035 会津駒ヶ岳[Sep 26, 2014]


この図表はカシミール3Dにより作成しています。

奥多摩・鋸山に行った次の週の金曜日に休みが取れた。2週続けての山で疲れが抜けないか心配だったけれど、天気も良さそうなので行くことにした。前にも書いたように、チャンスの時には続けざまにチャンスが来て、来ない時にはどうやっても行けなかったりするからである。

1週間前でも平日なので御池ロッジに空室があった。燧ヶ岳は2年続けて登ったので、今年は会津駒ヶ岳である。時間はかかるが危ないところはなさそうだし、景色もいいところのようだし、頂上に小屋とトイレがあるので奥さんも誘う。初めは金曜日泊で土曜日に登る計画だったが、低気圧も早く抜けてくれたし、空いている金曜に登って翌日は帰るだけの計画に変更した。

ただし、その日のうちに登るとなると出かけるのは夜中になる。1時半に起きて2時半に出発。東北道を宇都宮あたりまで走ってようやく夜が明けた。5時過ぎに西那須野塩原ICを抜けて、一般道を約2時間、奥さんと交代で運転。桧枝岐村には7時過ぎに到着。登山口の駐車場は十数台しか駐められないらしいのでちょっと心配したが、ラスト3台くらいで辛くも間に合った。

(登山口の駐車場に駐められないと麓にある登山者駐車場に駐車することになり、歩く時間が片道30分ずつ長くなる。だから平日の朝早くに着くことが望ましい。わが家の場合、早起きするより長い時間歩く方がつらい。)

身支度して歩き始めたのは7時30分。ガイドブックによく載っている急階段から登山道に入り、それから木の根におおわれた急坂の登りが始まった。なにしろ朝が早かったので体調が少し心配だったが、前の週の鋸山(というより愛宕山)の登りに比べると、それほどでもないような気がした。

ただ、すぐに息がはずんでしまうのであった。普段なら40~50分くらいは歩き続けられるのに、この日は20分に1回くらい立ち止まって息を整えなければならなかった。実は、帰りに気が付いたのだけれど、とっかかりの1/3くらいはとんでもない急傾斜で、登る時よりも下る時に大変なのだった。確かに愛宕山の方がもっと急かもしれないが、続く距離が違うのである。

鋸山のときは予習が不十分でかなりつらい思いをしたことから、この日はきちんと地図を調べてあった。標高差はおよそ1000m、駒の小屋の少し前の1990mピークまでずっと登りが続き、その後はほぼ平坦でアップダウンがある。標高差1000mで初見だと、私の場合は4時間くらいはかかりそうである。

予習効果に加えて、道標がかなり整備されていたのがありがたかった。登山口から山頂まで5.3km、水場分岐からは2.9km、駒の小屋からは0.7kmなので、水場分岐までがちょうど半分となる。途中にも山頂まで△△kmの標示がこまめに出てるので、大体どのくらい歩いたかが分かる。途中、5分休みを2回、小休止を何回か入れて、水場分岐には9時25分に到着した。

休み休み登っているのでかなり予定時間をオーバーしただろうと思っていたが、それほどではなかった。ここから先は、地図で見る限り等高線の幅が広くなっているので、少しは楽になるはずである。


滝沢登山口の急階段。この日は平日だったので、すぐ近くに車を止めることができました。ここから山頂まで5.3km、駒の小屋まで4.6km。


階段の後すぐに始まる急坂。登りではそれほど感じなかったのですが、下りではすごい傾斜というのが身にしみました。

水場分岐までの登りではほとんど展望が開けなかったが、ここを越えて少しずつ木々の間から目指す会津駒ヶ岳が見えてくる。天気も良くなってきて空は真っ青、周囲の木々は紅葉が始まっていて、すごくいい景色である。ここまで2時間、急坂を登ってきた甲斐があったというものである。

標高1700mを越えるあたりから、材木を組んで中に大きな石の入った階段が登場する。この階段は燧ヶ岳と同じ仕様であることもあって、水場分岐から上の道は長英新道と雰囲気がよく似ている。そして、長英新道と同じように、木組の階段はかなりバテるのである。朝も早かったし、ここまで700~800m登っているし、こころなしか空気も薄いように感じる。

登りのときは、息の切れ方、汗のかき方などから自分の体調を判断しつつ、早く登りが終わらないかなあと思いながら歩くので、余計なことを考えないのがいい。なぜ歩くだけでこんなに苦しくなるんだろうとは思うけれど、嫌な会社のことや、解決しなければならない問題とかが頭に浮かばないのは何よりである。

一方で、景色や木や花にあまり注意が向かないのが難点である。奥さんが「この花きれい」「あそこに紅葉が」などと言ってくれるのだけれど、「下りの時に言ってくれ」とはあはあしながら言わなければならないのがつらい。その奥さんはというと、「パパの後ろは休みが多くて楽」だそうだ。何で今日は後ろを歩くのかと聞くと、竜虎のように歩いていて発作が起きたら大変だからという。ありがたいことである。

途中で1回、階段に腰かけて足を伸ばして休む。奥さんに、「仕事に行く時と同じように弱音をはくんだから」と言われてしまう。登っている間じゅう、なんだかんだ泣き言をいっているのだそうだ。確かに登りはつらい。でも、とにかく一歩ずつでも登って行けば、いつかは頂上に着くはずと自分で自分を元気づける。

木組みの階段を登り続けて1時間ほど、ようやく前方が開けた。1/25000図の1990地点であろう。右手に駒ヶ岳から続く稜線があざやかに見える。木のベンチのある休憩所で一休み。上の方に駒の小屋が見える。表尾根から尊仏小屋が見えた感じとよく似ている。この距離感だと、標高差で100mくらい、時間にして30分ほどで着きそうだ。

きつい登りはここまでで、あとは緩やかな傾斜のはずである。背の高い木が少なくなって、道はほぼ平らになり、ところどころに池塘もある。会津駒ヶ岳頂上付近の湿原地帯に入ったようだ。これまでの山道から一変して、尾瀬ヶ原を歩いているような雰囲気である。しかし尾瀬ヶ原は標高1400m、燧ヶ岳の熊沢田代でも1800m、ここは2000mの高さにある。標高が高いだけに、もう草紅葉になっている。これもすばらしい景色だ。

しかし油断は禁物、ここの木道で奥さんが足を滑らせて転倒、脇の木に足をぶつけてしまった。幸い、ぶつけたところが痛むだけで歩くのには支障がないので、このまま続行する。私も経験があるがCR-Xのダメージ吸収能力はすばらしく、これは切ったと思っても打撲で済んでしまうのである。科学の進歩はすばらしいものである。

 


水場分岐を越えて標高1600mくらいから、右手の樹間からめざす会津駒ヶ岳が見えてくる。青空と紅葉、これこそ山の秋という景色です。


木の階段が終わると、視界が開けて気持ちのいい木道。このあたり標高2000mなので、燧ケ岳の熊沢田代より200m上にある高層湿原ということになる。

駒の小屋直下の登りは見た目ほど時間はかからなかったけれど、しばらく平らなところが続いた後なのでやっぱりつらい。なんとかクリアして、駒の小屋到着は11時過ぎ。水場分岐からは1時間半、登山口からは3時間40分で到着した。休み休み登った割には、目標の4時間からかなり短縮することができた。

駒の小屋には、会津駒ヶ岳寄りの池塘前と、小屋の前、合わせて8つほどのテーブルが置かれている。この日は平日だったこともあり、やや余裕のある状態であったけれど、休日など込み合う時には相席になるのかもしれない。さっそくバーナーでお湯を沸かし、奥さんと二人分のコーヒーを入れる。インスタントで砂糖ミルク入り、これが山では恐しくおいしいのである。

これは余談だが、この山行のちょっと前に、これまでのステンレス製クッカーが重いのでモンベルのアルミニウム製クッカーに代えてみたのである。ややかさばるけれども2人で行くとお湯もたくさん沸かさなければならないので、この日も活躍したのであるが、何とこのクッカー、さきの御嶽山で噴石が直撃したけれども頭をリュックでカバーしたので助かったという人のリュックの中に入っていたのと同じなのであった。

コーヒーと一緒に、奥さんはあんぱん、私はデニッシュでまずひと息。その間にもう一度お湯を沸かし、カレーうどんを作って半分ずつ食べる。これもまたおいしい。そうしている間にも後続の人達が次々と到着するが、幸いに休憩場所はいっぱいにはならず、ゆっくり休んで景色を見る余裕があるのは、何よりである。

正面にはいま登ってきた桧枝岐側の谷と、反対側の山が何重にも重なって見える。一番手前が桧枝岐に近い大中子山、白身山といった山並み、その後方が田代山・帝釈山から鬼怒沼山に至る稜線と思われた。さらに後方、ひときわ高くそびえているのは、日光白根山だろうか。

視線を左に移すと、間近にそびえるのは会津駒ヶ岳である。ちょうどミノブチ岳から、俎嵓(まないたぐら)を見上げるのと距離感も景色もよく似ている。登って行く人が小さく見えるのも同じである。駒の小屋まで登って来れば、後は引き返してもいいのだけど、せっかくだから頂上まで行ってみようと思うのは人情である。

さて、ここからの予定は二つあった。会津駒ヶ岳の頂上をきわめてそのまま下山するのが一つ。もう一つは先にある中門(ちゅうもん)岳まで往復してくるというルートである。途中でわれわれを抜いて行った単独行のおじさんが、「中門岳まで行くの?片道40分くらいだから、行っておいでよ」ということだし、この先はほぼ平坦だというのでそんなに苦しくないはずだ。

奥さんに聞くと足は大丈夫だというので、時間をみながら行ってみるかということになった。駒の小屋を出発したのが12時20分。2時に下り始めれば、4時半前くらいには登山口に戻れるだろう。

 


駒の小屋直下の登り。雲取山直下よりも短いけど、やっぱりきつい。草紅葉がすごくきれい。


駒の小屋から見た会津駒ヶ岳。残り標高差80mくらいなのに、これもかなりきつい。ミノブチ岳から見た俎嵓(まないたぐら)とちょっと似てる。

せっかくだから頂上までとは言っても、ここの最後の登りは非常にきつかった。標高差にしておよそ100m、下は木の階段なのに、なぜこんなにつらいんだろうと思うくらいの登りである。とはいっても、休むような広さの場所もないので、登り始めたら登り切るしかない。だから余計つらかったのかもしれない。

それでも頂上に着くと、駒の小屋から20分しか経っていなかった。濃密な20分であった。標高2133m、麓からの標高差1000m以上を歩くのは久しぶりである。会津駒ヶ岳の頂上はほとんど展望は開けないし、それほど広い場所でもないので、写真を撮ってすぐに出発する。下の写真で左が駒の小屋からの道、右が中門岳への道である。

とはいえ苦しい思いをしただけのことはあって、駒ヶ岳の下りから中門岳への稜線を見下ろすところの景色は、本日一番といっていいものであった。標高2000mの山頂に、延々と伸びる木道と湿原、ところどころに見える池塘は、しばらく立ち止まって見入ってしまうほどである。

しかし、実際に歩いてみると、この道は考えていたよりも楽なものではなかった。写真でも分かるように行く手には3つほどの小ピークがあって、決して平坦コースではない。かなりのアップダウンを乗り越えて進まなければならないのである。それと、一年の半分以上を雪の下で過ごすためか木道の痛みが進んでいて、平らなところはほとんどなく、左右どちらかに傾いている。

特にこの日は1時半起きで寝不足であり、左右に傾いた状態で約1時間歩いた結果、中門岳の標示のある池塘まで着いた時には、メニエールっぽく視界が定まらない状態でふらふらしてしまった。聞いたら奥さんもそうだというので、1/25000図の頂上はもう少し先だったのだけれど、もう1時20分だし、ここまでで引き返すことにした。

帰り道は駒ヶ岳頂上を経由しないので、おじさんの言うとおり40分で戻ってきて駒の小屋に着いたのが2時過ぎ。トイレに行って一休みしたら2時20分になってしまった。中門岳往復を1時間半のつもりが2時間かけてしまい、ちょっとあせる。この日は泊まりなので少し遅くなっても大丈夫だが、暗くなったら大変だ。

スイッチが入ったのか、下りは全速力で飛ばす。奥さんが「下りのパパは早い」と驚くくらいであった。中間点の水場分岐まで1時間ちょうどで下り、休憩していた10人くらいを抜いてそのまま休まずに下に向かう。最後尾でないから少しは安心だし、まだ若干の余力はある。

ところが、ここからが長かった。何しろ急傾斜なので、いちいち手がかり足がかりを探して3点確保しなければならないので、スピードが出ないのである。「こんな急坂登ってきたんだっけ?」と何回も言うくらい、苦戦した。こんなに急な坂を、休み休みでなければ登れるはずがなかったのであった。

4時半近くなり少し暗くなった。そろそろ登山口のはずなのに、スイッチバックの急坂はいつまで下っても終わる気配が見えない。標高差1000mの下りを2時間じゃ無理だよなあと思っていたら、急に目の前に階段の手すりが現れた。登山口である。最高にうれしくて、万歳してしまった。確か踊り場の下あたりで踏み板が一ヵ所腐っていたから、最後の最後まで注意しなければ。

車まで戻ったのは4時35分。下りは駒の小屋から2時間15分という超ハイペースであった。この日は寝不足の強行スケジュールにもかかわらず、登り下りとも基準コースタイムをクリアしたのはなかなかである。

それ以上によかったのは、普段は太ももやふくらはぎが3日4日痛むのに、今回はその日の夜中に痛んだだけで、翌日以降にそれほど影響が残らなかったことであった。 歳は取っても努力しだいで体は鍛えられると、少しだけ思っているところである。


会津駒ヶ岳山頂。ここからはあまり展望はありません。


そして、会津駒ヶ岳直下から見た中門岳への稜線。木道がどこまでも続く気持ちのいい道ですが、見た目以上にアップダウンがあります。

この日の経過
滝沢登山口 7:30
9:25 水場分岐 9:35
10:45 1990m小ピーク 10:55
11:10 駒の小屋 12:20
12:40 会津駒ヶ岳 12:45
13:15 中門岳 13:20
14:00 駒の小屋 14:20
15:20 水場分岐 15:20
16:35 滝沢登山口
(GPS測定距離 12.1km)

[Nov 17,2014]