210 江田島海軍兵学校 [Mar 3, 2010]

なぜか、これまであまり瀬戸内海に行ったことがないのである。瀬戸大橋を行き来したり、児島競艇でスタンドから瀬戸内海を望んだり、海岸沿いを走る電車から海を見たりすることはあっても、島に行くことはなかった。何年か前、車で瀬戸大橋を渡る時に、途中の与島で下りたくらいである。

それで今回、ちょっと足を伸ばしてみることにした。たまたまその日に江田島の話になり、広島市内からそれほど遠くないということが分かった。そういえばインターネットでもいろいろな記事があったことを思い出して、せっかくの機会なので行ってみようと決めたのである。しかし、急に決めたものだから、見学時間がどのくらいなのか、帰りの飛行機に間に合うのか、まったく調べていないのであった。

江田島には、旧・海軍兵学校がある。戦前の大日本帝国海軍のトップエリート養成所であり、海軍ファン、軍艦ファンにはたまらないスポットであるらしい。かの男塾塾長・江田島平八の名前の由来も、この海軍兵学校であると思われる。現在でも海上自衛隊の現役施設として使用されているが、見学者が引きも切らない状況と言われている。

江田島に行くには、宇品港から行く方法と呉港からの方法があるらしい。そして、江田島の港も2つあって、違う港に付けてしまうと目的地まで相当の距離になるそうである。そうした間違いを避けるためには、「係の人に聞くのが一番いい」ということである。広島市内からだったので、市電で終点の宇品まで。駅の前が、宇品港のビルディングである。

松山行きをはじめたくさんの目的地があって、10~20分置きに船が出ているようだ。ビル内をうろうろして江田島行きの会社の窓口を見付け、「海軍兵学校に行きたいんですけど」と尋ねると、小用(こよう)行きの切符を売ってくれた。次の便は12時20分発、これに乗ると1時の一般見学にちょうど間に合うようである。

ビル1階のうどん店でお昼をそそくさとすませ、船に乗り込む。結構大きな船だが、あまり人は乗っていない。左の窓際を確保すると、まもなく出航。江田島まで20分の船旅である。海に出たといっても右も左も陸地で、頭の中の日本地図に間違いがなければ、左に見える海岸線は広島から呉にかけて、右手に見えてきたのが江田島のはずである。

ほどなく、小用港着。おそらく入港に合わせてバスがいるはずと見当を付けていたら、やっぱり止まっていた。旧海軍兵学校、現在の海上自衛隊・術科学校は、小用から山一つ越えたところにある。そしてバスが「術科学校前」に着いたのは10分前くらい。バス停前にそれらしい建物がないのでちょっとあせったが、そのまま進行方向に坂を下りると大きな建物が見えた。

受付の自衛官に「見学お願いします」と申し込むと、住所・氏名・入場時間を書かされてバッジを渡される。「正面のレンガの建物でお待ちください」とのことである。その正面の建物が、近くに見えて結構距離がある。さすが自衛隊である。建物に入るとちょうど1時。この建物は待合室になっていて椅子があり、売店と、奥には食堂もあるようだ。すぐに女性自衛官が登場、いよいよ施設見学である。

 


正門から施設内。正門とはいいつつ、本当の表玄関は艦船の停泊する海側ということです。正面のレンガの建物まで、結構距離があります。


大講堂内部。さすがにそれらしいです。

 

旧・海軍兵学校は現在でも海上自衛隊第1術科学校(幹部候補生学校)として使用されている施設であるため、見学者は必ずルールを守るようにとの注意が行われる。勝手に集団から離れて個人行動をしないこと、飲食喫煙禁止、大声で話をしたりせず整然と行動すること、といった点である。また、写真撮影は自由だが、戦死者の遺品などが陳列されている教育参考館では撮影禁止、また脱帽のことであった。

当り前の注意なのだが、見学者の大部分が年配者であるためみんな分かっているのかちょっと心配である。実際、好きな方角に行ってしまいそうになる見学者や、講堂の椅子に勝手に腰掛けてしまうお年寄りもいる。

女性自衛官の案内により、構内の主だった施設を見学。まず最初に各種式典が行われる講堂。この講堂は戦前から使われているもので、正面の彫刻は知恵の象徴であるフクロウ、頭上のシャンデリアは船のハンドル、操舵輪の形ということである。壇上には、日の丸と旭日旗が掲げられ、奥には皇族方の来場に備えた玉座がある。

講堂から奥に進むと、江田島のシンボルともいうべき、旧海軍兵学校生徒館、通称赤レンガである。こちらは、現在も幹部候補生学校としてわが国の防衛を担うエリートの養成に当たっている。この生徒館の庭に「同期の桜」のモデルになったといわれる桜の古樹がある(中には入れないので見られない)。

だが、案内役の自衛官もうちの子供くらいの年なので、「俺とお前でしたっけ?」というくらい。それよりも先だっての「坂の上の雲」でもっくんが走った廊下の方が、いまの世代には印象的だった様子でした。

岸壁には、戦艦「陸奥」の砲台が設置されており、ここから実弾を撃つと10km以上先の岩国まで届くという説明があったが、今回は遠くから見るだけ。そして最終目的地である教育参考館に到着する。

教育参考館は、かつての海軍人の偉業を今日の幹部候補生達の教育に役立ててもらおうという趣旨で、有志の寄付により作られた建物だそうである。最上階には東郷平八郎元帥の遺髪が収められた部屋があり、そこから下に、太平洋戦争の展開説明、艦艇の部品、海軍兵学校卒業生の名簿や写真とともに、かつての将軍達の書とか、海軍軍人の遺品・遺書などが展示されている。

ここには、とても短時間では全部見終わらないくらい展示品があり、また外にも、真珠湾の海底から引き上げられたという特殊潜行艇や砲弾が置かれている。「2時40分の船で帰られる方は早めに出た方がいいですよ」ということなので、名残惜しいものの早足で見て回り、帰り道にお土産のTシャツも買って江田島を後にする。

小用港から宇品港に着いたのは3時過ぎ。ここからタクシーで広島駅に戻れば何とか間に合うという計算だったのだが、この時間に空港連絡バスは出ていなくて、結局予定していた飛行機には乗れなかったのは、やはり準備不足が響いたということでした。でも、海軍ファンでなくても興味深い見所が多いので、お近くに行かれた際にはお勧めのスポットです。


江田島のシンボル、旧海軍兵学校生徒館。通称赤レンガ。建築後100年余を経過したいまでも、幹部候補生学校庁舎として現役です。


真珠湾攻撃に使用された特殊潜航艇。説明書きによると、昭和35年に米軍により海底から引き上げられ、ハワイから日本までは自衛隊艦艇により輸送運ばれたそうです。後方は学生館(宿舎)。こちらは見学できません。

[Mar 3, 2010]