026 あしたのジョーと昭和30年代 [Jul 13, 2011]

先月ラスベガスに行った際、JALの機内ビデオがとても充実していた。前にも書いたように渡米便は急に体調が悪くなってしまってそれどころではなかったが、帰国便は広いビジネスでしかも体調がよくて、「毎日かあさん」から「ゴチになります特別編」「第二回おもバカ」を見て、機内電源でブログの記事を下書きしていたらあっという間に11時間たってしまった。

今日の話は帰りの便ではなくて、行きに見た実写版「あしたのジョー」の話。このとき画面が見づらかったのも体調悪化に結びついたような気がしないでもないが(わざと画面を暗く作ってある)、香川照之の丹下段平と伊勢谷友介の力石、津川雅彦の白木財閥総帥はなかなか良かったけれど、全体に昭和っぽくないように思った。

映像には匂いがないのでその点は仕方ないとしても、作品の舞台である昭和30年代は日本全国そんなに清潔ではなかったはずである。もしかすると、この時代の作品については時代劇と同様、時代考証が必要なのかもしれない。

梶原一騎作品の「巨人の星」「あしたのジョー」はいずれも強烈な上昇志向を前面に出した作品である。おりしも日本は高度成長期にあり、東京オリンピックを目指して東海道新幹線や首都高速道路が作られたのは周知のとおり。池田勇人総理大臣が「所得倍増計画」を掲げたのもこの時代であった。

日本中が、近い将来の豊かな生活を夢見ていた時期である(そして、それは実現された)。星飛雄馬は長屋から、矢吹丈はドヤ街からビッグになった。その頃長屋であった地域はマンションになり、ドヤ街もいまでは鉄筋のビルが立ち並んで昔の面影はない。しかし逆にいうと、昭和30年代はいま普通にあるものがない時代だったのである。

この映画においては、ドヤ街も少年院も、試合が行われているスタジアムも、みんなきれいすぎる。当時の下水道普及率は10%未満、いまでは日本全国公共の場所はすべて水洗トイレだが、当時はほとんど全部が非水洗であった。確か原作では丹下ボクシングジムはトイレを川にそのまま流していたのではなかっただろうか。

そんな時代に、法務省配下の矯正施設である少年院が、あんなに整然としていたはずがない。みんな体格がよくて、すり切れてもいずツギもあたっていない体に合ったきれいな制服を着ているのを見て、「ロンゲスト・ヤード」に出てきたアメリカの刑務所のようだと思ってしまった。

ジョーが橋の上に咲いている花(タンポポ?)を見るシーンがあったが、当時は舗装道路があまりないので、雑草がそこら中に生えていた。誰かが草むしりをして花だけ残しておいたのだろうか(ドヤ街でそんな悠長なことをする人がいるとも思えないが)。橋といえば、山手線より東の地域は、かなり最近になるまで台風が来ると川があふれた。だから丹下ボクシングジムもドヤ街の食堂も、ちょっと雨が降ると水没する建物という前提で描かれていたのである。

そうした時代背景をとらえないと、白木葉子が少年院に来ている意味も十分には分からない。当時の金持ちといえばかつての華族であり、十年ちょっと前にはまさしく「身分違い」だったのである。21世紀の今日における、きれいなお金持ちのお嬢さんとは訳が違う。もしかすると、映画の中でも白木財閥が地上げをするようなことを言っていたから(地上げはバブル期。時代が違う)、製作者自身もよく分かっていないのかもしれない。

こういう次第で、この映画はせっかくのキャストを生かしきれていないように思ったが、あしたのジョーも第二部になると昭和40年代、テレビ全盛期のボクシングになり、あまり現在と変わらなくなる。続編が作られるとすれば、それほど違和感のないものになるだろう。刺青ボクサー・タフミルを呼んできてハリマオをやらせたら、面白いかもしれない。

[Jul 13, 2011]