050 サラリーマン生活最後(?)の~せいうち日記50 [Oct 24, 2011]

現在、10月23日・日曜日の夜。どこかでコメントに書いたように、休みなしの出張の最中である。先週は鹿児島、いまは徳島にいる。今回が8泊9日。1日置いて2泊3日。ほぼ2週間にわたるロングラン出張である。おそらく、サラリーマン生活最後の長期出張になるはずである。

バブル前後の景気のいい時期には、私くらいの年回りになるとご褒美の海外出張というのがあって、大して用事もないのに1週間ほど大名旅行をさせてもらったのを見てきたが、私の場合は全く違う。若いのが減らされているために、代わりに出張させられているのである。だから、早朝から夜間まで、立ち詰めで機械の説明やらお詫びやらをしなくてはならない。

それも、おそらくはそろそろ一区切りということになりそうだ。だから今回の2週間ロングランが私にとっての「ご褒美の出張」(全然、ご褒美でないが)になると思っている。それはそれとして、こうした機会に気をつけなければいけないことはただ一つ。体調をくずさないよう万全を尽くすということである。

おかげさまで、今日までで約半分が過ぎた。暴飲暴食しない、十分な睡眠、にプラスして「仕事のハードルを下げる=余計なストレスをためない」ことを心がけて、何とかここまでやってきた。今日は横断歩道を渡っていて、信号無視のラッタッタにぶつけられそうになったピンチはあったが、何とか打たれ越して今日を迎えることができた。

そういえば、初めて就職した会社では出張がほとんどなく、せいぜい10年いて3、4回ではなかったかと思う。その時は、次は出張によく行く会社に仕事を変わりたいと思っていたのだけれど、まさか最後は月に10泊以上もさせられることになるとは思わなかった。

ところで、今回の出張に持ってきた本は2冊あって、ともにある意味での古典といわれる作品である。一つはカール・マルクスの「ルイ・ボナパルトのブリュメール18日」、もう一つは懐弉(えじょう)の「正法眼蔵随聞記」である。ここで予想外だったのは(両方とも読みたい本だったのに)、マルクスの理論的な文章はほとんど頭に入ってこないのに対し、道元禅師のお言葉はみごとに腑に落ちることであった。例えば、こういうところ。

我、其の人として、其の道の能を成すばかり也。代りを得んと思わず。
自分がその任にある者として当然なすべきことをするだけである。その代償を得ようとは思わぬのだ。

こういう毎日を過ごしていると、他人はもっと楽をしているのに、とか、給料もボーナスも減るのになぜこんなきつい仕事を、とか、これだけやっても誰にも評価されないんだよなぁ、とか、考え方がシュリンクして賤しい心持ちになってしまう傾向にある。それではいけない、と気持ちを新たにさせられた一節でした。

道元禅師には他にも、「他は是、吾に非ず(他人は私ではない)。」「更にいずれの時をか待たん(今でなくて、いつやる時があるのか)。」といった名文句があるのだが[注.どの言葉も、道元禅師自身が宋で修行中に先輩方に言われたことなのである]、禅というものは、日本人の心の奥深くの何かに触れるものがあるのだなあと改めて思う。逆にいえば、今の自分はそれだけ心身ともに弱体化しているということなのかもしれない。

さて、明日も4時半には起きないと。NFLを見る時間だけれど、仕事だ。

 

[Oct 24, 2011]