095 待望のリタイア~せいうち日記95 [Aug 12, 2016]

7月末をもって23年と4ヵ月勤めた会社を退職、待望のリタイアを果たすことができた。この先どういう展開になるか分からないが、とりあえず現時点の感想を書き残しておくことにしたい。

7月最終週まで出張の予定が入っていたのだけれど、7月半ばで借上げ社宅を引き払って千葉ニュータウンの自宅に戻ってきた。それから後、出張や最後の出勤は自宅から行った。

日に日に、仕事絡みのストレスがなくなっていくのが自分でも分かって、本当によかったと思う。退職前は使わなかった数十日の休暇が心残りだったが、そんなものどうでもよくなったのは自分でも不思議である。

さて、巷間よく言われているのが、退職前後に心身の状態がおかしくなる人が少なくないということである。実は自分自身ではあまり心配していなかったのだが(なんたって3回目である)、それでも、ある程度心がけておいたことがある。ひとつがフィジカル面、もうひとつがメンタル面である。

まずフィジカル面について書くと、心がけていたのは、会社がないからといって不規則な生活になってはよくないということである。ただでさえ生活が激変するのだから、生活のリズムはできるだけ変えないようにして、体にあまり急激な変化=ストレスを与えないことが大事だと思った。

だから、サラリーマンの時と同じく朝は5時から6時の間に起きて、6時25分からのテレビ体操は必ずする。その後朝ごはんを食べ、午前中はパソコンに向かって、ブログやホームページに手を入れたり、秋の計画のための下調べをする。通勤がないだけで、パソコンに向かっているのは会社の時と変わらない。

前から気になっていたホームページのリンク切れやデザイン乱れに手を入れ始めたら、なにしろ1000本近くの記事があるものだから、次から次へとやることが出て来てしまった。おまけに、自分が昔書いた文章を読んでいると、つい読み入ってしまって作業が中断する。書いた当時のことはほとんど覚えていないので、ほうほうよく書けているな、と思ったりする。

そういえば、先週末からリオ・オリンピックが始まったけれど、ホームページの作業をしているのでほとんどTVを見ていない。ボクシングを日本選手以外を含めて予選からやってくれれば見るけれど、普段見ないスポーツを見ても楽しくない。

あっという間に11時を過ぎてお昼の時間である。昼は少し早くなった。会社の時と同様にカロリーメイトで済ますこともあるし、奥さんは昼をしっかりとる主義なので、つきあって食べたりする。お昼ごはんの後は読書の時間。眠くなったら昼寝をする。国道沿いの社宅では車がうるさくて昼寝どころではなかったが、自宅周辺は静かで昼寝を妨げるものはない。

週に4、5回、午後遅くか夜にスポーツクラブに行く。前半はジム、後半はプールで汗を流す。会社勤めをしていた時と行く回数は変わらないが、トレーニングの時間は少し増えた。通勤がない分歩くのが少なくなっているので、エアロバイクやプール歩きの時間を増やすよう心掛けている。

プールの後はお風呂に入って、空いていればマッサージ椅子。帰って9時か10時には布団に入る。7月は涼しい日が多くて、エアコンなしで眠れる夜が続いたのは、体調にも経済的にもありがたかった。8月は連日暑くて、夜中もエアコンがないと厳しく、電気代が心配である。

リタイアすると亭主が奥さんに濡れ落ち葉のようにまとわりついて、奥さんが「亭主在宅ストレス症候群」になってしまうという話があるので、意識してできるだけ生活は別にするようにしている。

幸いなことに私はほとんどひきこもり生活だし、奥さんは庭に出るのが好きである。夏の間は汗をかくので外出するのは気が進まないが、気候がよくなったら本屋や図書館に行って、ウィークデイに何日か家にいない日を作ろうと思っている。

 


単身赴任先から帰ってきた時の引越し荷物。クロネコヤマトの単身パック2万円で賄うことができました。

 

リタイアに当たり心がけたことのもう一つは、メンタル面である。メンタル面は非常に重要で、くよくよ考えていたらフィジカル面に間違いなく影響する。気を付けていたことは二つ。働かないことに対する負のストレス、大げさに言えば罪悪感みたいなものにどう対処するかということと、かつての勤務先に対する不満からどうやって気持ちを切り替えるかということである。

約三十年前に最初の転職をした頃、時間ができて読み始めたのが藤沢周平であったが、彼の作品「三屋清左衛門残日録」の中で、隠居した清左衛門が「自分を世の中に無用な存在であると思う」という表現があった。これに限らず、世の中には死ぬまで働くのが人間として当然なのだという書き物があふれている。

せっかく時間を自分の好きなようにできるというのに、そういうネガティブな考え方をしていたらメンタルによくない。それにもともと、「死ぬまで働け」というのは「若い時には苦労して当然」というのと同様、他の誰かにとって有利な考え方であって、当人にとって有利という訳ではない。みんながそう思えば、上前をはねる誰かの取り分が増えるだけのことである。

それに、働くのが作物を育てるとか、物を作るとかいうのならともかく、いま働こうとすればそれはほぼすべて「他人のカネ儲けの手伝いをする」ことである。何かを達成する結果としてカネ儲けになるならばともかく、いまの世界はカネ儲けのためのカネ儲けである。そんなことを死ぬまでする必要はない。

歴史をさかのぼれば、衣食住の生活を確保できた人間が次の目標としてきたのは、思索であり探究である。もちろん、浮いた時間もさらに働いて田畑を耕し、家族が末永く飢えないようにするというのが近代以降のスタンダードだったかもしれないが、貯蓄(耕作地を増やすこと、住みやすい家を作ることを含めて)にはきりというものがない。どこまでいっても、これで十分ということにはならない。

WEB上をいろいろ見ても、リタイア後の生活について圧倒的に多いのは、どう収入を確保するかということである。デイトレードとかアフェリエイトとか、検索の上の方に来るのはそういった記事ばっかりで、そうでなくても年金の上手なもらい方とか節約の仕方とか、カネ勘定損得勘定ばっかりである。

私だって、霞を食べて生きている訳ではないし、首都圏に住んでいれば東京電力や東京ガス、NHKやCATVから請求が来る。でも、もう損得とかそういうことに必要以上に神経を使うのは嫌だ。幸いに、潤沢とはいえないまでも多少の蓄えがあるし、60歳以降は年金の繰上げ受給が可能である。だから、もっともストレスが少ない生き方にシフトしていくつもりだ。

もう一つ、かつての勤務先に対する不満は、忘れようとしているのだが時々頭に浮かんでくる。前にHPに書いたように、「狡兎死して走狗煮ら」れないよう身を処した范蠡(はんれい)の生き方を目指してはいるものの、理屈通り行かないのは人間だから仕方がない。

若い頃在籍した2つの組織は、このままではダメだろうと思って辞めたら、まさにそのとおりで、2016年の現在では組織として残っていない(合併したり整理されてしまった)。おそらく今回も同様の結果になりそうな気はするけれども、20年後30年後に私が生きてその結果を見られるかどうかは分からない。

結局のところ、自分の生活を充実させて、この方がよかったと思うことが唯一の解決方法になるのだろう。だとすれば、時間が解決するのを待つというお決まりの結論になってしまうのかもしれない。

[Aug 12, 2016]