051 沼津アルプス [Mar 29, 2016]


この図表はカシミール3Dにより作成しています。

例年は千葉の山に3つ4つ登るのだけれど、今年は転勤のごたごたがあって、2月の鹿野山の後は難しくなってしまった。そうこうしているうちに引越しの時期になった。たまたま立ち寄った沼津港から見た沼津アルプスの山並みが大変魅力的で、せっかく何回も往復するのだから、時間を作って登ってみることにした。

私の持っているヤマケイ・アルパインガイド「2時間登頂の山」は1994年版、子供が小さい頃に買ったものである。この中に沼津アルプスの説明記事があるのだが、この部分の著者が羽根田治、山岳遭難本を何冊も書いている例の羽根田氏である。若い頃はこうした下請け記事も書いていたんだなあと思うと、ますます登りたくなった。

3月29日、仕事をやり繰りして休みにし、沼津アルプスに挑戦することにした。山歩きは鹿野山以来とはいえ、2月末に鶴林寺・大龍寺を制覇しているので、標高400m足らずの山なら問題はなかろうと思っていたら、例によって甘かったのであった。

午前8時過ぎに沼津着。トイレに行って手を洗おうとして、ハンカチも汗拭きタオルも持って来なかったことに気がついた。ストックやらGPS、日焼け止めに気を取られて迂闊なことであった。駅前でセブンイレブンを探すが見当たらない。仕方なく駅のコンビニを覗くと、500円と高いけれども置いてあった。ついでに500mlのペットボトルを2本買う。

駅からのバスは大平・沼商方面だったと思って探すと、ちょうど大平行きが止まっていた。高校生が「沼商行きますか?」と尋ねている。と、運転手さんが、「早くに曲がっちゃうから歩かないといけないよ。沼商行きの方がいいよ」と答えている。後の話になるが、山の上を歩いていたら野球をしている声がずっと聞こえていた。あるいは、そのメンバーだったのかもしれない。

目指すは黒瀬バス停である。地図をみると駅からすぐのように思っていたのだが、案に相違して7、8箇所のバス停がある。歩かないでよかった。黒瀬で下りて辺りをきょろきょろすると、案内板があった。黒瀬登山口は200m先と書いてある。バス通りから第一目的地である五重塔が見えているので、そう大きく間違えることはなさそうだ。

蟹料理店の先、石垣のあるところで右に折れるよう指示がある。いきなり急階段だが、まあ大したことはない。表示どおり7、8分歩くと展望台に出た。五重塔と若山牧水の歌碑がある後ろに富士山が大きくそびえている。しかし今日は雲が多く、真ん中よりも上は雲に隠れている。左手に視線を移すと、沼津市街が広がる。先日行った沼津港も向こうに見える。

もともと沼津はこの地域最大の都市であった。東海地区随一の漁港、沼津港があるからである。しかし、東海道新幹線の停車駅争いにおいて熱海・三島に遅れをとり、今日では地方都市になってしまったのは残念なことである。かつて威勢がよかった町だからという訳ではないだろうが、ライオンズクラブやロータリークラブの活動は盛んのようだ。沼津アルプスのコース整備も、そうした動きから出たものらしい。

五重塔のある展望台の上もずっと公園として整備されているので、登山というよりハイキングである。20分ほどで第一のピーク香貫山(かぬきやま)に到着。山頂には給水塔のようなタンクがあるのが妙であった(実は展望台になっていて登れるらしい)。ハイキングコースはここから五重塔に戻るが、沼津アルプス縦走は「→横山」の表示にしたがってそのまま南に下る。

それは文字通りの下りである。急傾斜の登山道から林道に出てさらに下り、ゴルフ練習場を右手に見ながらさらに下り、とうとう車通りの多い舗装道路に出てしまった。このあたりを八重坂というようである。香貫山に登った標高差200mをほとんどすべて下ったような気がした。これでは縦走ではなく、ピークを一から登り返しているのではないだろうか、とちらっと思った。

 


沼津港から見た沼津アルプス。海のすぐ近くに山が立ち上がっている。駐車場の脇は防波堤、その向こうは海。


香貫山の頂上周辺は、公園として整備されている。


香貫山頂上に立つ給水塔(展望台?)。

 

舗装道路をしばらく進むと、ちょうど峠になったあたりで上に伸びる横山登山道の入口がある。いきなりの急こう配である。さっき登った香貫山がまさにハイキングコースだったので、あまりの格差にがく然とする。いったん緩斜面になったと思ったら、すぐにまた急こう配、今度はロープが固定されている。

こう配自体は、ロープを頼らなくても登れる程度だと思う。しかしながら、足もとは粘土質の滑りやすい地盤で、しかも前日の雨で湿っている。うかつに踏み込むとずるっと滑る。先行した登山者が豪快に滑った靴の跡などを見てしまうと、せっかくあるロープなら使わない手はなかろうと思ってしまう。

足下はこういう厳しい状況なのだが、距離的にはさっき通った舗装道路からいくらも来ていない。そのためひっきりなしに通る車の排気音がうるさい。排気ガスも漂っているような気がする。さらに逆側の麓からは高校生だろうか、野球をする声。それも部活特有のやたらと気合をいれる大声が聞こえてくる。

山奥でこういう厳しい道を歩く際の楽しみは、小鳥がさえずる声であったり谷川が流れる音であったり、そうした自然の音声である。ところがここ沼津アルプスでは、車の排気音と部活の気合いである。あまり楽しくないなあと思ってしまう。少なくとも雨上がりの神経を使う路面状況でこの音は、山を楽しむというシチュエーションではなさそうだ。

いったん登りをクリアしてピークらしきところに出た。ここが横山だと思ったのも束の間、標示をみると「横山の肩」と書いてある。ということは、まだ登りがあるのだ。ちょっとがっかりして再び登りに挑む。幸いに、それほど苦労せずに10時10分、横山山頂に到達した。香貫山からちょうど1時間、八重坂からは30分だから、そんなに時間はかかっていない。

横山山頂でリュックを下ろして一休み。ベンチはないので、ちょうど腰をかけるくらいしかない石の上である。休んでいる間に後続の単独行の人に抜かれた。だんだん蒸してきて、のどがかわく。汗が出ているせいか虫が寄って来る。気持ち悪いので、休みも早々に切り上げて90度方向を変えて先に進む。

登りも急坂だったが、下りも相当の急坂である。再びロープが登場する。路面は引き続きよくない。難所では後ろ向きに下らざるを得ない。しばらく下ってようやく緩やかな稜線に出た。部活の声が後方に聞こえるようになったので、かなり距離を稼いだようだ。しかしほっとしたのもわずかの間で、再び急斜面の登りが待っている。

そして現れたのが鎖場である。縦杭が全部で25本あるらしい。25から1までのカウントダウンである。はじめは5、6本を一気に登れたのだが、だんだんと3、4本になり、さらには1、2本ごとに休むようになってしまう。鎖に頼って登っていると、下で登っている人が使うので大きく振られて転びそうになる。

徳倉山到着は11時15分、横山から1時間弱。標高256mと房総の山と比べても低山にもかかわらず、やっとの思いでたどり着いた。山のきつさは標高ではないことは分かってはいるものの、改めて認識させられるのであった。繰り返すけれど、きつかったのは急傾斜ではなくてスリッピーな路面である。

三角点のある徳倉山頂は広場になっていて、お昼を食べるには持ってこいである。先客は一組、香貫山でも一緒だった老夫婦である。「老」といっても、私より十も年上かどうか。自分自身が老人であることを再認識する次第であった。

再びリュックを下ろし、下草の上に寝転がる。さっきまで聞こえていた車の排気音も、高校球児の気合の声も聞こえない。暖かな日差しが自分だけに降り注ぐようだ。もうここは嫌だと思っていたけれども、やっぱり頂上は格別である。

 


香貫山を下りて横山に向かうと、いよいよ急傾斜のロープ場が始まる。足下が滑って歩きにくい。


横山に登っていったん下り、徳倉山に向かって急坂が突き上げる。引き続く鎖場。


ようやく着いた徳倉山頂。着いた時は先客2人でとても静かでよかったのですが。

 

お昼は、前日に仕入れたヤマザキのランチパック。2つ買って1つは非常食のつもりだったが、2つとも平らげてしまった。それにしても、のどかな時間である。これだけの空間を先客の夫婦と3人で独占(寡占か?)しているのはもったいないようである。

そんなことを思っていたら、やっぱり中高年の十数人の団体が登ってきた。しかもうるさい。あの山が鷲頭山でその前が小鷲頭山で、などと説明しているのはいいとして、説明を聞かないでどうでもいい内輪の世間話をしたり、中には自慢話を始める奴までいる。

様子をうかがっていると、昼食休憩ではなくて単に小休止のようなので、出発するまでの辛抱だと思っていたら、あとからまた十数人がやってきた。今度は中高年の女の団体である。こちらはなんとお花摘みがどうのなどと恥ずかしげもなく大騒ぎしている。

ここで1時間はゆっくりしようと思って30分もたっていなかったが仕方がない。急いで支度をして歩き始める。お花摘みなのでこっちを見るなとか言っているばあさんをやり過ごして進むと、のどかな山頂広場のすぐ先で急勾配のロープ場が始まっていた。大げさかもしれないが、奈落の底に沈むような急勾配の下りである。

ここも前向きで下り続けるのは難しく、後ろ向きでロープをつかんで下らざるを得ない。うるさい連中が下り始める前に行けるところまで行ってしまおうと気ばかりあせるのだが、とても急ぐことはできない。そして、いつまでたっても急こう配は終わらないのであった(それでも、1/25000図をみると標高差50mも下っていないのだ)。

ようやくこう配が緩やかになって、右に下る道がある。「塩満方面」と書いてある。わずかなアップダウンの続くこの付近は、麓の塩満集落の入会地であったようで、塩満広場というぽっかり開けた空間がある。そのあたりには第二次大戦時に本土決戦用に掘られたのか、海に向けた地下砲台の跡もある。

ここで下りることも考えたが、ガイドブックによると、もう少し先の志下坂峠というところで下りる方が帰りのバス停が近そうだ。もう少し進んでみることにする。

稜線は微妙に方向を変えて、正面に鷲頭山、そのすぐ左下に駿河湾を望むビューポイントにさしかかる。鷲頭山の登り斜面は、一見してあきらかな極めつけの急こう配で、イメージとしては奥多摩駅近くの愛宕山によく似ている。しかも、鷲頭山の取り付きまで、いま歩いている地点からまだまだ下るのである。

下るということは再び登るということであるから、やっぱりこのあたりが潮時だろう。というよりも、横山を登る時から路面が嫌で嫌で仕方なかったのだ。潔く、志下坂峠で撤退することとする。時刻は12時半。房州アルプスと大して変わらないだろうと思い込んだのが大きな間違いだった。沼津アルプスは急斜面の連続で、ハイキングなのは最初の香貫山だけだった。

さて、志下坂峠の標識をみると、「麓まで急坂、40分」と書いてある。麓の方向には家々の屋根が見えるくらいだから、それほど標高差があるようには思えなかった。問題は「急坂」の文字で、これまで歩いてきた道よりもすごい坂なのかちょっと不安になる。でも、これからまた登ったり下りたりを繰り返す気力は残っていなかった。

という訳で下り始めたのだが、確かにスイッチバックを繰り返してどんどん標高を下げていくのだが、これが急坂ならこれまでの道は絶壁ですかと思うくらい快適な下りだった。それと、これまでの路面は滑りやすい粘土質だったのに対し、この道は落ち葉が多く積もった腐葉土のような土質で、クッションが利いてとても歩きやすかったのである。

道は住宅街の中に出て、そこから海沿いのバス停通りまでは舗装道路を少し歩く。「はまゆう前」のバス停に着いたのは志下坂峠からちょうど40分後の1時10分。伊豆長岡行きのバスは10分後に来ることになっていた。

 


写真では分かりにくいですが、逆落としに下っています。


志下坂峠から鷲頭山、右手に駿河湾を望む絶景。今日はここまで。


バス停あたりから、いま下ってきた稜線を振り返る。

 

この日の経過
黒瀬バス停 8:30
8:37 五重塔 8:45
9:05 香貫山 9:10
9:35 八重坂 9:35
10:10 横山 10:15
11:15 徳倉山 11:35
12:20 志下坂峠 12:25
13:10 はまゆう前バス停
(GPS測定距離 6.6km)

[Apr 28, 2016]