024 大山から日向薬師 [Dec 14, 2013]


この図表はカシミール3Dにより作成しています。

2012年、半死半生で登った大山は、いつか再挑戦しなければならないと思っていた。ただ、近年の丹沢はヒルが大量発生しているので、気温が高い間は登れない。早朝には氷点下に下がる12月ならさすがにヒルもいないだろうということで、1年半ぶりに大山に行ってみることにした。

前の年になぜあれだけバテたのか、よく分からない。体調変化を比較できるように、登りは前回と同じルートとした。下社までは大山ケーブル。そこから見晴台に回り、雷の峰尾根を登る。ケーブルカーの始発は9時、それより早く着いても仕方ないので6時前に家を出発する。新宿発の小田急は7時過ぎの急行。ところがこの電車、やたらと酒臭いのである。

最初は隣の女性がアセトアルデヒドの匂いがきつく、仕方なく隣の車両へ。しかしこちらにも発車間際に朝帰りのグループが駆け込んできて、大声で昨日真夜中からの行動を振り返っている。人間ドックに備えて3週間の禁酒中でもあり、酒臭いのは耐えられないのであった。

中央線で奥多摩に行く時も朝帰りの人は乗ってくるのだが、人数的にはハイキング客が大半である。ところが土曜朝の小田急は、朝帰りが多数派でハイキングが少数派なのである。丹沢方面の早朝入りは、次回からロマンスカーを使った方がいいのかもしれない。時間的に大して変わらないのでこれまでは急行を使ってきたのだが。

さて、およそ1時間で伊勢原駅を降りる頃には、やっぱりハイキング客が目立つようになっている。大山ケーブル行きのバスは満員、下社への始発ケーブルカーも満員で、両方とも立たなくてはならなかった。ただ、前日はゆっくり寝たし、電車でも目をつぶっていたので、体調は悪くない。最近は登る前の体調維持にはかなり気を使っているのだ。

下社でケーブルカーを下りる。ここからほとんどの人は阿夫利神社の階段を上がっていく。さらに参道を頂上まで登るのが最短距離であるが、比較的人が少なく静かなのが見晴台経由である。こちら方面に歩き出したのは私の他には2組くらいしか確認できなかった。もちろん、クマ鈴を装着する。

ここのトラバース道は右側が崖で、過去には死亡事故も発生していると注意書きが出ているが、道幅があるのでゆっくり進めば特に問題はない。前回同様、30分ほどで見晴台に到着する。2度目なので、目が慣れている。

ここからが本番。いったんリュックを下ろして汗をふき、水分を補給し、靴紐を結び直して出発する。見上げると、目指す大山山頂のアンテナ群が見えている。1時間少しで着けそうな標高差であり距離感なのだが、前回は1時間50分かかってしまったのだ。それだけでなく、ほとんど倒れそうになり目の前がふらふらになってしまった。

前回の二の舞にはならない自信はあったけれど、慎重に歩を進める。幸いに、人通りは少ないので、マイペースで歩くことができる。ゆるい鎖場を過ぎ、20分ほどで急こう配が始まる。二の搭とよく似た景色だ。同じ山域、同じ方向だから当然かもしれない。昨年はそんなことも気が付かなかったのだ。

時間的に中間くらいの、コンクリート塊のところで小休止。かなりしっかりした土台のような塊である。景色が開けて、はるか下方向に伊勢原から厚木にかけての市街地が見渡せる。それにしても、何でこんなところに人工的なコンクリートの塊があるのだろう。送電線からは離れているし、ここにロープウェーかケーブルカーでも作るつもりだったのだろうか、

前回は残りの距離(0.6km)に愕然とした不動尻方面の分岐も、あれ着いたのと思うくらいあっさりと通過。大山の肩でひと息つき、山頂直下の急坂もクリアして、山頂に着いたのは11時15分。見晴台から1時間20分で、ほとんどコースタイムどおり。前回と比べると30分以上の短縮である。


見晴台から大山。目の子で1時間ちょっとで登れそうだ。


さすがに人気の大山。頂上はすごい人でした。景色は抜群。

前回は持ってきた昼食すら食べられないほど疲労困憊していたのに対し、今年は余力を残して頂上まで来ることができた。時間的にも30分以上の短縮であり、久しく気がかりであった大山に関する課題をクリアしたといえるだろう。

大山に来るのは、もう4、5回目になるだろうか。それほど重装備でなくても登れる山なので、相変わらず混んでいる。まだ11時頃と早目の時間なので、うまいことにベンチが空いていた。腰を下ろし、テルモスに持ってきたお湯でコーヒーを作り、カロリーメイトと一緒に軽食とする。今回、お昼は下山してから食べる予定なのである。

わずかに風があって体感気温は低いが、快晴で日当たりはよく景色も申し分ない。もう少しゆっくりしていてもよかったのだが、大きな声で騒ぐグループが多い。若いのもいるし年寄りもいる。うれしいのは仕方ないけれど、騒がしくて落ち着かないので早々に撤退する。11時35分。

前回は、参道経由で下社に下りてケーブルカーで帰ったが、今回は日向薬師まで歩いて下りる予定である。多分体調は悪くならないだろうと見込んでいたので、もう少し歩いてみようという計画である。大山山頂が1252mで、下社からの登りは+562m、対する日向薬師への下りが-1082mだから、登りの倍近い結構な標高差である。

見晴台までは来た道を戻るだけなのだが、上から見ると、登った時以上に急傾斜に感じる。慎重に下りたので結構時間がかかり、見晴台までは1時間15分。登りと比べると5分くらいしか短縮できなかった。もう正午近いので、登り下りとも朝より大分と人が多くなっている。傾斜に気を使ったのと、人が多くて騒がしいので気疲れした。

見晴台を過ぎ、ほとんどの人は下社方向に向かう。日向薬師方面に向かうのは少数派だ。ここから先はようやく、静かな道となる。勾配も緩やかになり、風も弱まり暖かくなってきた。ずっと歩いていたくなるような道である。何よりも人が少ないのがありがたい。20分位歩くと、分岐点に出た。

先に続く尾根道が「→日向薬師方面」、ここから下る坂が「↓キャンプ場方面、つづれ折り」と書いてある。確か下った先は公共施設のはずだし、坂も何とか名前がついていたと思ったから、ここで下るのだろうか。地図を出して確かめようとしたその時、後ろから7~8人のグループが近づいてきた。ご高齢の女性達が大声で話していて騒がしい。

追い付かれたくなかったので、速足でキャンプ場方面への坂を下って行った。スイッチバックの下り坂を自分としては速足で歩く。幸いに道は落ち葉でふかふかしていて歩きやすい。こういう坂は得てして足もとがガレていたり岩がごつごつして歩きにくいことが多いのだが、そうでなくて歩きやすいのでスピードが出る。

標高差で50mほど下ったところで様子を伺うと、後続グループが追ってくる気配はない。分岐点を日向薬師方面に向かったようだ。おそらくどちらの道も日向薬師に出るはずだし、せっかく静かなのに騒がしいグループと同じ道を選ぶことはない。引続きスイッチバックの坂を下って行った。


見晴台から日向薬師方面に下ると、この通り全く人がいません。


後から騒がしいグループが迫ってきたので、キャンプ場の方へ下ってしまいました。こんな坂。

道が合っているか今一つ疑問ではあるが、とても歩きやすく、どんどん標高が下がっていく。時々倒木があったり、斜面が崩れているのが玉に傷である。川の音が大きくなって来ると、下の方にあずまやが見えてきた。最近作られたものらしく、とてもしっかりしているし、手入れされている形跡があった。ここでちょっとひと休みする。

さらに下っていくと今度はバンガローが見えてきて、登山道はそのままバンガロー村に入っていった。しっかり戸締りされているので、夏の期間だけやっているのだろう。コンクリートの坂をさらに下っていくと、舗装道路に出た。

近くに大きな地図が掲示されている。この場所は「ふれあいの森・日向キャンプ場」、そもそも下山を予定していた場所は「日向ふれあい学習センター」、似ているのだけれど微妙に違う。坂道の名前も、「つづれ折り」と「久十九曲がり」だった。ちゃんと地図を見ればよかったが、静かな山を楽しめたのでよしとしよう。

日向薬師まで舗装道路を歩く。ふれあい学習センターの先で、後ろから来た騒がしいグループが下りてきたのとぶつかったので、若干遠回りしたものの時間的にはほとんどロスがなかったようだ。

さて、1年半前には大バテしてしまった大山への登りが今回全く楽勝だった理由を、歩きながら考えた。

① 体調管理に気をつけるようにしたこと。
前日に酒を飲まないようにしたり、睡眠時間を確保したりすることで、歩いている間の体調は間違いなく前回より良かった。

② 人が少なく、ペースが守りやすかったこと。
前回は暖かいシーズンだったので、ハイキング客が多かった。自分ではマイペースを守っているつもりでも、他人のペースに合わせた結果バテてしまった。

③ 技量が未熟だったこと。
最大の理由はこれだったのではなかろうか。
見晴台から山頂までの登りは標高差で500mあり、WEBにあったように小学生でも楽勝の初心者コースではなかった。楽勝だと考えていたのに急坂が続いて、バテてしまったのだろう。情報をうのみにせず、十分に用心してあたらなければならなかった。

キャンプ場から日向薬師バス停までは、舗装道路をゆっくり下って40分。休日はバス便も1時間に3本あるので、帰りの時間にはあまり気を使わなくても大丈夫だ。山の上では少し寒かったが、下界は風もなく穏やかな午後である。江戸時代にたいへん栄えたという浄発願寺を右手に見ながら、今回もまずまずの山歩きだったなあと思った。


営業していないバンガロー村に下りてきてしまいました。まあ、それほどタイムロスはなかったようです。


帰り道にある浄発願寺。上野寛永寺の末寺で、江戸時代にはたいへん栄えたらしい。もとの敷地(現在の奥ノ院)から、山津波で被害を受けて移転してきたそうです。

この日の経過
ケーブル下社 9:10
9:40 見晴台 9:50
11:10 山頂(昼食) 11:30
12:40 見晴台 12:50
13:10 分岐 13:10
13:50 日向キャンプ場 13:50
14:15 クアハウス山小屋 15:10
15:40 日向薬師バス停

[Jan 13, 2014]