020 マイケル・ジャクソンとビルボードの時代 [Jun 29, 2009]

先週末、マイケル・ジャクソンが逝去した。スリラーが流行ったのはちょうど結婚した1984年頃で、ベータマックスのビデオを当時8000円以上出して買ったものである。いま思えば、”Billy Jean”でムーンウォーク(後ろに進むやつ)をしたり、”Thriller”でゾンビと踊ったりした頃が彼のピークだったことになるが、それ以上に印象に残るのは1970年のことである。

1970年、大阪で万博が開かれた年であった。その頃の私は、暇さえあればFENやラジオ関東でビルボードのヒットチャートを聞いていた。ご存知のとおり、ビルボードは米国の音楽ランキングで、主にレコード売上と、ジュークボックスの再生回数で週ごとにランキングを決めていた(だから、ライバル会社の名前はCashboxなのである)。

1970年1月のビルボード・シングルチャートのトップはB.J.トーマスの”Rain Drops Keep Fallin’ On My Head”、映画「明日に向かって撃て」の主題歌である。この曲をはじめとして、40年近く経った現在でも、割とよく聞かれる曲がトップになったのが1970年なのである。

例えば、この年解散したビートルズが最後のアルバムからシングルカットした”Let It Be”、”The Long And Winding Road”が相次いでトップに立ったのが確か4~5月。サイモン&ガーファンクル(今年も日本に来るが)の最大のヒット”Bridge Over Troubled Water”が4週連続トップだったのが6月くらいだったと思う。

夏には、カーペンターズの”Close To You”が連続してトップ。他にもショッキング・フルーの”Venus”、ダイアナ・ロスの”Ain’t No Mountain High Enough”、ブレッドの”If”など、この年のビルボード1位でいまだにときどき耳にするという曲は結構多い。

Jackson 5がブレークしたのも、1970年である。春には”ABC”(平井堅がKen’s Barでときどき歌う)、秋には”I’ll Be There”がそれぞれビルボードでトップに立っている。当時はOsmond Brothers(こちらはTV番組出身の白人兄弟グループ)がライバルとされたものだけれど、何年も経たない間に完全に差がついた。

マイケル・ジャクソンというとジャンソン・ファイブの時代を思い出すし、ジャクソン・ファイブというと1970年を思い出す。まだ中学生の頃で、将来自分はどんな大物になるんだろうと思っていたら(笑)、50を越えて仕事と住宅ローンに追われるおじさんになってしまった。

ちなみに、つい先月、キャロル・キングの”Tapestry”を久々に聞きたくなってCDを買ったのだけれど、このアルバムがぶっちぎりでアルバム・チャートのトップを独走したのが翌1971年のことでありました。

[Jun 29, 2009]