016 手賀沼散歩 [Mar 25, 2013]

私が住んでいる千葉ニュータウンのあたりは、ちょうど印旛沼と手賀沼の分水嶺にあたる。印旛沼まで行くことは多いのだけれど、手賀沼にはあまり行ったことがないので、桜もちらほら咲いているし、ちょっと行ってみることにした。

千葉県の大きな湖沼というと印旛沼、手賀沼というのが定番で、小学校の社会の時間に習った。その頃、印旛沼は「W型」、手賀沼は「釣り針型」をしていたのだが、いずれも水門・水路で区切られて現在ではいくつかの部分に分かれて埋め立てられてしまった。手賀沼は、上手賀沼・下手賀沼に分かれている。

今回めざしたのは上手賀沼。まず電車で千葉ニュータウン中央まで出て(このあたりでは「千葉ニュー」という)、ここからコミュニティバスに乗って、ちょうど釣り針のヘアピンカーブにあたるあたりで下りる。ここまでは印西市、ここから上手賀沼への道は我孫子(あびこ)市になる。

(全然話は変わるが、いまの若い人たちは我孫子が読めるのだろうか。われわれの子供の頃は、藤子不二雄のおひとりが我孫子さんというので、それで覚えたものだが)

ここから上手賀沼に向かう川を手賀川という。川自体は、この先で千葉・茨城県境を流れる利根川に合流する。ほとんど平地を流れているので、流れがほとんど分からない。風が吹くと逆に流れているようにも見える。このあたりはもともと利根川のデルタ地帯であり、私の家の近くでも、1階が水没しても大丈夫な2階建ての土蔵などが残されている。

6、7kmの川沿いの道はサイクリング道路になっていて、ときどき自転車の人達が飛ばしていく。ほとんどの人はサイクリングウェアとスポーツタイツで決めており、おそらくバイクも10万円以上するのではないだろうか。しかしお顔を拝見すると私と似たような年齢か、上であろうと思われるおじさん達である。

残念ながら桜はほとんどつぼみであったが、堤防にはタンポポやナズナをはじめ、青や赤の春の野草が咲いている。遠くの山には、ところどころでコブシの白い花が見える。まだ暖房を使う朝もあるが、季節は早くも春から夏に近づきつつあるようだ。雑草があっという間に膝のあたりまで伸びてしまうのも、もうすぐである。

2時間ほど歩いて、手賀曙橋に到着。ここには水門があって、水門の上流が上手賀沼である。この水門では手賀川に流す水量を調節している。近くに書いてあった建設日をみると昭和42年だった。私が小学生の頃だ。

その頃はまだ二毛作という言葉があったように、米の増産が主要な政策課題となっていた。手賀沼を干拓して、湿地帯を水田にしたのだろう。ここから手賀沼の水質悪化が始まり、現在では日本で水質の最も悪い湖沼とされている。一転して減反政策が始まったのは、中学生の時である。結局、開かれた水田のかなりの部分が耕作放棄地となった。

ちょうどベンチやテーブルが置かれていたので、手賀沼を見ながらお昼にする。奥さんが作ってくれたおはぎ(春だからぼた餅というべきか)とお茶である。結構歩いたので、甘いおはぎがおいしかった。帰りは風が出て曇ってしまう中、コミュニティバスと時間が合わず家の近くまで4時間近く歩くこととなった。疲れてこの日は6時半に寝た。


桜はまだ三分咲きといったところ。


湖畔を走るサイクリングロード。時折走る自転車を交わしながら歩く。

[Mar 25, 2013]