280 二十八番大日寺 [Oct 17, 2016]


この図表はカシミール3Dにより作成しています。

「まっ縦」往復の後、夜中に激痛で眠れなかったので心配したが、朝になると特に痛い場所はなくなっていたので安心した。朝ごはんは7時からだが、普段通り6時前に目が覚める。お湯を沸かして、持ってきたコーヒーをいれて一息つく。部屋に湯沸かし器と冷蔵庫があるありがたさを感じる。ニュースと天気予報、テレビ体操をしてから荷物を整理する。

フロントにバスの時間を聞くと8時10分に安芸方面行があるとのこと。朝ごはんは7時からなので、食べて支度して8時に出発すればよさそうだ。朝ごはんはたいへんにぎわっていた。遍路の人ではなく普通の人、それもスポーツするみたいな人が多かったから、何か大会でもあるのだろう。

前日に神峯寺に登ってしまったので、スケジュールは楽になった。とはいえ、心配な点がいくつかある。第一に、夜中具合が悪くなったのに10kgのリュックをかついで歩いて大丈夫かということ、第二に、この日の天気予報が昼から雨であることである。幸いに、今日の宿である土佐ロイヤルホテルは唐浜から20kmの芸西村(安芸の西だから芸西)なので、雨が降り出したら先に進まずホテルに引き上げるという選択肢があるので気が楽である。

事前の計画では、少なくとも夜須(やす)、できれば野市(のいち)あたりまで歩くことができれば、翌日高知市内まで行けそうだと考えていた。次の日が高知市内スタートであれば、ごめんなはり線に乗って土佐ロイヤルホテルから直接高知リッチモンドホテルに荷物を運び、後は身軽になって歩くことができる。とはいえ、無理はできない。体調もあるし、天気はこちらの事情はお構いなしである。

ホテルすぐの法恩寺通りバス停からバスで三たび昨日の道をたどり、唐浜東バス停に着いたのは8時25分。前日は真っ暗でたいへん心細かったが、この日は明るくて安心である。すぐ横が防砂林、その先が海岸である。山の方向を見ると、コンクリで土砂崩れ防止の工事をした山が見える。この山は通らなかったと思うので、神峯寺への道はもっとずっと奥だろうか。

何枚か写真を撮って、国道55号線を安芸に向けて歩き始めた。交通量の多い幹線道路だ。海岸線にそって大きく右にスライスすると、競輪の場外売場サテライト安田が見えてきた。実はここは、仕事で何度も来た場所なのである。当時から周りに何もなかったが、いまも何もない。ただ、いよいよ困ればここで休めるし、売店があるので食事くらいはとれるはずである。

このあたり、キロポストとは別にくじらマークの距離表示が100mごとにあるのでたいへん分かりやすかった。歩き始めは㌔14分、次が12分とまずまずのペース。那佐湾での㌔18分というのは、一体なんだったんだろうと思う。その時も10kg背負ってはいたが、いまだって同じである。思うに、背中の荷物が重くても軽くても、歩く速さはそれほど変わらない。それよりも、背中とか腰の負担、ひいては全身の疲労度で違ってくるのである。

そんなふうに歩いていたのだけれど、大山岬の少し前で道が2つに分かれた。国道はこの先トンネルになり、歩道はありませんと書いてある。歩道のないトンネルの中というのはあまり楽しくないので、へんろ道を行くことにする。

海岸線なので風が強い。右前からということは北西の風だが、時折後ろからの突風になる。大気の状態が不安定である。歩き始めて1時間、道の駅大山で休憩。海の向こうに安芸市街が見える。ホテルタマイの特色ある建物は遠くからでも目立つ。あと3、4kmといったところだろう(実際は直線距離よりかなり大回りで、ホテルタマイまで5km、1時間15分かかった)。

安芸の前の駅である伊尾木のあたりから国道に復帰する。キロラップは12分、13分、12分と引き続きハイペース。市内に入ると時々信号待ちをしなければならなくなり、ホテルタマイの前で国道から離れて市街地の道に入る。安芸は高知県東部では最大の都市であり、街も広い。道路沿いにちゃんとトイレ付きの公園があるのもありがたい。田舎では、そもそも公園というもの自体がないのである。

 


唐浜までバスで来て、歩き始めてすぐにサテライト安田場外車券売場。ここに出張に来ていた頃には、お遍路で通ることになるとは思わなかった。


唐浜から安芸市街まではおよそ2時間。道の駅大山を越えたあたりから、ひときわ高いホテルタマイが見える。これは市内にはいって伊尾木あたりから。


安芸市街は、国道を通るより市街地を通る方が風情があります。都会だけあって、公園にはきれいなトイレもあってありがたい。

 

安芸市街を抜けてしばらく行ったあたりで、うどん得得を見つけて入る。11時半だから、いい時間である。ぶっかけうどん2玉680円を注文する。生卵が乗っていたので除けて食べ始める。ごく普通のぶっかけうどんなのだが、なんとなくおいしくない。これは、2日前の津照寺の門前でうどんを食べた時も感じたことなのである。

極端な言い方だが、味がないのである。冷たくてのどごしがいいのは感じるのだが、出汁の味や塩気が感じられない。味は生卵で味わって下さいということなのだろうか。でも津照寺でもそうだったから、これは歩き過ぎによる一時的な味覚障害なのだろうか。釈然としない思いで店を出て、しばらく先で国道を離れてへんろ道に入る。

こちらは、WEBではたいへんに評判のいい道である。すぐに気が付いたが、この道は自転車専用道路である。歩行者は利用可能であるので歩き遍路に問題ないのだが、この自転車専用道路、昔は大変騒がれてできた道路なのに最近予算がつかず、メンテナンスに非常に問題があるとされている道路なのである。

もともとはヨーロッパと同じように自転車専用の道路網を整備し、みんながサイクリングを楽しめるようにしようという崇高な理想で整備が始められた。推進議員連盟の会長は、長らく塩爺こと塩川正十郎議員が務められていた。その後は先般自転車事故で自民党幹事長から下ろされた谷垣禎一議員が継いだのだが、かつてのように大盤振舞で建設予算が出るという時代ではない。

そういう訳で、新規の自転車専用道路などという話は聞いたことがないのだが、道路は維持管理にもカネがかかる。自転車専用道路は幅が狭いので、ちょっとなまけるとすぐに雑草が繁茂して自然に戻ってしまう。家のそばの印旛沼自転車専用道路もそんな状況で、加えて千葉北道路の整備でところどころ一般道に迂回が指示されているくらいである。

こちらの自転車専用道路もそういう気配が感じられ、数kmにわたって「自転車及び歩行者専用」の道路標識がない。それもあって、向こうから軽トラックが走ってくるとよけなくてはならなかったのだが、ごくごく稀に道路標識が出てきて、ここが自転車専用道路であることを示しているから、軽トラで走る方がおかしいのである。

確かに、ときどき景色のいい場所に出るのでサイクリング道路としてはまずまずのロケーションではある。しかし正直言って、私はこの道をお薦めしたくはない。特に女性ひとり歩きのお遍路さんは、国道をまっすぐ進んだ方がいい。なぜかというと、歩く場所も寂しければ、人通りもほとんどないからである。

私が歩いたのは日曜日の昼間の約2時間半。天気予報は芳しくなかったが、その時点で雨は降っていない。その状況で、すれ違ったのは軽自動車・軽トラ3台(本来はダメ)、ママチャリの周辺住民2人、歩き遍路1人、本命のサイクリングは2人だけである。しかも、防波堤に沿った見通しの利かない道や国道下の暗い道、人家のほとんどない寂しい道である。

そういう人通りのない道を歩く。ルール無視の自動車が通るだけにさらに危ない。道幅がせまく眺めも開けないから、よけい閉塞感がある。八流山の岬のあたりでいったん高台に登って景色がよくなるが、再び国道下の暗い道になる。休憩所があるはずなのだが、なかなか出てこない。

寂しいところを通るのも道理で、この自転車道路はもともと土佐電鉄安芸線が走っていた軌道跡なのである。土佐電鉄安芸線は大正時代に開業した由緒ある鉄道だが、1971年経営難により廃線となった。その後、路線の多くはごめん・なはり線に転用されたが、夜須から安芸に至る路線跡は自転車専用道路となった。ごめん・なはり線は鉄橋上の場所を走って眺めがいいのに対し、この自転車道路はひと気のない狭いところを通っている。

遍路地図にある赤野休憩所は、へんろ道から階段を上がって国道沿いにある。ベンチもトイレもあるきれいな休憩所だが、自販機がない。この日は車でアイスクリンを売りに来ているおばさんがいたので、アイスクリンをいただきながら、少し休憩。

微妙な雲行きの中をさらに自転車専用道路を西へ。赤野休憩所から15分ほどで栗山映子さんのへんろ接待所に到着。天気のせいもあるが、寂しい場所だ。先客もいないし家主もおらず、人形達がさびしくお出迎えである。雨でも降ってきたらたいへんありがたい雨宿り場所であるが、休んだばかりなので写真だけ撮って先に進む。

 


お昼を食べた「うどん得得」の先から、自転車専用道路に入る。1971年に廃止された土佐電鉄安芸線の軌道跡という。へんろ道の表示もある。


栗山映子さんのへんろ接待所は、自転車専用道路沿いにある。遍路地図の表示よりもかなり東、赤野駅の付近と思われる。


この日はお留守で、お人形と折鶴が出迎えてくれました。天気の悪い時などにはたいへんありがたい休憩所だと思います。

 

遍路地図を見ると赤野休憩所・栗山接待所間の距離と、栗山接待所・琴ヶ浜間の距離は同じくらいに書いてあるのだが、実際には後者が倍以上長い。GPSに落としてみると、栗山接待所は市町村界の東側、赤野駅の近くにあり、遍路地図の表示とは1kmくらい違っている。

だから、なかなか琴ヶ浜に着かなくてたいへん不安に感じた。前回書いたように、たたでさえ軌道跡のこのへんろ道はひと気がなく寂しい上、周りから視線が遮られているところが多いのである。琴ヶ浜到着は午後2時ちょうど。野外ステージのような舞台と、トイレ・自販機がある。遍路地図を出して現在位置とこれからの経路を再確認する。

さきほど休んだ赤野休憩所でこの日の宿である土佐ロイヤルホテルに送迎時間確認の電話を入れたところ、夜須駅の送迎は14時30分、16時30分の1日2本だそうである。この時点で午後1時を過ぎていたので、8km先の夜須に午後2時半に着くのはちょっと無理。次の4時半だと1時間以上早く着くことになる。危なそうな空模様との相談になりそうだ。

空もどんどん暗くなってくるし、ちょっと寂しい道だし、案内標識もほとんどない道で位置関係や距離がよく分からないのが不安だったので、ここで国道に復帰する。復帰して間もなく、右手の丘の上にこの日の宿・土佐ロイヤルホテルが見えてきてひと安心。雨が降ってきたら早めのチェックインも想定していたが、まだ天気はもちそうだったので寄らずに先に進む。

夜須の前、手結山(てゆやま)のあたりは起伏があって、距離が長く感じた。国道に戻ってキロポストで距離が分かるのはありがたい。㌔13分台のラップとまずまずのペースが続く。丘の上あたり、社会福祉施設にへんろ休憩所が併設されていて、給茶機で冷たい水が飲めたのはありがたかった。

夜須駅前を通過したのは午後3時半くらい。いまにも降り出しそうな空だが、送迎バスは1時間先だし、体力もまだ残っていたので、1km先の香我美の駅まで歩くことにした。香我美駅まで国道に沿って歩くと、ごめんなはり線の線路の下を歩くことができるようになる。この頃にはぽつぽつ雨が落ちてきたので、たいへんありがたい。

途中でファミマがあったので寄って、アイスクリームを買う。香我美駅に着いたのは3時45分。もう一つ先の赤岡駅までは約2kmあり、それだと4時に御免を出る列車に間に合わないおそれがあったので、この日はここまでとする。駅前は広くなっていて、ベンチもあったので腰を下ろす。

さきほど買ったアイスクリームを食べながらひと休みしていると、いよいよ雨が本降りとなってきた。次の駅まで挑戦しなくてよかった。この日の歩数は47,898歩、距離は28.8kmであった。

香我美からごめん・なはり線で夜須に戻り、午後4時半の送迎バスに乗る。乗客は私ひとりだったので、運転手さんと何とか天気がもってよかったと話をする。「中央で言ってる天気予報と実際は違うから」と奥の深いことをおっしゃる。明日はどうですかと聞くと「雨は夜のうちに行っちゃうかな」とのこと。

部屋に荷物を置いて、さっそくお風呂へ。ホテルも大きいが、お風呂もたいへんに大きい。50人くらいは楽に入れそうな内風呂と、露天風呂がある。ゆっくり足をマッサージした後、ロビーで午後6時まで時間限定の海洋深層水ソフトクリーム400円を味わう。今回の区切り打ちではアイスクリンやクーリッシュが多かったので、本当のソフトクリームを食べたのは初めてであった。

さて、土佐ロイヤルホテルは部屋も風呂も結構なのだが、レストランがたいへん高いのが困りものである。コース価格が4千円以上するので、ビール込みだと5千円は楽に超える。売店に何か食べるものを売っているだろうと思っていたのだが、カップ麺が250円、おつまみが500円という価格なのに加えて、品数がほとんどない。自販機で売っている食べ物も、アイスクリームだけであった。

仕方なく、土・日限定営業のお好み焼き屋さんに入って、お好み焼きで夕食にする。この時もお客さんは私ひとりで、いろいろ面白い話が聞けたことはありがたかったが、生ビールと酎ハイ1杯ずつとお好み焼き1枚で2,480円というのは、結構なお値段であった。

 


栗山さんのへんろ接待所を抜けて、琴ヶ浜を目指すがなかなか着かない。心細かったのは、遍路地図の表示が違っていたことも影響している。


琴ヶ浜から国道に出るとまもなく、右手山の上にこの日の宿・土佐ロイヤルホテルが見える。まだ天気はもっているので、寄らずにさらに先を目指す。


この日の歩きは香我美駅まで。駅に着くとちょうどぽつぽつと雨がぱらついてきた。

 

さて、今回の区切り打ちにあたっては、後半に高知市を歩くことになるので、土佐ロイヤルホテルに2泊、リッチモンドホテル高知に3泊、それぞれ連泊で予約をとってあった。天候とか体調によって毎日予定どおり歩けないことは想定しなければならず、予備日として1日くらいみておかなければならない。

もう一つの理由として、ネットが通じていないと電車やバスを調べるにしても何をするにしても不便ということがある。1週間以上の歩きだから最新情報を入手することは重要だし、民宿や宿坊ではwifiがないケースもあるので(幸いに、鯖大師やうまめの木はwifiが通じていたが)、設備の整ったホテルを選ぶことになる。

実はこの日、アメフトのGamedayである月曜日だったので、午前4時に起きてGamepassの中継を見ていた。ホテルの回線はたいてい細いから、おそらく画面がフリーズしてばかりいるだろうと思ったら、予想に反してさくさく動く。思わず見入ってしまった。

運転手さんの言った通り、窓に叩き付けていた雨は夜中のうちに通り過ぎ、 空はすっかり晴れて朝から青空がのぞく好天であった。こうなれば、午前中から歩くことができる。朝の送迎バスの時間が9時10分と遅いので、国道に出て7時55分のバスで香我美駅に戻ることにした。朝食は6時半からだから、余裕で支度できるだろう。

と思ったら、バイキング会場はたいへんな混雑であった。エレベーターの前から人が並んでいて、平日にこんなに客が入っていたんだと妙に感心する。配膳テーブルに行くまでに10分くらい待たなくてはならないし、おかずもほとんど残っていない。座るところもなくて、別室まで運んで行かなければならなかった。

ただ、クロワッサンやロールパンはたいへんおいしいし、サラダや牛乳、ヨーグルトやフルーツも盛りだくさんである。バスの時間があるからゆっくりしてはいられないが、翌日は時間をずらして来てゆっくり食べようと思った。(結果的にこれは、痛し痒しの事態を招くことになる)

バスの時間を気にしつつ急ぎでごはんを食べ、大荷物は置いてデイパックで支度する。ホテルを出て坂を5分ほど下りると、とさでん交通バスの西寄バス停である。とさでんバスといえば、高知市街を走っているバスである。いよいよ高知に近づいたという感じである。

15分ほど国道を西に走って、香我美駅の前、岸本東のバス停に、8時10分到着。前日と打って変わっていい天気だが、この時間からすでに暑い。国道は交通量が多いので、次の自衛隊前のバス停で右に折れて住宅街に入る。すぐに自衛隊の基地に突き当たり、左に折れる。しばらく歩くと、古い商店街に出た。このあたりが赤岡である。

古い商店の一つが店じまいするようで、片付けをしていた。瀬戸物店だったのだろうか、お皿や茶碗をトラックに積んでいる最中だった。他の店に転売するのではなく、そのまま廃棄されるようだった。いまどき、瀬戸物だけではとてもやっていけないだろうから仕方のないこととはいえ、なんとも物悲しい光景であった。

再び国道55号に合流し、民宿かとり、高知黒潮ホテルの横を通り過ぎる。ともに、歩き遍路ではよく使われる宿である。

香我美で戻らずに進んでいれば午後5時には宿に入れただろうから、こちらで泊るのにスケジュール的に問題がある訳ではない。ただ、連泊にすれば身軽に歩くことができるし、前の日のように空模様が怪しいケースもあるから、電車やバスが使えるのであれば連泊する方がリスクが少ないように思う。

黒潮ホテルからしばらく進むと、香南市役所のあたりで再び国道から離れる。このあたり、道案内もそれほど多くないし道幅も細いので、わかりにくく歩きにくい道である。市役所の先、北に向かう片側1車線の道路をまっすぐ進む。

ここから右折して大日寺に入るのだが、道案内がいよいよ少なくなり、遍路地図の縮尺が大きすぎるので、結構まぎらわしい。街中なので遍路地図に書いてあるより交差点が多いし、どの道も片側1車線ある。もちろん地元の人にとっては大日寺がどこにあるかは常識なのだが、初めて来た人は分からないのである。行き過ぎたかと思って一度は引き返したくらいである。

実際に一番分かりやすい目印というと、右手が高くなっている道路を進んで、左側に民宿きらくを通り過ぎなければいいということである。民宿きらくが見えるのとほぼ同時に、右に大日寺への右折表示がある。よく見ているとその前に、大日寺に上がる参道の石段がある。午前10時ちょうど大日寺に到着した。

 


雨は夜の間に通過して、翌日は朝からたいへんよく晴れた。赤岡のあたりは昔の商店街らしく、古いお店がたくさんありました。


野市にある高知黒潮ホテル。野市といえば、高知龍馬空港直近の駅ですが、この黒潮ホテルは歩き遍路の人によく利用されています。ご覧の通りのすごい天気。すでに暑い!


香南市役所のあたりは道も狭く、道案内も少ないので分かりにくい。住宅街の道路をまっすぐ進むと、大日寺への登り坂が右に分かれる。

 

法界山大日寺(ほうかいさん・だいにちじ)。ご本尊は大日如来である。山号の法界も大日如来にちなんだもので、大乗仏教における全世界を意味する。

「四国遍礼霊場記」にも、「天竺も日本も大日如来の下にあり、その意味で山号を法界とした」と書いてある。その一方で、寺伝では欽明天皇、敏達天皇、真言八祖の龍猛、不空などの名前が出てきて、時代的にも脈絡的にも合わないと指摘されてしまっている。

たびたび引き合いに出す五来重「四国遍路の寺」では、神峯寺から海岸伝いに禅師峰寺に行くのが本来空海が修業した道であり、大日寺はそのルートから外れると書かれている。実際歩いてみて、野市まで来たらそのまま南に禅師峰寺に向かった方が近いけれど、国分寺と一ノ宮は四国いずれも八十八に含まれているから、今日ではそのルートがへんろ道になるのは仕方がない。

朝からたいへんに暑かったので、2時間ほど歩いた後の登り坂で汗びっしょりになってしまった。夏用のいっぽ一歩堂・速乾白衣上下を着てはいたものの、それでもすぐには乾かないほどの汗であった。神峯寺以来3日ぶりの札所だが、山門はそれほど大きくない。境内まで、山門からさらに石段を上がる。

「霊場記」の挿絵はこの寺の雰囲気をよく表していて、街道から坂を登って山の上の、比較的こじんまりした境内に本堂・大師堂が並んでいる。

納経を終えて石段を下ると、門前に売店がある。自動販売機がなく店内の冷蔵ケースになるが、値段は130円で自販機より安いくらいだし、ペットボトルのお茶は強烈に冷えていた。この遠征で恒例となった500ml一気飲みで、店のおばさんに感心されてしまった。

「10月とは思えないくらい暑いですねえ。エルニーニョとかラニーニャでしょうか。12月になると急に冷え込んだりしないか心配です」とおばさんが話をする。そういえば、出発前には寒いのを心配して長袖を用意したのに、四国に来てみたらこの暑さである。店を出ると、山門前で記念写真を撮ろうとしていた自転車お遍路カップルのシャッターを押したりする。

家にいると奥さん以外とはほとんど話をしないのだが、お遍路に出るとお店の人やら通りがかりの人と話をしてしまうのが不思議である。再び急坂を下って県道に戻る。お寺の人が竹ぼうきで道を掃除している。傾斜が急なので大変そうだ。

次の国分寺へは約9km、来た方向に少し戻って、住宅街の角を西に入る。このあたり、左右に見える山が方向感覚の目安になる。以前はよく高知空港の連絡バスに乗って、国道55号線の渋滞の中を往復したものだったが、南国市内からは広い平地の北側に山が見えた。お遍路では、その山の麓を歩いて行く。

大日寺方向を振り返ると、頂上に城のような建物の建っている山が目立つ。あれは何だろうと思って帰ってから調べてみたけれど、よくわからない。山自体は金剛山といって、麓には大日寺の他、のいち動物公園があるようなのだが。

[ 行 程 ] 神峯寺 16:30 → [4.3km]17:40 唐浜東バス停 8:25 → [4.6km]9:25 道の駅大山 9:35 → [5.2km]10:45 安芸(ホテルタマイ前) 10:45 → [2.7km]11:20 得得うどん安芸店 11:40 → [5.0km]12:50 赤野休憩所 13:00 → [1.0km]13:15 栗山映子さん遍路休憩所 13:20 → [2.2km]13:55 琴ヶ浜 14:00 → [8.1km]15:45 ごめん・なはり線香我美駅(→夜須駅→土佐ロイヤルホテル(泊)→岸本東バス停→)8:10 → [7.8km]10:00 大日寺 10:20 →

 


大日寺山門。暑い中2時間余り歩いて来て、最後に登り坂はこたえる。


大日寺の本堂と大師堂。神峯寺から37km、2日ぶりの札所である。


しばらく行ってから大日寺の方向を振り返る。金剛山という山の麓にあり、頂上近くのお城のような建物が目印になる。

[May 13, 2017]