのは残念である。さきほど左折して立江寺に向かった十字路まで戻り、この日の宿である勝浦に向かって歩き始めた。

[ 行程 ]恩山寺 12:45 →(4.0km) 13:50 十九番立江寺 14:15→


立江寺本堂。四国の真言宗では別格本山とされており、本堂は巨大である。


遍路以外にも厄除け祈願などで多くの人が訪れており、出店もかなり多く出ている。ここまで19寺でいちばん多かった。

[Jul 29, 2016]