040 清澄寺から石尊山(撤退) [Feb 11, 2015]


この図表はカシミール3Dにより作成しています。

さて、房総ではメインイベントとも言うべき山域がひとつ残っていた。石尊山(せきそんさん)である。標高347mのこの山がメインイベントとは大げさなと思われるかもしれないが、この山は千葉県では唯一といっていい遭難騒ぎがあった山なのである。

その事件は2003年10月というから今から11年ちょっと前に起こった。「新ハイキング」主催の中高年パーティ30名が道に迷ってビバーグ、翌日全員無事で下山したものの、一晩連絡がなかったことからマスコミ等で大きく扱われてしまった。もちろん房総だって転落事故はあるけれども、雪山でもないのに大量遭難なんてありえないにもかかわらずである。

一人二人なら騒ぎにならなかっただろうし、羽根田氏の遭難本を読むと、リーダーがわざと道に迷わせて(みんなで)楽しもうという心づもりもあったようなので少し首をかしげるところだし、何人かでも下山させて無事を知らせるというのが常識的な判断だと思うが、全員お年寄りということを割り引いたとしても、それもしなかった。

現在WEBに残っているリーダーの意見をみても、被害妄想とまでは言わないがひとの意見に耳を傾けるタイプではなさそうで、あまりご一緒したくない方のように見受けられる(もっとも私は、グループで山に行く人とは基本的にご一緒したくないが)。それはそれとして、とにかく自分も行ってみるべきだろうと思っていたのであった。

このパーティーは石尊山から南へ、麻綿原天拝園をめざして進んだが(途中で清澄寺に目的地を変更。これも道迷い要因の一つとなった)、私としては清澄寺から入った方が帰りの足の確保がしやすい。わかしお1号で安房天津、そこからコミュニティバスで清澄寺まで行って、そこから天拝園を経由して石尊山という計画を立てたのである。

当日は祭日、しかも晴天予想だというのに、清澄寺行きのバス(というよりバン)に乗ったのは私ひとり。房総ではコミュニティバスが廃止されオンデマンドタクシーに切り替えられつつあるが、それもやむなしと思い知られる。廃止されればますます公共交通の需要が減るけれども、税金でやっているのだからあまりにも利用者がいなければどうしようもない。

清澄寺からは「関東ふれあいの道」なので道標が整備されているだろうと油断していたら、とっかかりのところがよく分からない。寺の境内を通ることはあるまいと思い、急傾斜の坂道を登って行くと、立入禁止のゲートとなる。ゲートを越えると看板に「東大の演習林なので一般の人はご遠慮ください。森を見たい人は関東ふれあいの道にどうぞ」なんてことを書いてある。

はて、ここはふれあいの道じゃないのかなあと思いつつ、方向的に正しいようなのでそのまま進むと、何百mか行くと例の石造りの「ふれあいの道」距離表示があった。だったら分かりにくいことを書かないでほしい。

最初の急坂の後はほぼ平坦な道で気持ちがいい。景色が開けると彼方に太平洋が見えるのもすばらしい。ただし、時折右側が切り立っていてガードレールがないので、油断して落ちないか心配である。道端に花束が置かれていたのを見た時には、さすがに背筋が冷たくなった。ときどきワープロ打ちで「一杯水林道」と表示があり、分岐のところにはそれぞれの名前(△△歩道とか)が書いてある。これも遭難事件対応のひとつだろうか。

40分ほど歩くと再びゲートがあり、これを越えると内浦山県民の森方向との分岐点となる。左折して10分ほど坂を上ると麻綿原天拝園に着いた。ここは昔からあじさいで有名なところで、急傾斜の斜面一杯に植えられているのがあじさいなのだろう。ひときわ高い場所に建てられたガラス張りのお堂には、かっと両眼を開いた日蓮上人像が、かなたに広がる大海原を見据えていた。

さて、ここからは「関東ふれあいの道」を離れて尾根道である。道案内のとおり行くと舗装道路ではなく天拝園のもっとも高い場所から尾根に入るが、しばらく行くともとの舗装道路が再び見えてきたのでそこから上がった方がかなり楽そうだった。手書きの看板には、「石尊山まで120分」と書いてある。まだ時間は10時半。お昼休憩を入れても、1時過ぎには着く計算になる。


清澄寺から一杯水林道を麻綿原へ向かう。奥多摩にありそうな名前だが、房総です。


麻綿原天拝園。西に太平洋を望む斜面にはあじさい畑があり、シーズンには賑わう。頂上のお堂はガラス張りで、日蓮上人像がはるか海の方向を拝んでいる。

 

尾根道に入ると、結構なやせ尾根である。その尾根を木の根が覆っていて、しかも両側が切り立った崖だったりする。根っこを踏んで足を滑らせたりしたら一大事なので、慎重に進む。

目の前に大きくそびえるピークと、右側に巻き道が現れた。前回(三郡山からの郡界尾根)も良く出てきたパターンである。今回も、この尾根が君津市と大多喜町の市町村界となっているので、標石はピークを通るが、結局巻き道に戻ってくるパターンは十分に考えられる。尾根とピークの位置を慎重に確認しながら巻き道を進むと、予想通り合流した。

木の根を越えた向こう側にお地蔵さんがあるこの風景は、雑誌や本で何度か見たことがある。ここが、新ハイキングのパーティが道に迷った曲がり角、真根坂である。私は天拝園から来たので何でもなかったが、石尊山からこちらに向かっていれば正規の登山道と間違えるかもしれない。もともと演習林の作業道なので、登山道と同じくらい広いし人の手が入っている(現在は、トラロープが張られている)。

行先標示はおそらく事件後に作られたものなので、これがなければ分かりづらいことは分かりづらい。ただ、ここで90度進路が変わって西に進むことになるので、もしかすると分かっていて清澄寺方面にショートカットしようとしたのかもしれない。まっすぐ進めばあと10分ほどで天拝園、そこからは電柱沿いの林道なので間違いようがないのに。

この分岐点からもう少し進んだところに休める場所があったので、少し早いけれどもお昼にする。リュックを下してお湯を沸かしていると、がさがさと大きな音がして黒い犬が現れたのでびっくりした。犬は2頭で、両方とも黒い。首輪をして毛並みも悪くないし、吠えることも全くないのだが、1頭が10mくらい離れたところからじっとこちらを見て動かない。

もう一頭も全く吠えることなく、伏せの体勢で彼方の谷の方向を見つめている。ようやく沸いたお湯でコーヒーを入れ、チーズブレッドを食べる間も、じっとこちらを見て動かないので気味が悪い。ゆっくりできないので、早々に片づけて出発する。そして、用意をして私が歩き出すと、その一頭がおもろに私のいた位置に来て、私が立ち去るのを睨みつけているのである。

飼い主が現れないのも変だし、遠くで銃声が聞こえたので、おそらくは猟犬なのだろう。私の座っていた場所が飼い主に指示された待機場所で、そこで獲物を待ち構えていなければならなかったのかもしれない。だがそれは犬と猟師側の事情であって、私が追い立てられるいわれはないのである。釈然としないながら、あそこには戻りたくないなあと思った。

おそらくそれが平常心を失わせる原因となっていたようで、GPSの記録を見ると昼食休憩直後から進むべき尾根とは違った尾根をたどっていたのである。実はそこにはもう一つ大きな要因があって、私の持って行った古い1/25000図にはこの山域に全く登山道表示はない(石尊山・麻綿原間の尾根も含め)。しかし現在の国土電子ポータルには、356mの小ピーク(お昼を食べたあたり)を下りてすぐ北北西と北北東に登山道が分かれているのだ。

角度にして15度か20度の開きだから、自分では正しい方向に向かっていると思っている。加えて、北北東の登山道にもきちんと標石や境界表示が続いているのである。この方向にも登山道があることを認識していればともかく、そうでなければ見分けることは困難であった。(「房総のやまあるき」によると、演習林の標識杭『N△番』を追っていけばいいらしい。もっとちゃんと読んでおけばよかった)

そして、GPSの記録で北北東の尾根道に入った時間をみると、なんと12時8分、お昼休憩から5分かそこらの間に間違えている。あの犬のおかげで・・・と思うとかなりくやしいが、歩いている時には全く間違えている認識はなく、目印を確認しながら進んでいると思っていたのだから、新ハイキングの人達を笑うことはできない。

 


新ハイキングの道迷い地点には、ご覧のようにトラロープが張られている。演習林の作業道なのでかなり広い道だ。


私は向こう側から来たが、確かにこちら側からみると道があるとは分からないかもしれない。上の写真でお地蔵さんの前の道が間違えた進路。

 

さて、結果的には12時を回ってすぐに道を間違えているのでいくら歩いても石尊山に着くことはできないのだが、自分としては仮に間違えても尾根の東側に出れば、人里に下りることができると思っていた。1/25000図をみると尾根から直線距離で500mくらいに横瀬という集落があり、そこまで道路が通じているからである。

そして第一道迷いは12時半過ぎ。進路に小ピークが見えて左右に巻き道があるいつものパターンである。まず東の巻き道を行ってみるが、下ってばかりで尾根からは遠ざかる一方だ。やっぱり正攻法と戻って小ピークに登り、急傾斜をなんとか下ると、その先で左右から巻き道が合流したので正規の尾根道に戻ったと安心したのである。

ところがその先は、道が続いているようで続いていない。再び急傾斜を登り下りするのだが、心なしか道に木の枝が張り出して歩きにくい。下がそのときの尾根道の写真だが、見た目歩けそうだし踏み跡も明らか、土の柔らかいところには足跡さえ残っているのに、その先どうやっても尾根の末端なのである。

奮闘すること10分余り、これは枝尾根に間違いないと引き返す。やっと下った急斜面を登り返し、犬に会うのが嫌だなあと思いながらさきほどの巻き道合流地点まで戻って、小ピークは大変なので東側の巻き道を戻る。と、戻ったつもりがいつの間にか進路を北に変えている。おそらくこれは、西側からの巻き道が180度以上ピークを巻いて、北側につながっていたのだろう。

(東側の巻き道を選ぶのは、間違えるなら集落のある東側という考えがあるからである。これがもとで道を間違えたといえなくもない)

なにしろ、北に向かう尾根道は石尊山に続く尾根道しかないと思い込んでいるのだからどうしようもない。標石もあるし林野庁の標識も続いているので、この時点では全く疑問に思っていないのである。もとの尾根に戻ったと安心して先を急ぐ。

このあたりで、尾根から右側に舗装道路と民家が見えた。自分としては石尊山に向かう主稜線から東を見ているものと思い込んでいたのだが、北北東の尾根からだった訳である。新しい地図を確認しなかった痛恨のミスであった。(もっとも、1/25000図にあるはずの道がないということもたびたびある、というか山の場合そのケースの方が多いようだ)

あとから思えばここを道なりに下ると横瀬の集落に至るのだが、その時は下る道は違うと思い込んでいるので、再び枝尾根に進んで第二道迷いへと入り込む。とはいえ、この枝尾根にも標石は続いており、道もちゃんとしているのであった。昼休憩から1時間半歩いたので小休止。これ以上迷ったらまずいと思っていたのだが、とっくの昔に間違えているのである。

1時45分頃、道は一面杉の伐採跡となり、どこに続くのかまったく分からない状態となってしまった。白く目印のある木を目指して歩くが、その先は崖で道は続いていない(おそらく、ここまで切るという目印なのだろう)。伐採した境を歩いてみるが、それらしい踏み跡は見当たらない。唯一続いているのは谷へ下りる下り坂だが、ひとの歩いた形跡がないし石尊山への尾根道に谷に下る箇所はなかったはずだ。

やはり10分ほど奮闘したが、この先は見付けられないと判断せざるを得ず、この時点で撤退を決断した(何度も書くが、2時間前から間違っているのに気づくのが遅すぎた) 。戻るとなると、先ほど見えた横瀬の集落だろう。1/25000図では川沿いにあるので、谷に向かう道はないかと伐採跡を登って行くと、木に赤いテープが貼ってある踏み跡がある。そこを行ったら下に谷川と人家が見えた。

滑りやすい赤土のトラバース道でちょっと怖かったが、川沿いの道に下りて人家の方向に向かっていく。着いたところは申し訳ないことに人家の庭の裏側で、ヤギを飼っているおばさんにゲートを開けてもらい、庭を通らせてもらわなければならなかった。

おばさんの言うことには、「ここの山は国有林なので標識とかほとんどなくて、よく迷う人がいる。家の前の道を上がっていくと太い道に出るので、そこを左に行くと国道に出る。そこから養老渓谷駅に出られるが、歩いたことがないのでどのくらい時間がかかるかは分からない」とのことであった。お礼を言って失礼する。まだ2時20分、なんとかなるだろう。

見た目以上にきびしい登り坂を上がって太い道に出ると、そこが「房総ふれあいの道」で(関東ふれあいの道とは別)、清澄寺と養老渓谷・小田代とのちょうど中間であることが分かった。あとは案内表示にしたがって、延々と養老渓谷駅まで舗装道路を歩く。

ほとんど休まずに歩いたにもかかわらず、養老渓谷駅に着いたのは5時15分。そして次の電車は6時37分というのは大きな誤算だったが、道迷いしたにもかかわらずちゃんと帰れたのでよしとしなければならない。すっかり日が暮れて冷たい風が吹いてくる待合室で、新ハイキングのひとのことは言えないなあと反省しながら、帰りの電車を待ったのでした。


なんとか進めそうな尾根道。でも、この時点ですでに間違えている。


ついに進退きわまった伐採跡。この先はすぐに谷で、尾根から見えていた集落に下りることができた。結果的には、すでに2時間前から間違えていた。

この日の経過
清澄寺 9:40
10:35 麻綿原天拝園 10:45
11:40 356mピーク付近(昼食)12:05
12:25 枝尾根(道迷い1) 13:00
13:40 伐採跡(道迷い2) 14:00
14:20 横瀬集落 14:30
15:10 筒森分岐 15:15
16:15 小田代 16:15
17:15 養老渓谷駅
(GPS測定距離  19.8km)

[Mar 2,2015]