022 筒井功「サンカ本」に登場する千葉ニュータウン [Mar 21, 2017]

先日、筒井功の「全国の地名」という本をご紹介したが、それ以来、氏の著作を何冊か読んでいる。氏は、江戸時代以前から最近に至るまで定住せず河原や山中を転々としていた「サンカ」を研究しており(実は「サンカ」というより「箕直し」集団なのだが)、その中の一つ「漂泊の民サンカを追って」を読んでたいへんに驚いた部分があった。

生粋のセブリ者(注.「セブリ」とは彼らが住むところのテント様の仮設住宅のことである)と言われたU氏は、茨城南部から千葉北西部のセブリを転々としていたという。そして、こういう話が載っている。
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そのひとつに、千葉県印旛郡印旛村鎌苅のシミズカシラ(注)も含まれていたと思われる。そこは雑木林の中の小さな空地で、昭和三十年ごろまで「ミーヤさん」が三、四家族、季節を限ってやってきて篠竹で葺いたような小屋を建てて住んでいた。いま日本医大病院の裏手にあたるへんで、かすかながら往時の面影を残している。

U一族はどうやらここらあたりを縄張りにしていたようで、U氏はすぐ先の印西市草深(そうふけ)にもいたことがわかっている。

(注)シミズカシラは「清水頭」の意味で、いわゆる水場のこと。
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日本医大病院も印西市草深も、わが家の近所である。歩き始めると半日かかってしまうが、年に何回かは散歩するコースでもある。そして、私がこちらに越してきて間もなく、散歩をしていたところ、まさに「篠竹で葺いたような小屋を建てて住んで」いる人を見たことがあるのだ。

まだ20世紀、平成11年か12年のことである。いまでこそ民間委託で開発が急ピッチで進んでいる千葉ニュータウンであるが、当時は住宅都市整備公団(現・UR都市機構)による開発が行き詰まり、公団が買い占めた土地が開発もされないまま放置されていた。おそらく、買収が行われた昭和三十~四十年代のままの姿であったのではないかと思う。

まだ引っ越して来て間もない頃だったので、半日かけて家の近くを歩いてみたのだが、公団買収地の奥まったところ、まだ造成もしておらず丘や窪地がそのままの形で残っている草むらの中に、その小屋は建っていた。

第一印象は、公団の土地なのに黙って住んでいいのかな、ということであった。当時すでに上野や隅田川沿いにはホームレスの集落があったから、そういう小屋があること自体にはそれほど驚かなかった。

しかし、よく考えると妙である。上野や隅田川であれば、近くに繁華街もあれば住宅・道路もあるので、飲食店の残り物を持ってくることもできるし、アルミ缶などの有価物も集めることができる。ところが、小屋のあったのは山の中である。その当時でもコンビニまで歩くと30分以上は楽にかかったし、車も置いてなかった。そもそも車の入れるような場所ではない。

場所的には、筒井本に書いてあった印旛村鎌苅(現在、救命救急ヘリで有名な日本医大北総病院がある)から谷をはさんで西側にあたり、地番は変わっているものの、ニュータウン開発以前には草深(そうふけ)であった場所である。本に書かれている地域とほぼ一致するのである。

実はもう一組、ニュータウン地域で妙な人達を見かけている。こちらは印旛村鎌刈から北にあたる旧・本埜村地域である。やはり散歩で歩いていると、車を止めて所帯道具を広げている家族(?)を見た。

こちらは国道464号からそれほど距離がある場所ではなく、車も入れるくらいだからそれなりの道も通っていたのだけれど、やはり草むらの中で、ニュータウン区域内、つまり公団の持ち物である。景色も開けておらず、わざわざキャンプに来るようなところではない。それなのに、少なくとも何日間かはここで過ごしているような様子に見えた。

広げている所帯道具も、キャンプ用のテーブルやBBQセットのような「いかにも」なものではなくて、言葉は悪いがリサイクル品のようなテーブルや椅子で、しかも地面には何か敷物のようなものを敷いていた。こんなところでキャンプでもなかろうにと思う一方で、公団に見つかったら何か言われないかなあと同じように思ったものであった。

あれから15年以上が経過し、前者の場所はきれいに整地されて住宅地となり、後者については工業団地に衣替えして大分たつ。したがって、その時見かけて以降その人達を見ることはなかった。(後日談になるが、そのあたりの場所で映画「インスタント沼」のロケをやったらしい。ウィンクの頭に泥が落ちてくる場面である。)

もしかしたら誰かが奇特にもキャンプをしていただけなのかもしれない。しかし、この本を読むと、非定住の「ミナオシ」の人達がかつて暮らしていた土地をなつかしくて訪れたか、あるいは毎年のローテーションで来て生活していたのかもしれないと考えてしまうのである。

 

[Mar 21, 2017]