331 大原勝林院 [Jul 4, 2016]

大原散策には2時間の自由時間があり、三千院ともう一つくらいのお寺さんを回る余裕があった。知名度では寂光院が抜群だが、残念ながら三千院から歩くと1時間近くかかる離れた距離にあるため、バスガイドさんから「寂光院に行くにはタクシーをうまく使わないと無理です」と言われている。

ということで、三千院近くにある勝林院に行くことにした。この日は観光客が少ない上、三千院を見た後、ツアーの人達は三々五々それぞれ興味のあるお寺さんに向かったので、勝林院に向かったのはわれわれ夫婦くらい。お参りしている間も2~3組くらいしか入って来なくて、たいへん静かだったのは何よりのことでした。

さて、この勝林院、三千院とは逆に大原でも最も古くからあるお寺さんである。何しろ、鎌倉仏教のひとつ浄土宗の開祖である法然上人が、専修念仏について説いた大原問答が行われた場所なのである。この大原問答が行われたのは1186年というから、いまから800年以上も前のことになる。

「南無阿弥陀仏」と念仏を唱えれば、阿弥陀如来の本願により凡夫であっても極楽往生できるというのは平安時代から盛んになった考え方で、藤原頼通(道長の息子)が建てた宇治平等院はこの思想に基づいている。平等院の本尊も阿弥陀如来で、当時はご本尊の指から糸を長く繋いで、臨終の床にある貴人の手に握らせたそうだ。

この勝林院のご本尊も阿弥陀如来で、当時の風習のように糸を長く繋いで、本堂入口のあたりまで伸ばしている。そして、阿弥陀様とのご縁を結ぶため糸を握るように説明書きがある。このご本尊は江戸時代に一度焼けてしまっていて、いまから300年ほど前に再建されたものである。そういう経緯もあって、国宝・重文級の仏様よりも身近な扱いとなっているのかもしれない。

さて、このお寺さんで注目しなければならないのは、本堂の欄間や、柱の上部に施されている彫刻である。江戸時代にご本尊が燃えた火事の際、やはり本堂も全焼してしまっていて、再建されたのはご本尊より40年ほど後になった。その彫刻は一木を彫ったものであり、題材には鶴や亀、象などが採られている。

時代的には日光東照宮よりやや後になるが、それでも平安、鎌倉時代と比べるとずっと近い。だから、奈良、京都洛中のお寺さんよりも、日光東照宮によく似た雰囲気がある。

本堂の中央にはご本尊の阿弥陀如来が座り、参拝客はすぐ間近まで寄ってお参りすることができる。ご本尊の横にはボタンがあり、押すと天台声明のテープが流れる仕組みになっていたらしいのだが、残念ながら押しても動かず、故障中のようであった。

しばらく本堂をお参りさせていただいた後は、本堂出て左手の小高くなったところにある休憩所から庭園を拝見させていただく。もう夏至が近いので真上から強い日差しが照りつけるけれども、汗が噴き出すというほどではない。極楽浄土を模したといわれるお庭を見ながら、京都も奈良も、お寺さんには心を落ち着けるものがあるなあとしみじみ感じる。

勝林院をお参りした後、観光バスに戻る途中、大原の郷を一望する展望台に立ち寄る。大原といえば、ターシャ・チューダー亡き後のガーデナーのカリスマ、ベネシア・スタンレー・スミスさんの住むところである。山の形や風景が、NHKプレミアムでよく見る風景と同じであった。


勝林院本堂。法然の大原問答が行われた場所であり、本堂の彫刻はすばらしい。


観光バスに戻る途中の、大原の里を一望できる展望台から。紫蘇の畑と水田、後方の山が大原独特。

[Jul 4, 2016]