711 日光東照宮 [Dec 1, 2010]

毎秋には紅葉狩りのドライブをするのがわが家の恒例行事だけれど、今年は忙しくてスケジュールを考える余裕がなかった。そうこうしている間に見ごろの時期は過ぎてしまい、うかうかしていると道路が凍結してしまう可能性がある。最後のチャンスになりそうなので、先週は日光に出かけてみた。

まだ暗いうちに家を出て、日光市街に着いたのは8時半頃。まだ駐車場には余裕がある。まずは日光のシンボル、東照宮へ。考えてみると、日光近辺にはかなりの回数来るけれども、拝観料を払って東照宮の中に入ることはほとんどない。小学校の修学旅行を含めて3回くらいしか来ていないのではないだろうか。

東照宮のご祭神は徳川家康、江戸幕府を開いた戦国武将である。家康は、京に拠点を置く朝廷に対抗するため、自らを神として日光に祀ることを遺言した。これが東照宮である。幕府の権力と財力を注いだ作品なので、芸術的にもきわめて価値のあるものだけれど、いかんせん歴史が浅い。なにしろ、わずか400年前のものなのである。

今年、遷都以来1300年を迎え、ほとんど毎週ホテルが満室となっている奈良と比べると、その間には900年の開きがある。小学生の頃にはその違いがあまりよく分からなかったが、眠り猫にしろ、三猿にしろ、螺鈿紫檀五弦琵琶とは年季が違うのである。

(話は飛ぶけれど、今年の正倉院展行きたかったなあ・・・。)

さて、東照宮は神式なのに、鳴き竜(いま気が付いたが、鳴き竜と哭きの竜はよく似ている)のあるお堂は薬師堂という。秘仏の薬師如来があり、十二神将が祀られているのは奈良の新薬師寺と同様だが、干支ごとに守り神が決まっているのでそちらを拝んでください。ちなみにお守りもありますとセールスに大変熱心である(拝観料を取っているのだから、セールスはほどほどにしてほしいものだ)。

そして、鳴き竜の下で拍子木を叩くと、鈴の音のように反響するので、これが竜の鳴き声なのだそうである。昔は、みんなそれぞれ手を叩いて聞こえたとか聞こえないとか騒いでいたのに、「手を叩かないでください」と張り紙もしてあってやや興ざめである。竜の鳴き声のように聞こえるという鈴のお守りも、ここだけの限定発売とのことでまたもやセールスである。

家の奥さんによると、あれは拍子木の中に鈴を仕込んであるのに違いないとのご意見であるが、拝観料の他にこんなにセールスしなければならないというのは、最近は修学旅行に行く小学校が減って、経営が厳しいのだろうか。少子化の影響がこんなところにも出ているのかもしれない。

 


日光といえば、見ざる・聞かざる・言わざる、でしょうか。.


眠り猫の下をくぐって、石段を数百段登った上の奥の院にある、徳川家康霊廟。景色も空気もすがすがしかったが、足が翌日までがくがくした。

 

東照宮の後は、しばらく歩いて大猷院(たいゆういん)へ。大猷院とは3代将軍・家光の戒名であるとともに、輪王寺の別院の名前でもある。家光自身の、家康の近くに葬ってほしいとの希望で作られたものであり、祖父の家康に恐れ多いとの理由でこじんまり作られているそうだが、それでも豪華である。

格式でいうならば、家康が神(東照大権現)であるのに対し、家光は人(仏の弟子)であり、大猷院はお寺の離れという位置づけではあるが、建物自体は東照宮と良く似た権現造りである。こちらも世界遺産であるけれども、少し離れているためかそれほど混んではいない。

安土桃山時代、江戸時代における文化財の大きな特徴は、ディテールにこだわっているということである。建築物(金堂や五重塔)とか仏像を奈良時代・平安時代と比較すると、やはり年季の差は如何ともし難いけれども、山門に施された彫刻などをみると芸が細かい。東照宮陽明門と同様、こちらの二天門も神仙や聖人、伝説上の動物などが彫られている。

(そういえば、三猿も眠猫も、鳴き竜もディテールだし、屏風や襖絵も安土桃山以降に傑作が多い。)

さて、こちら大猷院の今年の目玉は、家光尊像の特別公開ということであった。せいぜい三百数十年前の人だし、その像だからといってそれほどびっくりするわけではない。だから唐招提寺の鑑真像(千三百年近く前)という訳にはいかないにせよ、それでも「それなり」のものは期待していた。

ところが、実物はというと大きな雛人形という風情で、さほどありがたみのあるものではない。特別公開などと売り出さない方がいいのではないかと感じた。また、拝観案内では東照宮と同様、お守りやら破魔矢のセールスに熱心で、これもやや興ざめ。まあ、江戸時代のものにそれほど期待するのも酷だったかもしれない。

最近、パワースポットなどといわれ神社仏閣に世間の興味が集まっているようだが、本当のパワースポットは、雑誌の記事や宣伝広告に踊らされずに、自分で見つけた方がベターだと改めて思う。個人的にお勧めなのは、なんといっても「宮内庁」の立て札のある天皇陵である。

混んでくる昼前には引き上げて、旧・今市の「小百田舎そば」へ。相変わらず満席の盛況の中で香り高い手打ちそばを堪能した後は、「鬼怒川ライン下り」終点上の売店で鮎とヤマメをいただく。紅葉狩りが終わると、いよいよ今年も冬がやってくる。


大猷院二天門。祖父・家康の東照宮陽明門より簡素に作ってあるそうだが、それでも豪華で手が込んでいる。世界遺産。


小百田舎そばの畳の縁は、オリジナルでした。

[Dec 1, 2010]