232 番外霊場東洋大師 [Oct 13, 2016]


この図表はカシミール3Dにより作成しています。

第五次お遍路区切り打ちは、2日目の朝になった。

鯖大師の朝のお勤めが終わり、朝ごはんを食べ終わると午前7時である。計画では7時55分鯖瀬発の下り列車に乗る予定だったが、前の日に歩いたのは海部・宍喰の中間である走出(はせど)までである。バス停で確認したところ、鯖瀬から宍喰方面に向かう徳島南部バスは7時22分に出る。ちょうどいい時間だし、これだと列車より早く歩き始められそうだ。

宿坊の方に「お世話になりました」とご挨拶して出発。私ひとりのために、ご住職、案内してくれたお坊さん、食事を作ってくれたおばさんと何人もの方に大変お世話になりました。ありがとうございました。国道まで2、3分の歩き。ゆっくり眠ったので、まだどこも痛くない。そしてこれから、10kgのリュックをフル装備して一日通しの歩きとなる。

この日の宿は、室戸岬の「うまめの木」を予約してある。問題は、宍喰から室戸岬まで40km以上の距離があることである。フルに歩くと、着くのは夜の8時頃になってしまう。それはまずいので、どこかでバスに乗る必要がある。バスは午後5時34分に室戸岬を通過する甲浦発安芸行きがあるが、途中の時間が分からない。歩きながらバス停で確認することになりそうだ。

鯖瀬を7時22分に出たバスは、前日に歩いた浅川や海部、那佐湾沿いを通って宍喰方面に向かう。走出(はせど)に着いたのは7時45分。宍喰に向かって55号線を下って行くと、1kmほどで街中に出た。道の左手にセブンイレブンがある。入って不足している物を調達する。セブンイレブンのすぐ先が道の駅宍喰だ。道の駅まで買ったものを下げて行き、道の駅でリュックを下ろして荷物を整理する。

真念「道指南」には、この先の野根で「調えものしてよし」とあるものの、現在の野根には、特に55号線沿線にはコンビニもスーパーもない。だからいろいろ道中に必要なものを揃えるのに、こちら宍喰のセブンイレブンがほとんど最後のチャンスとなる。もし真念が平成のいま生きていたとすれば、「しゝくい浦町有 調えものしてよし」と書いていたに違いない。

8時30分に道の駅宍喰を出発。いよいよ今回の遍路第一の関門、室戸岬へのロングウォークが始まる。まだ早い時間ということもあって、前日ほどには暑くはない。ただし時折のぞく日差しは相当に強烈で、さっそくサングラスを装着した。

宍喰川河口の宍喰大橋を渡っていると、背中から風が吹いて押されるように感じる。これは北風ということであり、この日のスケジュールはずっと南を向いて歩くから、向かい風よりもずいぶんとありがたい。橋の上から、広い宍喰川の河口を見て進む。振り返ると、すでに道の駅宍喰はかなり遠くなっている。

橋を渡ってしばらく進むと、全長638mの水床(みとこ)トンネルである。長いトンネルだが、まっすぐで出口が見えているし、ちゃんと歩道があるので安心である。トンネル出口からすぐに、徳島県と高知県の県境となった。ここからが甲浦(かんのうら)で、この先の生見(いくみ)、野根ともに東洋町を構成する。

遍路地図には、55号線を直進するルートとガソリンスタンドを右に折れて街中に入るルートが書かれているが、わかりやすく55号線を直進する。まもなく左手下方に港が見える。甲浦港である。青色のバスが停まっているのがバス停で、ここ甲浦岸壁は室戸岬を経由してはるか安芸までの長距離路線の出発点なのであった。この日の夕方から、何度もお世話になることになる。


セルフタイマーで撮ったこの日の出で立ち。いっぽ一歩堂の軽装白衣上下。


道の駅宍喰。隣にホテルリビエラししくいが併設されており、そちらに温泉施設がある。室戸への最後の整え物は、江戸時代には野根だったが現在は宍喰セブンイレブンのようだ。


全長638mの水床トンネルを出ると甲浦、徳島県から高知県に突入する。すぐ先に見えるGSを右に折れるルートもあるが、ここは55号線を直進する。

「かんの浦、生見、のねうら」と道指南に書かれたとおりの集落を通って行く。江戸時代と同じ名前がそのまま残っているのは感慨深い。生見は現在ではサーフィンの基地として有名であり、関東で言えば九十九里のような位置づけになるのだろう。ホテルや民宿が何軒か集まっているが、真夏ではないのでひと通りはない。

東洋町役場は、生見集落にある。役場から道路をはさんで海岸側に商店や民宿の案内板が掲げられている。屋根・ベンチつきのバス停に着いたのが9時45分。1時間と少し歩いたので、リュックを下ろして小休止する。日差しがきつくて、1時間しか歩いていないのに汗びっしょりである。

ひと息ついて出発。野根集落まで2km余は、30分くらい。集落の入口に55号線から右に分かれて、木々の間に続く東洋大師への道が案内されている。このあたり、55号線の交通量がかなり多かったので、静かになって少しほっとした。やがて、右手に石段と色とりどりの幟旗、その上に東洋大師の建物が見えてくる。

東洋大師は正式名を金剛山明徳寺といい、空海の開創と伝えられる。真念「道指南」にも野根に大師堂ありと書かれているので、古くからあることは間違いない。せっかくなので、お参りさせていただこうと思っていた。遍路地図解説編によると納経もしているとのことだから、少しはにぎやかだろうと想像していたのである。

ところが、東洋大師に着いてみると、まったくひと気がない。本堂前の縁側にはお守りとかいろいろなものが置かれていて、その中にご朱印の入っている箱が置かれていた。代金はお賽銭箱に入れてくださいと書いてある。少し考えたが、目の前で納経帳に書いてもらわないと意味がないように思えたので、ご朱印はいただかず、お賽銭のみ納めさせていただいた。

誰もいないのだけれど、本堂前には縁台が数台置かれていて、それぞれに座布団も用意されている。まだ10時半で少し早かったが、ここでお昼にさせていただくことにした。お昼を食べながら境内を眺める。本堂横には寄進のお願いが掲示されている。こちら東洋大師は真言密教の寺であるのに護摩堂がなく、本堂の修復も十分にできないといったことが書かれていた。

この日のお昼は、朝セブンイレブンで買ったサンドイッチとコーヒー牛乳である。聞くところによると、この先奈半利までコンビニがないそうだ。となると、しばらくコンビニのサンドイッチは食べられないかもしれないので、「シャキシャキレタスサンド」を買ったのであった。夕食・朝食とごはんが続いたので、このあたりでパンを食べたいということもある。

野根は野根川の河口に開けた街で、道指南では「調物(ととのえもの)してよし」と書かれている。真念の時代には五右衛門という長者が宿を貸してくれたそうだが、残念ながら現在は宿がない。歩き遍路の場合、このあたりが最後の人里になるので、どこか泊めてくれるところがあった方がありがたいのだが、現実はなかなか厳しい。

そこで、本堂の右手には野宿遍路の人たちには有名な通夜堂があり、このお堂が善根宿として使われている。造りはいわゆるプレハブで、暑い時期寒い時期は厳しそうだ。それほど広くはないので、二人くらいまでならいいけれどそれ以上の人数が泊まるのは窮屈かもしれない。

おそらく、少人数でお寺の維持管理やら通夜堂の用意やら、境内に用意してある遍路への接待やら準備されているのだろう。ありがたいことである。お守りやご朱印の置かれている縁側には、お茶の用意もしてあった。お寺の方がいらっしゃるときには、お茶のご接待があるのかもしれない。

20分ほど休んで出発。55号線から街中に入ったので、せっかくだから街の様子を見ながら歩く。普通の民家や集合住宅がある。都会であれば社宅のような感じの建物だが、漁村なので公営住宅だろうか。街は国道から右に向かってかなり深くまで開けているようだ。

さて、これから空白期間に入るので、予備のペットボトルを買おうと思って自販機を探したのだが、住宅街のせいなのか見当たらない。やはり国道沿いに出た方がよさそうだと思って左に折れると、ようやく国道沿いに1つだけあった。いろはす500mlを補充する。

この後、野根大橋を渡った先の工事現場のようなところに1台見つけたのだが、それを除くと最後の自販機であった。


東洋大師明徳寺は、野根集落に入り、55号線からへんろ道に折れた先にある。残念ながらご住職は不在。半紙に書かれたご朱印が置かれていた。


本堂横にある東洋大師の通夜堂。この時期で泊まりが一人ならば、何とかなりそうだ。


いよいよ室戸岬に向けて、人家も自販機もない区間に入る。遠くかすんだ岬を7つか8つ望むことができる。いちばん遠くまで行かなければならない。

野根から先、真念「道指南」にも四里の間に集落名はなく、「とびいしとて 難所海辺なり」と書かれているくらいだから、江戸時代から難所として知られていたようだ。現在でも野根から入木までの約10km、 人家もなければ自動販売機もない人里離れた地域である。

計画の時にバス(高知東部交通)の停留所を調べてみたら、東洋町市街を過ぎたところにある伏越の鼻から淀ヶ磯橋までの3.5km、淀ヶ磯橋から水尻までの3.1km、水尻から入木までの3.1kmの間、バス停がない。入木から先はたくさんあるようなので、とりあえずそこまでは早く通過したいと思っていた。

野根集落を通過したのが午前11時過ぎ。ここから寂しい道になると覚悟していたのだが、何となくひと気がある。ちょうど国道55号線の工事中なのであった。30分ほど歩くと、路肩の広くなったところに工事車両がたくさん止まっている。よく見ると奥に看板があって、ここがゴロゴロ休憩所ということであった。

耳を澄ますと、波に転がられた石がゴロゴロと動く音が聞こえる場所なのだそうだが、残念ながら工事の音しか聞こえない。この先休憩所が限られるので5分だけベンチを使わせていただく。ゴロゴロ休憩所から次のチェックポイントである法海上人堂までおよそ4km。左手は海、右手は間近に迫る山を見ながらひたすら歩く。

WEBにあるように遍路地図に載っている法海上人堂の位置はゴロゴロ休憩所で、実際には約4km先、淀ヶ磯橋バス停と淀ヶ磯の中間あたりにある。55号線から、「トイレと水あります。お休みください」と大きく書いてあるのが見えるのだが、残念ながら水は出ていないし(近くに沢が勢いよく流れているが)、トイレはあまりきれいでない。

倒木で崩壊寸前だったものを有志が苦労して建て直し整備したと聞くが、再び荒廃しつつあるようだ。お堂まで登っていくと、手水場には長らく水の流れた形跡はなく、「盗難があるのでお賽銭はお堂の中に入れてください」と書いてあった。法海上人堂には先客がいたので、お参りしただけであまり休めなかった。

遍路地図では2.5kmほど先にある御崎の休憩所も見当たらない。そのあたりに、海水浴かサーファー相手のお店だったような廃屋があったから、あるいはそこが昔の休憩所だったのかもしれない。市町村界を越えて室戸市に入ったところに比較的新しい東屋の休憩所ができていたが、ここにはトイレ・水がない。

結局ひと息ついたのは入木という集落で、野根以来はじめて登場した自販機で桃のいろはす500mlを一気飲みした。時刻は午後1時40分で、野根を出てから2時間半、ゴロゴロ休憩所で最後にリュックを下ろしてから2時間位歩き続けたことになる。

入木からは断続的にバス停もあるので、それほど心配せずに歩くことができる。3kmほど歩いて佐喜浜の街に入る。ここまで10kgの荷物を持って25kmくらい歩いたので、さすがに疲れた。午後2時半、国道沿いに「茶居夢」という喫茶店を見つけて入る。ソフトクリームはないだろうかと祈っていたら、クリームソーダがあった。それをお願いして、お水を立て続けに飲んだ。


法海上人堂。倒木で崩壊寸前だったものを数年前に有志が修理したということである。トイレはあるが水はない。


東洋町から室戸市に入ったあたり、新しくできたらしい休憩所。ただし、トイレ・水なし。


佐喜浜市街地に入り、ようやく休むことのできた喫茶店「茶居夢」。クリームソーダをいただきました。

さて、室戸岬に向かうバスは午後5時過ぎである。バス停の間隔が長いので、時間に余裕を持たないと危ないことになる。佐喜浜から室戸まで、真念「道指南」にはおさき村、しゐな村、かみみつ村と集落名が書かれており、現在もそれらの集落は残っているのだが、距離はたいへんに離れている。尾崎から椎名までは、遍路地図によると5km以上ある。

佐喜浜の喫茶店でどこまで行くのか聞かれたときに「室戸岬まで」と答えると「4時間くらいかかりますよ」と驚かれてしまった。「いや、5時過ぎにバスが来るからそれに乗って行きます」と説明して安心していただいたのだが、喫茶店に入ったのが2時半だから、20~30分休むとしてあと2時間でどこまで行けるか。計画段階では、少なくとも尾崎、できれば椎名まで進みたいと考えていた。

3時少し前に喫茶店を出発して、55号線に沿って佐喜浜市街を歩く。国道は港よりも高い位置を通っており、再び海岸線に出たあたりで旧道に入る。ところが、旧道の入口に道路工事の標識が立っていた。仕方なく国道を進んでいくと、今度は旧道の方に誘導される。国道とは打って変わって風情のある細い道だ。ところどころ空き家があるのは、過疎地域だけに仕方がない。それでも、自動販売機が一定の間隔で置かれている。

このあたりで気になったのは、空き缶の回収場所らしい金網のゴミ箱が頻繁に置かれていることであった。多くに「室戸市」と表示されていたので、遍路とか観光客向けではなく、住民の不燃物回収なのだと思うが、そのゴミ箱の多くに同じ銘柄の発泡酒の空き缶が大量に捨てられていたのである。あれだけたくさん捨ててあるからには、ケースで買って飲んだのだろうとは思うが、どこで買ったのだろうか、いっぺんに飲んで捨てたのだろうかと想像しながら歩いた。

佐喜浜から3kmほど歩いて、尾崎集落に入る。ここにはロッジ尾崎、民宿浜増という2軒の歩き遍路定番宿がある。送迎や交通機関を使わない場合、前の日に宍喰で泊まると、歩けるのはこのあたりまでである。私が午前8時過ぎに宍喰を通過して民宿浜増前を通過したのが午後3時45分だから、通常であれば宿に入る時間である。ただ、今回の場合はバスを使うので、もう少し先に進むことができる。

尾崎集落を過ぎると、いよいよ海岸線が近く感じられる。夕方近くなって太陽は右手の山の向こうに沈み、かなり暗くなってきた。午前中に歩いた海岸は砂浜が多くサーファー御用達という風情であったが、夕暮れの海岸は岩が多くなり、打ち寄せる波が岩に砕けて豪快に散ってゆく。室戸岬に近づくと、奇岩の類も多いように感じる。

漁業関連の施設と思われる建物を過ぎ、学校を過ぎると、民家が続くようになる。結局、午後5時に椎名バス停まで歩いて、ここからバスに乗ることにした。この椎名バス停には徳島経由大阪まで行く高速バスの停留所にもなっているので、乗ってしまえば数時間で本州に行ける。

ここまで歩いてきて手足が硬直していたので、整理体操をしながらバスを待つ。バスは5時19分にやって来た。ここから室戸岬まで、車窓から見てもごつごつした岩が重なった地形が続き、なるほど空海が修行しただけのことはあると思った。この日の歩数は57,810歩、あとからGPGで測った歩行距離は34.7kmであった。

[ 行 程 ] [鯖大師本坊(泊) →] 走出(はせど)バス停 7:45→(1.0km) 8:00 セブンイレブン・道の駅宍喰 8:25 →(9.2km)10:25 東洋大師 10:45 →(3.4km)11:35 ゴロゴロ休憩所 11:40 →(3.2km)12:20 法海上人堂 12:30 →(8.9km)14:30 佐喜浜 14:50 →(9.0km)17:00 椎名バス停 [→ うまめの木(泊)]


ようやく無人区域を抜けて佐喜浜の街へ。国道から旧道に入ると、風情のある港の街並みになった。


室戸岬に近づくと、ごつごつした奇岩が数多く見られる海岸になる。これは民宿徳増より少し先にある夫婦岩。


前の日に海部から先に進んだ甲斐があって、最御崎寺まであと9km余りの椎名まで進出。5時過ぎのバスで宿に向かう。

[Jan 21, 2017]