030 三ノ木戸山 [Apr 20, 2014]


この図表はカシミール3Dにより作成しています。

春になって、ようやく雪も解けてきた。とはいえ奥多摩や丹沢の上の方では、まだアイスバーンがあってアイゼン必携とか書いてある。シーズン初めの今回、まずは標高の低いところから始めた方がよさそうだ。という訳で、半年前に撤退した奥多摩駅から石尾根に再挑戦することにした。

一応の目標は、六ツ石山である。しかし、奥多摩駅が標高約340m、六ッ石山が1478m、標高差は1100m以上あってワンデイハイクの限界に近い水準である。状況を見ながら、少なくとも前回行った十二天山よりも奥まで行かないと再挑戦の意味がない。一方で、天気予報は曇りである。天気図をみると高気圧が張り出して悪くはならないはずである。

いつもの時間に都心に向かう。浅草橋、御茶ノ水と乗り換えて中央線から青梅線へ。いつもは青梅発7時44分にぎりぎり間に合うのだが、青梅駅に着くと行ってしまった後であった。ダイヤ変更で接続が変わったのかもしれない。奥多摩着も20分遅れて8時45分。これでは朝一番に家を出ても8時半の日原方面、奥多摩湖方面のバスに間に合わない。今後、計画の変更を迫られそうだ。

奥多摩駅から山の方向を見ると、石尾根のあたりは雲におおわれている。朝晩は雨かもしれないと言っていたけれど、ちょっと心配しつつ出発。氷川大橋付近に移った警察の派出所前を通り、むかし道入口から林道、羽黒三田神社参道方面へと歩を進める。羽黒三田神社のショートカットは、昨年の石尾根挑戦の際に下りだけ通ったところである。傾斜はきついが距離は短い。神社本殿で今日の安全をお願いした。

さらにひと登りで林道に出て、しばらく行くと登山口に到着。前回はここまで1時間かかったけれど、今回は45分で着くことができた。ショートカットしたこともあるが、同じ道を歩くとかなり時間が短縮できるのがうれしい。登山口からしばらく登ったところにあるお社は、昔集落のあった絹笠という場所であるらしい。

この集落跡については、前回歩いた後WEBで調べて分かったことである。よく見ると、なるほど登山道の両側に石垣が積まれていて、左右の地盤は平らに整地されている。現在では見渡す限り杉の植林でそんな雰囲気は残っていないけれど、昭和50年代くらいまでは実際に住民がおり、10年ほど前まで廃屋が残っていたようだ。

昭和50年代といえば、私が大学時代から社会人に成り立ての頃である。その頃山に登る趣味があれば、まだ誰かが住んでいた集落を見ることができたかもしれない。ところが大学時代は勉強ばかり(!)していたうえ留年もせずに卒業してしまったし、社会人になればなったでバブル時代である。酒にゴルフにと忙しい時代であった。いまさらどうしようもないけれど、もっと違う時間の使い方があったのかもしれない。

定年が近いせいか、最近そういうことをよく考える。すべての事は永遠には続かないし、自分に残された時間も有限である。何をして何をしないのか、いままで以上にちゃんと考えて決めなくてはならない。仮に今すぐにこの世におさらばいなければならない事態となったとしても、後悔しないような毎日を送ることが大切だと思う。

絹笠集落跡を過ぎると、少しずつ傾斜がきつくなってくる。すると、急に左足の太ももが痙攣し始めた。ゆっくり歩くと若干おさまるのだが、しばらくすると再びけいれんが始まってしまう。ふくらはぎの痙攣は何回かあるが、太ももというのは記憶にない。これは困ったことになったと思っていたら、今度はあたりが急に深い霧に包まれて小雨がぱらついてきた。雲の中に入ってしまったようだ。


絹笠集落跡付近、稲荷社の上から下方向を振り返る。右手に見える低く平らなあたりに、おそらく人家があったと思われる。


雨が降ってきたと思ったら、霰(あられ)でした。あっという間にあたりが白くなってしまいました。

稜線まで出ると、昨年と違って北側の見晴しがよくなっている。というのも、北斜面の枝が相当深く切りこまれていて、茶色くなった葉ごと地面に積み重なっていたからである。おそらく、2月の大雪によって枝が折れてしまったのを、伐採して整えたのだろう。そうやって地元の方々が手を入れてくれることにより、こうして山歩きを楽しむことができる。ありがたいことである。

さて、太もものけいれんは断続的に続いている。なぜか考えてみると、実はこの日、今シーズンはじめて夏用スラックスをはいて来たのだった。予報では20度近くまで気温が上がるというので、冬用では厚すぎると思ったからである。ところが気温はそれほど上がらない。上がらないどころか小雨が降ってきた。と思っていたら、次第に枝に音を立てて当たるようになった。霰(あられ)である。

そういえば一昨年の12月、三条の湯まで歩いた時も夏用スラックスで歩いてふくらはぎが痙攣したのだった。あの時は水分をあまりとらなかったのが原因と思っていたのだが、寒さもけいれんにつながるようである。見覚えのある急坂を、何とか登って行く。もう少し傾斜はゆるくなるはずだが、なかなか急坂は終わらない。霰の勢いが増してきたので、リュックからレインウェアの上を出して着た。

時刻は11時。登山口から1時間登ってきた。今回はややペースが速く(とはいっても何組かに抜かれたが)、前回の到達点である十二天山までもう少しの地点まで来ている。とはいえ、奥多摩駅到着が遅れたこと、太ももが攣ってしまったこと、さらに霰が降り出していることから考えると、あまり上まで行くことはできそうにない。

計画では、六ツ石山(1,478m)まで行くことにしていた。スタートが20分早く、天気に恵まれて、体調もよければ、あと1時間半くらいだからがんばれないこともなかった。ところがこういう状況では、無理をすることもない。というより、さらに上に登ったらもっと天気は悪くなるはずである。諸事情を勘案し、今回の目標を三ノ木戸山に変更することにした。

霰の降る中、十二天山に到着。ここからは初めての道になるが、1/25000図のとおりほぼ平坦でずんずん歩ける。登山道は尾根の北側に続いていて、あたりがうっすらと白くなっている。リズムよく歩いている間に、太ももの痙攣は大分よくなってきた。一方で、天気は回復の気配が見えない。

尾根の北側に続いていた登山道が、南側に出た。ここからV字に方向を変えて上がっていくと三ノ木戸山の頂上になるが、三角点もないしはっきりした目印もないらしい。加えてこの天気だから、展望はまったく開けない。ちょうど南面が開けて休む場所もあったので、ここでお昼休憩とすることにした。

あるいはツェルトをかぶってお昼を食べなければならないかもと思っていたが、幸いに雨は小粒で、レインウェアのフードを上げればなんとかなりそうだ。シートを広げ、リュックを置いてゆっくりする。この日のお昼は、チョリソーとボテトのパン。テルモスのお湯でコーヒーを入れて、デザートにいちご。寒かったのでコーヒーがおいしくて、またいちごがちょうどよく冷たくてこれもおいしかった。

30分ほど休んで、再び出発。三ノ木戸山頂上付近のなだらかな平地を、さらに10分ほど歩くと分岐点である。ここには「三ノ木戸から奥多摩駅方面」の標識があって、1/25000図には載っていないが、WEB情報によれば普通に歩ける登山道ということである。今日はこの道を下る計画であった。ただ、ちょっと不安だったのは、つい2、3日前の日付で「通行注意。橋が壊れています」と書いてあったことである。

注意であって禁止でないのだから、歩いて歩けないことはなかろうと分岐点から南へと下って行った。


三ノ木戸山頂上付近。天気も悪いし三角点もないので、深追いせずにこのあたりまで。


三ノ木戸集落に向かう分岐。正面が石尾根縦走路、右手に下って行くのが1/25000図に載っていない登山道。このあたりでようやく空が明るくなってきました。

石尾根から三ノ木戸集落に向かう登山道は、スイッチバックの行ったり来たりで急坂が多い上に道幅は全体に狭いけれど、歩きやすく整備されていた。もしかすると、水道局の巡視に使われている道なのかもしれない。私の他には誰も歩いておらず、すれ違ったり抜かれたりせずに自分のペースで歩けたこともあって、むしろ絹笠から登ってきた道よりも歩きやすく感じた。

問題は、コースタイムが分からないことである。前回、十二天山から奥多摩駅までの帰り道に2時間15分かかったことからして、大体そのあたりが見当だろうと思う。そしてお昼の後に歩き出したのが12時20分だったから、下山は大体2時半頃と予測した。早めに着いてひと風呂浴びてホリデー快速に乗れればいいのだけれど。

周囲は杉の植林地で、見通しは全然利かない。高度を下げるにしたがって霧は晴れてきてくれたが、木立が邪魔をしてどのへんまで来ているのかが分からない。それでも、来た方向を見上げるとすごい高度で、傾斜は60度ぐらいありそうに見える。(もっとも、そんなにあるはずもないのだが)

40分くらい下りてきた頃だろうか、右方向の谷側からパイプのような構造物が登山道に合流してきた。貨物輸送用モノレールの軌道である。この先の谷には湧き水を利用したわさび畑があり、収穫したわさびを、車の入れる三ノ木戸林道まで運ぶために作られたものだそうだ。山中の傾斜地に何kmも続いており、作るのには費用も相当かかっただろう。採算はとれたのだろうか、ちょっと心配になる。

しばらくモノレール沿いに歩くと、谷を越えるところで例の「通行注意」の崩壊した橋があった。おそらく2月に降った豪雪の重みによって、真っ二つに折れている。現在は水流もなくガレた谷に見えるとろにも、深く水が流れた形跡が残っている。両手両足を使って、三点確保で慎重に谷まで下りる。ここで橋に登ろうとすると、つるつるにすべる上に傾いているので転びそうで危険である。箸は使わずに斜面を何とか登ってクリアした。

崩壊した橋の谷を越えると、ちょっとの間登り坂になり、その間に一度離れていたモノレール軌道が合流する。軌道に沿ってしばらく歩くと、突然という感じで巨大な足場のある建物が現れる。ここが三ノ木戸の集落である。

この建物は、多摩地区選出の元国会議員の別荘だそうだ。巨大な足場は、斜面に建てられているために必要なものだろうが、この山の中に豪勢なものである。登山道からでも、谷を挟んで向こう側のすばらしい景色を望むことができたので、10m近く上にある建物からだと、木々も邪魔にならず大層すばらしいものと思われた。ただし、ひと気は全くない。これも巨大な石灯籠と、満開の山桜が少し寂しげであった。

三ノ木戸からは、きちんと舗装された林道が続く。途中に人家は全くない。もしかすると、元国会議員の別荘のためにわざわざ道路を維持管理しているのだろうか。おそらく、昔はわさび農家などが何軒かあったものと思われるが、いまではほとんどひと気がない。

30分ほど歩くとようやく人家が見えてくる。ここは城(じょう)という集落である。三ノ木戸とか城とかいう集落名は、もともと平将門の城が置かれたことから作られたという説があり、七ツ石山の先には将門馬場というピークもある。ただし、平将門の本拠は下総であり、ちょっと遠いような気もする。将門本人ではなく、当時の関東戦乱時に陣地が置かれた名残りなのかもしれない。

城からは林道を離れ、再び登山道へ。林の中で展望は開けないが、ところどころに「→奥多摩駅」の表示があるので迷うことはない。傾斜も、三ノ木戸までの急傾斜ほどではない。霰や雨の心配もなく快調に下ってくると、いきなりという感じで羽黒三田神社の近くに出た。時計を見るとまだ午後2時。奥多摩駅まではあと30分もかからないだろう。

前回の十二天山の時よりも大分と楽に下りをクリアすることができた。少し時間にも余裕があるので、青梅街道に出たところにある三河屋旅館の立ち寄り湯に行くつもりである。


2月の大雪で真っ二つに割れてしまった橋。横のガレ場を歩いて何とか突破。


分岐から約1時間で三ノ木戸集落に到着。これは多摩地区選出の元大臣の別荘だそうです。道に並行して走っているのは、ワサビ搬送用のモノレール。

この日の経過
JR奥多摩駅 8:55
9:45 絹笠登山口 9:55
11:45 三ノ木戸山(昼食) 12:20
12:25 三ノ木戸分岐 12:25
13:25 三ノ木戸 13:25
14:00 城登山口 14:05
14:35 氷川・三河屋旅館
(GPS測定距離 11.3km)

[May 14,2014]