992 亀田vs拳論・法廷編 [Aug 2015 – Jan 2016]

#1   亀田 vs 拳論 片岡氏、出廷 [ Aug 5, 2015 ]

先週のはじめに、片岡氏を支援する会から久しぶりにメールがあった。その内容は、8月5日午後1時30分に片岡氏が出廷するのでその準備に追われているというものであり、東京地裁8階の場所も書いてある。地裁8階といえば、私も何度か足を運んだ場所である。

思い起こせば、初めて裁判所に足を運んだのは35年ほど前、まだ社会人になって2、3年目の頃である。借金を残したまま亡くなった人の事後処理で、地方の裁判所まで、裁判所振出の日銀小切手を取りに行ったのだった。以来、勤め先は変わってもなぜか訴訟ごととの縁は切れず、霞ヶ関の東京地裁には何回も行った。原告も被告もやったから(もちろん会社が)、大体の勘どころは分かっているつもりである。

せっかくのお知らせだし、5日の午後は空けようと思えば空けられる。という訳で、昼を食べてからそそくさと東京地裁に向かったのでありました。

指定された法廷では、ひとつ前の案件を開廷中であったが、公開の法廷であるので傍聴するのは別に差支えない。どうやら、東電関係の訴訟らしく、放射能測定値の報告書が問題となっているようだった。原告側から証拠の提出があり、被告側が了承してこの日のスケジュールは終了し、次回期日を決定して閉廷した。そして、いよいよ亀田vs拳論の裁判である。

はじめに被告側が法廷に入る。女性が一人と男性が三人。男性の一人はひときわガタイが大きく、片岡氏と見当がついた(これまで見たことがなかったのだ)。片岡氏は白のシャツにクリーム色のパンツ、法廷に敬意を表して細いネクタイを着けているが、三人の弁護士がサラリーマンスタイルであるのと比べると、いかにも業界人という印象は免れない。

そして原告側弁護士が現われた。男性一人と女性一人。男性の方はあまり目立たないのだがよく見直したところ、行列のできる弁護士のようだ。見た目では、女性弁護士の方が賢そうに見えた。もちろん、見た目の話である。

話は変わるけれど、こういう場面を見るたびに、若い頃もう少しがんばって試験を受け、ここに登場する立場になる道もあったのかなぁと思う。そういう選択をすれば(もちろん試験に受かるという難関はあるが)、家の奥さんとも出会えなかったし今の人生は送れなかったとは思うものの、ちょっとうらやましいと思ったりもする。もちろん、ああいう人達だって自分の思うような仕事ばかりではないはずだし、意に添わないことも言ったりしたりしなければならないのは確かだろうけれど。

3人の裁判官が入り、起立・一礼して開廷。裁判長・左陪席・右陪席の裁判官3名の後ろに2人控えているのは、おそらく司法修習生か。ほとんどの法廷は日時の打合せなど事務的なやり取りで終わってしまうので、尋問がある法廷は彼らにとっても勉強になるのであろう。

中央の裁判長に促されて、片岡氏が証人席に進む。真実でないことを述べた場合は科料の制裁があることについて裁判長から説明を受ける。あえていうなら、被告人本人であるので証人の場合とはやや条件が異なるのだが。そして宣誓書を朗読する。よく通るいい声であると思った。もしここに亀田兄弟を連れてきていたら、声を聴いただけでどちらが真実を語っているか分かりそうである。

裁判長から「それぞれ40分でいいですね。」と尋問時間の確認があり、いよいよ被告代理人から尋問が始まった。最も裁判官側に座っている女性弁護士、この方が支援ブログに名前の出てくる飯塚弁護士であろう。自分の側の代理人弁護士からの尋問の場合、質問の内容も打合せ済みだし、おそらく予行演習も行われているはずである。

被告側弁護士からは、定石通り、片岡氏の記者歴、専門分野、ブログ「拳論」の趣旨・運営方法などについて一通りの質疑応答があった後、いきなり核心に入る。2013年9月3日、亀2vsゲレーロ戦当日、亀田陣営とJBC間で起こったトラブルの経緯である。

 

ざっと数えたところ、傍聴者は25人ほどで、直前の東電関係訴訟より少し増えている。ほとんどがサラリーマンスタイルだが、何人かラフな服装の人もみられる。被告代理人尋問における片岡氏の発言趣旨は以下のとおり(文責は私taipaにあります)。なお、問題となったタイトルマッチでは、JBCを立ち会わせないで当日計量を行うというトラブルもあったのだが、訴訟とあまり関係がないので触れられていない。

① 2013年9月3日に行われた世界タイトルマッチについては、JBC職員であるA氏(法廷では実名であるが、支援ブログの記載は仮名であるので、同様に仮名とした)から試合前日に受け取ったメールに「モメている」という表現があったので、トラブルが発生していることは知っていた。かなり大きなトラブルだと思ったが、自分はその場にいなかったし、まだ事実関係も明らかでないので、その時には記事にもしていないしブログにも書いていない。

② 試合当日、A氏から電話があり、亀田側による監禁・恫喝の事実について知った。A氏は興奮した様子で震えるような声だった。早口でまくしたてるような調子で、当日あったことについて話した。「あいつら、とんでもないですよ」「やめろと言うのにビデオを回され、部屋を出ようとするとのど輪のようなこともされた」「言葉は敬語だが、やくざのような態度で威圧された」と聞いたことが記憶に残っている。

③ 事実関係を確認するため6人の記者仲間に連絡したところ、そのうち3人の記者が現場にいて様子を聞くことができた。報道関係者が部屋の外に出された後、和毅選手が出入口で立ちふさがり、中から大声が聞こえたということだったので、実際にA氏のいう監禁・恫喝があったものと確信した。だが、この時点でもブログには書いていない。

④ 試合翌日、東京スポーツ紙が亀田・JBC間でトラブルがあったことを報道した。内容をみて、これまで自分が取材したものと同様の事実が裏付けられたものと判断し、ブログに掲載した。

尋問の中で印象深かったのは、「その3人の記者に証言を頼んでみましたか?」という質問に対し、「お願いしたのだけれど、断られました。理由の一つは亀田兄弟は今後も取材対象となるので、不利な証言をして関係を悪くしたくないこと。第二に、違う媒体の記者に対し、自分が取材した事実を明かすことは好ましくない、ということでした。」

また、ブログでこの事実を公表した意図について、「私はボクシングの試合は公明正大に行われるべきであり、そうでなければ試合への興味は失われると思っている。一部選手の暴挙により世界タイトルマッチの公正な運営が妨げられたことについて、公表してボクシングファンの意見を聞きたかった。なお、当時は、ブログへの投稿によって報酬は得ていない」との趣旨で証言があった。

続いて原告代理人からの反対尋問である。まずは女性弁護士の片岡弁護士(同じ名字だ)から。早口で質問をたて続けに行い、事実関係について、「聞いたのは電話かメールか」「メモはとったか」「そのメモを提出できるか」と何回もしつこく尋ねる。答えている途中で、「はいいいえだけでいいです」と言って話をさえぎる。

これは反対尋問の典型的なやり方である。証言の矛盾を突くというのが表立った理由であるが、しつこく質問することにより証人(この場合は被告人本人)をいらだたせて失言を誘い、「この証言は信用できませんよ」と裁判官に印象付ける狙いがある。だから、ゆっくり考え(るふりをし)てから答えてもよかったと思うのだが、反対尋問に合わせてスピーディに答えることで、かえって裁判官に実直な印象を与えたかもしれない。

ここで印象的だったのは、証拠書面を示して同僚の片岡弁護士が質問している最中に、行列のできる北村弁護士が証人席まで歩いて行って示されている証拠を確認し、自分の席に戻って改めて書類を見直していたことである。

これが「ふり」でなければ、行列のできる北村弁護士は事前に同僚弁護士ときちんと打合せをしていなかったか、あるいは資料をちゃんと見ていなかったか、もしかするとその両方ということである。私には「ふり」には見えなかったし、そういうふりをする意味もなさそうだ。

 

さて、いよいよ行列のできる北村弁護士の登場である。いくつか当たり障りのない質問をした後、「あなたはAさん(JBC職員、裁判時は実名)は、大げさなことを言う人だ、誇張の多い人だという印象を持っていませんでしたか?」(このあたり、仮名ではニュアンスが伝わりにくい。おそらく裁判官にも伝わらなかったと思うw)と質問した。

「いいえ。そのような印象を持ったことはありません。」「でもね。別の裁判のAさんの証言では、和毅選手の手の甲が軽く触れただけだと言っているんだよね。」

笑っている場合ではなかった。一瞬置いて、被告代理人から「私の記憶では、軽くとは言っておりません」と異議。裁判長も「それはそちらの裁判の調書を見ないとね」と陪席裁判官と話している。すかさず北村弁護士、「いや、そこはどちらでもいいんですが、『のど輪』という言葉は、あなたは聞いていないんじゃないですか?」

このあたりは行列のできる弁護士のダーティテクニックである。その場では確認できない証拠を使って、証言の信用性に疑問を投げかけている。ただし、ここでの片岡氏の証言がよかった。「確かに聞きました。『のど輪』などという言葉が自分の中から出てくるとは思いません。」

行列のできる弁護士のダーティーテクニックは続く。「さきほどからJBCの調査というけれども、JBCは調査の結果、亀田側に何の処分もしてないんですよね。あなたそれ知ってましたか?」これに対する証言も100点であった。「知りません。まだ調査中と聞いています。」

JBCの調査については、調査の結果亀田サイドに何らかの処分を下したというプレスリリースは行われていない。したがって、処分は行われていないという北村弁護士の質問はグレーではあるけれども嘘ではない。もちろん、片岡氏を動揺させ、失言を招こうというのが大きな狙いである。ただし、JBCが調査の結果、事実があったことは認定したものの処分をしないことはありうる。それはJBCの裁量の範囲であり、本件訴訟とは関係がない。

さらに、「東スポの記事では、監禁という言葉も、恫喝という言葉も使っていない。それなのに、あなたのブログではそれらの文言を使っている。しかも、『東京スポーツで既報のとおり』と書いてある。これは、あたかも東スポがそういう言葉を使って報道したかのように読者を誘導するものだ。東スポ記事のどこを見て、あなたは監禁とか恫喝とか読めるというんですか?

さすがにこのあたりは行列のできる弁護士である。ただ、ちょっと割引きされるのは、おそらくそのことに気付いたのは先ほど同僚弁護士が尋問している最中なので(資料を見直したときだ)、かなり詰めが甘かった。これまでの裁判でもすべて出席している訳ではないようなので、資料の読み込みが足りなかったのではないか。

これに対する片岡氏の証言が、「どこということはなく、全体です」「監禁という言葉には軟禁状態ということも含まれると思います」等だったので、事前にきちんと準備しておけば、さらに追及することもできたはずだ。しかし結局のところ、「ジャーナリストなんだから、言葉の使い方には慎重であるべきでしょう」と皮肉を飛ばすにとどまったのである。

このあたり、傍聴していて、「これは聞いとくべきなんじゃないか」という点を二つほどスルーしていたように思う。(まさかこのブログを見るとも思わないが、相手方のヒントになるといけないので、裁判が決着するまで書かない)

その後、被告代理人からの再尋問、裁判官からの尋問(特に関心があったのは、ブログの日付と追記する際の手順)があって、3時半前に尋問は終了。追加書証の確認と次回期日を決定して、この日は閉廷となった。長くなったので、口頭弁論の感想及び今後の見通しについての私見はまた次回。

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前回まで、片岡氏の本人尋問について当日の様子をお届けしたところであるが、今回は亀田vs拳論裁判の今後について私見を述べてみたい(なお、私は訴状も見ていないし、口頭弁論も今回しか傍聴していないので、お含みおきください)。

本件訴訟の本質は、不法行為(名誉棄損)に基づく損害賠償請求である。亀田側は「拳論」の記事を不法行為として訴え、拳論側は不法行為でないとして争っている。したがって裁判に勝ち負けをつけるとすれば(本来、民事訴訟は勝ち負けではないが)、拳論に書いた片岡氏の記事が不法行為(名誉棄損)であると裁判所が認めるかどうか、である。

ボクサーの素行にとどまらず、書評にしても、飲食店の良し悪しにしても、温泉の評判にしても、すべての人には自分の体験したこと、知りえた事実、あるいは意見を表明する自由がある。それは内容によって相手方の評判を落とすことになるが、それが不法行為にあたるかどうかは表現の自由及び知る権利と比較考量される。

その比較考量において考慮すべき点として、公共性・公益性・真実性の三点がある。それらが担保されれば刑法上の名誉棄損罪とはならないと刑法には書かれているし、民法上の不法行為も同様であるというのが判例・学説の考え方である。

つまり、プライバシー等個人に係ることでなく公共の利害に関する事項であって(公共性)、しかも公共の利益の増大を目的としたものであること(公益性)、そして内容が本当のこと、ないし本当のことであると考えるだけの理由があること(真実性)が証明できれば不法行為とはならず、損害賠償の対象とはならないということである。

本件訴訟については、片岡氏の記事は亀田家のプライバシーに関することではなく「世界タイトルマッチの運営に関すること」である。また、その目的は「運営が公正でなければ、入場料を払っている観客やTVで観戦しているファンの不利益になる」からであるので、公共性・公益性については議論になっていない。したがって争点は、真実性のみということになっているようである。

さて、本訴訟において、原告である亀田側の当初の主張は「JBCとの間にトラブルなど存在せず、したがって拳論に書かれたことは全くのデマである。つまり不法行為である」というものであった。ところが、JBC職員であるA氏が亀田側を訴えたことにより、「事実無根のデマ」という主張は通らなくなってしまった。

だから現状の争点は訴訟提起時とは異なり、「トラブルはあったけれど深刻なものではなかった」対「深刻なトラブルがあった」ということである。言ってみれば当初が「0対1」で現状は「0.5対1」なのである。

真実性による免責は、それが絶対に事実でなければならないということまでは求められておらず、客観的な資料・根拠に基づいて事実と考えられる場合には不法行為とはならないとされている(真実相当性)。だから、0が0.5になった時点で、すでに原告である亀田側は不法行為の立証をあきらめたということになりそうである。

ここで重要なのは、JBC職員A氏vs亀田の損害賠償請求訴訟である。この訴訟は、A氏が亀田興毅・和毅他2名から監禁等を受けたことに対し損害賠償請求したもので、亀田側が名誉棄損として反訴したものであるが、亀田側が二つの訴訟を併合して一つにすべきと主張したことについて、裁判所が併合しないとすでに判断している。

思うに、JBC職員vs亀田の裁判でどういう結論が出るとしても、何もなかった、「デマ」だという亀田側の主張が成り立たない以上、亀田vs拳論について裁判所の判断は変わらないということである。つまり、原告亀田兄弟の請求は棄却される公算が大きい。

今回の片岡氏尋問の様子を見ていても、原告代理人の質問には将棋で言うところの「形作り」のような印象を強く受けた。おそらく行列のできる弁護士の主張としては、トラブルを針小棒大に公表したことで原告の名誉を棄損したといいたいのだろうが、それは当初の主張からすると大きく後退したものであり、それでは不法行為とは認められないだろう。

次回期日は10月21日。おそらく最終書面が提出され結審となるだろうから、判決は年末ないし来年早々になるものと思われる。

そもそも今回の訴訟は、亀田兄弟が自分達の名誉に1000万円の値段を付けた時点で、彼らの負けであったと思う。正直なところ私は、スラップ訴訟自体を必ずしも否定するものではないが(少なくとも合法的な手段である)、それにしても、自分に1000万円の値札を付けてしまうというスタンスは、私にはちょっと理解できない。

本件訴訟、JBC職員vs亀田の訴訟、世界タイトルマッチにおける詐称等々の問題により、亀田ジムが国内活動停止の処分を受けてすでに1年半が経過した。「去る者は日々に疎し」、彼らがいなくてもTV局は全く困らない。かつてキラーコンテンツであったK-1やPRIDEが突然なくなっても、誰も困らなかったのと同じことである。

亀田兄弟はアル・ヘイモン傘下に入って現役を続けているが、TBSと組んでいた時ほどの好条件ではないはずだし、試合がつまらなければすぐにリリースされる世界である。日本にいてさえつまらないと酷評された彼らのボクシングが、本場アメリカ、メキシコでどこまで受け入れられるだろうか。

長男・三男は秋にはタイトルマッチに登場する見込みであるが、自分達の興行ではないのでこれまでのような「うまい商売」はできない。あとは自力でいい試合を見せてファイトマネーを上げていくしかないのだが、それだけの実力とモチベーションが彼らに残されているかどうかである。

[Aug 13, 2015]

 

#2 亀田 vs JBC職員、東京地裁判決 [ Oct 1, 2015 ]

昨日の亀田 vs JBC職員A氏裁判の東京地裁判決については、WEBでもいろいろな速報記事が出ているし、読売新聞に載っているくらい社会的関心を呼んだニュースであった。あるいは亀田 vs 拳論の訴訟にも影響が出るかもしれないので、現時点での私見をまとめておきたい。

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(以下、弁護士ドットコムより引用)

日本のプロボクシングを統括するJBC(日本ボクシングコミッション)の職員が、亀田興毅・和毅両選手らに監禁・恫喝されたとして、両選手らを訴え、逆に亀田選手側も「名誉を傷つけられた」として職員に慰謝料を求めていた裁判の判決が9月30日、東京地裁であった。

倉地真寿美裁判長は「(両選手らが)強要、監禁、どうかつ及び暴行というべき違法行為に及んだとの事実は認められない」としてJBC職員の訴えを退け、亀田選手側が求めた慰謝料のうち320万円を認める判決を下した。
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何回も繰り返すが、この裁判も亀田vs拳論の裁判も民事訴訟である。したがって本来は勝ち負けをつけるものではない。したがって、プレスリリースでは亀田全面勝訴みたいな書きっぷりになっているが(リリースしたのが北村弁護士だからそうなる)、実際のところ裁判所がどう判断したのかは判決文を読まなければ分からない。

そもそも、亀田側が請求していた損害賠償額は3200万円であり、実際に認められたのは320万円である。金額的にみると、行列のできる弁護士の一人勝ちというのが実態であろう。

さて、判決文も見ていないし、そもそも口頭弁論を聞いていないので推測するしかないのだが、問題は裁判所が、亀田・JBC間にトラブルがあったことを認めた上で職員の訴える監禁・強要等にはあたらないと判断したのか、そもそもトラブルはなくすべてJBC職員の虚言(うそ)と判断したのかということである。

上記の引用記事の裁判長の意見はおそらく判決文に書かれていることなので、ここから推測すると、「違法行為に及んだとの事実は認められない」というだけで、トラブルのあった事実そのものを否定したのではないと思われる。以下では、その前提で話を進めたい。

つまり、JBC職員が精神的な被害を受けたと主張して提訴したのだけれど、裁判所は「違法行為ではないので」損害は生じていないと判断してJBC職員の主張を認めなかった。裁判においては、基本的に原告側に挙証責任がある。JBC職員側は亀田側が違法行為をしたという証拠を示せなかったということである。

その点では、北村弁護士はさすがに行列ができるだけあって、ツボは外さなかった。JBCは統括団体で基本的にジムや選手を監督する立場である。したがって多少のトラブルは自力で解決しなければならないというのは、考えてみれば当たり前である。問題は、JBC職員個人が感じたような精神的圧迫が、損害賠償になじむのかということであったと思われる。

監禁・強要などの違法行為が立証できれば、当然、損害賠償請求は可能である。一方で、「密室状態」「威圧」だけでは損害賠償は難しい。おそらく裁判はそういう展開をしたのではなかったか。

私は以前、この裁判の今後の展開について、以下のような記事を書いた。
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だから裁判所としては、おそらく職員が精神的に圧迫される状況であったことを認定することになるだろう。亀田側からそうでないという立証がなされていないからである。ただし、職員個人が受け取る損害賠償の金額としては、ほとんど0、ないしきわめて小さいものとなる。実際にケガを負わされている訳ではないし、利害が相反してきびしい折衝を要すること自体は職務の範囲内と判断されるからである。

たとえば、コンビニ本部と加盟店オーナーのようなケースが近いかもしれない。立場的には本部が強いように思われるが、実際に本部から経営指導のようなものが行われるとした場合、職員個人の立場が強くなる訳ではない。

「誰のおかげで稼げていると思ってるんだ」とすごむオーナーがいるかもしれないし、「まだ話は終わってないんや」と退席を妨げられるケースもあるかもしれない。しかし、そうした場合でも、職員が損害賠償請求するケースはほとんどない。実害が生じれば警察マターだし、態度の悪い加盟店に対しては報告を受けた本部がその加盟店を除籍しておしまいである。

(2015/2/28)
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基本的に、この時と意見は変わっていない。だから、本線の亀田 vs 拳論で亀田側の主張は認められないだろうという意見も変わらない。何しろ、こちらの裁判では亀田側が原告なのである。そもそもトラブルそのものがなかったということを立証できない限り、亀田サイドの満足する結果は出ない。

ただ、可能性として、東スポでは使っていない「監禁」という言葉を記事では使っているということで、少額の認定はあるかもしれない。いずれにしても、亀田兄弟が自分達に付けた各1000万円の値札は、0ないし1割に満たない金額に買いたたかれることになりそうだ。

JBC職員にとって320万円という金額は大きいけれども、払えない金額でもない。一方で、世間一般がこの裁判での亀田側の対応をみて思い出すのは、「疑惑の銃弾」三浦和義ではないだろうか。だとすれば、今後まともなメディアは亀田を敬遠するだろうし、金額以上のマイナスイメージを負ったということになりそうである。

 

#3 亀田 vs 拳論  判決! [ Jan 29, 2016 ]

1月27日、東京地裁において亀田vs拳論の損害賠償請求訴訟の判決があった。判決は、拳論・片岡氏に亀田兄弟への名誉棄損があったことを認め、各150万円、合計300万円の損害賠償を命じるものとなった。

翌28日のスポーツ紙の報道は意外なほど小さく、デイリースポーツに囲み記事があったくらい。むしろ読売新聞の扱いの方が大きかった。「去る者は日々に疎し」なのか「君子危うきに近寄らず」なのか、あるいは世間の関心そのものがなくなってニュースバリューがないのか、ともかく亀田サイドや行列のできる弁護士が期待したような大きなニュースにはならなかったようである。

さて、この件に関してはいろいろ書きたいことがあるのだが、まず、この判決自体がどういう論旨で導かれたものかについて考えてみたい。

判決理由としてスポーツ紙等では、「ブログの内容は真実とは言えず、裏付け取材も十分と認められない」と書いてあるが、私が思うに、それはあくまで補足説明に過ぎず(もし裏付け取材を行っていたとしても結論は同じと思われる)、ポイントは若干違う。

前にも書いたことだが、すべての人には自分の体験したこと、知りえた事実、あるいは意見を表明する自由がある。それは内容によって相手方の評判を落とすことになるが、それが不法行為(名誉棄損)にあたるかどうかは表現の自由及び知る権利と比較考量される。その比較考量において考慮すべき点として、公共性・公益性・真実性の三点がある。

今回の場合、公共性・公益性については問題とならなかった(片岡氏の主張が認められた)。問題となったのは真実性である。「監禁と言っているけれども、監禁してないよね」というのが判決に至るもっとも重要な裁判所の判断なのである。

裁判所も、「マスコミ関係者等を締めだした」密室状態で「廊下に聞こえるほどの大声で」やりとりしたことは認めている。しかし、身体の自由を奪った訳ではなく、少なくとも見た目上は強要や脅迫なしに数分間やりとりした場合に、監禁・恫喝となるかというとならないということである。

このことはすでに結審しているJBC職員A氏の判決文でも指摘されているはずなので、当然片岡氏側の弁護士としては対策を立てなければならなかった。世間一般では、「密室状態で」「拒絶したにもかかわらずカメラを回しながら」「敬語は使っているが威圧的な態度で」応対するのがどういうことか見当がつくのだが、裁判所的には「犯罪行為ではない」ということである。それがいい悪いの話ではなく、それを前提として対処しなければならないということである。

真実性についてはそういうことで不利だとしても、真実相当性、つまり真実であると信じるだけの客観的根拠があったかということが次の問題である。ここで、例の裏付け取材の話が出てくるのだが、裏付け取材以前に指摘されるのは、「そもそも最初にA氏から聞いた話からしても、監禁という結論は出てこないのではないか」という点である。

ここは私も認識が甘かったところなのだが、裁判所は監禁という言葉をきわめて限定的かつ厳密にとらえているということである(法律家としてはそうあるべきだろうけれど)。あまり適当な例でないかもしれないが、「泥棒」も「誘拐犯」も刑法犯に変わりはないが、「泥棒」なら比喩で逃げられるが「誘拐犯」は名誉棄損になるということかもしれない。

相手の行為を監禁と言い切った場合、それは刑法上の監禁罪に該当するものでなければならない。それが裁判所の見解だとすると、「軟禁や監禁状態という意味も含めて、監禁という表現」という片岡氏の主張は結果的に採用されなかったということになる。裁判所にとって、「監禁」は「誘拐犯」と同様の言葉だったのである。

片岡氏の主張は、細かい言葉の使い方はさておき、亀田サイドがJBC職員に対し、威圧的な態度で自分達に有利な取り決めを引き出そうとしたことを取材を通して知ったので、公共性・公益性の観点からこれを公表したということである。その大筋については、裁判所は認めているように思われる。

ただ、「監禁」という言葉の使い方が、裁判所の考える厳密な使い方でなかったので、そこを行列のできる弁護士に突かれてしまった。そういう展開にならないようにこちらにも弁護士が付いているのだけれど、残念ながら今回はうまく運べなかった。前にも言ったように、民事訴訟は正義の実現のためにあるのではなく、証拠に基づいて当事者間の利害調整を行うものなのである。