322 箸墓古墳 [Nov 25, 2013]

今年春に行った大和・柳本古墳群は、出張のついでだったのでゆっくりできなかったし、卑弥呼の墓とも言われている箸墓(はしはか)古墳は電車の窓から見ただけだったので、改めて見に行こうということで秋の夫婦旅行は関西である。成田から関空までJETSTARで5000円。そこから天理までバスに乗り、JR巻向駅で下りて15分ほど歩く。

前に日本史の連載で書いたように、私は魏志倭人伝を普通に読むと邪馬台国は九州北部としか読めないと考えている。

したがって、ここが卑弥呼の墓であるはずがないと思っているのだが、それはそれとして、三輪山を宗教的基盤とする古墳時代の政権が作ったものであることは間違いないし、規模的にみても柳本古墳群と呼ばれ南北に並んでいる崇神天皇陵、景行天皇陵、黒塚古墳と同様に、最高権力者の陵墓であることも間違いない。

現在この古墳は、倭迹迹日百襲媛(ヤマトトヒモモソヒメ)の墓として、宮内庁の管理下にある。天皇陵ではないため管理はさほど厳格ではないのか、過去に周辺部分の一部で発掘調査がされており、現在も調査が継続中である。埴輪や木製馬具などが出土しており、3~4世紀のものと推定されている。大きさも魏志倭人伝とほぼ一致するため、卑弥呼の墓という説がある。

江戸時代に柳本藩の陣屋だった(宮内庁管理でない)黒塚古墳の発掘調査で多数の銅鏡が出土したように、このあたりの古墳を調査すれば間違いなく多くの画期的な発見があるだろう。確かに、二千年近い間に盗掘されているかもしれないし、実はいま住宅になっている下に埋まっている可能性もあるとはいえ、最も可能性の大きいところを調べない手はない。

天皇陵の発掘調査までは難しいせよ、森林整備を兼ねて立入調査を行い、地中の石室等の有無程度は見当をつけたらいいのではないかと思うが、私の生きている間には難しかろう。それにしても、自分の国の古代の陵墓はほとんど調査できないのだから、エジプトまで出かけて他人の国の王様の墓を調査するというのは筋が違う話だ。

駅から古墳の森が見えているので方向は間違いようがないが、住宅が建て込んでいるので細い道を行ったり来たりする。土地柄なのか大きな建物がないのは何よりである。ようやく古墳後円部の外周に来ると、通り一本隔ててすぐに住宅である。古い家が多く、古墳に沿っているので道はなだらかなカーブとなっている。なかなか風情がある道である。

仁徳天皇陵もそうだけれど、宮内庁管理が厳しくなかった明治時代以前にはこうした古墳はそれほど特別な地域ではなかった。この箸墓古墳も前方部と後円部の間に、昔使われていた道の名残りもあるらしいし、丘の頂上には建物すらあったようだ。森林資源は当然、地域住民の入会の対象となっただろう。

古い家並みを抜けて、保育園の前まで来ると、拝所が見えてくる。天皇ではなく皇族の墓なので、全体にこじんまりしている。森の奥からは、どんぐりの落ちる音が聞こえる。何とも優雅である。こちらでは卑弥呼の墓と主張しているので、展示施設でもあるのかと思ったがあっさりしたものである。宮内庁管理ということもあり、行政でもそう大げさなことができないのかもしれない。

拝所から5分ほど進むと国道に出る。国道沿いには三輪そうめん山本の直営店「三輪茶屋」がある。メニューにはそうめん・にゅうめんしかない店だけれど、雰囲気のいいところである。ここで、にゅうめんをいただく。上品な味だった。

 


地元では卑弥呼の墓と主張されている箸墓古墳。


すぐ近くにある三輪そうめん「三輪茶屋」は、雰囲気のいいお店です。

[Nov 25, 2013]