003 中国の反日運動報道の背景 [April 18, 2005]

昨日、今日と新聞でもNHKでもトップニュースは中国の対日運動激化である。実際、現地で仕事をされている方は並々ならぬご苦労をされていることとお見舞い申し上げる次第であるが、一方で北京、上海での抗議行動、東シナ海でのガス田問題と続くニュースを見ていて、やや意図的な匂いを感じたことも確かである。

例えば、日本大使館に投石をしているデモ隊の人たちをみると、あまり殺気立っているようにはみえない。警備もちゃんと行われているし、確かに投石するのは良くないが、駐日大使が「あれくらいのことでガタガタいうな」と言う(顔に書いてある)のも無理ないような気もする。人数も公称一万人だから、実際にはもっと少ないだろう。はっきり言って、北朝鮮のイラン戦のときの方がよっぽど怖かったように思う。

確か、このニュースの前は竹島問題だった。新聞・テレビが一斉報道をするということは、独自取材ではなくニュースソースは外務省記者クラブである。本来であれば、邦人の安全確保、自国領土の保全を図るために、国防、軍備をどう考えるかという問題提起に発展するはずであるが、そうした兆候は全くない。だとすれば、外務省の狙いは何か?

きわめて好意的に考えると、6月のワールドカップ予選まで対北朝鮮問題を忘れてほしい、という意図的リークであろうということである。外務省の悲願である北朝鮮との国交正常化は、仮に今回のサッカーで選手、スタッフ、民間人に一人でもけが人が出たら、十年単位で遅れることになる。それを避けるために、北朝鮮問題から国民の関心をそらすとともに、「中国も韓国もこんなに怖いんですよ。北朝鮮ばかり目の敵にしなくてもいいんじゃないですか」という逆イメージ戦略であろうということである。

しかし、それは好意的にすぎるかもしれない。もしかすると、外務官僚の頭の中は、いま見直し論議が進んでいる対中経済援助(ODAや円借款)をいかに存続させ、その利権を維持するか、ということで一杯という可能性もある。その利権たるや、ノンキャリアのロジ担が愛人を囲ったり競走馬を買ったりできるくらいのものなのだから、キャリアの高級官僚にどんなうま味があるのか見当もつかない。

「ほら、中国で商売をするためには、やっぱりわれわれ外務省の力(=経済援助)が必要でしょう。」とアナウンスすることに今回の報道の目的があるとすれば、声の大きさよりも報道の内容をよく検証しなくてはならないと思う。

同じテーマ、それも政治的な話題を2週続けて書くのは気が進まないが、非常によろしくないと思うのであえて書く。中国の反日運動に対するマスコミの取り上げ方である。

そもそも、今回の反日運動は何が発端となって起こっているのかを新聞・テレビはほとんど言わない。せいぜい、「歴史問題等で反発を強めている云々」などとあいまいなことを言うだけである。そんなことはデモ参加者のプラカードや横断幕を見れば分かる。「日本の国連安保理常任理事国入りに反対する」である。

もともと国際連合United Nationsとは、第二次世界大戦時の「連合国」である。もっといえば、日本で戦前言っていた「ABCD包囲網」である。その国連の中枢に、何で日本が入ろうと画策するのか、おかしいではないか、というのが中国民衆の言い分であり、全くもってその通りである。日本が一番カネを出しているとか、イラクにだって自衛隊を派遣しているなどというのはあくまで日本の言い分であり、それに反対するのはその国の自由である。

靖国神社に誰がいつ参拝しようが、歴史教科書にどのような考え方が載っていようが、それは日本の国内問題であり他国にどうこう言われる筋合いではない。もっといえば、憲法改正(9条問題)だって日本国民が決めることである。しかし、国連常任理事国入りは純粋な国際問題であり、これに近隣諸国がどう反応するのかということは、意思決定において非常に重要な要素であることはいうまでもない。それをごっちゃにして、「中国は歴史問題で反発を強めている」などと報道するのは、きわめてアンフェアである(その背景に、対中経済援助利権を守りたい外務省の思惑があることは前回述べた)。

もちろん投石や店舗破壊がいいといっている訳ではないが、デモ行進を行ってスローガンを叫んだり、人や物に被害を及ぼさない範囲で「示威」を行うのは、正当な意見表明の一つと考えるべきであり、「回復不可能な損害」を被った訳でもないのに「謝罪と補償」を要求する日本政府も何をかいわんやである。ましてや、自らの取材と分析で報道すべき新聞やTVがこの体たらくでは、とても北朝鮮のことを笑えない。

[April 18, 2005]