260 二十六番金剛頂寺 [Oct 14, 2016]


この図表はカシミール3Dにより作成しています。

津照寺で少しゆっくりして、出発したのは午後2時20分。次の札所、二十六番金剛頂寺までは遍路地図によると3.8km。「道指南」には最御崎寺・津照寺間と同じく一里と書かれているが、またもや山に登るので、それほど楽ではない。それでも午後4時までには着くだろう。

津照寺までは住宅ばかりだったが、津照寺から先は、お店も休憩所も頻繁に現れるので安心である。再び55号線に出るまでの間にも、薬屋さんや酒屋さん、魚屋さんやガソリンスタンドもあった。どうやら、このあたりが室戸市街の中心地のようである。ただし、全国チェーンのコンビニがない。GPSの電池が心細いので補充したいのだが、置いてありそうなお店が見当たらない。

まあ、今日明日くらいは大丈夫だろうと先に進む。55号線をしばらく進むと海岸線と内陸寄りの2本の道に分かれて、内陸寄りの方に「金剛頂寺↑」の表示があった。交通量は海岸線の方が多いが、ここは表示にしたがって内陸寄りに進む。暑くてのどが渇いて仕方がなく、自動販売機を見つけるとこの日何度目かのペットボトル一気飲みである。

落ち着いてあたりを見ると、左右に水田が広がるおだやかな景色だ。病院を過ぎ、橋を渡ると、民宿うらしまの前に出た。道の上に「金剛頂寺→」の表示がある。さて、ここで問題である。右に行けとの案内表示だが、右に折れる道は前後2つあるのである。

一方は民宿うらしまに達する前に右折して川沿いに進み、もう一方はうらしまを過ぎてから右に曲がる。遍路地図では民宿うらしまの先を右折するように見えるが、そもそも遍路地図のうらしまの位置が実際と違う。いったんはうらしまの先を折れたけれど、「元小学校方面」と書いてあるので、金剛頂寺への道とは違うようである。

ちょっと迷ってうろうろしていると、通りかかった郵便局の人が「どちらに行かれますか?」と親切に訪ねてくれた。「金剛頂寺に登りたいんですが、どちらを曲がるのか分からなくて」と言うと、「川沿いにしばらく行くと、案内がありますよ」と教えてくれた。お礼を言って、そちらの道を歩き始めた。川に沿って200~300m進むと、道は左にドッグレッグして山に向かう。

正面の山の上が金剛頂寺のようだ。山の中腹を右に大きく迂回する車道が見えるが、相当大回りしているので歩くのは時間がかかりそうだ。かといって直登すれば傾斜が急だし、山道で虫がたくさんいたら嫌だ。そんなことを考えながら山の中をよく見てみると、深い森の中に電柱が何本か見える。あるいはこちらが旧道で、車も通れる道かもしれない。

だとすれば、それほど心細い道ではないだろうと考えて、直登ルートを登ることに決めた。幸い、道案内は山の中の細い道を示している。道案内を立てているのは高知県観光振興部である。徳島では地元のロータリークラブが立てていたから、県によってかなり違うなあと思った。

という訳で直登ルートを登り始めた。登り始めは電柱もあるし簡易舗装もあるし、細いけれども車の通った形跡はあるので安心して歩けたのだが、5分ほど登ったところに簡易水道の施設があり、そこで電柱も簡易舗装も終わっていた。その後は、例によって登山道である。ひいこら言いながらスイッチバックの急坂を登って行く。

金剛頂寺の標高は145m、最御崎寺とほぼ同じ標高である。山登りでは標高差300mの登りに私の足で1時間かかる。とすると、標高差約150mだからあと30分かかる。30分は長いが、ここまで来てしまったら仕方ない。あきらめて登る。路面は石段であったり擬木で階段状になっているので、手までは使わないで登ることができる。

登り始めて25分ほど、ようやく山門が見えてきた。こういうケースでは、山門の先にも石段がずっと続いていることがよくあるのだが、それほど長くなく石段も終わって金剛頂寺の境内に出た。午後3時40分到着、津照寺から1時間20分だから、まずまずのペースであった。


国道55号から右に折れ、元川沿いに山の方に入る。


方向的にはこの山の上が金剛頂寺になる。右に大きく迂回する車道が見えるが、直登する道にも電柱が見えるのでそれなりの道があると思ったのだが。


電柱と簡易舗装があるのは山の中の簡易水道施設までで、そこから上はやっぱり登山道。

龍頭山金剛頂寺(りゅうずさん・こんごうちょうじ)、室戸三寺の西寄りにあるため、「西寺」とも呼ばれ、ご詠歌には「月のかたむく西寺のそら」と詠まれている。

創建当時は「金剛定寺」(こんごうじょうじ)という寺号であったが、嵯峨天皇の命により金剛頂寺に改めたという。嵯峨天皇は空海に弘法大師の諡号を贈った天皇であり、京における真言宗の本山ともいえる東寺(教王護国寺)を下賜した。能書家としても知られ、空海とともに三筆のひとりに数えられる(もう一人は橘逸勢)。

金剛頂という寺号は、「金剛頂経」から採られたものである。山号の龍頭も世界の頂という意味であり、金剛頂経と関係がある。金剛頂経の内容を図解したものが金剛界曼荼羅であり、胎蔵界曼荼羅(大日経を図解したもの)とともに真言寺院には必ず掲げられている。これら2つの経典は。真言宗にとってきわめて重要なものである。

その重要な経典から名前を採っているのだから、この寺はたいへんに重視されていたということである。こちらの寺に納められている金剛頂経・大日経は平安時代に写されたもので、日本最古とされ重要文化財に指定されている。また、鎌倉時代には最御崎寺と金剛頂寺の住職は兼務であったことから、これらの寺が真言宗の重要な寺院として一体管理されていたことが分かる。

ご本尊は薬師如来。薬師如来は阿弥陀如来との対比では前世を司る仏様とされるが、そのお名前と薬壷を携えていることから、古くから病気回復をお願いする仏様であった。だから平安時代以降に阿弥陀如来(極楽浄土)が重視される前には、弥勒菩薩、観音菩薩とともに薬師如来が信仰の中心となった寺が多かったのである。

山門をくぐってすぐ、「こちらから室戸方面が一望できます」という立札があり、案内に従って墓地の横に出ると、なるほどすばらしい眺めであった。切り立った崖になっている金剛頂寺の東の斜面から、 これまで歩いて来た最御崎寺・津照寺の方角を望むことができる。昼に見た室戸スカイラインからの眺めの反対側ということになる。

雄大な風景をしばし楽しんだ後、改めて境内に向かう。正面が本堂、左手が大師堂である。本堂には「瑠璃光殿」の額が掲げられている。もちろん、本尊薬師如来の瑠璃光浄土から採られているのだろう。

大師堂は納経所をはさんで山門側にある。この大師堂は修行の邪魔をする魔物を大師が退散させたとの言い伝えがあり、魔物を追い払った足摺岬の方を向いて建てられているという。読経を終えて納経所に向かう。

納経所には若い男性と年配の女性がいて、ご朱印の係は若い男性の方である。TVでゴルフの中継を流していて、それをご覧になっているようだ。もちろん、ちゃんと納経はしてくれる。「本日泊まりなのですが、宿坊はどちらですか」と尋ねると、「こちらの建物に沿って右手に進んでください。2階が入口になります」とのお答え。さっそく指示にしたがって宿坊に向かう。

宿坊は、いったん坂を下りて、再び上がったところが入口になる。もしかすると、翌日は逆方向に下りることになるので、本堂は再び通らないのかもしれない(実際そうだった)。重要文化財があるという宝物殿が少し心残りだったけれど、それらしい建物は見つからなかったし、もし入れるのなら宿坊で案内があるだろうと思って先に進む。

宿坊の入口にはWEBのとおりに押しボタンがあった。押してみると、「開いてます。お入りください」と返事があった。開き戸を開けると、もうそこにお寺の方がスタンバイされていた。この日の歩数は36,897歩、GPSで測った距離は20.9kmであった。


ひいこら言いながら、ようやく山門へ。大きな草鞋が出迎えてくれる。


金剛頂寺本堂。山の上なのに、かなり境内は広い。というのは、山の西側は広く台地状になっていて集落もあるのだ(翌日分かった)。


金剛頂寺宿坊。エントランスと部屋は2階に、食堂・浴室・売店等が1階にある。

金剛頂寺の宿坊は、WEB上の毀誉褒貶が激しい。たいへん面倒見のいい宿だという評判もあれば、インターホン越しの対応がよろしくないし食事も冷たいという評判もある。

まず応対について言うと、私の時にはチャイムを押すとすぐ中にお寺の方がいてくださったので何の問題もなかった。少人数で運営されていることから、特に1階で準備していると(厨房は1階である)、玄関のある2階まで応対に出ることが難しい場合もあるだろうが、それは仕方のないことだと思う。

食事はたいへん豪華で、食べきれないくらいだった(実際、夕食は炊き込みご飯を食べたら、白いご飯まで入る余裕がなかった)。瓶ビール1本と洗濯・乾燥機使用料を入れて1泊2食7,100円だから、高くないどころか格安である。

この日の泊まりは4名。その中で先達らしいご年配の言うことには、こちらの宿坊は港の魚屋さんにとって上得意なので、魚は間違いないとのことである。本当に、かつおもまぐろも新鮮で、この値段でここまでしていただいていいのかと思ったくらいである。刺身の他にも、天ぷらや煮つけ、焼き魚などお膳いっぱいにお料理が出されて、写真に収まりきらないくらいであった。

お風呂がまたよかった。4、5人はいっぺんに入れる大きな浴槽で、バブルジェットが2人分噴射されている。鯖大師では泊まりが一人だったため部屋のユニットバスになってしまったので、たいへんゆったり入ることができてうれしかった。

そして、カラン(シャワー)の水の出が勢い良かったことが非常に印象深かった。こんな山の上なのにふんだんに水があるのだなあと思ったものである。ただ、これは翌日、反対側(西側)に向かってみると広く台地状の土地で集落もあったので、水道がちゃんと通っているからだと納得した。

金剛頂寺の宿坊で忘れてはならないのは、部屋の窓からの展望がすばらしいことである。前回書いたように、山門の脇、墓地のあたりからも室戸岬への展望が開けているのだが、角度的にはほとんど同じ風景を宿坊の窓から見ることができる。しかも宿坊の方が2階なので視線が高く、応接椅子に座って展望できるのはたいへんありがたいことであった。

はるか室戸岬を望みながら、最御崎寺はどのあたりだろうか、街のどのあたりを歩いてきたのだろうかと振り返るのも楽しいし、夜になってからの夜景もすばらしい。ちょうど満月に近かったので、夜7時過ぎに雲の間からまんまるな月が霞んでいたのは幻想的だった。室戸の山の上は真っ暗で、ひとつだけ灯りが見える。最御崎寺よりも上の方だったので、258mピークの電波塔だろうか、などとと考えていた。

洗濯機・乾燥機はそれぞれ3台ずつ、お風呂場の前にある。コインランドリーではなく宿代と一緒に精算する。乾燥機が電気式なので乾くまでに時間がかかるのだが、この日は泊り客が少なかったので特に問題はなかった。ただし、泊まり客の数次第では混む場合もあるだろうから、着替えは多めに用意しておくのが無難であろう。

8時半頃には床についてしまったので、真夜中に目が覚めて眠れなくなってしまった。仕方なく、応接椅子に座って夜景を見たり、遍路地図を引っ張り出して翌日の予定を確認する。翌日は標高430mの神峯寺まで登って下りてくる、今回遠征で最もハードと思われるスケジュールの1日である。

[ 行程 ] 津照寺 14:20 →[2.9km]15:05 民宿うらしま前(ちょっと迷う) 15:07 →[1.2km]15:40 金剛頂寺 (泊)


金剛頂寺宿坊の内部。室戸方面に景色が開けている側に泊ることができた。この日の宿泊は4名。


窓からは室戸岬を望むことができる。海に突き出た突端が室戸岬。この日歩いて来た道のりを振り返る。夜景もまたすばらしい。


たいへん豪華な金剛頂寺の夕食。これで文句を言ったら罰が当たります。この他にもご飯、お吸い物、お漬物など、とても食べきれない。

[Mar 18, 2017]