041 都議会を単に「職場」と考えてしまう古さ [Jul 4 ,2014]

先立って騒ぎになった東京都議会での野次問題については、自民党議員の品性問題や根底に流れるレイシスト的男尊女卑感情、一方女性議員だって熱湯コマーシャルじゃないかという反論もあって百家争鳴状態からやや落ち着いてきたところであるが(政治向きの話題は集団自衛権に移っている)、個人的には、新聞等で言われていることとは別の感想を持っているものだから、忘れないうちに書いておこうと思う。

東京都の少子化問題への取り組みについて行政側に質問した女性議員に対し、「お前が結婚しろ」「お前が産めよ」と言ったとされる自民党議員は、私より少々若いけれどほぼ同年配といっていいおっさんである。この年代に共通するのは、「公」と「私」の区別がきわめてあいまいであるということである。

何しろ、われわれが社会人となった頃はセクハラ、パワハラなど影も形もなく、男女雇用均等法もなく、組織内で偉い人のかなりの部分は公私の区別がきわめてあいまいであった。今回の野次など、35年前のオフィスでは平気で発言されていた部類である。特に、見た目麗しい女性に対しては、わざわざそういう露悪的発言をするのがマッチョな男性とみられていたのであった。

そして、都議会議員という偉そうな肩書きはあるものの、いったん選挙に受かってしまえば、都議会の議場は彼らにとって職場である。外から見ているわれわれにとっては公的な場所であるが、彼らにとっては単に職場であり半分私的な場所なのである。彼らにとっての野次は、われわれが職場で冗談や陰口をきくのと同じことで、おそらく何の違和感もないのである。

彼らも新人議員の時は、先輩議員や対抗する政党から野次を飛ばされ個人的な事柄を指摘され、悔し涙を流しつつ当選回数を重ねて今日まできたのだろう。35年前の新人サラリーマンがセクハラ、パワハラに耐え、個人的な時間をさんざん組織に奪われつつ今日に至ったのと同様である。ところが、いまの時代に昔と同じことを若い連中にすると、大問題になってしまう。

だからおっさん議員は、どこかで時代の節目を敏感に感じ、ここは公的な場所であり昔だったら「やらなくてはならなかったこと」がいまでは「許されないこと」なのだということを知るべきであった。そもそも人の発言中に大声で妨害することは、今も昔も決して上品な振る舞いではない。そうすることで、「俺はお前より偉いんだぞ」と主張(マウンティング?)しているだけのことである。

それともう一つ。国・地方公共団体を問わず、議員というのは会議に出る時点ですでに自然人ではない。選挙民から委託を受けて政治的活動を行う一種の組織であり、議員は個人であって個人でない。だからこそ秘書が、議員の名前でいろいろな政治活動ができるのである。分かりやすく言えば、「塩村文夏」という自然人ではなく、「塩村事務所」という法人として活動しているのである。

年齢も性別もない法人に対し、結婚しろ子供を産めというのはナンセンスである。その意味で自民党議員は、昔の職場に例えれば女性職員にセクハラをしたことによって責められるだけでなく、議員というのは自然人というより法人であることを認識していないという知的レベルの低さによって、責められるべきであると思っている。

[Jul 4 ,2014]