018 黒字になるはずがない新銀行東京 [Mar 26, 2008]

首都圏以外ではどの程度報道されているかよく分からないが、新銀行東京が大騒ぎである。現時点で累積赤字が1000億円を超え、とりあえず緊急支援として400億円が必要ということで、東京都としてはこのまま支援を続けるか、それともこの際つぶしてしまった方がいいのか、という話である。

このことについて驚くのは、どうやら東京都と石原都知事は、新銀行東京がちゃんと軌道に乗ると本気で考えていたらしいということである。何人かの識者が述べているように、この銀行が都の支援なしで独り立ちできる可能性は最初からほとんどゼロだったのだから、この事態を想定してなんらかの準備をしていないというのは信じがたいことである。

私自身社会人生活の最初1/3は銀行員として過ごしたので、新銀行東京の経営が立ち行かないことについてある程度の「土地勘」はある。そこで、なぜそう断言できるのかについて述べてみることにしたい。

なお、新銀行の構想そのものは石原都知事の再選時の公約であり、このこと自体ある筋からの強力なプッシュによることは明らかである。が、このことをあまり突っつくと日本の暗部(村上春樹いうところの地下のみみずくん)を刺激することになるので、ここではあえて触れずに、ビジネスプランそのものについての議論にとどめる。

新銀行東京のコンセプトは、銀行や信用金庫など既存の金融機関で十分にそのニーズに応えることのできない中小企業に対して、基本的に無担保で資金を貸し出していこうというものである。「ニーズにこたえることのできない」というのはつまり、銀行や信用金庫が貸してくれないということである。

銀行や信用金庫がその企業の信用力をどのように判断するかというと、業績(もうかっているか)や業歴(どのくらい長くやっているか)、経営者の資産(金持ちかどうか)などを中心に審査する。銀行にとって貸し倒れは最も恐ろしいものだから、それを避けるために最大限の努力をする。

したがって、中小企業のほとんどはまず制度金融(国民生活金融公庫など)から取引を始め、次に信用保証協会の保証付の融資、次に一部上場企業の手形割引と進んでようやく不動産担保の長期貸付となり、無担保融資はそうした実績を積んでからようやくというのが昔の銀行取引であった。

さて、新銀行東京が取引先としたのはそういうレールに乗ることのできない、信用力の低い企業がほとんどであった。ご存知のようにちゃんと担保をとっていた銀行も、バブル崩壊(地価の下落)により大きなダメージを受けた。担保をとらないで信用力の低い企業に貸し込んだらどうなるか。

同じような取引先について、銀行に対する保証人となっている信用保証協会という団体がある。東京都に住所を持つ企業については、東京信用保証協会である(大阪の場合、大阪府と大阪市がそれぞれ信用保証協会を持っている)。ここは財務状況をディスクローズしている。

ここのホームページをみてみると、平成18年度の場合、約4兆2千億円の保証残高(銀行にとっては貸出残高)に対して、代位返済額(延滞・倒産のため銀行に対して代わりに支払った額)が約840億円である。東京都内、かつ信用保証協会だけで、年間800億円以上が貸し倒れているということである。これが平成14年度には年間2500億円あった。

減少分のうち新銀行東京に行った部分がかなりあるとみることもできるが、ここで重要なのは、信用力の低い中小企業に貸すということは必ず貸し倒れのリスクを伴うということである。そして、信用保証協会にしても、国民生活金融公庫にしても、その赤字は結局のところ税金で穴埋めされる。

新銀行東京も同じことをやろうとする以上、同じように毎年貸し倒れによる赤字が出るはずだし、それを穴埋めするための東京都の支援はランニングコストとして毎年必ず発生する。それを見込んでも必要だから新銀行を作ったのかと思っていたのだが、黒字になると思っていたようなのだからどういう頭の構造をしているのか理解に苦しむのである。

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昨日は、銀行や信用金庫が貸さないような取引先に無担保で貸すのだから、新銀行東京に多額の貸倒損失が出ないはずがないと書いた。今日はもう一つの要素として、銀行という商売がそもそも今の時代では採算に合わないという話である。いくら貸し倒れてもそれ以上に儲けが出れば収支は黒字になるのだが、今日ではそれは無理なのである。

昔は銀行というと年に何回かは取引先を招待してゴルフ大会を行っていたし、信用金庫や農協でも預金者を連れてバス旅行などをするところが珍しくなかった。どうして今は銀行がもうからなくなってしまったのか、その原因は貸出金利にある。

いくらきれいごとを言っても、銀行の基本は金貸しである。お客さまから集めた預金を取引先企業に貸し出すことによって、その利ざやを収入源としている。そしてその金利は、基本的に公定歩合にせいぜい上乗せ1%程度で、昔と今とでそれほど大きくは変わらない。例外は個人に対するカードローンなどで、これは昔から10%以上の金利で貸し出している。

さて、預金金利も公定歩合にしたがって上下し、こちらはほぼ1%公定歩合を下回るので、預かったおカネを貸し出すことで銀行は2%前後の利ざやを得る(例えば東京三菱UFJ銀行の場合、68.2兆円の貸出金に対し約8,400億円の利ざや収益)。さて、その収益で果たして採算に乗るのか考えてみよう。

まず第一に、2%の利ざやということは、貸出金の2%が貸し倒れてしまうと収益が吹っ飛んでしまうということである。昨日書いたように、東京信用保証協会の貸倒れ率は2%である。信用保証協会や新銀行東京並みの取引先しか持っていなければ、どんな大銀行でも採算は取れないということになる(そもそも昔は、2%の貸倒れなど発生しなかった)。

そして、銀行を維持するためには、収益の中から経費をまかなわなければならない。その経費とは、銀行員のお給料(人件費)であり、一等地に支店を配置するための家賃や建物維持費用であり、手形交換や振込、公共料金支払、キャッシュカード入出金等々のサービスを提供するためのシステム経費であり、銀行として営業していることを周知するための広告宣伝費などさまざまの経費である。

既存の銀行は、それらのうちかなりの部分を過去の蓄積として持っている。だからなんとか黒字決算となり株主に配当することができるけれども、新銀行東京はゼロから始めようとしたものだからそこから構築する必要があった。そうした経費が必要であることを考えれば、貸倒れがこれほど多くならなかったとしても少なくとも10年くらいは黒字になることは考えられなかった

そして、既存の銀行が過去の蓄積をどのようにして積み上げてきたのかというと、実はそこに秘密がある。昔は銀行からおカネを借りると、その一部を預金として置いておかなければならないという暗黙のルールがあったのである。これを歩積・両建(ぶずみ・りょうだて)という。

例えば5000万円が必要な企業があるとする。この企業は銀行から例えば1億円を借りて、5000万円を預金として置いておかなければならなかった。つまり、必要なおカネよりもたくさんの金利を払わなければならなかったのである。こうした裏技により、銀行は収益を確保していた。その一部をコンペ費用とか預金者サービスに振り分けることもできたのである。

そうした裏技が使えなくなった経緯もいろいろあるのだがそれは置くとして、ここで言いたいのは、ゼロからスタートする銀行がすべての経費をまかなって黒字になることは、いまの時代考えられないということである。その意味では私鉄と似ているかもしれない。これらの業態は過去の蓄積によって、なんとか生き延びることができているのであった。

[Mar 26, 2008]