510 三条競馬場跡 [Aug 11, 2014]

私が社会人になった頃まだ現役だった競馬場で、いまでは廃止されたところが結構ある。北海道では、ばんえい帯広・道営門別に集約されて旭川や岩見沢がなくなってしまったし、上山競馬、紀三井寺競馬、益田競馬も廃止されてしまった。最近では、荒尾競馬も廃止された。おそらく近い将来、JRA以外の競馬場は大都市近郊以外では生き残りが難しくなるだろう。

JRAの札幌、函館、新潟、中京の各競馬場で地方競馬が開催されていたことも、知る人が少なくなった。なにしろ一時期、中京2000m芝のレコードタイムは、地方競馬の開催で出ていたくらいである。そしてかつて新潟県競馬組合が開催を行っていたのが、新潟競馬場とこちら三条競馬場であった。この競馬場は、新幹線の燕三条から少し歩いた信濃川の河川敷にある。

2001年に三条競馬が廃止された後、現在まで大井競馬の場外売場として使用されている。しかし、JRAではないので資金が潤沢ではなく、改修もほとんどできない上に雪が多い地域なので、鉄骨は錆びて古色蒼然たる風情である。ついに老朽化によって、今年度いっぱいで場外発売も終了となる予定である。おそらく、このスタンドも来年には取り壊しとなるだろう。

私の育った船橋市には中山競馬場があり、小学校の遠足or現場学習のお昼は中山のスタンドでとることがあった。JRAは土・日開催なので、平日の昼間は地元に使っていただくという趣旨と思われる。昔のことだから全館冷暖房などなくて、4階か5階まで吹きさらしのスタンドだった。

しかし三条競馬場のスタンドをみると、かなり古く見える割にガラス張りの部分が多い。これはおそらく、冬はとてつもなく寒いということであろう。屋根のひさしがかなり長いのも、雪が多いという理由と思われる。そしてスタンド前を歩いていくと、「危険なのでスタンドに上がらないでください」と書いてある。老朽化は深刻なようである。

スタンド前から一段下がって、1周1000mのダートコース跡をひと回りする。いまやJRA新潟には1000m直線コースがあるから、今昔の感がある。JRAを見慣れていると1周は1800~2000mと思うけれど、地方で800mとか1000mは普通だった。それでも、2コーナー奥と思われる地点からだと、スタンドがかなり小さく見える。河川敷という土地柄、コースは平坦である。

競馬場のコースであったあたりは、現在ではスタンドへの進入路と遊歩道になっている。かつての規模ではないのだろうが、乗馬用の厩舎と馬場も残っている。朝6時前に歩いたのだが、すでに馬の世話をする人達が働いていた。乗馬というとかなりおカネがかかる趣味という気がするけれども、競馬がある以上引退馬の用途として乗馬がある方が望ましい。そうでないと、種牡馬・繁殖牝馬以外はすべて肉にされてしまうからである。

15分ほどで一回りしてしまう。やはり小回りコースである。スタンドの向こう側には信濃川を渡る橋がかかっていて、その向こう側は野球場や陸上競技場のあるグラウンドであった。そちらまで歩いて、燕三条方面に戻る。

私の子供の頃ギャンブルで給食費が払えないなどという話が伝えられていて、当時の美濃部都知事が都営ギャンブルを廃止した。いまは逆に、東京オリンピックに向けてお台場にカジノを作ろうという動きがある。どちらが正しいのかは即断できないけれど、こうして消えゆく競馬場施設をみると、「諸行無常、盛者必滅」を強く感じてしまうのである。歳のせいだろうか。


三条競馬場スタンド。2001年に三条競馬が廃止された後は、大井競馬の場外売り場として使用されています。ただ、今年度をもって終了となる予定。


2コーナー奥あたりから、スタンド方向。競馬場全体が河川敷で、かつてコースのあったあたりは遊歩道として残っていました。

[Aug 11, 2014]