230 二十三番薬王寺 [Feb 27, 2016]


この図表はカシミール3Dにより作成しています。

鶴林寺から平等寺まで打った後は、平等寺門前の「山茶花」に宿を取るのが定石とされている。ただ、この宿は不定休であるので、2月終わりというシーズンオフにやっているかどうかは分からない。そして、宿まで他の交通機関を使わないとすると宿泊地がここに限られるため、意外と混むことも考えられる。実際、この日は営業していたようだが、前日のさかもと組はじめ何組か泊ったと思われる。

あれこれ考えて、平等寺から阿波福井駅まで歩き、JR牟岐線を阿南まで戻ってビジネスホテルに泊まることにした。すでにさかもとでは送迎してもらっており(歩きだと往復1時間半ずつ余分にかかる。それを避ければ生名で宿をとらざるを得ない)、歩き限定ではなくなっている。前の日に歩いたところから次の日スタートするというマイ・ルールとした。

(もっとも、多くの歩き遍路の人たちがそういうルールにしていると思われる。民宿の廃業が続き、送迎や他の交通手段を全く使わないのは現実的に難しくなっている。)

阿波福井から阿南まで20分ちょっと。駅で待っている間に菓子パンを食べたのだが、とてもそれでは足りずに阿南駅前のファミマでスパゲティミートソースとおでんを買って夕飯にする。この日の宿である阿南ステーションホテルには部屋の中に電子レンジがあるので、持って帰って温められるのである。

そしてなんと、このホテルには部屋ごとに洗濯機と乾燥機が備え付けされているのである。ホテル内にコインランドリーがあるのはきょう日当たり前なのだが、部屋ごとに付いているというホテルは初めて見た。さすがお遍路向けの施設が充実している四国である。ただし、乾燥機は電気なので2時間以上かかった。翌日の身支度を用意して眠った。

翌朝は5時起き。前日ファミマで買っておいたサンドイッチとサラダ、それとお湯を沸かして熱いお茶を飲む。それからフロントに下りて、ロビーに携帯充電器があったので充電しながらメールチェック(wifiがロビーのみだったので)。始発電車は6時25分なので6時過ぎにはホテルを出た。

まだ夜は明けきらず、駅は照明できらびやかである。よく考えたら列車は阿南始発ではなく徳島から来るので、発車時間まで来ないのであった。ホームで待っていると寒いので階段を上がって待つ。列車は5分遅れで到着した。

列車は前の日に通ったところを戻って行く。新野を過ぎると、歩きながら見た景色が広がる。なんとなくうれしい。阿南に戻った時には、もう暗くなっていて見えなかったのだ。ホームセンターや農協、ガソリンスタンドが通り過ぎて行く。短いトンネルをくぐってまもなく、阿波福井に到着した。

阿波福井駅で身支度をして、7時ちょうどに出発。国道55号線は駅の前を通る。前の日は右から歩いて来たので、この日は左へと歩く。しばらくは古い家が点在する街道筋といった風情だが、次第に家が少なくなり道も登り坂となる。右手にダムへの道案内が現れると釘打(かねうち)集落である。ダムの方向に山を突っ切ると、前日自重して通らなかった月夜御水庵経由平等寺からの道である。

「くぎうち」と書いて「かねうち」と読むのはおもしろい。経本では、鉦を打つタイミングを「丁」と書いてあるので、もともと鉦は釘と書いたのかもしれない。ただ、現代では釘は「かね」と読まない。だからトンネルの名前は「鉦打」と表記されている。

鉦打トンネルに入ってすぐ、「室戸まで96km」の距離表示が出てきた。この日は55号線を室戸に向かって直進し、この距離表示をどんどん縮めて行く予定である。いずれは0kmになるまで歩かなければならないが、それはまだ先の話となる。


朝の阿南駅。まだ夜が明けきらず灯りがまぶしい。朝一番の列車で阿波福井まで戻る。


鉦打トンネルの中で、室戸まで96kmの表示。この日はあと30km歩いて残り60km台まで短縮する予定。


海ルートへの分岐点を過ぎて坂を登ったところに、遍路休憩所がある。休めるところで少しでも休んでおく。

さて、二十二番平等寺から二十三番薬王寺へは、海ルートと山ルートとに分かれる。

海ルートは「道指南」で真念が通ったルートで、由岐で海岸線に出て海に沿って日和佐まで歩く。山ルートはこのまま55号線を進んで日和佐に直行するルートである。真念と同じ海ルートを歩けば海も見えて景色はいいらしいが、多くの人がそう考えるのでWEB報告も海ルートが圧倒的に多い。そこで、報告も少なく距離的にも2~3km短くなる山ルートを選ぶことにした。

鉦打トンネルと次の福井トンネルを過ぎてしばらくは交通量の多い道だが、何度か左に道が分かれるうちに段々とそちらに車が曲がって行き、55号線の交通量は減って行く。特に日和佐道路との分岐を過ぎると車は目に見えて少なくなり、一般道の由岐方面分岐の頃には歩いて車道を横断できるくらいになった。

最後の由岐方面分岐を過ぎると道は緩い登り坂となり、しばらく行った左手にへんろ休憩所がある。東屋とベンチだけで水もトイレもないけれども、歩き始めてちょうど1時間だし、この先どこで休めるか分からないのでリュックを下ろして休憩する。

遍路地図を見ると、これから先トンネルが連続する。十三番大日寺の時のように歩道が狭くて交通量が多かったら、途中から海コースに変更することも考えていたが、その点は心配することはなかった。さすがに国道だけあって道幅が相当に広く、まして車がほとんど通らないときているから、何とも快適な歩きである。

トンネルがあるということは昔は峠道だったということである。だからそこまでは登り坂であるが、国道規格なのでそれほどの急傾斜ではない。右手には低く田畑が広がり、その向こうには人家が見えて、畑仕事に向かうであろうお年寄りの姿が見えるのものどかである。

峠を登り切って、分岐後初の星越トンネルに来るまでに歩道はなくなる。グリーンラインという緑色の線が引かれていて、歩行者とお遍路はその内側を通ってくださいと書いてある。そのグリーンラインが道の片方にしかないものだから、道路の山側から逆側へグリーンラインが移るタイミングには、「お遍路さん横断します。注意」と立看板が置かれている。

幸いこの日はほとんど車が来なかったので渡り放題であった。星越トンネルを出てすぐ、何かの建物があり駐車場も広くとられていたが、ひとの気配がしなかった。昔ドライブインでもやっていたのかもしれない。ひと気のない建物からしばらく進むと再び右手に低く土地が広がり、遠くにちらほらと人家が見えるようになる。

由岐への分岐からすでに4、5km歩いたけれども、さきほど休んだ休憩所から後ベンチひとつ置いていない。その前から自販機もない。こうした点では、山ルートは過酷である。海ルートは海岸線に出ればJRの駅もあるし、自販機くらい置いてあるはずだ(歩いていないから分からないが)。

待望の自販機は、星越トンネルと次の久望トンネルの中間あたり、室戸まで90kmの標識を過ぎたところで、ようやく民家の前にコカコーラ系の自販機が1台あった。もしや電源が切れているかもと心配だったが、ちゃんと動いていた。とはいっても、まだ手許に飲料水はあったので、買わなかったのだが。

先ほどの休憩所から1時間と少し歩いて、9時25分に久望トンネルまでやって来た。ここまで2時間強で約10km、このトンネルを越えれば日和佐市街まであと4km、薬王寺まで6kmだからかなり楽になる。道はわずかなアップダウンはあるもののそれほどでもない。この分で行けば、11時過ぎには薬王寺に着くことができそうだ。


日和佐道路との分岐を過ぎると、極端に車が少なくなった。集落は国道沿いでなく、右下の谷方向に点々と続く。緑の線がお遍路さん推奨のグリーンベルト。


室戸まで90kmを過ぎたあたり、民家の前に、久しぶりにコカコーラの自販機登場。


午前9時20分、久望(くぼう)トンネルが見えてきた。ここを越えればあとは日和佐まで4km少々。

久望トンネルを越えると、道の左手に「CAFE コーヒー・カレー」と書いてある店の前に出た。残念ながら「CLOSE」の看板が出ておりやっていないようだったが、もし営業中であれば久しぶりのお店であった。まだ10時頃だったから、時間が早くてやっていなかったのか、客の少ない時期なのでやっていなかったのかは分からない。

ただ、店の周りにいくつかログハウス風の建物があって、そこで生活しているような雰囲気があったので、CAFEは副業なのかもしれない。そして、店の前にへんろ休憩所があって、東屋とベンチが置かれているのはうれしかった(水・トイレなし)。1時間ぶりに登場した休憩所で、ありがたく休ませていただく。

そして、次の一ノ坂トンネルから先は道が左右から合流するようになり、交通量が次第に増加していく。久望トンネルの前までは山の中を道が通っているという雰囲気だったのだが、一ノ坂トンネルから先は人里近しという感じである。

ここまで来れば安心と思っていたら、このあたりからへんろ休憩所もたびたび登場するようになった。はじめはベンチだけの休憩所、次はベンチプラス山から水が引いてある休憩所、その先では車が増えてきたことを反映してか、道の左側に大きな駐車場のような広場が見えてきた。そこには自販機が数台置かれている。こうなれば、ほとんど街中と同じである。

国道の脇には、ところどころにブロック造りで屋根のある小さな建物がある。一見バスの待合所にも見えるが、バス停の表示はない。あるいは廃品回収所なのかしれないが、よく分からない。緊急時に雨宿りくらいはさせてもらえそうである。

さて、阿波福井駅を出てからここまで、トイレのある休憩所というのはなかったのだけれど、十数kmぶりに登場したのが海賊船前へんろ休憩所である。船の形をしたドライブイン、その名も「海賊船」の前にあり、ドライブイン自体も営業していてド演歌を流している。

本当に疲れてお腹が減るかのどが渇くかしていたら、間違いなくこのドライブインで休憩したのだけれど、へんろ休憩所もちゃんとあって屋根も座るところもあるし、仮設トイレも付いている。たいへんありがたいことであるが、日和佐市街まであと2kmほどであり、まだ疲れていないので先に進むことにした。

ドライブイン海賊船&へんろ休憩所を過ぎて、いよいよ日和佐市街に近づいてきた。さて、日和佐というのはウミガメで有名であり、港町だとばかり思っていたのだが、道の両側に建物が増えてくるようになっても、左にも右にも山、そして市街地の向こうにも山が見える。海はいったいどの方向にあるのだろう。

ホームセンターの先を右に折れると市街地である。橋を2つ3つ渡り、朝以来久しぶりに見るJRの線路に沿ってしばらく歩くと、行く手に白い大きな建物が見えてきた。午前11時ちょうど、二十三番薬王寺に到着した。


久望トンネルを過ぎてようやく休憩所が姿を見せ始めた。ここはCAFE前の遍路休憩所、水・トイレはない。


この休憩所は、トイレはないけれども山の中から水が引かれている。


ドライブイン海賊船とその前にある遍路休憩所。トイレあり。ドライブインは演歌がかかっていたのでやっていたようだ。

医王山薬王寺(いおうさん・やくおうじ)、医王も薬王も薬師如来のことである。街中にあるのと、厄除けに霊験あらたかなお寺のようで参詣者は多く、参道の石段には1円玉がいっぱい撒かれている。

実はこの薬王寺、石段がたいへん多いお寺さんである。最初の1クールで国道レベルから隣の薬師会館屋上レベルまで登る。これで本堂かと思うとさにあらずで、本堂へはさらに1クール石段を登らなければならない。ちなみに、宿坊である薬師会館は休業中と聞いていたが、現在は復活したようである。

ようやく本堂レベルまで登ると、立派な本堂で、幅も奥行きもある。寺号のとおり、本尊は薬師如来で秘仏である。このご本尊、江戸時代に火災に遭った際に4~5km西にある玉厨子山まで飛んでいき、再建なったあとに戻ってきたという伝説がある。旧ご本尊は燃えてしまったと思って新しいご本尊が置かれていたため、旧ご本尊は本堂に後ろ向きに座っていらっしゃるという。

この話を聞いていたので、本堂の後ろに回ろうとすると、通り道の真ん中に置物がしてあったりして分かりにくい。ちょっとドラクエの隠しダンジョン的な雰囲気の参道を回り込んでいくと、本堂の後ろが拝所になっていてお賽銭箱が置かれている。秘仏なのでお姿を拝見することはできないが、間近で手を合わせることができる。

本堂・大師堂にお参りした後は、案内にしたがって登ってきた石段とは別の道を通って下る。納経所はその途中にあって、ご朱印とお姿、2016年記念散華をいただけるが、国道すぐの大きな建物の1階にも納経所と書いてあるので、そちらでもいただけるのかもしれない。立江寺と同様、厄除け祈願の参拝客の方が多くお遍路は少ないので、納経に時間はかからない。

さて、時刻はまだ11時半である。順調に進んでお昼のピークになる前に食事をとることができそうだ。この日のお昼はこのあたりの食堂を予定していたので、あたりを少しだけ歩いてみる。

候補になるのは三つである。ひとつはすぐ先にある道の駅。しかし、見るからに車が多く、あの中に入って行くのは気が進まない。二つ目は薬王寺付属の温泉施設の中。寺の施設だしそんなに高くもなさそうだったが、わざわざ温泉施設に入って行くのも面倒である。

そこで3つめの選択肢である、「厄除けうどん」の大きな看板のあるうどん店・やすらぎに入ることにした。幸い、先客は1人しかいない。せっかくなので、厄除けうどんを定食でお願いする。厄除けうどんには、にしん、かまぼこ、天かす、わかめとお餅が入っていて、定食も白ごはんだったのでお餅とダブってしまった。他に冷奴と小鉢が付く。うどんはまずまずだったが、せっかくだからかやくご飯であったらよかった。

12時の時報が鳴ったので出発する。薬王寺を離れると道は徐々に登り坂となり、JRの線路をまたいで海側に出る。ある程度高くなったところで振り返ると、日和佐の街並みと薬王寺の塔頭を見ることができる。薬王寺は、まさに日和佐のランドマークなのだなあと思う。線路を越えると店はなくなるが、一般の住宅はしばらく続く。

薬王寺から7~800mも歩いたと思われるあたりで、「室戸まで80km」の標識を見つけた。残り80kmは街中で過ぎてしまったんだろうと思っていたので、ちょっとがっくりきた。牟岐までは、あとまるまる16kmあるということになる。


日和佐の町は久々に登場する都会である。右側の4階建ても後方のお屋敷も、薬王寺の施設。


石段を何度も登ってようやく本堂。本堂の後ろには、後ろ向きでいらっしゃる薬師如来にお参りするお堂があります。扉は閉まっていましたが。


お昼は門前のうどん店で「厄除けうどん定食」。お餅と白飯がかぶってしまった印象だが、この後16km歩いたことを考えるとよかったのかもしれない。

薬王寺を過ぎてどこまで歩くか。薬王寺のある日和佐の次の駅は山河原(やまがわら)、次が辺川(へがわ)、その次が特急停車駅の牟岐(むぎ)であるが、山河原と辺川には各駅停車しか止まらない。歩き始めたら、16km先にある牟岐まで行かないことには、列車も少ないし徳島まで戻るのに時間がかかる。

牟岐発の特急むろと2号は4時44分発で、5時54分に徳島に着く。その前の4時6分発の鈍行に乗っても徳島に着くのは6時19分だから、38分早く出て25分遅く着く1時間以上のロスである。だったら特急料金を払っても特急列車である。

牟岐までは約16km、正午に薬王寺を出たので1時間4kmのペースを守れれば4時、途中に休憩と小松大師に参拝するとしても4時半には着くことができそうだ。幸いに、午後も引続き快晴微風である。今回は、前回、前々回と違って天気に恵まれた。修行でありお祓いだと分かっていても、雨や風はできれば避けて通りたいものである。

室戸まであと80kmの標識を過ぎて、道はやや登りであるが大したことはない。日和佐からほぼ30分歩いたところ、「海部木材」さんという材木店の横にへんろ休憩所が作られている。木材店だけあって木製の東屋とベンチがあり、すぐ横にトイレもある。ベンチの横には自動販売機も置いてあって至れり尽くせりである。ありがたく休ませていただく。

10分ほど休んで再起動。海部木材休憩所からしばらく歩くと、690mの日和佐トンネルである。トンネルの入り口右側には、休憩所としてベンチが置かれている。また、トンネルの中には歩道があり、これまでのグリーンラインとは違って余裕がある。690mは決して短くはないが、トンネルがまっすぐなため出口のアーチが見えるので、距離ほどには長く感じられない。

トンネル途中には「非常電話まで△△m」の表示が頻繁にあり、それを見ているうちにいつしか真ん中は過ぎた。だんだん出口が大きく見えるようになり、意外とすんなりトンネルを出ることができた。出てすぐ左側に、「かめ遍路休憩所」が見える。亀の甲羅型の屋根が付いた東屋だが、水とトイレはないようだ。少しだけだが国道から離れているので、寄らずに先へ進む。

日和佐トンネルを通過して間もなく、打越寺の案内看板が見えてくる。打越寺は六番安楽寺と同様、阿波藩が設置した駅路寺で旅人の保護と治安維持に当たった。真念「道指南」にも、「こゝにうちこし寺真言道場 遍路いたはりとて国主ゟご建立」と記されている。この打越寺の近くにJR山河原駅がある。日和佐の次の駅でここまで6km、ちょうど1時半に通過する。

休憩所は打越寺の分岐を過ぎ、山河原トンネルをくぐると現れる。薬王寺への山ルート、久望トンネル周辺ほどではないが、このあたりも人里離れて休憩所が少ない地域である。

山河原トンネルを過ぎて次の辺川のあたりまで、長い下り坂が続く。「道指南」にも記されている、かんばか坂(寒場坂)である。このあたり、向こうから来るお遍路さんがずっと立ち止まっているので何だろうと不思議に思っていたら、逆打ちの場合ここまでずっと登り坂で、しかも休憩所がなかったからだと後から気が付いた。下る分にはたいして苦労はないのだが、長い登り坂はきついだろう。

ひと気のない山道の国道をひたすら下って行く。気が付くと、いつの間にか傾斜が緩やかになり、左右に広がっているのは畑で、害獣除けの電気網で囲われている。ようやく人里が近づいたと分かってほっとする。このあたり、右の山道に入ると鬼ヶ岩屋温泉という温泉があるらしい。由緒はよく分からない。やがて、JR辺川駅への道案内が出てきた。牟岐のひとつ前の駅である。


日和佐から30分ほど歩くと、海部木材さんの休憩所。トイレ・自販機あり。


長さ690mの日和佐トンネル。トンネルの入り口に休憩スペース、出て左側に「かめ遍路休憩所」がある。


辺川に近づくと、人の手が入った土地が見られるようになる。ほっとする。

辺川(へがわ)に近付くと、国道左側に自動販売機ステーションが見えてくる。全体的に、日和佐までの16kmと比較して、牟岐までの16kmの方が遍路にはやさしい場所が多いようだ。

そんなことを考えている間に、道の両側が住宅地のようになり、直進すると牟岐、右に小松大師という標識まで来た。午後の目標である小松大師に到着である。時刻は午後3時ちょうど、日和佐から12kmを3時間でクリアしたことになる。

時間通りに牟岐まで歩けるか少し心配していたので、小松大師まで来た時にはほっとした。30kmを超えるロングウォークは若い時を含めて経験したことがなかった。これまで最高は、終電がなくなって津田沼から家まで歩いた25kmである。還暦間近になってこれだけ歩くという計画は、まだまだ若いという自負が半分、もう半分には不安もあったのは仕方がない。

でも、ここまでくれば目的地JR牟岐駅まであと3km少し、いくら疲れても1時間半で行けない訳がない(もちろん、そんなに甘くはなかったのだが)。

道案内の標示に従い、坂道を少し登る。想像していたのとは違い、小松大師はわが印西市によくある観音様のように、自治会館の敷地内にある。由来書きもありきちんと大師像を納めてあるのだが、お堂はこじんまりしていて、もちろん納経所もなかった。

小松大師の由緒は江戸時代。大師像を作った石工の夢枕に弘法大師が現われ、像を小松に納めるよう言ったのが始まりとされる。せっかくここまで来たしそのつもりにしていたので、納経所はなかったが札所と同じように読経させていただく。今回の遠征で最後の読経になる。

ここまでくれば、目的地JR牟岐駅まであと3kmくらい大したことはないと思ってしまったのがよくなかったのか、あるいは小松大師のすぐ先にあった休憩所で(パン屋さんの横にあった)きちんと休むべきだったのか、この後の残り3kmは大苦戦となった。

だんだんと足が上がらなくなり、股関節が痛くなってちょっとの坂道がつらい。あとからよく考えてみると、このあたりで朝から通算して30km歩いていたので、30kmの壁ということであったらしい。

大きな通りを横切ったあたりで、たまらずリュックを下ろす。あと何kmかと遍路地図を見ると、なんとまだ2km近く残っている。小松大師から牟岐駅までの半分も来ていなかったのである。時間は大丈夫かと思って携帯を見ると、列車の時刻までまだ1時間ある。なんとか落ち着いた。

このあたりからよく分からない標識が出てきた。もしかすると、1kmごとのキロポストではなくて100mごとのキロポストだったのかもしれない。ほどなく商店街が見えてきた。ソフトクリームのオブジェにつられてパン屋さんに入ったら、あったのはソフトクリームではなくて手作りアイスクリームだったが、せっかく店に入ったので買う。

そこから歩いて3、4分、牟岐駅に着いたのは4時5分過ぎであった。ひいこらした割にはそれほどタイムロスせずに歩いたようである。まだ特急列車は着いていなかったので、駅の待合室で先ほど買ったアイスクリームを食べる。2月とはいえ長距離を歩いてきた体は熱をもっていて、冷たいアイスをたいへんおいしくいただくことができた。

4時44分に出発した特急列車は1時間10分で徳島まで戻った。この日は東横インに泊まって、3日間の疲れをいやす。さすがに疲れていて、温泉にも行かず飲みにも行かず、翌朝1番の飛行機に備えて早くに寝ることになった。次の区切り打ちでは、徳島に入って出る時は高知ということになるはずである。

[ 行程 ]平等寺 16:45→(5.3km) 18:00 JR阿波福井駅 7:00 →(4.0km) 8:05 由岐分岐先休憩所 8:15 →(6.2km) 9:25 久望トンネル先CAFE前休憩所 9:35 →(6.3km)11:05 二十三番薬王寺[昼食休憩] 12:00 →(5.7km) 13:15 JR山河原駅付近休憩所 13:25  →(6.2km) 15:00 小松大師 15:10  →(3.3km) 16:05 JR牟岐駅


小松大師は辺川集落の入り口にあって、コミュニティセンターと隣り合っている。納経所はないけれども、般若心経を読経させていただく。


この日の目的地・JR牟岐駅に無事到着。30分ほど待って特急で徳島に戻る。今回の区切り打ちはここまで。

[Nov 19, 2016]