036 暑い夏の思い出 [Jul 15, 2013]

先週は毎日、何もする気がおきないほど暑かった。何しろ、連日35度以上である。ここまで暑くなると、健康(と節約)のため冷房はなるべくかけないようにとか、せっかくの連休だからどこかに行こうとか、全くどうでもよくなってしまう。嵐の過ぎるのをただ待っているような心境であった。

せっかくなので、これまで半世紀の中で個人的に印象深い暑い夏について書いてみる。

最初に思い浮かぶのは、1984年。結婚して最初の夏である。この年は統計的にみると大した猛暑ではなかったのだが、とにかく暑いという印象が強かった。おそらく、大阪府枚方市の樟葉(くずは。住所は当用漢字を使って楠葉と書いた。)で過ごしたからに違いない。いまだに、関西というと夏暑くて大変だと思ってしまうくらいである。

淀川沿いのこの土地、冬は寒く夏は暑かった。特にこの夏は、全く外に出る気にさえならないほどであった。15階建てマンションの8階に住んでいたのだけれど、朝起きた時にはもう暑かった。この夏の夏休みは結局、1週間ロサンゼルス・オリンピックの中継を見て過ごした。昼は中華料理屋から出前を取った。中華丼と五目そばが同じ味だった。

結婚した当時、せっかく関西に住んでいたにもかかわらず、奥さんを連れて京都奈良の神社仏閣を見て回ったことなどほとんどなかった。その原因の一つが、夏が非常に暑く冬が非常に寒く、気候のいい時にはゴルフにばかり行っていたためである。むしろ千葉に戻ってからの方が、よく行っている。不経済なことである。

ちなみに、84年8月のわが家の電気代は12,658円である。なんと、去年の8月(12,262円)よりも高い。当時、エアコンがあったのは6畳の寝室だけ。いまと違って古いタイプのエアコンなので省エネタイプではないこともあるのだけれど、エアコン台数5対1で電気代がやや高かったというのはすごい。

次に思い浮かぶのは1994年。この年は当時、「観測史上最も暑い夏」と呼ばれた異常気象の年であった。この頃は子供が小さかったので、毎年夏休みに北海道まで車で行っていたのだけれど、行けども行けども涼しくならない。津軽海峡を越えて北海道に入っても30度以上の日が続いたのだから大変だった。

というのは、その当時の北海道は、旅館やホテルでも冷房が付いているところはそれほど多くはなかったのである。普段であればせいぜい25度程度、夜には10度を下回ることも珍しくなかったから、冷房の心配などあまりしなくてよかったのである。ところが、この年はどこまで行っても30度。冷房なしではかなり厳しいのである(この夏以来、北海道のエアコン普及率が上がったといわれた)。

この夏、北海道で6泊くらいしたのだけれど、冷房がちゃんと付いていたのは最後の2泊だけ。この時は親子ともども大層バテてしまい、観光もせずに冷房の効いたホテルの部屋でまったりしたのでありました。ちなみに、94年8月の電気代は9,999円。1週間北海道に行ったことを勘定に入れるとかなりハイレベルである。

この後16年、2010年に再び猛暑が来て、「観測史上最も暑い夏」は現在のところ2010年となっている。コンピュータの仕事をしていた時期なので、マシン室の室温が上がり過ぎてまずいということが印象に残っている。ちなみに、2010年8月のわが家の電気代は13,078円。昔と違いエアコンの台数が多いので、増えているのは仕方がない。

2010年の夏については残念ながら仕事以外であまり強い印象は残っていない。忙しすぎてほとんど休んでいないから、そのせいもあるのかもしれない。考えてみれば過去に印象深かった暑い夏は、休暇の時にやたら暑かったということで印象に残っているのでありました。

[Jul 15, 2013]