077 会社に貸しはあっても借りはない~せいうち日記77 [Jul 23, 2014]

高校の同期会で、最近メールマガジンを発行している。この季節は高校野球の予選があるので、応援募集や報告が頻繁に入ってくる。そして、平日の昼間だというのに、なぜか何人かは必ず参加しているのである。

考えてみれば、私だって定年カウントダウンなのだから、みんな定年間近のはずである。あるいは、早期退職した人もいるかもしれない。サラリーマンであっても偉くなって休暇が取りやすいのかもしれないし、あるいは自営でスケジュールを算段できるのかもしれない。

私自身は、早期退職するには貯蓄が足りないし、自分でスケジュールを組めるほど偉くもない。仮にそういう環境にあったところで、高校時代からひと付き合いは苦手であったから、自分も参加して盛り上がろうという気持ちはあまりない。けれども、仕事仕事で毎日を過ごしてきたであろう同世代の連中が、地元回帰、旧友との絆を深める方向に向かっていることには感慨深いものがある。

今年度に入ってからさらに仕事への関心が薄くなり、加えてひと嫌いの傾向がますます強まっている。「2020年オリンピックに向けて・・・」などと社内は盛り上がっているのだが、その頃自分は会社にいないし、何とかして退職後も会社に残る気もさらさらないから(法律が変わってそういうことができるらしい)、盛り上がろうという気持ちが弱まるのも仕方がないことである。

社会人として三十数年やってきて、仕事の割に報われていないという気はしている。しかし逆に考えれば「会社に貸しはあっても借りはない」ということだから、潔いといえばこれ以上潔いことはない。そして、誰かが後ろで糸を引いているから自分が報われないなどということはなくて、多くの人の「ささやかな反感」が集まって現在の境遇にあるのだろうことも、うすうす見当がつく。

つまり、それが組織というものなのだ。それがいい悪いではなくて、そういう人達と付き合い続けるか、どの程度の付き合いをするかをこちらが判断すればいいだけのことである。この歳になるとリストラは別にこわくないから、自分がやる気を出さなければ会社にとって労働力が目減りするだけの話である。

(もっとも、働けば働くほど会社にとってマイナスという可能性は否定できないが。)

以前よく海外に行った時に、日本のパスポートを持っていることはそれだけでゴールドカードのようなものだとよく感じた。同様に、いまの境遇が、客観的にみて恵まれた立場にいるらしいことも見当がつく。とはいっても、毎日を暮らしていく上でいまのあり方が自分にとってベストとはどうしても思えない。

おそらくそうやって、多くの人達が世間的な「恵まれた立場」に背を向けて、より厳しい世界に入っていくのだろう。経済的に恵まれていることが幸福のすべてではないけれども、不幸の要素の一つが経済的に恵まれていないことであるのも確かである。ただそうしたこともひっくるめて、本当は、おカネは必要最低限あればいいのではないかという気がする。

他人には、みすみす「恵まれた立場」をフイにしたとバカにされたとしても、そんなものは自分自身の満足感に比べればなんということはない。実際、2度の転職で収入的におそらく1億円近くのマイナスになったはずだが、それ以上の価値ある経験・生活をしてきたという自負がある。ただ一つ違うのは、昔より若さと体力と残された時間が確実に少なくなっているということだ。

現在は、さまざまのストレスと引き換えに収入があり、旅行に行ったりワインを買ったりできるのだけれど、収入が少なくなったら少なくなったなりの生活をすればいいだけである。そう思うと、あと数年いるだけの会社に過大な貢献をするつもりもないし、むしろその後の生活をどうやって充実させていくかの方がかなり大事だと思うのである。

[Jul 23, 2014]