048 この国では総理大臣さえ自分の頭で考えない [Mar 16, 2016]

ブログの書き込み「保育園落ちた日本死ね」をめぐる話題が広がっている。

書き込みの内容に対してはWEB上でもいろいろな意見が出ている。個人的には「不倫しても賄賂受け取ってもいいから保育園作れよ」のあたりにぐっと来るのだが、それはさておき、安倍総理の答弁が迷走しているのは非常に印象が悪い。やはりこの人は頭が悪いのだろう。

最初に国会で質問が出た時の答弁が、なんと「これ、実際にどうなのかということは、匿名である以上ですね、実際にそれは本当であるかどうかを、私は確かめようがないのでございます」だそうだ。実はそのコメントに続いて、待機児童の問題についてちゃんと答弁しているのだけれど(おそらくそちらが官僚が用意した答弁)、そういうことを言えば記事になるに決まっている。

国会の質疑において、全くだしぬけに質問が飛んでくることはほとんどない。大抵の場合は、少なくとも前日に質問趣旨が伝えられて、その質問が官僚に回されて答弁原稿が作られる(だから官僚や官僚の下請けには国会待機があり、会期中はしばしば徹夜がある)。そうしないと一般論で片付けられてしまうので、質問する側も内容のある答えを得るためにそうする必要があるのである。

だから、こういうことを言うということは、いきなり質問されて混乱したということではなく、十分に考える時間があってそう言ったということである。

一般人としての知性と判断力があって、世間で起こっていることについてひととおり理解していれば、普通に考えてこれが実際に起きているかどうか分からないという結論にはならない。仮に、このブログの内容がフィクションだったとしても、似たような事例は日本中で起こっているとみなければならないし、それを解決しなければ「一億総活躍」なんてできる訳がないということも明らかである。

総理大臣という立場は国家公務員のトップであり、国民から徴税した公金、国家の名において調達した資金を差配する最高権力者である。最高権力者だからといって、国民受けすることを言う必要はない。ないけれども、少なくとも国民の平均的知的水準よりも落ちるのではないかという懸念を抱かせてはならない(そういう人が公金を差配していいのかという話になる)。

彼の頭の中では、「匿名のブログの内容に何で俺様がコメントしなければならないんだ」という抵抗感がまずあって、加えて、官僚が作ってくれた模範解答の前に一言付け加えるのがスマートと思っていたのだろう。でも、「余計なことを言えば思いもよらない方向からバッシングを受ける」というのは小学生にだって分かることだし、この場合は模範解答と逆方向なことを答弁しているので、余計なこと以上である。

「こういうことを言えば聞いた人がどう思うか」と考えることはコミュニケーションの基本だし、。長く記録に残る国会答弁に、自分のバカさ加減を示してしまうのは恥ずかしいと思うのが普通の判断である。でもこの人は、どうやら株価とか為替相場、支持率といったデジタル指標には非常に敏感だが、そういった他人の視線、歴史の上での評価といったことには関心があまりないようだ。

そういうことを昔から、「自分の頭で考えない」と言ってあまりよくないこととされてきた。ところが最近は、「考えるより体を動かせ」というのがサラリーマンの処世術になったかのようである。もちろん「バカの考え休むに似たり」という諺は古くからある。けれども、ずっと自分の頭で考える習慣がなかった人が、いざという場合にちゃんと考えて判断できるのかということである。

(もしかして彼は、自分の頭でしっかり考えてそう言ったのかもしれない。その可能性は小さくはない。けれどもその場合、考えなかった場合よりもさらに始末におえない。それこそ、「バカの考え休むに似たり」である。)

サラリーマンを長いことしていて思うのは、今日の組織においては、自分の頭で考えるとろくなことがないということである。たとえ自分の考えが正しくても、トップの考えと合わなければ決して評価されない。間違っていれば、トップの考えと同じだったとしても責任をとらされるのは下の人間である。そうして長年にわたり組織が運営されてきた結果、わが国は上から下までバカばっかしということになってしまった。

生物学者リチャード・ドーキンスはそれを「ミーム」(遺伝子的文化情報)という言葉で表している。組織において、ある行動様式を取ることで組織内における生き残り確率が高くなる場合、あたかも生物進化における遺伝子と同じように、その行動様式が支配的になっていくということである。

残念ながらわが国においては、自分の頭で考えないことが支配的なミームとなってしまったようだ。とはいえ、一つだけ確かなのは、トップになるまではそれが有利な生き残り戦略であったとしても、トップが自分の頭で考えなければそれは悲惨だということである。

[Mar 16, 2016]