002 マダムYの素敵な休日

注.この物語はふぃくしょんです。登場する人物・団体等はすべて架空のものです。←よろしく

もうすでに日は高いのだが、シャッターがしまっている寝室は暗い。だからマダムYの休日の朝は目が覚めるまで始まらない。気がつくと、亭主の布団はすでに空だった。ふすまの端から細く伸びている光の強さと腹の減り具合からみて、7時8時というわけではなさそうだ。ふすまを開いてリビングをみると、亭主がノートパソコンを相手にトランプをやっていた。

「よく寝るねえ。もう9時半だよ」
と亭主はパソコン画面から目を離さずに言う。
「お休みの日なんだから、何時まで寝てようと勝手でしょ」
とマダムYは亭主の後ろに回ると肩をもむ振りをしながら首を絞める。
「やめろ~。いまKK来てるんだから。1200人で始まって、あと26人だぞ」
威張っているようだが、何が偉いんだか分からない。
「え、何!何で突然画面が消えるんだ~」
何か知らないが勝手にあせっているようだ。

亭主は昔から休みになると早く起きる傾向がある。特にドラクエの時はすごかった。夜中の1時2時までやっているのに、朝の5時にはもう始めているのである。マリオやファイナルファンタジーは1作だけやってあきたようだが、ドラクエだけは全シリーズやっている。テレビで行列になっているのにどう工面したのか翌週くらいには手に入れて、普段8時間は眠らないといけないとか言っているのに睡眠時間を削ってずっとやっているのだ。

ダイニングに回り、まずコーヒーメーカーをセットする。冷凍庫からパンを出して、オーブントースターに乗せる。サラダは野菜入れにレタスとルッコラがあるので皿に盛りつける。あとはフライパンでベーコンと卵を焼いて出来上がりである。

「スクランブルドエッグにしてね」いつのまにか亭主はパソコンから離れて、食前の薬を用意している。亭主は糖尿病なのだ。
「終わったの?」と聞くと、
「終わってないけど、ダウンしたんで立ち上げ直し。ウィルスバスター新しくしてから、10分くらいかかるからなあ。4時間半もがんばったのに」といいながら、冷蔵庫から牛乳とドレッシングを出す。手伝っているつもりのようだが、でかいからかえって邪魔である。

前日終電で帰ってきたはずの娘はまだ起きてこないが、夫婦揃っての朝食である。たとえ片方が4時間半前に起きていようと、この家族は一緒に食事をとる。たとえ休日の朝であっても、それは基本なのであった。

結局亭主のトランプはパソコンが立ち上がった時には終わっていた。亭主はぶつぶついいながら、出かけて行った。買い物をしてからトランプに行くようである。とたんに家が広くなった。主婦であるマダムYには休みはない。朝食の後片付けをしながら洗濯機を回し、いつものように家のことをしなければならない。

マダムYが主婦になったのは23の時である。高校を卒業して勤めていたら、一緒の場所に勤めていた亭主と結婚することになった。当時は「女性クリスマスケーキ説」というのが広く信じられていて、24までは売れるが、25になると需要が極端に少なくなるというのである。だからそんな早い結婚だとは思わなかったのだが、その後結婚年齢は飛躍的に高くなった。今にして思うと、もっと独身で遊んでおけばよかったと思う。

とはいえ、南向きのベランダに洗濯物を干すのは気持ちがいい。汗かきの亭主のおかげで洗濯物が多く、2階まで少なくとも2往復はしなければならないのが面倒だが、乾いたときのお日様のにおいがマダムYはたまらなく好きである。だからこの家には乾燥機がない。そして自動皿洗い機もない。これはマダムYに電気製品の操作ができないということも若干関係している。ちなみに浄水器はある。ひねれば水が出てくるからだ。

洗濯の合間にいつものように適当に掃除を終わらせて、マダムYは大好きな庭に出る。平日でも休日でも庭仕事をする時間はあるのだが、やはりゆっくり寝た後の休日はやる気が出る。春になっていろいろかわいらしい花が出始めたので、前の日に買ってきておいたのである。さて、マダムYのいる住宅地ではガーデニングが盛んなので、花はそのまま植えずに必ず1袋数百円で買ってきた培養土や腐葉土を使うのが慣わしである。だから植え替えると、必ず余分な土が発生する。この余った土も、もとはといえば1袋数百円の土なのであるが。

周りに空き地が残っていた時にはそこへ行って捨てていた。土を生ゴミというのはなんだか違うような気がするし、もともと1袋数百円だから捨てるといってもかえって地盤改良しているような気分である。ところがこのあたりもどんどん家が建ってしまい、かなり遠くまで行かなければ空き地がない。だからこの頃は、誰も見ていないときにはす向かいにある公園の植木のところに撒いてくる。今日もそうしようと思ったら、なぜか公園のところにスーツを着て何か話しているおじいさんがいる。ひとが見ているとやりにくい。

しょうがないから、お向かいの奥さま達と情報交換タイムである。しばらく楽しくしゃべっていたのだが、いつまで経ってもおじいさんがいなくならない。何か話しているようなのだが、後ろにいるおばあさんと話しているのだろうか。人のよさそうな夫婦なのだが、いつまでも同じ場所に立っているのはおかしいなと思っていたら、なぜかこのおじいさん、よたよたとマダムYと奥様方の方に近づいてきて、愛想よく、「聞いていただけましたでしょうか」と言った。

そう、来週は村議会議員選挙で、このおじいさんは立候補しているのであった。3人相手に演説して効果があるのだろうかと思ってはいけない。この村の人口は6000人、有権者が7割投票率が7割として、3000票。議席は8だから、300から350票確保すれば当選圏なのである。

「えー、聞いてなかった」
と、マダムYがもう40代後半だというのにかわい子ぶっていうと、候補者氏。
「それでは最初からもう一度・・・」
と演説を始めそうになる。そんなの聞いてたらいつになっても土を捨てられないし、それよりおしゃべりの最中なのである。
「いえいえ、結構です。よく分かりました。投票しますから、勘弁してください」
とマダムYはあわてて手を横に振る。おじいさんと後ろのおばあさんは、
「よろしくお願いします」
とにっこり笑って頭を下げた。

後日談になるが、マダムYと奥さま方は約束どおりこの候補者に投票し、おじいさんはみごと5番目くらいで当選して晴れて村議会議員となった。第8位の当選者の得票数は250票であった。

選挙おじさんのおかげで、マダムYの昼ごはんは2時過ぎになってしまった。9時に朝ごはんを食べたのに、ちゃんとお昼になるとお腹がすく。食べることと寝ることが、マダムYの最大の楽しみである。生まれてこの方、ダイエットをしたことと不眠症になったことはない。

誰もいない日には、残り物で適当なお昼にするのがマダムYの方針である。この日の昼ごはんは自家製のビビンバである。石鍋などないので土鍋にごま油を引き、熱くしたところに電子レンジでチンした冷やご飯を入れる。その上から残り物のキムチとナムル、温泉卵をぶち込んで混ぜ、じゅうじゅういっているところにコチュジャンと醤油で味付けして出来上がりである。本当は土鍋に油をひいてはいけないらしいのだが、マダムYは細かいことは気にしないのであった。

そもそも、結婚するまで学校の家庭科以外にしたことがなかったマダムYの料理は、すべて適当と目分量なのである。料理本も亭主が独身で一人暮らしをしていた時に買ったものをそのまま使っているし、計量カップや計量スプーンなど未だかつて使ったことがない。ご飯をたくときにも、米の量も適当かつ水の量も適当、春でも秋でも勘でやっているものだから、日によって炊き上がりの固さが違う。だから亭主は文句を言うのだが、じゃあ自分で炊けば、と言っておしまいである。

ただ、二十年以上も家事をやっていると、勘でやってもそうそう違うものになることはない。だから普段はあまり気にしていないのだが、時折亭主が料理本の分量どおりに作る鶏のから揚げが非常においしかったり、娘がきちんと計っていれるコーヒーがおいしかったりすると、ちょっとだけ気になる。でも気になるだけで、決して計量スプーンを使おうとはしないマダムYであった。

土鍋ビビンバをスプーンでまぜまぜしながら食べる。すごくおいしい。温泉卵が大好きなマダムYなのだが、売っているのが3個100円くらい。自分と娘は食べるのだけれど、生卵は蛇が食べるものだと信じて疑わない亭主のおかげで、どうしても一つ余ってしまう。だからこうやって次の日のお昼になってしまうのであった。

昼ごはんが終わるとソファに横になってDVDを見る。最近のお気に入りは、「かもめ食堂」である。のんびりした北欧の雰囲気がとてもいい。この間亭主に、「フィンランドに連れて行け」と言ったら、「あそこは直行便がないから途中で一泊しないと行けないよ。フランクフルトあたりかなあ」と訳の分からないことを答える。

きっと直接行けるのに、フィンランドにはカジノがないからフランクなんとかに寄って行こうとたくらんでいるんだろう。亭主なんか一緒に行かなくても、そのうち奥様方と行けるんだから・・・などと考えているうちに、「豚身昼斗念」あたりで意識がなくなる。平日であっても休日であっても、基本でお昼寝をするマダムYであった。

何か大きな音でマダムYの目は覚めた。どうやら、自分のいびきだったようだ。あたりは薄暗い。一瞬、寝過ごしたと思ったが、よく考えたら今日は土曜日である。むっくりとソファから起き上がって部屋の灯りを点ける。まだ5時を過ぎたばかりだった。

2階のベランダに上がって、洗濯物を取り込む。夕方まで干しっぱなしだった割には、結構あたたかい。なんとなくうれしい。畳んで整理ダンスに片付けるが、3つ残ったハンカチを見てマダムYの気分はちょっと重くなる。アイロンをかけなければならない。マダムYはアイロンかけが大嫌いなのである。

嫌いなことは後回しにして、誰かが片付けてくれるのを待つのがマダムYの流儀である。平日は亭主や娘を迎えに行ったり夕飯の仕度があったりするので、手が回らない振りをしてアイロンかけをしない。その結果しわくちゃのハンカチが積まれていく。娘が高校生の時には「お手伝いをしなさい」と言ってやらせていたが、勤めに出るようになってそれも難しくなった。だから休日にはアイロンかけをしていないハンカチが10枚以上溜まってしまうのであった。

休日にでもやってしまわないと、他にやる時はない。というか、来週早々亭主が持っていくハンカチがない。アイロンがかかっていないハンカチを持たせたりすると、亭主は間違いなく不機嫌になる。仕方なくアイロンのコンセントを入れ、温まるまでの間にシャッターを閉めて回る。戻ってアイロンかけを始めると5分もかからずに終わってしまう。これで来週までアイロンかけをしないですむと思うとうれしくなった。そんなに簡単に終わるんだから、面倒くさがらずにさっさとやればいいのに。

亭主はトランプ、娘はマンガ喫茶に行ったまま帰ってこない。今晩の夕食はマダムYひとりである。めんどくさいのでもう台所には立ちたくない。何か買ってきてそれで済ますことにした。それが一番早いし、片付けもいらないので楽ちんである。そうと決めたら暗くならないうちに行ってしまおう。戸締りをして車へ。近くにスーパーは何軒かあるが、こういう場合はカスミストアーである。

なぜかというと、カスミストアーのパック寿司は値段の割においしいからである。他のスーパーは780円もするけれど大したものが入っていないのに、カスミストアーは580円、時にはもっと安い値段でおいしいお寿司が買えるからである。ついでに、帰りに産直センターに寄って、大好きなクレソンを買ってしまおう。そう決めたマダムYはエンジンをかける。

カスミストアーに行くと、例によってパックのお寿司が580円で売っていた。が、その横に「2つ980円。組合せ自由」とあるのを見て、マダムYの気持ちはぐらぐらと揺れる。1つ580円より、2つ980円の方がお得である。そんなことはいくら計算が苦手でも分かる。当然2パックをかごに入れてレジに向かう。ところでその晩、家で夕飯を食べるのは自分しかいないということに気がついているのだろうか?いや、そんな細かいことは気にしない。なんといってもマダムYは、不眠症になったこととダイエットをしたことはないのであった。

2つ980円のパック寿司を前にしたマダムYであるが、案の定1つ目を半分食べただけでお腹がいっぱいになってしまった。確かに単価でいうと490円対580円では480円の勝ちだが、払った金額は980円対580円なのである。それにお昼を食べてから後はDVDをみてお昼寝しただけだから、一人でそんなに食べられる訳がないのであった。

あきらめて、残りの1個半は冷蔵庫に入れる。亭主が帰ってきたら食べさせるつもりである。何も残ってない時には「夜食べると太るから食べないの!」と言って何も食べさせないマダムYであるが、何か残り物があるときには「○○買ってきてあげたから食べな」と恩を着せる。そういう時は夜中だろうがダイエット中であろうが関係ない。

しかしこの日は、8時前に堅ちゃんの呼び出し音が鳴った。「もう負けた。いま電車。830お迎えよろ」、相当早くトランプは終わってしまったようだ。誰もいない休日は気楽でいいが、からかう相手がいないのもつまらない。だから亭主が早く帰ってくるのはうれしいのだが、それを言うとつけあがるので言わない。

時間に駅まで迎えに行く。電車は20分おきにしか来ないので、同じように下りてくる人たちが何人かいて、それを迎えに来た車でロータリーは結構一杯である。その最後から、心なしか肩を落としてがっかりしているような歩き方で亭主が出てきた。もっとも、張り切っている時でも亭主は最後に出てくる。電車に乗るときは、一番前か一番後ろに乗るからである。

「どうも~」助手席のドアを開けて亭主が乗ってきた。車を発進させる。ニュータウンの道路はまるで教習所のように広くてまっすぐで、おまけに交通量が少ない。40を過ぎてから免許を取ったマダムYだが、どこへ行くにも車という毎日のおかげで今では目をつぶっても運転できると思っている。もっともニュータウン限定で、道幅の狭いところには行かないのだが。

「おなかすいた」
「えっ、ご飯食べてこなかったの?」とマダムYはわざとらしく驚いてみせる。友達づきあいの苦手な亭主が、滅多なことで外で食べてくるはずがないのである。
「なんかないの?」
「お寿司買っといてあげたから、食べな」
「それはありがたい」

もし亭主が食べてきたからいらないと言ったら、お寿司はどうなったのだろうか。そのまま亭主の翌日の朝食になるだけである。酢飯が固まっているかもしれないが。

「また負けちった~」と言いながらひとの胸をさわろうとするので、とっさにカウンターを入れる。
ぐーで殴るなよな」
お気楽夫婦を乗せて、車は二車線道路を走っていくのであった。(完)

p.s.何度も言うようですが、この物語はふぃくしょんであり、実在する人物・団体等とはなんの関係もありません(笑)。

[Jun 8, 2007]