311 浄瑠璃寺 [Feb 15, 2007]

奈良は交通の便が悪いためか、京都ほど人混みでつらい思いをすることはないのだが、それでも落ち着けるところはそれほど多くはない。今回訪れたのは浄瑠璃寺。別名九体寺ともいわれ、平安時代後期に栄えたといわれる九体阿弥陀仏が現存する唯一の寺である。寺の名前は三味線や人形芝居から来ている訳ではなく、薬師如来の世界から採られている。

阿弥陀如来の世界が「極楽浄土」であるのに対し、薬師如来の世界は「瑠璃光浄土」または「浄瑠璃世界」と呼ばれる。平安後期から大流行した浄土思想では主に西方にあるとされる極楽浄土が重視され、「私を信ずる者は極楽浄土に生まれ変わらせる」という阿弥陀の誓い(これを本願という)に基づいて「南無阿弥陀仏(阿弥陀様が一番偉い)」という念仏が生まれた訳であるが、薬師如来の瑠璃光浄土は逆に東方にあるとされる。

この浄瑠璃寺の伽藍配置はまさにそうなっていて、中央に池を置いて東に薬師如来のおわします三重塔、西に九体の阿弥陀如来のおわします本堂がある。そして薬師如来に関わりの深い寺号にもかかわらず、この寺の真価は阿弥陀如来にある。とにかく、本堂、九体の阿弥陀仏、四天王のいずれもが国宝なのである(四天王のうち広目天・多聞天は国立博物館に長期貸出し中)。

本堂の九体の阿弥陀仏は、悟りの段階に応じて「下品下生(げぼんげしょう)」「下品中生(げぼんちゅうしょう)」・・・・「上品上生(じょうぼんじょうしょう)」の九つの段階に対応しているとされる。真ん中の阿弥陀仏のみ丈六(身長一丈六尺)の大型サイズ、残りの8体は半丈六の中型サイズである。イメージ的には真ん中の仏様が「上の上」に対応しているように思えるのだが、結んでいる印(手の形)は下品の来迎印。罪深い多くの衆生をお救いくださるということであろう。

JR・近鉄の奈良駅から佐保路を抜けて地域的には京都府にあり、寺の前まで来る路線バスは一日に4本しかないことから、ひと気はあまりない。たまにくる観光客のおばさん達と重ならなければ、庭園や本堂で静かな時間を過ごすことが可能なので、何年かに一度は訪れるお気に入りの寺のひとつである。

仏様の前には板張りの上に茣蓙を敷いてあり、座ってお気に入りの仏様と対話することもできる。せっかくお寺さんを回るならば、ただ伽藍や仏像を見て回るだけでなく、そうやって静かな時間を過ごすことが大切なのではないかと思ったりする。その意味では、宝物殿みたいなのを作って大げさに展示してある寺よりも、国宝級の仏像と間近に過ごすことのできるこの寺は、貴重な存在であるということができる。


浄瑠璃寺。三重塔前から本堂を望む。

[Feb 15, 2007]