050 鹿野山 [Feb 6, 2016]


この図表はカシミール3Dにより作成しています。

冬の間は、引き続き房総である。2016年1月はあまり天気に恵まれなくて、週末になると天気が崩れて首都圏でも雪が積もったりした。そうこうしているうちに2月に入り、第1週の土曜日は風もなく暖かになりそうな予報だったので、今年初の山歩きに向かうことにした。

そして、今回はもう一つミッションがあった。近々予定しているお遍路歩きに備えて、これまでは登山靴やトレーニングシューズで歩いていたのだけれど、奮発してウォーキングシューズを新調したのである。私の足ではあまりサイズがなくて、八重洲のミズノで唯一履きやすかったLD40ⅢαSW、19,000円+税を買ったのであるが、その足慣らしをしなければならない。

房総の山は登山道を歩くより林道を歩く方が多く、ほとんどが舗装道路だったりするのでお遍路歩きとよく似ている。だから靴の足慣らしだけでなく、体のウォーミングアップにもちょうどよさそうに思えたのであった。

さて、房総の山々で景色の開けたところに行くと、北の方角に横に広い鹿野山を望むことができる。左(西)にマザー牧場のある鬼泪山(きなださん)が続くのでわかりやすい。ただ、頂上にある神野寺(じんやじ)まで車道が通じているので、山登りという感じではない。それでこれまで歩いたことはなかったのだが、今回はここを選ぶことにした。テキストはいつもの「房総のやまあるき」中、「鹿野山古道めぐり」である。

例によって館山道を下る。本当は君津ICが近いのだが、節約のため姉崎袖ヶ浦ICで下りて県道を走り、「マザー牧場→」の行先案内に沿って細い道に入る。そういえば昔、子供の小さい頃マザー牧場に来たことがあるが、当時はまだ館山道が通じていなかった。海側からの登り坂も道幅が狭くて、すれ違い困難だったことを思い出した。

8時過ぎに、駐車場のある九十九谷公園に到着。駐車場も広く、トイレも新しい。前方は九十九谷が広がる。遠くの山から鹿野山が見えるということは、鹿野山からも多くの峰々が望めるということであり、山が見えれば谷も見える。ここ九十九谷公園からは、名前のとおり多くの谷を望む絶景であるが、残念ながら景色の中央はゴルフ場である。

身支度をして8時15分に出発。まずは公園から道路を隔てて反対側の白鳥神社にご挨拶。鹿野山は白鳥峰、熊野峰、春日峰の総称で、白鳥神社は白鳥峰にある。熊野峰は20分ほど歩いた神野寺付近、春日峰はさらに20分歩いて国土地理院観測所内にある。合わせて徒歩40分の広大な山頂なので、遠くからもよく見えるのであった。

白鳥神社に登る階段の途中がゴルフ場の通路になっており、ときどき放送が入って打っていいとか言っているのは、コースがドッグレッグになっているのだろうか。天気がいいので朝からお客さんが入っているようだ。私も20年くらい前まではずいぶん熱心にやったものだが、今思うとその時間と費用は節約できたのかもしれない。まだ若かったので仕方ない。

白鳥神社に参拝した後は神野寺まで歩く。いったん下ってまた登る。人家がけっこうあるのは、昔、門前町として栄えた名残りか。20分ほどで神野寺に到着。ここは私達の世代には虎騒動のイメージが非常に強いのだが、いまはひと気もなく閑散としている。

神野寺からさらに20分ほど歩く。道はどんどん下っているのでちょっと心配になるが、やがてまた平らになる。脇道に入って、国土地理院観測所までは登り坂。途中にゲートがあって閉鎖されており、「立入禁止」「監視しています」などと脅かされるが、ゲート脇に踏み跡がある。ここの三角点は日本の測量史上で最も古く指定された一等三角点なのだ。

はじめは観測所前にあるのがそれかと思ったがこれは水準点で、三角点は観測所の裏にある。東京湾まで一望できる地点にあり、ここを目印にすればかなり遠くからでも視認できるだろう。この日はやや靄がかかって東京湾観音くらいまでしか見えなかったが、空気が澄んでいれば湾岸や横浜はもちろん、丹沢や富士山まで見えるに違いない。

 


九十九谷公園から20分ほど歩くと神野寺。私達の世代には、虎騒動(1984年)のイメージが強い。


国土地理院観測所の裏にある一等三角点。入口に「立入禁止 監視しています」と書いてあるのでちょっとびびる。

 

三角点からの展望をしばし楽しんだ後、観測所を後にする。5分ほど歩くと鳥居岬の案内板があり、どうやらそこから古道に入るようだ。説明版の裏は広大な空き地となっている。ここには以前、国民宿舎鹿野山センターがあったらしい。

解体工事が平成14年に行われているので、おそらく東京湾横断道路(平成9年開通)の時にはまだ営業していたのだろう。房総のかなりの地域で横断道路特需が期待されていたのだけれど、そんなものはほとんどなかった。フラミンゴで有名だった行川アイランドも客足は回復せず、平成12年に閉鎖されている(もう15年も経ってしまった)。

さて、鳥居岬は「岬」と名付けられているように、江戸時代には遠く東京湾を望む高台にあったらしい。説明板には当時の浮世絵が載せられていて、東京湾を行き来する舟と景色を楽しむ旅人、建てられている鳥居が描かれている。

ところが10分ほど歩いて着いた鳥居岬の周囲は林と藪に囲まれていて、このような風景は全く見ることができない。残念なことである。往時のよすがとなるのは杉の巨木であるが、その根元には古い石碑が寂しく建てられている。鹿野山はそのまま書かれているのに神野寺が「神埜寺」と古い字体となっていて、寛政2年(1790年)のものらしい。

この石碑、昔(2006年)の写真を見ると真ん中あたりから真っ二つに折れていたものを、地元有志が修理したものらしい。碑の後ろ側に、修理した日時と名前が書いてある。よく見るとガーゼや石膏などの修復材が見えるし、ところどころ字が薄くなっている。石碑自体もろい素材でできているようなので、仕方のないことなのかもしれない。

鳥居岬から南に方向を変えて古道は続く。刈り払いは定期的に行われているようで、背の高い雑草はほとんどない。5分ほど歩くと、いきなり山の中に巨大な直方体のタンクが現れるのでちょっと驚く。そのタンクの脇から見える東京湾への景色はなかなかであるが、人工物の間から見ているというのが寂しいところである。

何のタンクだろうと考えていたら、その次に大きな施設が出てきて駐車場には車が何台か止まっている。「サンライフ鹿野山」というらしい(WEBをみると、いわくつきの施設である)。すでに倒産しているらしいが、車があるところをみると何かの用途には使っているのだろう。この施設から先は、舗装道路と並行して古道が続いているので、歩きやすい舗装道路に移動した。

このあたり、住民の姿がほとんど見えないのに舗装道路が縦横に通っている。別荘地として開発されたもののようで、確かにはるか東京湾を望む景色はすばらしい。そして、上下水道や電気も通じているようだが、神野寺周辺やマザー牧場あたりまで行かないと人家や商店がない。学校や役場ももちろんない。これも、横断道路特需をあてにしたバブル案件だったのだろうか。

さて、次の目標となるのは「房総のやまあるき」で言うところの彫刻家の家である。彫刻家の家から、「舗装路は右におりるが、それを行き、左手一軒家先を左に入り石段を下りるとトンネルに出、前方に古道入口がある」というのだが(w)、そもそも道路はあるけれど人家は見えない。方向は合っているから大丈夫だろうと歩いていたら、道から引っ込んだところに倉庫のような建物があった。

「家の前にオブジェがある」と書いてあるので、ログハウスを予想していたのだけれど、実際には工務店か倉庫のような建物であった。言われてみると、工房のようでもある。ただし、芸術性よりも実用性を重視しているようだ。廃墟と書かれているし実際にはツタに覆われているけれども、エントランスの周辺はきれいにしているので人手は入っているように思われた。

さて、彫刻家の家から指示どおり歩いてトンネル入口まで来た。このあたり「房総のみち」にもなっているようで、マザー牧場から石射太郎山に至るルートと道案内がある。そして、トンネルの前にピンクテープが貼ってあるのだが、その奥は「房総のやまあるき」に書いてあるヤブ気味というのではなくまさにヤブで、どこが古道なのか判然としない。

ちょっと奥に入ってみたのだが本当にヤブだし、起伏はあるし、歩いて楽しそうな場所ではない。前回も「房総のやまあるき」の指示どおりに歩いていたら危ない場所に行ってしまったので、ここは自重するべきだろうと思われた。

ではどうするか。駐車してある九十九谷公園に戻らなければならないが、方向的にはトンネルの向こう側である。ただし、1/25000図をみると等高線に沿って大きく南北に迂回しているので、距離的には相当遠回りとなりそうなのと、今回の目的地である田倉集落は通らない。かといって、来た道を戻るのは芸がない。しばらく考えた結果、トンネルの先に進むことにした。

 


鳥居岬は浮世絵の題材となった名所。説明書きの新しい看板の脇から田舎道に入る。


鳥居岬の周りは林と藪になってしまい、今日では江戸時代のような展望は望めません。「鹿野山」碑だけが残る。

 

彫刻家の家から下りたトンネルを抜けると、そこには「通行止め」のゲートが。しかし経験からいって千葉県の林道の半分は通行止めになっているけれども、車はともかく人が通るのに問題はない。実際にこの通行止め林道はほとんど問題はなく、誰と会うこともなく、南斜面のぽかぽか陽気で最高のお散歩日和となったのでありました。

しばらくすると鹿野山頂上の電波塔が見え、かなり標高が下がっているなあと思う。そしてこの林道、地図のとおりに谷を巻いて大きく迂回していて、距離はたっぷりある。その代わりに起伏はほとんどないので、私の好きなパターンであった。

1/25000図によると、この林道の途中に田倉集落に下りる登山道があるらしいので道路の右側を注意して歩いていたのだけれど、右側にはずっと「路肩注意」と書いてあり、谷に落ち込んでいるか急斜面かどちらかで、道らしいものは見当たらなかった。ただ、石射太郎への道案内はずっと続いていたので、方向的にはここを進めば、どこかで鹿野山に登る道にぶつかるはずである。

そのはずなのだが、4、50分も歩いていると、とうとう向こう側のトンネルまで行き着いてしまった。トンネルの名前はそのものずばり「鹿野山トンネル」である。ここまで来たら仕方がない。いったん次の谷まで下りて登り返せば、当初の目的地である田倉集落に着くだろう。あと1時間くらいかかりそうだがそれでもいいやと思っていたら、トンネルを出たところに右に入る道がある。

そこには「鹿野山、ゴルフ場近道」と立札があり、ご丁寧にガードレールにもそう書いてある。探している間は見つからないのに、探さないとあっさり見つかるというのは妙なものである。再び舗装道路から山道に入る。今度は正真正銘の登山道である。木の根や手ごろな枝を手掛かりに急こう配を登る。本日初めての山登りである。

トンネルの高さくらい登ったかなと思えた頃、右に方向転換。さらに急こう配を登る。左が切り立った崖になり、トラロープを引いてある部分をクリアすると、やや太くなった登山道に出た。田倉集落から鹿野山への古道「田倉みち」である。「房総のやまあるき」では田倉集落に出てこの道をたどることになっており、ここでようやく、モデルルートに戻ったことになる。

鹿野山トンネル付近の標高は200m、鹿野山が350mだから、標高差で150mほど登る。それほどきつくはなかったが、それでも本日初めての登りで、息が上がった。

意外だったのはしばらく登ったところから、登山道の脇にU字溝(排水溝)が切られていたことであった。ところどころ壊れていて、U字溝の中にも土砂や落ち葉が堆積して使える状態ではなかったものの、登山道の脇にU字溝がつづいているのは妙なものであった。40分ほど登ると上からひとの話し声が聞こえるようになって、ゴルフコースの脇になった。

そこからコースの周囲をぐるっと周回して、熊野峰にある鹿野山ビューホテルの取り付き道路で舗装道路に出る。左に進むと神野寺の前で朝通った県道に出た。さらに20分ほど歩いてちょうど正午頃に九十九谷公園に戻った。4時間弱の山歩きで、早朝と違って自転車軍団が大勢休んでいてにぎやかだった。

さて、もう一つのミッションであるウォーキングシューズの足慣らしであるが、こちらは足にも靴にも全く問題はなく、来る遍路歩きに強力な武器を手に入れることができたのであった。一方で予想外だったのは、翌日になって花粉症の発作が出てしまったことである。気候の温暖な房総なので、そろそろ杉も活動を始めたのであろう。難儀なことである。

 


車両通行止めの林道は人通りもなく暖かくて最高でした。鹿野山頂上の電波塔が見える。


鹿野山トンネルの先から田倉みちに合流。左端2本の木の間から登ってきました。


田倉から鹿野山への参拝道「田倉みち」。あとは登るだけ。

 

この日の経過
九十九谷公園駐車場 8:15
8:50 観測所(三角点) 9:00
9:15 鳥居岬 9:20
9:55 トンネル入口 10:00
10:55 鹿野山トンネル 11:00
11:35 鹿野山ビューホテル 11:35
11:50 九十九谷公園
(GPS測定距離 10.2km)

[Feb 26, 2016]