050 ドラクエ30年 [Jun 12, 2016]

先月、家に帰ってきたときに新聞を眺めていたら、「ドラクエ30年」という記事が載っていた。30年といえば私の年齢の半分である。もうそんなに経っているのかと感慨深かった。

いうまでもなくドラクエとは、エニックス(現在はスクウェア・エニックス)が開発したロールプレイングゲーム「ドラゴンクエスト」シリーズのことである。初代ファミコンは最初からゲーム機市場を独占していたわけではなく、セガのメガドライブとかMSXとか競合機があった。それがファミコン独走となった一つの契機が、ドラクエの登場だったのである。

それまでのゲームは、スーパーマリオに代表されるシューティングゲームがほとんどであって、ひたすらコントローラーのボタンを連打して画面上の的を落としていくというものであった。そうなると、解像度とか鮮やかさとか、画面遷移の速さとかが重視されることになる。セガが注力したのがまさにその点で、メガドライブのハード性能はファミコンをはるかに上回っていた。

そうしたゲームばかりであれば、ゲーム愛好者が年代を越えて広がるということはなかったであろう。連打の速さとか反射神経、裏ワザを駆使する指の動きなどは年寄りには無理だからである。ところが、ロールプレイングゲームの登場により、地図や地下迷路の構造を記憶すること、次の展開を推理すること、適確な戦略をとることなど高い年齢層にとって魅力的なゲームとなったのである。

私がドラクエの存在を初めて知ったのは、銀行の調査部で業界調査をやっていた時のことである。銀行では、取引先審査の一環として、どの業界が成長していて、どういう新たな市場が出てくるのかといったことを調査していた。当然、いまでも誰かがやっているだろう。

(少し自慢話になるが、当時私が注目業界として調査月報に書いたのがコンピュータマッピング。GPSとともにカーナビのもとになった技術である。隣の人が書いたのが温水洗浄便座、すなわちウォシュレット。ともに現在では大きなマーケットを形成しているが、当時はまだ海の物とも山の物ともという感じだった。)

その頃、朝一番の仕事は、それぞれの業界紙を隅から隅まで読むことだった。そして、電気機器の業界紙(確か電波新聞だったと思う)で、ドラクエ2の記事が載ったのである。一読して、これはすごいと思った。その頃子供が小さかったのでファミコンは家にあったものの、スーパーマリオだけでは大人は飽きる。子供がやるばかりで自分がやることはほとんどなかった。

すぐに秋葉原に行ってソフトを買ってきた(ちなみに、入手困難になったのはドラクエ3からである)。そして、みごとにはまってしまった。夜帰ってから2時間、朝早起きして1時間、休みは朝から晩までドラクエである。その頃は「ふっかつのじゅもん」でセーブする方式で、ひらがな40文字くらいの呪文をちゃんとメモしないと、次回そこから始められなかった。家の長男はあれでひらがなを覚えたようなものである。

以来、ハードはファミコンから替わったものの、現在もシリーズは続いているようである。ただ自分としては、ゲームはあくまで一人で楽しむものと考えているので、パーティーでとかネットでというのはしっくりこない。それでドラクエ8を最後にシリーズを追いかけるのはやめてしまったが、時間ができたら2くらいからまたやってみたいといまも思っている。

考えてみると、ほぼ60年生きてきて絶妙の出会いというのがいくつかあって、1970年にビルボードのヒットチャートをリアルタイムで聴けたのもその一つだし、ドラクエと出会ったのも間違いなくその一つである。奥さんと出会ったのもカシノを楽しむことができたのも絶妙のタイミングであった。

そうした出会いを生かすのに大切だと思うのは、ひとつは感度、感性のアンテナを鋭敏にしておくことが一つ。もう一つはその時に自由になる時間なり余裕なりを持っていなくてはならないということではないかと思う。多少はおカネもなくてはならないけれど、それ以上に感性と時間的余裕が必要だと思うのである。

[Jun 12, 2016]