005 成田新高速・千葉北道路の現状 [Jan 21, 2008]

さて、2008年をスタートするにあたり、たまには目先を変えて地元の話題について。

わが千葉ニュータウンは、昭和40年代のいわゆる高度成長時代、田中真紀子代議士の父親である田中角栄首相の「日本列島改造論」の頃に成田新幹線と一体となって企画されたものである。しかし、空港反対運動によって成田空港が当初予定された機能を提供できなかったことに加え、オイルショック後の景気後退により、ニュータウン計画そのものも大きく縮小されてしまった。

その後、同時期に計画された東北・上越新幹線は建設されたが、成田新幹線計画は中止となった。しかし、それから約二十年後、新幹線で建設した施設があまりにももったいないということで、いまの成田エクスプレスや空港地下駅が利用されるようになった。しかし、千葉ニュータウンから成田エクスプレスの分岐点まで、直線距離わずか10km足らずについては、長いこと手付かずのまま放置されていたのである。

それが実現に向けて本格的に動き出したのは、ここ3、4年のことである。成田高速鉄道、千葉県北千葉道路建設事務所などのHPによると、平成22年度にはそれぞれ開業・供用を目指しているとのことであり、だとすればある程度工事が進んできているはずである。

千葉ニュータウンから成田空港に向かうためには、地上か地下かは分からないがどこかで印旛沼を渡らなければならない。そして、現在鉄道と道路が通っている印旛日本医大から印旛沼にかけては、天然記念物(印旛村の)である「吉高の大桜」があり、半日歩いても自動販売機一つないというのどかな里山地帯が続く自然に恵まれた地域なのである。

正月休みの一日、おそらく工事の人もいないのではないかということで、デジカメを手に、こののどかな一帯を歩いてみることにした。

もともと成田新幹線は東京と成田空港を短時間で結ぶことを目的としていたので、カーブをできるだけ少なくし踏切も作らないというコンセプトがある。実際に、千葉ニュータウンの西白井から印旛日本医大までの線路は地図上でみてもほとんど直線であり、半地下・立体交差であるため踏切も全くない。日本医大の駅から線路をそのまま延ばすと、国道464号線と北総自動車学校のあたりでぶつかる。

そこは、以前は桜見物のための駐車場だったのだが、いままさに工事が始められていた。そしてその先は、一車線の田舎道。この先に車で入っても駐車スペースがないことから、桜の時期には車の乗り入れが禁止されている地域である。そんなところに鉄道と片側二車線の国道ができてしまうのだろうか。

国道464号の分岐点から田舎道に入る。もちろん、歩きである。

 


工事中となっている国道464号との交差地点。右の建物は北総自動車学校。


国道からちょっと入ると、もうこんな感じの一車線道路。


印旛村天然記念物「吉高の大桜」。山桜で開花はやや遅いが、桜の時期には大勢の見物客が訪れる。

 

まず、国道分岐点から北東へ。印旛沼をめざして進む。というのは、現在、国道464号が印旛沼を渡るのは甚兵衛渡しといわれる地点であり、そこと斜めに交差するような形で成田側の工事が進められていることから、まず印旛沼の渡河地点を確認しようという訳である。

田畑や低い山、ところどころ農家が点在する田園地帯を歩くこと約1時間、印旛沼の湖畔に到着。平らな地平線に、成田空港にこれから着陸しようとする飛行機が見える。しかし、工事現場らしき機材までには、まだかなり距離がある。どうやら、線路は印旛捷水路の向こう側(成田側)をしばらく走るようだ

印旛沼は江戸時代の田沼意次の頃から干拓が進められていて、私が子供の頃はまだ「W」型を保っていたのだが、いまでは「ウォン(Wに-)」型になっていて、真ん中の横棒の下はすでに埋め立てられてしまった。そしてこの真ん中の棒「-」にあたるのが印旛捷水路で、ここから印旛沼の水を新川(下流で花見川に合流して東京湾へ)に流しているのである。

しかしもともとは水路だから、沼よりも地盤は固いし、水深も川幅もそれほどない。だから沼に橋をかけたりトンネルを掘ることと比べれば、コストも低くてすむし安全だろう。問題は沼地に生息する魚や野鳥への影響であるが、最近の印旛沼といえば「カミツキガメ」が代名詞となっているくらい外来生物が繁殖してしまっているだけに、自然保護を訴えるだけの力強さに欠けるのは確かだ。

湖岸のサイクリングロードに沿って、南へ進む。500mばかり行ったあたりが渡河地点らしく、新しい橋の骨組みが作ってあり、そこからこちら(印旛村)側に、やはり田んぼを埋め立てて大規模な工事現場となっている。

この成田新高速鉄道ができると、うちの近くの駅から成田空港まで営業キロ数で約20kmと至近距離になる。電車なら約15分(駅3つ)、自動車なら30分弱で着く計算になる。それはそれで大変便利なのだけれど、今だって40~50分あれば着く。

いま大変にのどかなこの景色の中に、あと1~2年の間に間違いなく無粋なコンクリートの支柱が建てられ、おそらくその上に成田新高速鉄道が、下には千葉北道路が建設されることになる。のどかな景色を見ながら歩くのはとても気持ちがいいのだが、コンクリートの支柱を見ながら歩くのはあまり気分がいいものではない。

事実、私が千葉ニュータウンに越してきてから今回が9度目の正月なのだが、その間にも線路は伸び道路は増え、気持ちよく歩くことのできるお散歩コースはだんだん少なくなってきている。これからしばらくすると毎日散歩しなければならなくなるというのに、これはあまり望ましいことではないような気がした。

工事現場から南西、村の方向を見ると、7~800mほど先に見える一番左の山が崩されて茶色くなっていた。おそらくあそこから印旛沼に向けて線路と道路が作られるのだろう。バリケードがあるため工事現場を直接通ることはできないので、いったん村に入り、ぐるっと回って現場に向かうことにした。

 


印旛沼湖畔に出たところ。地平線沿いに、飛行機が見える。


捷水路渡河地点。


印旛村側工事地区。遠くに見える茶色い崖のところから線路・道路が伸びる予定。

 

再び村に向けて入っていく。くねくねと曲がりながら登っていく道を5分ほど進むだけで、工事なんて一体どこでやっているんだろうという田園地帯になる。正月で工事も休みなので音もなく、鳥の声すら聞こえない。距離的に言って、工事が行われていれば結構うるさいような気がする。

しばらく行くと台地状になり、道が平らになる。農家が1軒と畑、上ってきた印旛沼側は竹林となっている。ここで、真新しい舗装道路を発見。1車線の狭い道だが、崖の方に伸びており行き先には家もない。工事現場に向かう道のようだ。 ここをたどっていくと、まさに工事現場であった。

下の写真にあるように、ここから高低差でいうと30~40m下まで、おそらく道路になるであろう工事現場となっている。印旛沼側からみると山が削られて茶色くなっていたのが、私がカメラを構えている地点になる。 そして、そこでそのまま180度振り向いて撮影したのが、次の写真である。この景色が、五十年近く昔、私が子供の頃を過ごした下総地域の代表的な田園風景である。

ご覧の通り、何もできていない。ただし、画面中央の何百mか先にブルドーザーが見えるから、おそらくここも近いうちに工事地域に入ってしまうのだろう。 私が子供の頃たくさんいた、めだかやたにし、蛙やどじょうやいろんな動植物が、ここにはわずかながら残されていたはずである。しかし、上の写真のようになったら、それも難しい。ちなみに、最初に書いた「吉高の大桜」は、この写真の右側の山の上を100mほど行ったところにある。

もちろん、環境だの自然だの言っているのは我々都会に生活する者の感傷のようなもので、ここにずっと住んできた人達にとって半日歩いても自動販売機一つないなんてことは不便以外の何物でもなく、広い道路や鉄道の開通による利便性の向上はそのまま生活の改善につながる。だから、豊かな自然をそのままに、なんていうのは一種の偽善なのであろう。

ただ、いま羽田空港の拡張にそれほどの障害(漁業権とか)がなくなり、国際線乗り入れの可能性が大きくなっている中、成田空港へのアクセスを改善しようというのは羽田との競争という側面が大きい。必要な開発ならば仕方がないが、もしかすると将来ほとんどの国際線が羽田から飛ぶようになって、この開発はムダだったということになる可能性はないのだろうか

そんなことを考えながら2つほど山を越え、最初の国道464号線との交差地点まで戻ってきた。時間にして3時間弱。いいお散歩コースである。ただ、ここにコンクリートの支柱が林立するようになれば、歩こうという気にはおそらくならないだろう。あと2、3年でここが本当にそうなってしまうのか、折に触れて見に来てみたいと思っている。


村側の高台から印旛沼方面に向けて建設中の工事現場。


上の写真から180度振り返るとこうなる。昔から変わらない田園風景。


さらに山を2つ越えたあたり。こんな感じで工事が進められている。

[Jan 21, 2008]