060 メイウェザーvsパッキャオ・今世紀最大のビッグイベント [May 2,2015]

WBA/WBC/WBO 世界ウェルター級タイトルマッチ展望(2015/5/2、米ラスベガス)
O フロイド・メイウェザー(47戦全勝26KO)1.2倍
マニー・パッキャオ(57勝38KO5敗2引分け)3.5倍

ゲート収入だけで数十億円、これに世界各国からの放映権とPPV収入が加わり、両者のファイトマネーが最低保証でメイ150億円、パック100億円。最終的に両者とも200億円を超えることが予想されるメガファイトであるが、値段に見合うスリリングな戦いになる確率はおそらく10%もない。おそらく、以前HBO/SHOWTIME合同興行であったタイソンvsレノックス・ルイスほどエキサイティングな戦いとはならないだろうと思っている。

パッキャオに巨額のファイトマネーが払われるのは、その戦いぶりからすんなりと理解できる。デラホーヤ戦以降、リッキー・ハットン、ミゲール・コット、シェーン・モズリー、アントニオ・マルガリトといった体格で大きく上回る相手にすべて攻め勝って来た。ただ勝つというだけでなく、KO勝ちか、そうでなくてもダウンを与えて明確にポイント差を付けている。

マルケス兄とは倒し倒されの激戦、相手が逃げ腰だった試合を除いては、ファイトマネーに見合った激闘を繰り広げてきた。こうした戦いが巨額のファイトマネーに結びつくのは、当然といえば当然のことである。直前の試合ではプロボドニコフをアウトポイントしたアルジェリをダウン6度、ワンサイドの判定に下している。

かたやメイウェザー。抜群のテクニックは疑いようがないが、必ずしもすべての試合でファイトマネーに見合った働きをしてくれたかというと、そうではないように感じないでもない。カネロ・アルバレス戦では優勢になった後は安全運転だし、マイダナ戦やゲレロ戦は勝てばいいという試合運び。倒す気になって戦ったのは、不意打ちKOのオルティス戦、リッキー・ハットン戦などを除けば、ライト級以前にさかのぼらなければならない。

ボクシングの質としては、現在HBOから干されているギジェルモ・リゴンドーと通じるものがあるが、それでもスポーツ界最高の高額所得者の地位を維持しているのは、無敗であるということと、節目節目で強力な相手をほとんどワンサイドで下しているからだと考えられる。2001年のディエゴ・コラレスから始まって、2002年のカスティージョ2連戦、2007年デラホーヤ、2013年カネロ・アルバレスといった相手は、いずれも体格的にメイウェザーを上回っていた。

そして今回の一戦、体格的には、メイウェザーがパッキャオをかなり上回る。テクニックで上回る選手が体格的にも有利である場合、その選手が勝つ確率はかなり大きいというのが常識的な判断である。従って、今回の試合で最も可能性の高い展開は、メイウェザーが試合全般を通じてパッキャオを射程内に入れずにアウトボックスするというものであろう。

パッキャオに付け入る隙があるとすれば、メイウェザーが自分より小さい相手とほとんど戦っていないのに対し、パッキャオは自分より大きい選手と戦うのに慣れているということである。パッキャオの右フック、左ストレートをメイウェザーがまともにもらう場面があるとすれば、ファイトマネーに見合った激戦となるだろうが、その可能性はかなり小さいだろう。

というのは、パッキャオの攻撃力がクラスを上げるにしたがって相対的に落ちてきていることは間違いない上に、メイウェザーは意外と打たれ強いからなのである。メイウェザーはハットンではないので、たとえ出合頭に一発もらったとしても軌道修正して、パッキャオを近づけないだろうと思う。体ごと左ストレートをたたきつけようとすれば、マルケス兄のようにカウンターを決めるだろう。

メイウェザー判定に一票。

 

WBA/WBC/WBO世界ウェルター級タイトルマッチ(5/2、ラスベガスMGMグランド)
フロイド・メイウェザー O 判定(3-0) X マニー・パッキャオ

私の採点はジャッジの一人と同じ118-110。現地の高柳・西岡コンビは感激していたけれど、私の目にはどうしても数百億円動く試合にはみえなかった。対戦両者の名前・試合内容いずれをとってみても、今世紀最大の一戦としてはレノックス・ルイスvsマイク・タイソン戦に及ばなかったのではないか(マイケル・バッファーの声もよくなかったし)。

予想記事の繰り返しになるけれども、メイウェザーの試合内容が巨額のファイトマネー(スポーツ界トップ)に見合うとは、どうしても思えないのである。干されているリゴンドーと、どこが違うのかと思う。今日の試合だって、追い打ちをかければ倒せそうなチャンスは何回かあった。それをしないのは、もちろんパッキャオの逆襲というリスクもあるのだろうが、それ以上にメイウェザーが「勝てればいい」と思っているからである。

ボクシングの本質が殴り合いであるのか、格闘技であるのかという問題はあるだろう。格闘技の側面を重視するならば、ディフェンスも打撃と同様にボクシングの本質であり、規定された範囲のリングの中で規定された時間、相手の攻撃を受けないでいられるというテクニックは評価されるべきであろう。しかし、リングの中を走り回っているだけの試合は、誰もカネを払っては見ないのである。

そしてパッキャオについていえば、ウェルター級まで上げてしまうと、彼の攻撃力は世界上位クラスをそれほど越えるものではない。今日のメイウェザーは、マルコス・マイダナ第一戦ほど困ってはいなかった。攻撃力だけみれば、パッキャオよりマイダナの方が上のように見えたし、メイウェザーもそう思っていたのではないだろうか。

試合後のインタビューでパッキャオは、「メイウェザーのパンチなんて、マルガリトやコットほどじゃなかった」と言っていたが、メイウェザーはパンチ力の選手ではないのだから、それを言うのはポイントがずれている。12R通じてクリーンヒットを4、5回しか入れられなかったのだから、なぜ自分の攻勢が効果的でなかったかを反省すべきであった。

メイウェザーというとL字ガードだけが強調されるのだが、実際は打たれ強いし懐が深い。巨額のファイトマネーが動く試合ということで柄にもなく緊張していたのか、序盤戦はやや固くなっているように見えたけれど、中盤からはいつものように横着な戦い振りが戻ってきた。体格が上の選手がテクニックでも上であれば当然こういう試合になるはずであり、本当ならばコットもパッキャオ相手ならこういう試合をできたはずだと思う。

これで48連勝のメイウェザー。次の試合は9月と言っていたけれど、2年前から試合待ちリストの1番手にいるアミール・カーンはラマダン月のため回避が見込まれる。となると、ルーカス・マティセかダニー・ガルシアあたりになるだろうか。名前が売れていて捌けそうな相手を選ぶというのが以前からの傾向であり、キース・サーマンとのWBA統一戦は多分ないのだろう。

 

「プロ」ボクシングの本質について考える  [May 4, 2015]

「世紀の一戦」メイウェザーvsパッキャオから一夜明けた。WEBとかいろいろ見たけれど、世間的な評価を集約するとおそらく、技術的にはすごかったのだろうが、誰が見ても分かるほど強い(タイソンのように)というほどメイウェザーの強さは分からなかったし、誰が見ても感動するほどの激闘(アリvsフレージャー第二戦のように)でもなかったということである。

世紀の一戦としての評価を「カネ」で測る限りにおいて、今回のメイvsパックは確かにボクシング史に残る一戦であっただろうし、おそらく今後数年間は破られない(その後はインフレで貨幣価値が下がるかもしれない)であろう。しかし、今回のPPVを何人が見たかは分からないが、$100払っただけのことはあったと満足する人がどのくらいいただろうか。

私自身の評価としては、$20(WOWOWの月額視聴料)を払うのはいいけれども、プラスアルファを払えと言われればあとから録画で見ればいいというレベルの試合であった。もっというと、実際録画はしたが見ようという気の起こらない試合である。(予想は当たったので、くやしいから見たくないということではない)

だから私としては、今世紀最大の試合は2002年のレノックス・ルイスvsマイク・タイソンだといまだに思っているし、ボクシング史最高の一戦は依然として「スリラー・イン・マニラ」(アリvsフレイジャー3)という評価は変わらない。

どうしてそう思うかということを自分なりに考えると、フロイド・メイウェザーのボクシングをどう評価するかという点にどうしても集約されてしまう。パッキャオの良さは誰が見ても分かると思うし、対マルケス兄4戦はボクシング史に残るライバル対決と評価している。問題はメイウェザーの側にある。

よく言われることは、メイウェザーのボクシングは近代ボクシングが究極に進化した形であるというものである。私としてはその点にかなりの疑問を持っている。誤解をおそれずに言えば、究極に進化したものではなくて、袋小路に向けて進化したもの、あるいは究極に退化したものなのではないのだろうか。

ボクシングに限らず、格闘技の本質は「護身術」である。相手を何人倒したとしても、自分が倒されてしまったら終わりである。だから格闘技の究極の目的は、相手にダメージを与えることではなくて自分の身を守ることである。引分けでも判定負けでも、最終ラウンド終わって深刻なダメージを負わずに立っていられることがすべてなのである。

だから、ほとんどすべての格闘技はディフェンスの練習から始める。攻撃が最大の防御などというのはまやかしであって、防御が満足にできない者は練習試合にだって出してはもらえない。その意味で、団体の勝ち抜き戦(戦前の日本でよく行われた)というのは理にかなっている。仮に実力でやや劣っていたとしても、時間切れ引分けに持ちこめば勝ちに等しいのである。

しかし、「プロ」ボクシングはそうではない。なぜなら観客がカネを出さなければ、「プロ」として成り立たないからである。極端なことを言えば、誰も見ていなくてもボクシングの試合はできる。技術には有用性があるし、巧拙がはっきり出る。格闘技はすべてそうである。観客というものを想定していないし、勝敗すら問題としないことがある。

一方、「プロ」として有料で試合を観客に提供するということはそういうことではない。お互いの技術に優劣をつける、はっきり言えば相手を打ち倒すことが求められるのである。アリがグレーテストなのはフレイジャーやフォアマンをKOしたからだし、マイク・タイソンは体格で劣るのに自分より大きな相手を打ち倒してきた。

世界戦15ラウンドが12ラウンドになり、当日計量が前日計量になったのは、ボクサーの健康維持が唯一の目的ではなくて、それによって12R攻め続け動き続けることができるようにである。健康維持だけが目的なら、アマと同じ3ラウンドでいいのである。観客は、お互いに相手を打ち倒そうとする戦いが見たい、KOが見たいからカネを払うのである。

すべてのボクサーが「究極系」メイウェザーを目指すならば、行きつく先はお互いに射程圏外をサークリングし、ジャブを当てた回数が多い方が勝ちというタッチボクシングになってしまうだろう。ボクサーが大きなダメージを負ったり深刻な後遺症に悩まされることがなくなるのはいいとしても、それで「プロ」として成り立つかどうかは大いに疑問である。