043 奥多摩小屋(爆) [Mar 27-28, 2015]


この図表はカシミール3Dにより作成しています。

※ 奥多摩町・雲取山荘のHPによりますと、奥多摩小屋は平成30年度一杯で閉鎖することが決まり、2018年4月からすでに管理人は常駐していないそうです。この記事の小屋番氏も、雲取山荘の関係者なんだろうな。

昨年は雪が多いなんてもんじゃないくらい多くて、この時期奥多摩に行くことはできなかった。だから2年振りの登り尾根である。一昨年と同じく3月最終週の金曜日から土曜日、多少雪は残っているもしれないので軽アイゼンを持って行く。今回は雲取山までは行かずに奥多摩小屋で一泊、翌日は七ツ石山から鷹ノ巣山まで縦走しようという計画である。

電車を下りると抜けるような青空。そして、気温が高い。もちろん天気がいいに越したことはないが、何事もほどほどが大切である。さっそく日焼け止めをつけて、メガネもサングラスにする。鴨沢方面へのバスは6名ほどのグループと単独行が3、4人、グループは高校生と引率の先生のように見えるが、年長者が先頭に立ってバスで弁当を食べ始めたのはいただけない。

鴨沢で私と、他にも単独の人が何人か下りる。10時25分、身支度してさっそく待合所横の階段から裏手の坂道を上がっていく。ぐんぐん標高を上げて青梅街道はあっという間にはるか下となる。2年前は架線凍結のため1時間遅れてこのバスだったが、今回は予定どおり。ただし行き先が雲取山荘ではなく奥多摩小屋だから、2時間早く着くはずである。

駐車場のある小袖乗越がちょうど11時、予定通りである。ポピュラーなコースだけあって、登る人、下る人、それぞれ何人かとすれ違う。さすがに平日なので、数十人にはならない。小袖乗越の先から登山道に入り、30分ほどで最後の廃屋脇を通過する。ここまで、調子は上々だと感じていた。しかし、ここから先、急にピッチが上がらなくなった。

登り尾根は傾斜はそれほどきつくないのだが距離が長く、どこまで歩いても石尾根に着かないという印象が残っていたのだが、その緩い傾斜がきつく感じるのだから始末に負えない。計画では堂所に12時まで着いてお昼にしようと思っていたのに、堂所はおろか前回の休憩地点である標高1150mの広場にすらお昼までに着くことはできなかった。

理由の一つは、すれ違うたびに「暑いですね」とあいさつしてしまう気温上昇であり、さらに大きな理由は、荷物の重さだったと思う。テントや寝袋がなかったので、今回は適当に荷物を詰めたのだけれど、出発前に計ってみたら水抜きで9.5kgと予想以上であった。これにプラス水が4リットルなので、計13.5kgということになる。テント泊の時の13kgより重い。

奥多摩小屋の水場までは距離があるという情報であり、わざわざ下っても水が出ていないケースがありうる(事実、一昨年の雲取山荘では水が出ていなかった)。だから必要な水は持って行くことにしたのだけれど、その荷物の重さが肩に食い込んでなかなか足が進まないのであった。12時15分、ようやく1150mの水場前広場に到着。

堂所まで休まずに行く余裕はなかったので、ここでお昼にする。ホイップクリーム入りフランスパンと野菜ジュース。暑かったせいで、活動用の500mlペットボトルは2本のうち1本がここまでで空いてしまった。ちなみに、持ってきた水4リットルの内訳は食事用に2リットル、凍らせた1リットルと活動用に500ml2本である。その他に、お昼用の野菜ジュース、補給用のゼリー飲料2パックだから、水分だけで5kg近い。

堂所到着が1時。ここまでは順調だったが、このあとの急登であっさり息が上がった。もちろん七ツ石小屋直行の急勾配ではなく通常登山道を通ったというのに、このありさまである。おととし来た時はどうだったか思い出すと、電車が遅れて雲取山荘に着けるか心配で結構飛ばしたくらいで、ここできつかったという記憶はない。それでもブナ坂通過が2時半。鴨沢から4時間近くかかったのだ。

ようやくの思いで、七ツ石小屋分岐までたどり着く。もう2時である。このあたりから、休めるところが来ると、たまらず座り込むパターンを3度4度繰り返した。補給が足りないのかと思って元気一発ゼリーを一気飲みするけれども、効果があったのは5分くらいだった。さらに、地面が凍った雪となりすべって歩きにくくなる。ますますペースが上がらない。

ブナ坂に着いたのは3時35分。鴨沢からおよそ5時間、前回よりも1時間も多くかかってしまった。ここまで来れば大丈夫と気を取り直したのも一瞬で、前回は30分で着いたはずの奥多摩小屋がなかなか出てこない。とにかく荷物が重くて仕方がない。ブナ坂から奥多摩小屋までの間に3回、リュックを投げ出して大の字に寝転んで休む。幸いにというか、ほとんど雲がない青空でまだ日は高い。

3年前の大山で調子が悪くなったことを思い出した。10歩登ると立ち止まるペースも、あの時と同じである。あまりにつらいので、いっそのことツェルトを出してビバーグしてしまおうかとさえ思った。こんなに登り坂が続いただろうか(実際はブナ坂から奥多摩小屋まで、標高差が約100mある)。何度目かの急坂を登りきるとやっとこさヘリポートが現われた。

思わず「助かったー」と言ってしまった。2張りのテント組の横を通って、奥多摩小屋に着いたのは午後4時45分。ブナ坂から1時間というのは、信じられないくらいの超スローペースであった。

 


ブナ坂到着は午後3時35分。一昨年よりもさらに遅く、鴨沢からおよそ5時間かかってしまった。


なんとか日が暮れる前に奥多摩小屋に到着。泥色の道はどろどろぐちゃぐちゃで、茶色の乾いたところを選んで歩く。

 

さて、本日の宿は奥多摩小屋である。この小屋は昭和34年の東京国体の登山種目会場として建築されたとどこかに書いてあったと思うが、長らく奥多摩町営で、名物小屋番の岡部仙人が守っていた。岡部仙人の引退後、経営が雲取山荘に移り今日に至っている。

ところが、最近のWEB情報をみるとほとんど全員がテント泊利用の登山者で、小屋泊の情報は皆無である。評判などの口コミもほとんどない。食事なし素泊まりのみということは承知の上なのだけれど、金副隊長の本にあるように、なにしろ皇太子殿下がお泊りの宿なのである(30年以上前のようだが)。一度は泊まってみるべきものだろうと以前から思っていたのであった。

ところがまず驚いたのは、小屋番氏(2人見かけたが、当番らしかったのは30前くらいの若い男)が出てきて4000円の宿泊費を取ると、「こちらにどうぞ」でもなく、何の説明もしないまま従業員部屋に戻ってしまった。荷物はどこに置くか、どこで休めばいいか、消灯は何時で起床は何時か、何の説明もなしである。宿泊費を払う際にビールを買っておいてよかったと思った。

入口の土間に一つと、広間に一つ薪ストーブがあるのだけれど、様子をみる限りどちらもしばらく使っていないように見えた。石油ストーブはつけてくれたけれど、スペースが広いのでほとんど部屋は暖まらず、ストーブ前にへばりついている他はない。泊まり客は私一人のようなので、石油ストーブがあるだけありがたいと思えということなのだろうか。

上にも書いたようにこの日は大バテしてしまって、しばらくは人事不省の状態であった。それでもストーブにあたってビールをちびちび飲み、15分20分経てばだんだんと調子が戻ってくる。簡単に着替えて、夕飯の荷物を取り出す。EPIガスを小屋内で使っていいものだろうか、それともストーブで炊事しろということだろうか。その間も、小屋番氏は従業員部屋にこもったままである。

到着から30分経過、ビールもちょうどなくなったので、小屋番氏が引き上げたまの従業員部屋をノックして、少しドアを開けてみる。返って来た言葉が「勝手に開けないでください」である。ビールをもう一本頼んだ後、ストーブでお湯を沸かしていいかどうか尋ねると、「いいんじゃないですか」と一言、再び従業員部屋に引き上げてしまった。

お許しが出たのでストーブでお湯を沸かし、アルファ米のしそわかめごはんを作る。待っている間、コンビーフとごぼうサラダを肴に、持ってきた「どなん60度」のお湯わりを飲む。この頃になると、さっきまで何であんなに苦しかったのだろうと思うほど体調が戻ってきた。アルファ米も戻ったので、さばみそ煮をおかずに、ネギのみそ汁もつけて夕飯の出来上がりである。

(ちなみに、みそ汁はフリーズドライ、コンビーフはプラスチック容器、ごぼうサラダとさばみそ煮はセブンイレブンのプラ容器である。こんなに持つから荷物が重くなるのだ)

到着から1時間半が経過して6時半前、入口からテン泊の人が「ビールいただけますか?」とやってきた。広間には私しかいないので、「すみません、店の人じゃないんで」と言い訳する。何度か大声で呼ぶと小屋番氏登場。めんどくさそうにビールを販売。またすぐに従業員部屋に戻りそうになったので、あわてて「布団はどれ使えばいいですか?」と尋ねると、「どれでも好きなのを」と一言、当然のように従業員部屋に戻ると、それが小屋番氏の姿を見た最後であった。

1泊して小屋番氏の姿を見たのは、この3回、合計5分にもならなかったと思う。私自身も他人とコミュニケーションをとるのは苦手だけれど、これはすごい対応であった。昔のユースホステルじゃないんだから、歌を歌ったり長話をする必要なんてないけれど、皇太子殿下が泊まったのはどこのスペースかとか、昨年の大雪のときの状況、せめて明日歩く登山道の状況くらい話ができないものかと思った(それ以前に小屋の使い方すら説明しない訳だが)。

よっぽどビールの空き缶をそのまま置いていこうかと思ったけれど(持って帰れって言わないし)、そこは大人の対応で自分のゴミと一緒に持ち帰り、ストーブを消して2段になっている寝部屋に引き上げた。幸いに、寝具はたくさんあってそこそこ新しかったので、敷布団2枚の上に、掛布団、毛布、掛布団、毛布の4枚重ねで寝ませてもらった。

寒いには寒かったが、4枚重ねが功を奏して布団の中は暖かかった。それでも朝方トイレに行くと、入口の寒暖計は零下3度になっていた。きっと5時になっても電気もストーブもつかないと思っていたが、案の定つかなかった。室内でEPIガスを使って何か言われても腹が立つので、30分で支度して5時半過ぎに出発した。もうとっくに夜が明けていた。

昔から「木賃宿」と言う言葉があるくらいで、暖房費は宿泊費に含まれるものである。百歩譲って4000円は小屋と寝具だけの値段というのであれば、当然それは説明すべきであるし、ホームページに「薪ストーブがあります」なんて書くなということである。そもそも、朝5時半になっても誰も起きてこない山小屋というのも信じ難いが(雲取山荘は5時台に朝食だったはず)。

小屋の躯体自体は国体予算で作っただけあって頑丈で、梁とか見るとあと50年100年大丈夫そうなのだが、メンテナンスができていないし、サービスという概念がもとよりないようなので、残念な山小屋であった。山に行く前に読んでいたのが梨木香歩の「いわなの宿」の本だったので、余計にそう感じたのかもしれない。

 


奥多摩小屋内部。薪ストーブはあるけど点いていない。暖房は右側の石油ストーブ1台だけで、小屋番氏は従業員室に引き上げたっきり出てこない。


奥多摩小屋の寝室。50人は楽に入れそうなスペースに、一人だけでした。翌朝は零下3度まで下がり、暖房なしではかなり寒い。

 

さて、奥多摩小屋が撃沈だったので、とりあえずどこかで朝ごはんを用意しなければならない。前の日にしんどくて寝っころがったあたりが平らだったので、ブナ坂の少し上のその場所にしようと思い坂道を下って行く。この日もいい天気で、冷え込んだため泥田が凍ってちょうど歩きやすい。20分ほどでその場所に着いた。平らで地面も乾いていて、目の前は富士山である。

EPIガスでお湯を沸かし、コーヒーとあんドーナツで朝ごはんにする。いつも思うことなのだけれど、山の上で飲むインスタントコーヒーって何でこんなにおいしいんだろう。前日来、釈然としない思いはあったけれど、やっぱり山に来てよかったと思う一瞬である。30分ほどゆっくりして、6時30分に出発、今日もいい天気だ。

歩き始めの体調は悪くない。前の日に大バテしてしまった後なので、布団の中で翌日の計画について改めて考えたのであるが、この調子では鷹ノ巣山まで行くのはちょっと無理かもしれないと思っていたのであった。ところが、何とかなりそうなくらい足どりが軽やかである。もしかして前の日に消費した水と食料が軽くなっただけかもしれないが。

ブナ坂から七ツ石山の登りは、傾斜が急な上に地面に雪が残って凍っているので歩きにくい。軽アイゼンは持ってきたものの、氷と土が半々なのでアイゼンを着けるほどでもなく、着けたり外したりも面倒なのでそのまま登る。みんなそうしているらしく、アイスバーンに靴跡が階段のようになっていた。滑らないように注意してがんばる。前日のような息切れはないようだ。

午前7時ちょうどに七ツ石山頂に到着。すでに先客が2名、七ツ石小屋に泊まったのだろうか。歩いて来た西方向を振り返ると雲取山に至る石尾根と、雲取山の向こう飛龍山へと続く稜線が見渡せる。やや南に目を転じると遠く南アルプスの雪山、そして富士山が大きい。そして東方向には石尾根の続き、鷹ノ巣山までの山並みである。風もなく、絶好の展望日和である。

道標に従って5分も下りないうちに、七ツ石神社である。木造のお堂は半壊状態であり、建て直さない限り遠からず崩壊してしまうだろうが、ご神体である大岩は動かしようがない。数えると、写真に写っている大岩の後ろにあと6つの大岩があって合計7つ。七ツ石とはそういう意味であったかと感動する。鳥居の前で二礼二拍手一礼して前途の無事をお願いする。

七ツ石山から鷹ノ巣山にかけては、ピークを縦走する縦走道と、等高線に沿った巻き道の両方があることになっているが、地面が雪でないところを選んで歩いていたら、自然と巻き道に入った。この巻き道が歩きやすさといい景色といいきわめてナイスであり、それに誰とも会わない。いつまで歩いていられるような雰囲気であった。

どのくらいいい雰囲気だったかというと、前の日に半死半生の状態でひどい登りを経験したにもかかわらず、家に帰ったらまた山に行きたくなったくらいである。まあ、それだけ起伏がないということでもあるが。

少し進むと七ツ石小屋からの巻き道と合流し、もうしばらく進むと赤指(あかざす)尾根との分岐となる。道標には「峰谷バス停」と書いてあるので、いつかこのコースでも下りてみたいものである。そして少し意外だったのは、左手に見えるピークが高丸山、日陰名栗峰の2つだけだと思っていたら、他の小ピークもあって、鷹ノ巣山と思われるピークは結構向こうの方に見えることであった。

小さな谷を挟んで左に右に巻き道は続く。ほとんど平らなので順調に進むのだけれど、8時半を過ぎても避難小屋が見えてこない。帰りの峰谷発のバスは12時55分、峰谷まで3時間とみて、10時前には下り始めなければ間に合わない。逆算すると、8時半には避難小屋に着いてリュックを置き、鷹ノ巣山に向かうという計画だったのだが、ちょっと無理そうである。

鷹ノ巣山避難小屋に着いたのはちょうど9時。かれこれ考えあわせて、今回は鷹ノ巣山は断念し、ここから奥集落に直接下りることにした。

 


七ツ石山の頂上から、朝歩いてきた奥多摩小屋方向、雲取山までの石尾根を望む。


頂上直下にある七ツ石神社正殿。ご本尊の巨石はこの後ろにあと6基あり、これが七ツ石の語源となったものと思われる。


高丸山、日陰名栗峰を巻く南側の巻き道は、歩きやすさといい景色といいナイスでした。

 

鷹ノ巣山は断念して、しばらく避難小屋前でまったりする。泊まりのお客さんはもう出発したらしく、避難小屋の中にも小屋前のテーブルにも、誰もいなかった。あたりはとても広くて、バイオトイレも整備されているのは安心である。ちょっと早いけれどお昼にすることにし、残っていた炊事用の水を使ってお湯を沸かす。

林の向こうに見えるのは日陰名栗峰。今回は巻き道で来たけれども、頂上まで行っていたら結構大変だったろうと思う。そういえば、「奥多摩のバイブル」金副隊長の本に、日陰名栗からここに向かう途中、大雪で遭難した登山客の話が書かれていた。いずれにせよあのピークからここまでのわずかの区間だったのである。吹雪でホワイトアウトしてしまったのだろうか。

昼の献立は、インスタントのカレーうどん+レトルトカレーの、豪華カレーうどんである。このメニューは山で何回かやっているが、ちょっと高めのレトルトを使うと肉の塊とか入っていておいしい。ただ今回思ったのは、こういうところで荷物の軽減化を図らないと、また同じようにバテてしまうなということであった。次回以降の研究課題である。

食後のコーヒーもいただき、かなり軽くなったリュックで9時40分に出発する。ところが、10分ほど下りたところに水場があり、パイプから盛大に清水が出ている。とてもおいしそうだったので、2リットル汲んでしまって再び荷物が重くなる。まあ、あとは下りだからなんとかなるだろう(この後暑くなって、バス停までに1リットル飲み干してしまった)。

さて、避難小屋から奥集落までの浅間尾根であるが、2012年秋に登ろうとしたことがあったが、あまりの急傾斜と、行きの峰谷橋から奥集落まで時間がかかりすぎたことで、標高1299m付近で断念してしまった。その前例があってちょっと心配したが案の定、尾根の上の方はなだらかなところも多いのに、途中の造林帯あたりから急勾配が続く。なるほどこれはきつかったろう。

帰ってからデータを見直してみたら、前回あきらめた最後の急勾配を登り切ったところで、今回は1回目の休憩をとっていたのだった。確かに見覚えのある急斜面だったが、伐採が進められて登山道自体少し違っていたような気がする。きつい下りを断続的にこなすと浅間神社の正殿が見えてくる。そこから下の鳥居までも、結構きつい坂が続いた。鳥居まで避難小屋から1時間半。

奥集落は相変わらず閑静な雰囲気。とはいえ前の時よりひと気がなくなったような気がするのは、畑作の時期ではないからだろうか。前回はここから峰谷まで車道を歩いたけれど、今回は林間の近道を行く。片側が急傾斜でちょっと恐い場所もあるが、時間的には15分ほど早く下りることができる。

この近道を歩いていて思ったのは、地盤といい、道路際の石垣の造りといい、丹波天平の高畑集落跡への道とそっくりということであった。確かに地理的には近いので似ていて不思議はないのだが、あちらは山梨県、こちらは東京都である。ほとんど人が通らないのに電柱が続いて建っていたり、バイクか何かが走った形跡がみられるのもよく似ていた。

峰谷バス停に到着したのは12時半。この時間には日差しが相当強くなっていて、日陰になっているトイレ前で、さっき汲んだ水で喉の渇きをうるおす。前の日は大層難儀したけれども、終わってみればまずまず満足の山行だったなあと思い返しながら、奥多摩行のバスを待ったのでした。

 


鷹ノ巣避難小屋から、いましがた歩いてきた日陰名栗峰方向を振り返る。


浅間尾根を下る。この尾根はなだらかな下りと急勾配がかわるがわる現われるが、なだらかな部分はいい雰囲気です。避難小屋から神社鳥居まで約1時間半。

この日の経過
鴨沢バス停 10:25
10:55 小袖乗越 11:00
12:15 1150m広場(昼食休憩) 12:35
15:35 ブナ坂 15:45
16:45 奥多摩小屋(泊) 5:35
6:00 ブナ坂上(朝食) 6:30
7:00 七ツ石山 7:10
9:00 鷹ノ巣避難小屋(昼食休憩) 9:40
11:30 奥集落 11:30
12:30 峰谷バス停
(GPS測定距離 1日目 8.7km,2日目 12.4km 合計 21.1km)

[May 2,2015]