028 坂畑から久留里 [Mar 1, 2014]


この図表はカシミール3Dにより作成しています。2014/3/1には倒木多く通行困難な箇所がありました。ご注意ください。

昨年の3月には奥多摩に出かけたのだが、今年は大雪の影響で奥多摩も丹沢も歩ける状況にない。もしかすると、ゴールデンウィークあたりまでは無理なのかもしれない。したがって、引続き房総の山である。

おととし大福山から上総亀山まで歩いた時、右手はずっと高い崖になっていた。あの上はどうなっているんだろうと思っていたところ、最近のネタ本である「房総の山歩き」に坂畑から久留里に抜けるコースが紹介してあった。3月になるとヒルが出ると書いてあるし、WEB情報ではマムシがいるらしい。大雪後の状況は心配であるものの、この冬最後のチャンスであるので行ってみることにした。

市原SA経由、久留里に着いたのは7時過ぎ。駅前の商店街を抜け、久留里城の駐車場へ。朝は久留里駅まで歩いて上総亀山までJR、そこから久留里城まで戻ってくるコースである。

久留里は自噴井戸で有名で、駅まで歩く街中にも盛大に水が出ている。平成の名水百選なのだそうだが、飲んでみると少し硫黄の匂いがする。地下を通っているので仕方ないし、水質検査をしてあるので健康上は問題ないのだろうが、味覚的には好みの分かれるところだろう。JRまで歩いて20分。さらに上総亀山までJRで20分、単線なのでゆっくりと進む。

久留里線は2年前に乗った時には相当おんぼろだったのに、今回乗った列車は座席もきれいだし、車内ディスプレイもあって新しい。乗客が少ないのが難点だが、木更津の近くまで行くと住宅も学校もあるのでそれなりに乗られているのである。終点の上総亀山駅から正面を上がってメインストリートに出て、トンネルをくぐり坂畑まで。おととし逆方向から通った道である。

まだ新しいコミュニティセンターを左折してここからは未知の道である。山の上にも集落があり、家や畑を過ぎてもしばらく舗装道路が続く。素掘りのトンネルを2つ通って、犬の遠吠えが不気味な分岐点を過ぎると、いったん砂利道になる。左右は谷で深く落ち込んでおり、「不法投棄禁止」の掲示があるにもかかわらず、谷底に向かって粗大ゴミを捨ててあるのが見える。

山一つ越えたところには産廃処理場があり、WEBをみると環境保護には配慮しているらしいが、こちらはこんな状況である。処理場というとすぐに反対運動が起こるのだけれど、きちんと管理した処理場がいいのか、自然に任せて結果的に無秩序なゴミ捨て場になるのがいいのか、きれい事ばかりでは済まされない問題だろう。

さらに登っていくと、いったん砂利道になったのに再び舗装道路になる。なぜなんだろうと思って周りをみると、右も左も植林された杉林であった。おそらくは林業用として整備された道路と思われた。幹の太さからみて50年以上は前に植林されたものではなかろうか。

こういう植林をみると、なんだかなあと考えてしまう。最初に整備した人達は、杉の苗木を植えておけばいつか大木となり、材木として売ることができると思ったに違いない。おそらくは「これで一儲け」といったような浮ついた気持ちではなく、田畑が少ない山間地なので、将来家族が食べるのに困らないようにという切実な事情があったのであろう。

ところが時代が移り、国内の木材はコスト的に折り合わず、伐採されない杉林が花粉症の元凶となってしまった。家族の多くは都会に出てしまい、残されたのは年寄りばかりである。何のために苦労して山を整備して植林したのだろうと思っているかもしれない。今の時代で言えば、せっせと貯金して50年たってみたら、貯金したつもりが逆に借金になっていたようなものである。

なんてことを考えて、ふと横を見ると「坂畑77」と書かれた電柱が立っている。あれ、ここが登山口ではなかったかなと思って周囲を見回してみると、向かって左の山側、来た方向とは逆方向に鋭角的に細い登山道が上に向かっている。おお、行き過ぎてしまうところであった。房州アルプスでもこういうことがあったとふと思い出した。


小雨の中、上総亀山駅へ。2年前より電車が新しくなっていました。


畑集落から、素掘りトンネルのある林道を登って行きます。

舗装道路だった林道から折れて、急傾斜の山道を登って行く。考えていたよりも道幅はあるのだけれど、下の状態はかなり厳しい。初めは土だったが、次の急坂からはよく滑る石の地盤となる。

房総ではよくあるパターンで、嶺岡構造体(嶺岡地層)と呼ばれている。これらは玄武岩、蛇紋岩等の火成岩からなる地盤で、地すべりをおこしやすい地層であり、雨や雪で濡れた後に歩くとすごくすべりやすい。半月前の大雪が解けずに残っているので、その下からも雪解け水が流れている。

道幅が広いのは、ここは江戸時代のメイン街道だったからであろう。石の地盤が削れているのは、たくさんの荷車が通過してこうなったのだろうか。出発地である坂畑は武州川越藩の領地であり、目的地である久留里城は久留里藩である。現在進みつつある峠がその境界となっていて、峠には川越藩の出張所である横尾番所が置かれていた。

川越といえば、昨年暮れに行ったところである。松平伊豆守や柳沢出羽守が治めた、徳川幕府の出世コースであった。その飛び地が房総の山奥にあるというのも不思議だが、石高を合わせるためにいろいろ調整したのだろう(ちなみに、千葉ニュータウンのあたりには関西・淀藩の飛び地があった)。

番所跡は石碑が建っているだけと聞いていたが、行ってみると「川越藩 横尾番所跡」の真新しい柱が建てられていた。背面を見ると「平成二十五年」と書いてあるので昨年である。もっとも周囲はうっそうとした竹林で、往時をしのぶよすがとなるものはない。朝方から降り続いた小雨のせいで竹も湿っているし、雪解けのせいで地面も濡れている。

遠い昔のことを思う。出世コースなので家臣も期待して川越に行っただろうに、ここに割り当てられたらずいぶんがっかりしたのではないだろうか。「上総」と「下総」では「上」の方が京都に近く早く開かれた土地なのだけれど、江戸時代だからいまと同じく「下」の方が都に近い。まして川越からは江戸の反対側である。

明治時代になって九州高鍋藩出身の日高誠実(のぶざね)が、ここから山ひとつ離れた養老渓谷の開拓願いを明治政府に出した。その当時は周りに何もなかったらしい。山ひとつの差だから、ここもほとんど同じ状況だったと思われる。もっとも田舎のことだから、藩士には農民から海の物や山の物の差し入れはあっただろうし、そういう境遇を楽しんだ藩士もいたかもしれない。

ネタ本(房総の山歩き)にあったとおり、ここからは北に進む。下り坂のところで、さっそく倒木が道をふさぐ。細い木であればまたいだり押しのけたりして進むが、まるまる一本倒れている木もあるので、そううまくは行かない。そういう場所に限って雪解け水が相当の分量で流れたり、地盤が滑りやすい石だったりする。歩く速度が、かなり遅くなってしまった。


横尾番所跡に向かう山道には、2月中旬の大雪が解けずに残っていました。


川越藩・横尾番所跡には、平成25年に新しく標識が作られたようです。周囲は竹林。

倒木やぬかるみ、滑りやすい石の地盤を苦労して進む。道幅もあって起伏もゆるやかなので、天気が良ければ気持ちいい尾根道だと思うのだが、あいにくの状況である。さらに時々小雨がぱらついてきて、展望は開けない。予報では夜まで大丈夫のはずだったのだが、うまく行かない。そして、次の目的地である北向不動尊との中間点あたりで、この日一番の倒木が道をふさいでいた(下の写真)。

右手は急こう配の谷、左手は山で、何本かの木が固まって倒れ道をふさいでいる。倒れた木の上をまたいでいくには足場が悪いし、右の深い谷に落ちそうでこわい。左の山側を見ると、倒木の根元あたりの土が地盤ごと崩壊している。もともと砂混じりでもろい地盤のようだったので、今回の大雪で崩れたものと思われた。小規模とはいえ土砂崩れである。

どの程度の地盤が崩壊したか下からは見えなかったが、木の幹は太いし絡まっていたツタもあるので手がかり足がかりはありそうだ。7、8mほどの登りになるがトライしてみる。濡れた砂地でずぶずぶもぐる。靴はもちろんズボンまで泥だらけになりながら、根っこにつかまりながら倒木のさらに上、尾根になっているところまで登る。

上からみると倒れた木は20m近くの高さがあった。根っこのからんだ土は茶色いのだが、その下のうす緑色をした砂地が派手に崩壊していた。尾根に登って足場は安定したが、もともと登山道ではないので道幅は非常に狭い。それでも、2、3人は歩いたと思われる踏み跡があったのでちょっと安心。最後は2mほどずり下りて登山道に復帰した。

振り返って見てみると、向こう側から見るより木がふさいでいる距離は長く、高巻きするのが正解だったようだ。倒木はそれ以降も何回か出てきたけれど、これに比べれば楽なものだった。(一応、月曜日に、君津市役所のホームページからお知らせしておきました。)

あとは戻るだけなのだが、コースを2回ほど間違えた。1度目は北向不動尊から怒田集落への下り。ネタ本(房総の山歩き)には「ガードレールが始まるところが入口」と書いてあるので下りてみたが、どうやら道ではない。正解は、次のガードレールの切れ目の分岐から下りる。はっきり分かるくらいの道幅であった。もっとも、ずっと車道を進んでもいずれは合流するようだ。

2度目は怒田集落から久留里城に上がったところ。林の中をずいぶん進んだところで分岐があり、太い方(左)も細い方(右)も下っている。どちらも1/25000図には載っていない。安全策で太い方を選んだのだが、結局そのまま舗装道路まで下りてきてしまった。あきらめて、久留里城のすそ野をぐるっと回って駐車場まで歩いた。

そんなこんなで、1時前に駐車場に到着。上総亀山駅からは4時間以上、まったく腰を下ろすことなく立ったままの山歩きでした。まあ、座る場所がないというよりも座るとびしょびしょになるし、早く帰りたいというのもありましたが。教訓としては、やっぱりグラウンド・コンディションのよくない時には避けた方がいいということかもしれない。


大雪による土砂崩れで道をふさぐ倒木。道なき道を尾根まで上がって通過しました。


怒田集落から久留里城に上がる裏道(標識を右に)。途中で間違えてお城には行けませんでした。

この日の経過
久留里城駐車場 7:25
7:45 JR久留里駅 8:13
8:32 JR上総亀山駅 8:35
9:55 横尾番所跡 10:10
11:15 北向不動尊 11:20
12:15 久留里城入口 12:15
12:50 駐車場
[GPS表示距離  10.5km]

[Mar 26, 2014]