051 カネがすべての世の中ではない 英国のEU離脱多数 [Jun 26, 2016]

EU離脱の是非を問う英国の国民投票は、事前のブックメーカーの予想ではUnderdogだった離脱派が約52%の票を獲得し、英国は今後EU離脱に向けて動き出すこととなった。この件について、新聞・TV等の解説がどうにも画一的かつ一面的なように思えて仕方がない。

彼らの論調は、英国がEUにとどまりつづけることが世界経済にとって好ましいことであり、離脱するというのは、移民の増加により英国内の雇用が確保されないことや風紀や治安が保たれないことに対する英国民の不安をかりたてたポピュリズムなのだそうだ。そして、離脱により世界経済が低迷し、為替や株価が低迷するのは大きな損失なのだそうだ。それは違うだろうと思う。以下、思うところを書いてみる。

そもそも「ポピュリズム」つまり大衆迎合的というのは、政策論争における悪口のようなものであり、厳密にとらえる必要はないのかもしれない。しかし、歴史的にいうと共和制ローマにおけるような、財政的な裏付けなく大衆の喜びそうな政策を掲げることがポピュリズムの語源なのであって、その意味ではどこかの国の増税先送りの方がよっぽど大衆迎合的である。

今回の英国民の選択は、「経済成長よりも、政策選択の幅が広がることの方が大切」「人間や資本がボーダーレスに動くというのは、やりすぎだ」ということであって、何も大衆に迎合した主張という訳ではない。しごくまっとうな、一理ある主張なのである。何が何でも経済成長、カネがすべてであるという主張よりも、私には人間らしい選択のように思える。

それとは対照的だったのが、選挙前にTVのインタビューでほとんどすべての日本人経営者の回答で、「世界経済に悪影響がある」「これまでの流れに逆行する」「こうした不安があるだけで英国、EUへの投資が冷え込む」といった具合。これらはありていに言ってしまえば、「離脱されたらわれわれのカネ儲けに差し支えるからやめてくれ」という、ただそれだけのことであった。

いまだに発展途上国のほとんどすべてがそうであるように、世界人口の半分以上はその日食べるものも十分にないというのが実情である。英国は少なくともそういう国ではない。だから、カネは十分ではないがほどほどにあれば足りるので、それよりも生活環境を大事にしたり、自分達のことは自分達で決められるようにしたい、と考えておかしくない。というよりはそう考える方がずいぶんとまともだろう。

もちろん、「その日食べるものも十分にない」「安全に日々を暮らすことができない」人々が、国境を越えて安全に暮らせて食べることができるのならば、それはすばらしいことである。しかし、その人達が暮らすのが自分の家の庭だったらどうなのか。理想論、建前論だけではすまない問題があるはずである。

今回、離脱反対派の、特に英国外から非難している人達のうさんくさいのは、世界経済だの移動の自由だのとお題目はたいへんご立派だが、その主張の奥底には、労働力を安く調達できてマーケットが広がれば、それだけ儲け話も多くなるという、きわめて利己的かつ際限のない欲望が透けて見えることである。

自分自身を振り返ってみても、十万円あれば五十万円、五十万円あれば百万円、百万円あれば五百万円欲しくなる。それだけカネの欲望というのは際限がない。そこにいかにしてタガをはめ、カネはこれだけあればそれ以上は求めないと言えるか。そういう問題意識がもっとあっていいと思う。

「カネがすべてではない」という選択を英国民の半分以上がしたということは、グローバルスタンダードとか、ボーダーレスとか、待ったなしとか言っている連中の目指すような方向にみんなが向いている訳ではないということであり、ちょっと心強く思ったりする。

[Jun 26, 2016]