029 NHKオウム特番の感想 [Jun 2 ,2012]

先週の土・日にNHKのオウム特別番組が放送された。「700本の秘蔵テープ!」「元信者50人以上にインタビュー」「水面下で繰り広げられた警察vsオウムの攻防!」などなど番宣はものものしかったが、実際の放送は期待外れであった。まあ、NHKに期待したのが間違いだったのかもしれない。

私より5年上の全共闘世代にとって、エポックメーキングな犯罪は連合赤軍・あさま山荘事件である。そしてわれわれ世代のエポックは、オウム事件ということになるだろう。その意味で、せめてこのくらいは深く考えてほしかったということを述べてみたい。まず前半、一連のオウム犯罪の原点についてである。

番組を素直に見ると、制作側が言いたかったのは、「一連のオウム犯罪の原点は、事故死した信者の死体を不法に処理したことで、それを隠蔽したことが次の違法行為につながった。その意味では企業の不正行為と同一の構造である」ということのようなのだが、果たしてそうなのか。私はそうではないと思う。

というのは、「世界は俺の足元にひざまずくべきだ」と考えるのと、それを具体的に計画して実行に移すことの間には、きわめて大きな距離があるはずなのである。死体隠しがうまくいってまた同じことをくり返すだけなら「企業不正」と同じスキームで論じることが可能だとしても、そこからハルマゲドンへ一足飛びには進まない。

そこには、具体的な計画を進めることが可能な「組織」と「資金」が間違いなくあったはずである。いかれた教祖が世界を征服したいと考えた時に、少なくとも武装集団を構成するだけの組織と、化学兵器やプラントを自ら製作しうる資金が、オウムにはあった。船橋市のはずれで鍼灸院を開いていた程度の教祖・教団が、なぜ短期間にそこまでの組織と資金を確保することができたのか。NHKの試験秀才には、そうした疑問は浮かばなかったのだろうか。

新興宗教だからカネが集まるのは当り前、と思い込んでしまう傾向がわれわれにはあるが、それほど簡単なことではない。村上春樹の「1Q84」に、そうしたノウハウは他の新興宗教から学んだというヒントがあったが、おそらくそれもあるのだろう。個人的な推測をいうと、おそらくそこにはネズミ講的な要素があって、オウムの組織と資金を大きくした人は、ネズミ講をやっても成功(というのかどうか)したと思われる。

もう一つは非合法な製品販売による収益があったはずなのだが、そこにはマスコミは触れないということにしたようなので、NHKが避けて通るのも仕方がない。いずれにしても、そうしたダークサイドを避けて通って「17年目の真実」などと言われても、片腹痛いのであった。

組織についてもう一つ思うのは、究極のトップダウン方式だけに、才能のある人間にとって非常にやりやすい、風通しのいい組織だったのだろうということである。サリンや特殊部隊など反社会的なものはともかく、広報宣伝や技術開発、原料調達、輸送や物流など、才能のある人間が大きな仕事を任せられる余地が大きかったのではないか。惜しむらくは、それが信者全体の生活水準の向上には向かわなかったのである。

才能のある人間が、思う存分能力を発揮できたからこそ、オウムは警察や行政、マスコミを出し抜くことができたのではないか。

 

 

後半はなぜ警察がオウムを止められなかったのかという点である。番組を見た方はおそらく同様の感想を持ったと思うが、現場第一線だった刑事さん達は引退後も眼光鋭く、当時のことを昨日のことのように語ったのに対し、最高責任者である警察庁刑事局長はまるでひと事のように問題意識が感じられず、これではオウムに敵わなかっただろうとある意味納得がいった。

最もあきれたのは、「宗教団体があのようなことをするとは想像すらしなかった」と平気で答えていたことで、あれは「私はバカです」というのと同じ意味である。少しでも日本史をやっていれば4、500年前に浄土真宗が武力闘争を行ったのを知らないはずがないし、世界をみればそういうことのある方が当り前なのは大常識である。

そもそも普段から報告をちゃんと読んでいれば、教団がうさんくさいことをしているのは分かるはずである。テレビや週刊誌を見た一般人がおかしいと気付くものを、都道府県の警察組織を統括する立場の人が知らないと公言することを恥ずかしいと思わないとしたら、日本のエスタブリッシュメントの質の低下はもはや救いようがない。

(「私たちも気付かなかったが、世間の人達も同じだったでしょう」という意味ならまだ分るが、当時から教団がうさんくさいということは周知の事実だった。証拠がないとか信教の自由とか言って、何もしなかっただけである。)

その意味では、「オウムのトップvs警察のトップ」の勝負は、明らかに警察の負けであった。もし私があの立場でインタビューに答えるとすれば、まず事件を未然に防げなかったことを陳謝するとともに、「そもそも警察組織は、犯罪の防止と犯人の検挙を行うものである。オウム事件のように内乱罪にあたるような大規模組織事案に対しては、警察で対処することに限界がある」と問題提起しただろう。

(ちなみに内乱罪は、成功すれば犯罪として処罰できない。織田信長も坂本龍馬も、当時もいまも内乱罪で、体制を転覆させたから犯罪でなくなっただけである。)

オウム事件に先立つ連合赤軍をはじめとする過激派対応に際し、これは警察ではなく軍隊(自衛隊)の所管ではないかという議論は当時からあった。佐々淳行氏の著作を読むと、当時の官僚トップであった後藤田官房長官がそうした意見を一蹴した経緯が述べられている。オウム事件でも、上九一色強制捜査の際の資材提供や、サリン散布後の地下鉄除染は自衛隊の協力で進められた。

そうした経緯も全く素通りして、「あと一歩のところまで追い詰めて防げなかったのは、まさか宗教団体がそこまでするとは思わなかったから」というのが制作者の意図だとすれば、これも(制作者の知性が)寂しい話である。

オウム事件を風化させないというのは、センセーショナルな謳い文句で視聴率を上げることではなく、その時点その時点で新たな視点から事件の本質を考えるということのはずである。その意味で、当時の警察やマスコミと同様、2012年のNHKもオウムには敵わなかったということになるだろう。

[Jun 2 ,2012]